2-5.南の商人
玲奈が目覚めると、外はまだ暗かった。
昨晩は早く寝たので眠気はなく、疲れも残っていない。
さわやかに目覚めた。
そう思ったが、室内の暗闇を見つめていると、不安が湧き上がってきた。
昨晩の戦いが脳裏をよぎり、安穏とした気分は吹き飛んだ。
玲奈は庭に出た。
軽く準備運動をすませると、携えてきた剣を抜く。
東の空が白み始めたばかりで、自分の手元すらはっきりとは見えない。
己の感覚だけを頼りに剣を振り下ろす。
二回
三回
四回
繰り返すと体が温まり、雑念が薄れる。
思ったとおりに体が動く。
剣が身体の一部となった感覚がある。
ただし、剣に対する感覚が研ぎ澄まされると、違和感も強くなる。
柄の長さや形、剣全体のバランスがしっくりこない。
ある程度剣を振って息が上がってきたところで、魔法の練習も兼ねて柄の形状をいじってみた。
右手に持っている実物の剣を参考に、土魔法で柄の型を形成して両手で握ってみる。
長さ、太さ、かたち、実際に土魔法で作った棒を握り、振り回して感触を確かめる。
しっくりこない部分があれば少しずつ修正する。
直しては確かめ、直しては確かめを何度か繰り返して、ようやく納得できるものになった。
スドンに頼んで、現在使っている短剣の柄をこの型と差し替えてもらう予定である。
夜は白々と明け、東の空が赤く染まった。
朝に強いアメディアやフルーが庭に出てきた。
玲奈は土でできた剣の柄をアイテムボックスにしまった。
もうすぐ朝のストレッチの時間だ。
玲奈は朝食後、鍛冶場に行き腰の剣と土で作った柄を取り出した。
「スドン、この短剣の柄がしっくりこなくて、作り直したかったんだ。それでね、自分で扱いやすいような形を魔法で作ったんだよ。この型を元にこの剣の柄を取り替えてくれるかな?」
「うん、わかった。やってみる。」
「この仕事は最優先じゃないからね。今打ってる一本が仕上がってから取りかかればいいよ。」
「うん、そうする。」
手元に使い慣れた剣がなくなった玲奈は、しばらく剣のことを頭から締め出した。
彼女は執務室で昨日までの旅の記録をつけた。
昼食をはさんで夕食までノートに書き込みを続けた。
夕食後、フルーが玲奈に話しかけた。
「なあマスター、湿地の迷宮にはいつ行くのか?」
「そうだなあ、もう少し準備を進めたらかなあ。」
「いつごろ準備は整うのか?」
フルーはよほど行ってみたいようだ。
はぐらかそうと思っていた玲奈はあきらめて説明する。
「解決すべき問題が二つあるんだよ。一つは私の剣のことで、柄の形状を自分の好みに変えようと思ってスドンに頼んでいるんだ。それの完成待ちだよ。」
「なるほど、それでもう一つは?」
「水中の敵への攻撃手段!」
「水中の敵への攻撃手段?」
「うん! 湿地の迷宮って名前のとおりに湿原や沼が多いっていうでしょ? 敵は水中に潜んでいるかもしれないよ。」
「水中に隠れていても出てきたら斬ればいい。」
「そうね、水から出てくればね。でも水中から攻撃してくる相手がいたらどうする? 水の中は探知しにくいし、不意を突かれないとも限らないよ。」
「そんなことを言っていてはいつまでたっても行動できないぞ! そもそも水中から攻撃してくる敵がいるのか?」
「いないかもしれないけれど、いるとも限らないでしょ。それなら用心することは悪くないって思うんだ。それを臆病だと思うなら、臆病だと思われてもかまわないよ。」
「いや、そんなつもりはない! そこは私を信じて欲しい! ただ、慎重なあまり前にも進めないのはもったいないと思う。」
「そちらの方面には前に進んでないねえ。でも正直なところ、あまり湿地の迷宮に入ってみたいとは思ってないから。」
「え?」
「フルーは私が迷宮の初踏破を目指すとでも思ったのかな?」
「違うのか?」
「差し迫った危険も切実な必要性もないのに、どうして私が踏破を目指すと思うのか問いたいくらいだよ。まあ、フルーが湿地の迷宮に行きたいって強く思っていることはわかったから、二つの条件を満たせるまで待ってね。」
フルーは明日にでも行きたかったようだったが、待てば行ける見込みなのであっさり引き下がった。
「代わりに明日、ゴーレムの迷宮に行ったらいいよ。アメディア、明日の午後にフルーたちと一緒に迷宮に行ってくれるかな?」
「はい、かまいません。午後でしたら時間がとれます。」
「悪いね!」
「マスターは一緒に来ないのか?」
「私はポーションの売却先を新規開拓するんだよ。フルーが順調に調合を進めてくれているお陰だから。」
「そうか!」
翌日昼まで玲奈は、ミセリ教授から借りた魔道具の本を読んだ。
本に記載されている初歩的な魔法陣を模写してみる。
写し取ると本の魔法陣と比較する。
陣の線、図形の意味、役割を反芻するように再確認する。
図形の細部まで思い描いて脳内で魔法効果と対比させる。
そうして魔法陣とその魔法効果が直感的に結びつくようになってくる。
その結びつきが強固になってくると、今度は相当する魔法の術式を思い浮かべる。
術式からは魔法効果をすぐ結びつけることができる。
今まで玲奈が練習を重ねて、初級なら魔法の術式から発現する効果をすぐに把握することができるようになっていた。
逆に発現した魔法を目にしてどんな術式が使われているか、およそのところは見当がつくようにもなった。
日ごろ魔法研究と思索を積んで、魔法の解析が徐々にできるようになってきたためである。
これに魔法陣への理解を加えて、魔法の術式と実際の魔法効果の発現とあわせて三位一体の把握を狙った。
実際には、昼食までに玲奈ができたことは最初の初級火魔法の魔法陣をおぼえただけだった。
昼食後、ゴーレムの迷宮に入るフルー、スドン、アメディアを残して、玲奈はギリムを連れてグレイナーの城内にやって来た。
