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Episode10:黒い炎によるストレスについて

episode10です。


「………おはよう」

 その日は夜ご飯を食べた後に疲れが一気にきたことで、気絶するように寝てしてしまった。

 そして朝起きたら、リビングで(めい)が深刻な顔でテレビを凝視していた。


「…あれ、何かあった?」

「あ、(ぜん)さん、おはようございます。朝から忙しくさせてしまって申し訳ないですが、これを」

「ニュース?…………これは」


 テレビに映っている光景が、私の乾いた目に突き刺さった。テレビの画面には、私が今いる地域からはそこそこの距離がある場所で起きた地震被害が映し出されていた。

 私はそこに何度か仕事で行ったことがあった。画面に映る商店街の近くを私も歩いた。


「………火災か」

 強い震動によって、震源近くの地域で大規模火災が発生したらしい。昨日の夜に出火して、現在は鎮火している。しかし鎮火しているのは、消火が間に合ったわけではなかった。

 私は繰り返し流される被害の映像に、胸をきゅっと締め付けられた。そして、今まさに自分の後ろに何か化け物なようなものが立っているような錯覚に陥った。


「は、箱庭(はこにわ)さん、大丈夫ですか?」

「あ………うん」


 私は、昔から火災が嫌いだ。


 何故かといえば、私の中では、『火災』は災害と呼べるもののうち、最も悍ましく、避け難いものだからだ。もちろん他の災害が問題ないという話ではない。

 ただ、技術が進化する中で、人間はある程度様々なものを克服してきた。そしてそれにプラスして、自身が普段いる()()を少しだけ工夫すれば、ある程度の安全を私たちは得ることができる。


 だが、予測不可能で回避することのできない炎は私たちの大切なものをすべて包み込む。本当に小さな炎が「気付いた時には街を飲み込んでいる」なんてことだってある。

 最終的に燃やした対象をただの黒い何かに変え、火災は私たちにただ恐怖と絶望を植え付けるのである。


「……思い出したくないことを思い出したな」

「?」

「あ…何でもない。大丈夫」

「そ、そうですか?」

「うん」


 忘れようとしても、結局忘れることはできないか。そもそもこの家に住んでいる時点で、忘れることなどできていない証だ。


「……しかも、この地震、お姉さまの家も震源が少し近いでしょうか?」

「…まぁ、多分、姉さんの家は地盤が良い場所にあるから大丈夫だとは思う。揺れもそこまで強くなさそうだから」


 あの日を胸に刻んだ私は、姉さんが家を選ぶとき、ほぼ毎日徹夜で情報収集をしたものだ。できるだけ彼女が安心して暮らすために、そして変え難い平和な日常を送るために、私は全力を尽くした。




***




「…………え?」

 私が小学生だったある日のこと。私が学校から徒歩10分ほどの自宅へ帰ろうとしていると、家までの少し『狭い』道に赤いランプが集まっていた。

 私は嫌な予感がして、息を切らしながら駆け足で家まで向かった記憶がある。

 そして最悪なことに、私の予感はかなり正確に当たってしまっていた。


 現場には、サイレンの音と、付近の住民たちの焦ったような大声が鳴り響く。そして狭い道路の上で、大勢の消防士たちが活動していた。


「………あ」

 私の視線の先には、遠くの私に汗をかかせるほどの巨大な炎があった。

 その炎は私の家の隣、僅か1mほどしか離れていない古い一軒家から出たものだった。

 当然のように、大した防火もできていない木造の私の家にも火が乗り掛かった。


「………!」

「君、やめなさい!」

 私はさらに近づこうとするが、近くにいた消防士の男性に止められた。私はそれで少し冷静になった。冷静になると、鼻を刺すような激臭が私を襲った。

「………」

 私はとっさに、『大丈夫だ』と心に言い聞かせた。そして『そうだ、今あの家には誰もいないはずだ。姉さんはまだ学校だろうし、母さんは働きに出ている。誰かが死ぬ事はない』と、半分口に出すくらいの勢いで心を落ち着かせた。