「ギリムはフルーたちと迷宮に行かなくてよかったの?」
「俺が戦闘苦手なのはレイナさんも知ってるだろ?」
「そうなの?」
「オレはフルーの野郎みてえに戦闘狂じゃねえよ。今じゃ俺よりレイナさんの方が強いじゃねえか!」
「えっ、とてもそうは思えないし、戦闘は私も苦手だよ。」
「それこそ、とてもそうは思えねえよ。」
「他人の目にはそう見えないのかもしれないけれど、自分では苦手だよ。もっと言えば怖いんだ。」
「怖い?」
「うん! 魔物も盗賊もこちらを殺すつもりで襲ってくるよね。もし自分たちが弱かったり油断していたら、あっという間に命を落としかねないでしょ?」
「そりゃそうだ!」
「だからギリムには探知能力やスタミナを伸ばしてもらうようにしているし、私も戦闘や探知に使える魔法を開発しているんだよ。」
「だから見たこともねえ変な魔法を使うのかよ。」
「変かなあ? 自分なりに合理的なつもりだけどね。それに魔法だけじゃなく剣もこれから鍛えるつもりだよ。」
「剣も? 魔法が使えるのにか?」
「うん、魔法使いって意外と脆いんだよ。魔法しか使えないと肉薄されたときどうしようもないでしょ?」
「そうか? そのときのために戦闘狂のフルーがいるんだろ?」
「前衛に隠れているだけだと、はさみ撃ちされると一貫の終わりだからね。」
「そういやレイナさんはよくはさみ撃ちを使うな。」
「自分が考えつくことは相手も考えているって想定しないと痛い目にあうからね。」
「そんなもんか。」
二人は城門をくぐり、商業組合でまだ訪問したことのない城内の薬屋を調べた。
二軒の薬屋の所在地をメモして街角に立った。
「これから行く薬屋さんは街の西側にあるみたいだね。今まで行ったことあるの東側ばかりだった。」
「東側には冒険者どもやら騎士の野郎やらが多いぜ。ポーションもたくさん使うんじゃねえのか?」
「だから東側に薬屋が多いんだね。」
「多分な。」
「東側には冒険者協会や騎士団の駐屯地があるけど、西側には何があるの?」
「俺も詳しくは知らねえ。確かに領主の館があったし、服屋や食い物の材料売ってるのは西側が多いぞ。」
「そうなんだね。ギリムがいろいろ調べておいてくれるから助かるよ。」
初めて行った二軒も対応は素っ気なかったが、ポーションは買い取ってくれた。
街の西側もポーションの需要はそれなりにあるようで、今後の取引を取り付けた。
玲奈はあきれるギリムを連れて、初めて入る食料品店で根菜や芋類、調味料を買い込んで帰宅した。
フルーたちは既に迷宮から帰っていた。
フルーについていったアメディアは厨房で夕食の支度にかかっていた。
「ただいま!」
「お嬢様、お帰りなさい!」
「アメディアもお疲れ! 無事に行って来れたようだね。」
「ええ、かなり深くまで潜って色の違う金属ゴーレムとも戦いました。」
「すごいね! アメディアがフルーたちに付き添ってくれるから、私は安心して街中に行けるよ。そのおみやげね。」
玲奈は買ってきた食料品をアメディアに渡した。
アメディアは玲奈が買ってきたものを目にして、種類の多さに驚いた。
「これだけよく買ってきましたね。見たことないものもありますよ。」
「全部グレイナーの城内で買ってきたんだよ。初めて行ったお店で見たこともない食材があったんだ。」
「新しい食材を使って新しいお料理を作ろうというわけですね。」
二人は玲奈が買ってきた食材をデュリシーで買った香草を使って味付けをして調理した。
カブに似た丸い根菜は輪切りしてビネガーに漬け込んだ。
少なくても一晩は寝かせてみることにした。
芋はやや硬く粘り気があったので、ナイフで細かく切り刻んでペースト状にして、デュリシーで買ったカラシと香草に岩塩を練り込んで味を整えた。
これを小麦と水で解いて肉にかけるソースとするほか、軽く茹でたうえで小麦粉をまぶして炒めた。
玲奈はアメディアと作った新しい料理を夕食で披露した。
「フルーと出かけた辺境伯領の街で買った材料を使って新しい料理を作ってみたよ。味付けが今までと違っていると思うから味わってみてね。」
玲奈はフルーやスドンの席の前に新しいソースもどきが乗った肉料理の皿、新しいミートボールもどきが乗った皿を押し出した。
フルーは皿をチラリと一瞥したが、スドンは目もくれない。
玲奈が号令して食卓についた六人は一斉に食べ始めた。
フルーもスドンも忌避こそしないが、特に気にすることもなく食べている。
ギリムに至っては香りが気に入らないのか、ソースを除けて食べていた。
食後に感想を聞くと、フルーは問題ないと答えただけであった。
厨房に戻って片付けを始めたアメディアとダダクラは、落胆した様子の玲奈を気にしていた。
玲奈が厨房に顔を出すと、珍しくダダクラから声をかけた。
「お嬢様、今日の料理、俺にはおいしく感じられました!」
「ありがと! で、本音では?」
「は、はい、おいしかったです!」
アメディアが口をはさむ。
「お嬢様、私もおいしく感じました。」
玲奈がアメディアの方を向く。
「しかしお嬢様、まだ改良の余地があるのも確かです。料理は今日で終わるものではありません。また明日、あさってとレシピを直しながら完成に近づければいいでしょう。」
「アメディアが言うなら信じるよ。成算もわからないレシピだけれど、改良に付き合ってね。」
「はい、もちろんです。」
「今度買い物する機会があったらアメディアも一緒に出かけよう。」
その機会は早くも翌日の午後におとずれた。
ポーションの売り込みで皇都パルピナに出かける玲奈が、ついでの買い物にアメディアを誘ったのである。
さらにギリムが当然のように付き従う。
この日は春間近を思わせる暖かな陽気だった。