 そしてそれから少し経った頃だろうか。幸い町を飲み込むほどの火災にはならなかった。ここまで道が狭く、住宅が密集しているにもかかわらず消化できたのは、消防士さんたちの努力と、そして運だろう。


「……え」

「姉さん?」

「あれ……うち?」

「うん…そうだと思う」


 姉さんも帰ってきた。私は姉さんの無事を確認して内心ほっとしたが、姉さんの表情はかつてないほどに暗く、そして彼女は酷く動揺していた。

 姉さんは、暗く染まった我が家を直視できていなかった。いや、正確に言えば、彼女はそれを我が家とは認識できていなかった。

 そしてそれは、私も同じだった。


「……しばらくは、私の家に泊まって良いからね」

「ありがとうございます」


 母さんも帰ってきて、私たち3人が集まったのは午後6時ごろ。幸いなことに近所の田中さんの家に泊まって良いことになったため、野宿は回避できた。


「…………っ」

「大丈夫?姉さん」

「………ぁ………」


 田中さんの家は広く、私たちに部屋を多めに用意してくれた。ただ、姉さんはベッドで寝ようとしても心が不安定になって眠れず、時折呻き声を上げていた。私は所詮小学生だったが、姉さんが心配で寝ている姉さんの横でずっと見守っていた。手が震えている時には手を握り、落ち着かせた。


「…………大丈夫だから」

 私は姉さんがここまで怯えているのを初めて見た。

 でも、それも仕方がないと思った。

 何故なら、私たちは無事だったが、隣の出火元の家の人は火に焼かれてなくなってしまったから。そして私たちの家は木造の骨組みだけを残してほぼ燃えてしまったから。


 もしも火事があったときにあの家にいたら、あの家で寝ていたら、私たちは助かったのだろうか。私はまるで自分の背後に死神が立っているような感覚を覚えてしまった。いつでも、どんなときでも、その死神は私の首を後ろから締め上げてしまうかもしれない。


「…はぁ」

 このとき、私は色々な感情に襲われた。それは主に、私たちのこれからのことを考えるために心が生み出したものだった。




***




 田中さんの家に泊まり始めて1週間経って、漸く姉さん以外は平常心を取り戻しつつあった。母さんも立ち直り、燃えた我が家にたまに出向き、その状況を確認していた。


「箱庭さんは、火災保険に入っていなかったんだっけ?」

「……はい」

「そうかい…まぁ、貰い火はねぇ……どうしたもんかね」


 元々親交があったこともあり、田中さんは私たちの相談に快く乗ってくれた。その過程で、田中さんは自分が家を建てた時の資金計画など、さまざまな経験を伝授してくれた。父さんがいない私たちにとってはお金の使い方は本当に重要で、ためになった。


「あ…それで…あの」

「?」

「実は…娘が、かなり調子が悪くて」

「ああ、それは(ぜん)くんから聞いているよ。まぁ、あのくらいの歳の子があれだけの大火事を目の前で見て、平常心でいられることはほぼないだろうから」

「…ずっと火に怯えてしまっていて…『突然火が出て自分が焼け死ぬんじゃないか』と、目を閉じるのもなかなかできなくて……」

 母さんの声は少し震えていた。


「そうねぇ…」

 田中さんは少し考えるような素振りをした。

「──そういえば、こんなことを言うのもなんだけれどね。私も娘さんと同じような気持ちだったのかもしれないね」

「…え?」

「この家ね、私が若い時にコツコツ稼ぎつつ設計した家なんだけど、私は何よりも、安全が欲しかったのよ」

「安全、ですか?」

「家はね、おしゃれさよりも安全性の方が大事だと思って、普通よりもありえないくらい強く作ってみたの。日々のストレスを少しでも少なくできるようにね」


 椅子から立ち上がった田中さんは、今いるダイニングとリビングの間にある、少し分厚い壁をコンコンと叩いた。


「ここ、こうやってもほとんど音が出ないでしょう?私の指が痛くなってしまうくらいよ」

「…?」

「多少ゴツゴツとした家になってしまっているけれど、私はこういうのが好きだから満足しているわ。これを見た目に活かせるのが建築士じゃないかしら」

お読みいただきありがとうございます。

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