戦闘の予定もないので、玲奈は白い外套の下はニットでなく明るい緑色のワンピースを着た。
念のため予備の短剣を花柄の布で作った袋に入れて左腰から下げている。
「皇都でまずポーションを売ったら、食べ物を買うよ。珍しいものがあったら買うから。その後、余裕があったら古着を見てみよう!」
二人を連れてパルピナに飛んだ玲奈はさっそく商業組合で薬屋を調べた。
さすがに皇都は大きく薬屋の数も多かったが、今まで訪問したことのない店の中から街の西側にある二軒を選んだ。
新年ほどでないが巡礼で混み合う大通りを東へ向かう。
訪問した店は中心部にあるような新しくて大きな店構えではないが、掃除が行き届いた店内で穏和な風貌の老人が迎えてくれた。
玲奈はポーションの需要について半信半疑であったが、初老の店主は自店での動向を元に三本買い取ってくれた。
西門に近いこともあって郷里に帰る巡礼団が道中での備えとして買い求めるのだそうだ。
礼を言って店を出た玲奈は気をよくしてもう一軒に早足で向かった。
その店でも三本買い取ってもらって当初の目的を達成したので、その後は買い物をしようと西門付近の通りを歩き回った。
おずおずとギリムが玲奈に話しかける。
「レイナさん、西門近くの店を選んだのはなぜです?」
「西門ってパルマ行きの乗合馬車が出てるじゃない? あっちで迷宮に入る冒険者が買わないかと思ったんだけど。」
「そりゃ見当違いじゃねえかって俺は思うんです。前にこっからパルマくんだりまで馬車乗ったとき、冒険者の野郎なんぞロクに乗っちゃなかったですよ。」
「そうだっけ? なんかギリムの目の方が確かだなあ。」
「そんなことはねえですよ。それに連中、ケガしてから薬買うか、せいぜい迷宮に入る直前になんねえと買いやしませんて。」
「それもそっか!」
「事前にちゃんと準備するのはレイナさんくらいですよ。」
「事前に準備しているはずの私が、これから食料品買うのになにも計画してないんだけれどね。」
今度はアメディアが進言する。
「それでしたらお嬢様、中心部まで戻って大型店に行ってはいかがですか?」
「それもいいね! でもせっかく西門まで来たんだし、このあたりで食料品店を探してみたいかな。」
「だったら俺が聞いてきます!」
言うやいなやギリムは駈けだし、近くの店に飛び込んだり道ゆく人に声をかけたりした。
少ししてギリムは戻ってきた。
「待たせちまってすいません。でも聞いてきましたぜ。まずこっちです。」
ギリムはクルリと身を翻し、西門とは反対側の東に向かって歩き始めた。
玲奈とアメディアはギリムの後ろをついて歩く。
ギリムは最初の交差点が見えてくると前方を指差して振り返った。
「あそこを左に曲がってすぐのとこにお目当の店があります。街の連中に聞いたら品揃えがいいみてえなんで。」
ギリムは通りの反対側を指差して続けた。
「反対に交差点を右に曲がって一本目の小路に入って進むと二軒目の店があります。こいつはたまに遠くから変わったもんを仕入れるそうなんで。」
「ギリム、よく調べてくれた! 品揃えが豊富なのも、変わった物を扱っているのも興味をひかれるよ。両方とも行ってみよう!」
「レイナさんならそう言うと思ったぜ。」
ギリムは口笛でも吹きそうな勢いで先導した。
三人は交差点を左折してすぐのところにある食料品店に入った。
その店はこの界隈では間口が比較的大きく、店内の造作は古いものの手入れは行き届いていた。
玲奈はアメディアと珍しい物がないか物色したが、品物の陳列がランダムでバラバラなため、探し物が見つけにくい。
「アメディア、この店の棚は並び順がバラバラだよ。香草や香辛料を探していたんだけれど、見つけにくいね。」
「はい、私もそう感じます。」
「だったら別々に見て回って、目に止まった物をそれぞれ持ち寄ったらいいんじゃない?」
「お嬢様がそれでよろしければ。」
「じゃあ決まりだね! ギリムはどうする?」
「俺は食品のことはよくわからねえです。適当にレイナさんの後ついてきますよ。」
「そう? なら、あまり時間かけないようにするよ。古着も見たいからね。」
玲奈とアメディアは二手に分かれて店内を見て回った。
干し肉のとなりに豆があったり、カラシとチーズが同じ棚に並んでいたり、陳列の法則性がさっぱりわからない。
陳列棚を見ていると、見慣れた瓶を見つけた。
瓶に貼られたラベルには糸巻きの印が書き込まれている。
デュリシーから運ばれたザワークラウト風漬け物のようだ。
改めて見るとその棚はチーズ、カラシなどデュリシーの特産品で占められていた。
無秩序にみえた商品の陳列はひょっとすると仕入れ先の地域や運び込んだ商人ごとに分けているのかもしれないと思い至った。
デュリシーの棚には、現地に行ったときに買わなかった菜種油もあった。
彼女は菜種油と漬け物を買うことにした。
デュリシーから山越えして運んだ割には現地と比べてそれほど値段の差が大きくなく、皇都で買うには割安といえた。
実際に行ってみた経験からみると、馬車に割れたりこぼれたりしないように積み込み、護衛をつけて山中に泊まり往復する経費、それに利益を乗せると値段が跳ね上がるのも理解できる。
玲奈の場合ポータルワープができるので、一度行ったワープポイントがある街は移動コストがほとんどかからず、アイテムボックスとあわせると輸送可能な量も膨大となる。
軍事的に使うと、兵糧攻めをほとんど無効にしたり、瞬時の情報伝達を可能にしたり、魔法使いが単独で使うにしても影響は大きい。
しかし商業的に使うと、既存の物流体系を破壊しかねないほどの威力を秘めている。
さすがに今ある隊商路や宿場町を寂れさせる意図はないので、彼女は節度が必要だと感じた。
そんなことを考えながらも陳列棚を見て回ったが、一度は口にした食材や調味料が多かった。
見た中では、里芋を思わせるものが目についた。
手に取ってみると大きさに見合った重さがあり、それほどカチカチに硬くもない。
味はともかく、茹でると食べるのに十分な柔らかさになりそうだ。
すり下ろしてもいいかもしれない。
芋は六個買って試すことにした。
アメディアも店内を見て回り買う物を決めた。
「お嬢様はもう決まりましたか?」
「決めたよ。アメディアはなにを買うの?」
「これですよ。」
アメディアは乾燥させた野菜や果物を玲奈に見せた。
「スープの出汁をとったり、彩りを添えたりして使います。旅先に持って行っても軽いし使いやすいですね。」
「いいの選んだね。私はまたお芋だよ。」
玲奈はアメディアに里芋を見せた。
「茹でたり蒸したりしてもいいし、すり下ろしてもいいと思うんだ。」
「帰ったら試してみましょう。」
玲奈はアメディアが選んだ物も含めて支払いをして店の外に出た。
アメディアが油を入れた瓶、ギリムが漬け物を入れた瓶を持ち後に続く。
三人は店を出て交差点を渡ると、一つ先にある小路に入っていった。
人目がつかないところで玲奈はギリムとアメディアが持った瓶とアイテムボックスに収納した。
収めてしまえば重さや重さは気にならない。
もう一軒の食料品店は表通りに面していないためか、やや寂れた印象を受けた。
見回したところ、特に変わったものがあるわけではない。
店番をしていた男が玲奈に話しかける。
「お嬢さん、なにをお探しかな?」
「ええと、なにか珍しいものはないかと。」
「そうだねえ、うちは変わったものも扱うけれど、今は時期がよくないなあ。」
「まだ寒いからしかたないですね。季節によってどんなものが入荷するのですか?」
「ええ、うちは皇都中の宿坊や食堂に食材を卸してますよ。巡礼の皆さんはあちこち遠くからもお見えになるから、現地の物を取り寄せて、できるだけ故郷の味を提供できるようにってね。」
「なるほど! 時期が悪かったようですね。また日を改めて伺います。」
玲奈はギリムとアメディアを連れて店を出た。
あとは中心部の街区で古着を見てから帰る予定だ。
玲奈はアメディアとワイワイ言いながら露店で古着を見て回った。
そろそろ薄手の春物も欲しい。
玲奈は明るい色味のシャツやスカートを選んでいると、ふと手持ち無沙汰なギリムと目が合った。
「ねえギリム、欲しいものがあれば何着か買ってもいいよ。多少大きくても丈詰めるからね。」
「あっ、俺はいいっすよ。」
そう言いつつも、ギリムは古着を手に取って見始めた。
玲奈が五着選んだ間に彼も三着選んでグレイナーの自宅に持って帰った。
ギリムはエリが大きく派手なデザインが好みのようであった。
帰宅すると珍しくスドンが玄関まで出て来て一行を迎えた。
スドンは持っていた剣を玲奈に差し出した。
「これの柄、作り直した。」
玲奈は受け取った剣を鞘に納めたまま両手で握ってみた。
柄の長さや太さ、形状が頼んだとおりに仕上がっており、両手にしっくりくる。
「ピッタリ頼んだとおりで扱いやすそうだよ。ありがとう!」
玲奈が笑顔を見せて礼を言うと、スドンは返事をするでもなく踵を返し鍛冶場に下がった。
ギリムとアメディアはあきれたようにその様子を目で追ったが、玲奈はかまわず荷物を厨房と裁縫室に運び込んだ。
彼女は自室に戻り着替えると厨房に顔を出して、夕食の準備を始めたアメディアにすぐ行くと声をかけると庭に出た。
庭に一人立つと、スドンが作り直した剣を鞘から抜く。
研ぎ直した刃が夕暮れの色を映す。
指一つ余して柄を両手で握ると正眼に構えた。
呼吸を整え、剣身の重さにまかせて軽く振り下ろす。
何度か繰り返し感触を確かめる。
それがすむと今度は横なぎに払う。
ひととおり感触を確かめると、玲奈は剣を鞘に納めた。
空は夜の色へと変わりつつあった。
玲奈は時間を取ったことを詫びつつ厨房に戻ってきた。
里芋のようなものは、アメディアが既に皮を剥き、水にさらしておいてくれていた。
ひたひたに水を満たしたタライから試しに芋を一つ取り出す。
表面には少しぬめりがあり、肉質は柔らかそうだ。
全体に斑が入っており、ひょっとすると苦味やえぐみがあるかもしれない。
玲奈は試しにナイフを入れて縦に切ってみた。
すると中心軸付近は繊維質になっており硬く苦そうだ。
彼女はナイフで繊維を取り除いた。
その後どのように料理しようか迷った。
芋を片手に考え込んだ玲奈にアメディアが声をかけた。
「お嬢様、もしよろしければ以前やったようにすりおろしましょうか? あるいは蒸したり煮たりするのもいいかもしれません。」
「粘りがある肉質だから蒸すのは合わないかな。すりおろしたり煮たりするのはいいかもね。半々で試してみようか?」
「はい、では私は煮る方を受け待ちますね。」
「お願いね! 私はすりおろしてみるよ。」
アメディアは皇都で買ってきた乾燥野菜も入れて出汁をとりスープを作った。
その中に芋を肉などとともに投入して煮込むようである。
玲奈はすりおろした芋にカラシと香草を入れてかき混ぜた。
カラシの量を加減し、香草は苦味が強くならないように茎を取り除いて細かく刻んだ。
さらにハチミツを加えて甘みを出し、木の実とドライフルーツを少量落としてかき混ぜた。
これをタネにして小判状に薄く引き伸ばして小麦粉をまぶし、熱した菜種油で炒めた。
ハチミツの甘みと木の実の香ばしさで、惣菜というよりお菓子に近づけて食べやすくなるように工夫した。
小さく丸めた試食用の小片を食べてみた限りでは、特に苦味やえぐみはなく、まずまずのバランスに感じた。
味に無頓着なフルーやスドンはともかく、ギリムはなんと言うだろうか?
夕食の席で玲奈は食事をするフルーたちの様子をそれとなく見守った。
フルーやスドンは案の定、特にどの料理にも気に止めることもなくかき込んでいる。
ギリムは一瞬躊躇して、玲奈が焼いた芋料理に手を伸ばした。
そして半信半疑の表情でやや眉を寄せつつもキツネ色のブツを口に放り込んだ。
飲み込む段になると、ギリムの眉は開き平静な表情をしていた。
アメディアの作ったスープを飲んでも表情の変化はなかった。
どちらも嫌われることはなかったらしい。
アメディアをチラリとうかがうと小さくうなずいてくれた。
玲奈は内心で安堵した。
玲奈は食後、さりげない体でギリムに尋ねた。
「夕食どうだった?」
「どうって言っても、特にどうもこうも。あっ、ちゃんと料理おいしかったですよ。」
「同じもの作ったらまた食べてくれる?」
「ああ、俺はかまわねえです。」
玲奈は安心したが、多少落胆も感じた。
アメディアやダダクラに聞けば本音はどうあれ、おいしいとほめてくれるだろう。
ただし本音を聞き出すには、昼間買い物で歩き回った気疲れでしんどさを感じていた。
玲奈は早々に会話を打ち切って執務室に引っ込み、ミセリ教授から借りた本を短時間読んで、早めに就寝した。
翌朝玲奈が目覚めると、まだ外は暗かった。
昨日の疲れは残っていない。
着替えて上着を羽織ると階下に降りて庭に出てみた。
まだ空に星の光が残っているが、東の空はうっすらと白み始めている。
玲奈は上着を脱いで体をほぐした。
体が暖まると携えてきた剣を抜いた。
呼吸を整え精神を落ち着かせて、ゆったりした構えから剣を振り下ろす。
無心になって何度も何度も剣を振っているうち、あたりが明るくなってきた。
朝焼けが見えないのは雲が立ち込めているからかもしれない。
息が上がったので小休止を入れている
手のひらにかいたわずかな汗で柄のにぎり心地が少し変わる。
やや滑りやすくなっていると感じたので、皮革か布を巻きたい。
そんなことを考えているうちフルーが庭に出てきた。
おはようとだけあいさつを交わすと、彼は無造作に木剣をつかんで振り回している。
でたらめに動き回っているようで、ゴブリンの群れに突入して獅子奮迅の働きを見せたときを思わせる動きをしている。
彼なりに仮想敵を置いて、実際の戦いをイメージしながら剣を振るっているのだろう。
フルーの構えや動きをみていたが、剣技をもっぱらとする人が近くにいるなら立ち合って稽古すればいいのではないかと思い立った。
間もなく全員外に出てきたので、いつもどおりそろってストレッチをしてから朝食にした。
朝食後、玲奈はフルーに頼みごとをした。
「ねえフルー、今度剣で立ち合ってくれないかな?」
「マスターがか?」
めったに表情を変えない驚きと戸惑いを表に現した。
「うん、そうだよ。スドンに作り直してもらった短剣と同じ大きさで木剣を作ってもらおうと思っているんで、それが完成したらお願いします。」
玲奈はフルーに向かって頭を下げる。
「しかしマスターは魔法を使えるんだから、剣の稽古をするまでもないだろう?」
「魔法も剣もって考えているんだ。敵に接近されてもなんとかなるようにね。」
「それよりも接近させないことが先決だろう? そのために私も剣技を磨いているのだ。」
「そうだね、とても心強いよ。でも接近させないことと、接近されても戦えるようにすることは二律背反ではないんだ、フルー。私の考えでは、接近させないようにしつつ、接近されても大丈夫なように備えるんだよ。」
「そうなのか? マスターの考えは私にはなかなか難しく感じるな。」
「難しく考える必要はないよ。獲物が二匹いたら、別々の方向に逃げても両方捕まえるんだ。」
「両方狙うとどちらも逃したりはしないのか?」
「その恐れはあるね。だから私は、ない知恵を絞るよ。たとえば剣をしっかりと構えれば相手もうかつに飛び込めないから間合いが開くよね。この間合いを生かして剣が届かず魔法が届く距離で戦えば勝てるんじゃないかな。」
「私にはよくわからないな。少し考えさせてくれ。」
「うん、木剣作る時間も必要だからね。」
玲奈はダダクラに向き直る。
「というわけで、ダダクラに二つお願いがあるんだ。」
「なんでしょうか?」
玲奈は腰から下げていた短剣をテーブルの上に置いた。
「まずはこの剣の柄に皮革を巻いて欲しい。何を巻くかはまかせるよ。」
「はい、やってみます。」
「それと、この剣と同じ長さで木剣を作ってね。どちらも今手がけていることが終わってからでいいよ。」
「わかりました。」
「ギリム、悪いねえ。ダダクラをこっちで借りるから、あなたの服はそれが終わってからね。」
「俺はそれでかまいませんよ。」
玲奈は剣をダダクラに預けて稽古ができないので、執務室にこもってミセリ教授から借りた本を読んだ。
初歩的な魔法陣を筆写しながら、各部位の効果を一つずつ読み解いていく。
この課程は記憶力と分析力をフル稼働させる必要があるのに、ついつい剣のことや香草のことが頭をかすめて、今一つ集中できなかった。
彼女は一旦本を読むのを止めて、代わりにノートを取り出した。
モヤモヤとしたまとまりのない思索を紙面に書き留める。
言葉を選んで集約させて書き直し、丸や四角などの図形で囲い、矢印や点線で図形を結びつけ、視覚化して思考を整理した。
見通しをよくして方向性を与えると、頭の中がいくらかスッキリしたように感じた。
まず魔道具と魔法陣に関してだが、玲奈はそもそも魔道具を極めるつもりもないし、身を立てるつもりもない。
魔法が作動する様子を別の角度から見ることで、自分の魔法研究に役立てばよいと考えていた。
さらに将来もし魔道具を駆使する敵と戦う羽目になった場合に備える意味もある。
当面はミセリ教授から借りた本などから魔法陣の実例を多く見て筆写して、幾何学模様の部位ごとの効果に関する知識を蓄える。
あわよくばオリジナル魔法からの応用で独自に魔道具が作って生活を便利にできたらという願望はある。
次に現在一番の関心事である剣について考えてみたが、経験や知識が乏しく確信が持てないので、試しながら一歩ずつ進むことにした。
剣を振ったり抜き差しだけでなく、手入れも含めた一連の動作が自然にできるように。
次に型にはとらわれなくとも、型をいくつか覚えたい。
剣士としては身近にフルーがいるが、パワータイプの彼とは違いが大きく参考にはならない。
稽古の相手としては、タイプが異なる剣士と手合わせできるのはありがたい。
稽古を重ねて不足を感じる能力があったら、たとえば握力が弱いと感じたらそれを強化する鍛錬を積めばいい。
加えて剣を扱う人、剣士、剣豪といった人に関する文献があったら読んでみたい。
剣技について記述はなくても、剣士や剣豪がどんな活動をしたのか、何を考え何を目指していたのか、世間の人は彼らをどのようにみていたかを知る手がかりにはなるだろう。
近いうちに図書館で本を探すことにした。
本を読むのと並行して剣の稽古を重ね、ある程度慣れたらフルーに立ち会ってもらおう。
魔法に関しては、精霊魔法の復元と攻撃魔法の開発が課題だ。
精霊魔法は失伝して資料も乏しく、復元は簡単にはいかないだろう。
意識の片隅に留めて、もし精霊の伝承を耳にしたら書き残しておく。
攻撃魔法は現在、火魔法と風魔法を攻撃用途に使っているが、物質的な質量を伴うわけではないので打撃力が乏しい。
空気の刃による風魔法はもっと磨きをかけて威力を高めたいが、金属のよろいや盾、硬いウロコや甲羅、ぶ厚い毛皮を切り裂くことは難しいだろう。
代わりに水魔法を使った攻撃を考えている。
単なる水ではなく浸蝕性のある物質が溶けた液体を相手、特に鼻腔や口腔内、目に浴びせるというものだ。
問題はその物質が入手てきるかどうか、入手しても安定して溶液を精製できるか、使用にあたって自分に悪影響が及ばないか、解決すべき点が山積みなこと。
一気にすべてを解決するような妙案はないだろうから、課題を細かく切り分けて一つ一つ解決する必要がありそうだ。
その他、新たな食材探しも優先順位は高い。
前日に行った皇都西側の食料品店が本当に産地別に陳列しているならば、興味をひく物品の産地に行ってみようと思う。
そうでないなら、どこに行くのがいいのか誰に尋ねるか。
遺跡の調査であちこち出かけている古文書学のスプリーン教授か、薬草採取で出かけているジュビリー教授が適している。
次に学園へ行くときに会ってみよう。
学園で料理といえば食堂の料理長も忘れることはできない。
元は冒険者だったというから、かつて出かけた先のことを知っているだろう。
特産品や名物料理について情報を持っているかもしれない。
学園で会いに行く人が決まった。
その三人に会って話を聞いてから、次はどこに行くか決めよう。
玲奈はパタっとノートを閉じて立ち上がった。
自分の考えを外に出て書き出すことでモヤモヤは消え頭の中はスッキリとしたが、目に疲れを感じる。
彼女は外套を羽織ると冬枯れの庭に出た。
軒下からイスを出して座りら彼女は庭を取り囲む木々をぼんやりながめた。
ときおり魔力感知の練習をまじえて、彼女はお昼までそこにたたずんでいた。
午後になると、玲奈はフルー、スドンを連れてゴーレムの迷宮に出かけた。
普段、室内での生産に励んでいる二人の息抜きを兼ねている。
フルーとスドンは金属製のよろいを身につけて盾を持っているが、玲奈はブーツを履いてこそいるが、それ以外は普段着に剣を帯びただけだ。
入り口前で三人は軽くストレッチで体をほぐすと、探索を開始した。
浅い階層は土ゴーレムと石ゴーレムが出現する。
弱い土ゴーレムは相手にせず、石ゴーレムもフルーは相手せず、スドンが前に出てハンマーを振り回した。
と言っても力まかせに振るのではなく、スドンも力を加減して標的を狙えるようになりつつあった。
動きが単調で緩慢な石ゴーレムはよい練習台になるが、スドンも既に問題にしなくなっていた。
三体を難なく撃破すると、さらに下の階層に向かった。
玲奈から火属性の付与を受けるとフルーが鉄ゴーレムに攻撃を加えた。
鉄ゴーレムは石ゴーレムより段違いに耐久性があり、動きが機敏になっているが、魔力を付与されたフルーの敵ではなかった。
いずれの個体もフルーが難なく一撃で倒した。
四体倒したところで、スドンが鉄ゴーレムと戦ってみることにした。
スドンがハンマーを構えると、火属性を帯びた頭部の打撃面からチロリと炎が一瞬顔をのぞかせる。
それに反応した鉄ゴーレムが向きを変えてスドンに近づく。
ゴーレムの歩く速度は早歩き程度であるが、スドンが狙いをつけようともたついている間に相手の間合いまで踏み込まれてしまう。
スドンは一度も攻撃に移れないまま、一方的にゴーレムのパンチを盾で受け続けている。
反撃の機会が見出せないのを見かねてフルーがチラリと後ろを振り返ると、玲奈が軽くうなづく。
フルーは大回りしてそっとゴーレムの背後に近付くと、素早く剣を鞘から引き抜き、横合いからゴーレムに斬りつけた。
剣が鉄ゴーレムの横っ腹に激突した瞬間、重い金属音とともに火の粉が勢いよく飛び散った。
ゴーレムは地面にたたきつけられ、横倒しとなって動かなくなった。
左腕は折れ曲がり、剣を食らった右の横っ腹はえぐれてその周りが黒く焼け跡が付いている。
えぐれた部分は残り火が揺らめいている。
「フルー、ありがとう! どうなるかと思ったよ。」
「いや、大したことはしていない。」
えぐれた部分の火は消えることなく燃え続けている。
まるでゴーレムが玲奈から魔力を付与されたかのようだ。
彼女ご燃え続ける火を不思議に思い魔力感知してみると、属性付与した剣由来の魔力を感じた。
「まだ燃えてるよ、このゴーレム。なんでだろう?」
「さあ、私には見当もつかないな。」
「でもこの火はフルーの剣に付与された魔力が燃えてるみたいだよ。」
「そうなのか? 特別なことをした覚えはないのだが。」
「さっき正面から斬って倒したゴーレムにはこんな現象起きなかったよね?」
「ああ、言われてみればさっきとは違いがないわけではないな。」
「やっぱり違いがあるんだね。どこが違うの?」
「まず斬った箇所が違う。さっきは上から剣を振り下ろしたので肩や頭に当たった。しかし今は横から斬りつけたせいで脇腹に当たったぞ。」
「うんうん!」
「それに今は背後に回って一歩間合いを詰めたせいか剣の根本に近い位置が当たった。違いといえばそんなところだ。」
「なるほど、火が燃え続けていることにそのあたりが関連ありそうなんだね。」
「なんとも言えないな。たとえばこの剣の素材は鉄ゴーレムから取ったものも含まれている。なにが影響しているかは複数の要因が絡まっているのではないか?」
「あっ、そうか! 素材も影響があって単純じゃないのかも。」
どのくらい再現性がある現象がわからないが、この件は付与魔法のスケルター教授に報告しようと玲奈は考えた。
それには一つ試しておきたいこともある。
「ねえフルー、試しておきたいことができたんで、帰りに上の階で付き合ってよ。」
「ああ、かまわない。」
「スドンはもう少し盾とハンマーの素早い切り替えを練習だね。」
「うん、わかった!」
「でも少しずつ進歩してるよ。この調子この調子!」
玲奈たちはこの階での鉄ゴーレム相手の戦いを切り上げ、上の階に向かった。
途中の階で石ゴーレムがうろついているところで一行は立ち止まった。
「フルー、スドン、ちょっと待って! あの石ゴーレム相手にでも試してみようかと思うんだ。」
「マスター、なにをするつもりだ?」
「私があのゴーレムの背後に回り込むでしょ。それに属性付与、そうだなあ、火属性をゴーレムに付与してフルーのところまで誘導するから斬ってみて!」
「私にではなくゴーレムに付与するのか? マスター、正気か?」
「いや、フルーにもゴーレムにも付与する予定なんだ。双方に魔力付与して戦うとどうなるか知るのが狙いだよ。」
「マスターがなにをしようとしているかは把握したが、目的はなにか説明してもらえるか?」
「うん、いいよ。これはね、相手も付与魔法を使ってきた場合の戦闘を想定しているんだ。安全策のため相手は石ゴーレムに落としているけれどね。」
「うむ、マスターは付与魔法を使う敵と戦うことがあり得ると考えているのか?」
「現状ではないね。でも私は付与魔法が有用であると思ってるから、いずれ付与魔法が普及して使い手が増えれば、そんな相手と戦う日が来るかもしれないよ。」
表情の変化が乏しいフルーが険しい表情をする。
「マスターの懸念はわかった。」
「それでね、この懸念はスケルター教授やスタローム参謀にも伝えておきたいのよ。伝えるための実例として、石ゴーレムを対象に属性付与した場合としなかった場合にどのような違いがあるか調べておきたいというわけ。」
「なるほど! できる限り協力するので、どうすればいいか指示してくれ!」
「私が石ゴーレムを誘導してくるから、フルーはいつものとおり斬りつけて!」
「承知した。」
玲奈は呪文を唱え、フルーとスドンに火属性の付与をかせた。
「スドンは万が一に備えて盾を構えてね。」
「うん、そうする。」
スドンがさっそく盾を構えたのを横目に、玲奈は小走りで比較的近くにいた石ゴーレムに近づき背後にまわった。
玲奈がゴーレムの後ろで火属性付与の呪文を唱えた。
ゴーレムは背後から他者の魔力が浴びせられるのを感じてか、ゆっくりと向き直る。
玲奈がすかさず距離を取ると、ゴーレムは彼女を追いかけ始めた。
ときおり後ろを振り返りながら早足で逃げる彼女を追いかけ、ゴーレムは鈍重に進んだ。
「フルー、あとはお願い!」
「よし、引き受けた!」
玲奈はフルーの後ろに逃げ込んだ。
ゴーレムはフルーやスドンに目もくれず玲奈を追いかけて来たが、その前にフルーが立ちふさがる。
高く振り上げたフルーの剣は、火を帯びてゴーレムの左肩をたたいた。
一瞬全身を火に包まれたゴーレムは崩れるように前のめりに倒れた。
「なんかすごいね。フルーの感覚ではなにか違いがあった? 手応えとか。」
「いや、私が受けた感触に違いはない。違うのは斬りつけたときに発生した炎だな。」
「うん! 確かに炎の立ち方が違ったね。いつもは斬った箇所の周辺だけ焼けるけれど、今回はゴーレム全体から火が出たから。」
玲奈とフルーが倒れて動かないゴーレムをのぞき込むと、うつ伏せのゴーレムの左肩には斬撃の激しさを示す大きな割れ目が口を開けていた。
ただしその割れ目は火属性付与を受けた剣による斬撃とは違って焼け焦げてはいなかった。
「かなり火にやられたように見えたんだけど、意外と損傷は少ないのよね。」
「ああ、思ったよりはるかに焼けた跡は少ないな。」
「剣に付与した魔力による追加的魔法攻撃がゴーレムに付与した魔力によって相殺されたのかな。フルー、悪いんだけど検証したいんでもう二体採取するから、もうひと働きお願いするね。」
「まかせてくれ!」
玲奈たちはゴーレムに付与魔法をかけて倒したものをもう一体、かけずに倒したものを一体狩ると、どちらもアイテムボックスに入れて持ち帰った。
夕食後、玲奈はアイテムボックスから二体の石ゴーレムを取り出して切り口を比較した簡単なレポートを書いた。
翌日、朝の日課をすませた玲奈はギリムを連れて王都に飛んだ。
この日は迷宮に入る予定はなく天気もよかったので髪はおろし、パンプスを履き、黄緑色のワンピースに白い薄手の外套を羽織った。
アイテムボックスには前日に迷宮で倒した二体の石ゴーレムが入っている。
学園内を見て回ると言うギリムと分かれて、玲奈は図書館に行った。
図書館のカウンターには司書のクローカのほか、端の席に見慣れないギリムくらいの身長の地味な男が作業をしていた。
「こんにちは! お邪魔します。」
「やあ、レイナさん、いらっしゃい!」
クローカは玲奈に作業中の男を紹介した。
「ちょうどよかったわ。こちらが定期的に本の修復や装丁替えをやってもらっているフリーマンさんよ。」
「初めまして! この学園の学生である玲奈と申します。」
男は血色の悪い顔を少しだけ上げて玲奈をチラリと見る。
「初めまして!」
男は小声であいさつだけさると、すぐに目を伏せて修復作業に戻ってしまった。
玲奈は見るともなしに男の手元をながめていたが、ふと目を上げると、玲奈が口を開くのを待っているクローカの姿が見えた。
「あっ、本を借りに参りました。既に借りている本もあるんですが、さらに追加して借りても大丈夫ですか?」
「うん、規定の冊数以内だったらいいよ。それでレイナさんはどんな本が読みたいのかな?」
玲奈が口を開こうとするとクローカが右手をあげて制した。
「ちょっと待って! 私が当ててみようか?」
玲奈がうなずくと、クローカはにんまり笑って人差し指を立てた。
「ケーキの作り方、でしょ?」
「んんん、残念ながらハズレでした。でもレイナという学生が読みたがりそうですね。」
「でしょ?」
「ええ。で、あるんですか? ケーキの作り方。」
「残念だけどないわよ。魔法学園の教える内容にはふくまれないからね。でも要望が多かったら買ってもらえるかも。」
「入ると女子学生は喜ぶんじゃないですか?」
「どうかな? 学生のほとんどは貴族だから、おいしいケーキは好きでもケーキの作り方は興味がないんだと思うよ。作るのは料理人だからね。」
「言われてみればそうですね。」
二人は顔を見合わせて苦笑いする。
「自分で探してみますよ。」
「それがいいわね。それでどんな本を探しているの?」
「それがですね、剣術なんです。」
「ケンジュツ? 幻術じゃなくて、金属の刃物を振り回すアレ?」
「そう、アレです。」
「まあ、なんて言うか、そのぉ、レイナさんらしいです。」
玲奈はまた戦闘狂とでも思われているのかと顔をしかめそうになったが、今まで自分が借りた本を見ればそう思われても仕方ないと思い返して苦笑いを浮かべた。
「それで、剣の技術とか鍛錬法とかは恐らく秘伝で直弟子にしか教えず、本には書かないでしょ? 過去の剣豪とか剣聖のお話、伝記なんかあるとありがたいです。」
「なんかあったかな。ちょっと書架で見てみましょう。」
玲奈はクローカに先導され、奥の書架に進んだ。
クローカはいくつかの棚を見渡して何冊か本を抜き出した。
「うちは“魔法”学園なんで、純粋に剣だけって話はなさそうね。でも魔法も剣も使う聖騎士の話ならこのとおり!」
クローカは書架から取り出した三冊の本を玲奈に示した。
玲奈は受け取るとパラパラとめくって目を通してみた。
一冊目はエリュシオール王国の建国期にあたる聖女一行の行動記録であった。
「これはね、聖女様の一行が今で言うところの学園の迷宮に初めて入ったときのことを書いたものよ。花の迷宮編は魔法主体だけど、こっちは剣で戦う場面が多いから参考になるかもね。」
玲奈は魔物との戦闘と記されているページを見つけ出し十数行に目を走らせた。
見た限り記録というだけあって、誰がどこでなにをいくつ倒したかという事実を淡々と記述しているだけであった。
他の資料と数字を比較していけばなにか読み取れるかもしれないが、現状で借りても得るものは少なそうだと見極めて、玲奈は本を閉じて顔を上げた。
玲奈が見終わるのを待ってくれていたクローカと目が合い、軽く目礼して二冊目を開いた。
「それは、聖騎士が我が国内で活動して遭遇した魔物と戦った報告をまとめたものね。」
「えっ、国内でも聖騎士が活動しているんですか?」
「国内っていうか、教皇様のお膝下の神殿騎士団の団員は聖職者であり騎士でもあるから聖騎士って呼ばれているわ。その聖騎士と王立騎士団が共同で境界付近に出現した魔物を討伐した記録よ。」
「なるほど! 武装して宗教活動を行う聖職者だから聖騎士かぁ。でも聖騎士の活動を記したものがどうして王都に?」
「たぶん帯同した王立騎士団の人が書き残したんじゃないかな。」
「ふむふむ」
玲奈は、戦闘の場面を探してページをめくった。
最初のページは魔物出現、王国と教皇庁との交渉、出撃までの経緯が延々と記されていた。
十数枚めくるとようやく魔物との戦闘が出てきた。
後世に記録を残そうとした意図があったためか、必要最小限の事項は書かれている。
遭遇した魔物の名前と数、特徴や戦い方、こちらの布陣や攻撃手段、戦闘の推進等が淡々と並んでいる。
聖騎士と魔物の戦いが眼前に浮かぶほどではないが、聖騎士がどんな戦いをしたか、その一端がうかがわれる。
ふと顔を上げるとクローカが微笑んでいた。
「あっ、ごめんなさい。つい読み耽りそうになってました。」
「面白かったのならよかったじゃない? 借りていく?」
「はい! お願いします。」
「あと一冊はいい?」
「どんな本ですか?」
玲奈は三冊目の本に目を落とし、パラパラとページをめくる。
「それは聖人様の話よ。」
「聖人ってアンテウス様?」
「そうそう、アンテウス様。レイナさんのところの街に石像があったでしょ?」
「うん、あったあった!」
「あの人ね。その本はどちらかと言えばおとぎ話寄りで、レイナさん好みではないかもしれないけれど。」
「それでも興味はありますよ。でもまた今度にしますね。」
玲奈は借りる予定の一冊を残し、残り二冊をクローカに返した。
受け取ったクローカは玲奈に顔を近づけてささやいた。
「さっき本の修復していた人はどう?」
「うんん、あまり修復には興味ないかも。私にとって本は書かれている内容しだいですね。」
「まあレイナさんならそう言うと思った。」
「話せば違ったかもしれないしれないけれど、作業しているところを中断させるのも悪いから。」
「そうね!」
棚に本を二冊戻すとクローカは玲奈を促してカウンターに戻った。
フリーマンはまだ作業を続けていた。
「じゃあ、この本借りていきますね。それと、スプリーン教授の予定わかりますか?」
「ちょっと待ってね。」
クローカはカウンターの後ろの棚からノートを取り出した。
「そろそろ暖かくなってくるし、教授は出かけて戻ってこないことが多くなるわよ。直近だと、そうね、あさってのお昼前後なら図書館に顔出すそうよ。」
「そうしたらあさってのお昼に伺います。聞きたいこともあるので。」
「うん、教授に伝えておくから。待ってるわ!」
「はい、今日はありがとうございました!」
玲奈は出て外を歩いていると、薬草園から戻ってきたギリムと会った。
「ギリム、お待たせ! 薬草見に行ったの?」
「いや、レイナさんがそろそろこっち来るかと思ったんだよ。薬師さんはいねえよ。」
「エリーズさんは来てないかぁ。ジュビリー教授にも会いたかったけど、しかたないね。まず研究棟に行ってみよう!」
玲奈はギリムを連れて研究棟に入り、スケルター教授の研究室のドアをたたいた。
彼女は教授にあいさつをすると、持参した昨日書いたレポートを見せた。
教授はしばらくレポートを読んでいたが、首を捻り問いかける。
「これは?」
「昨晩急いでまとめたので、わかりにくかったかもしれません。申し訳ないです。気がついたことが二点あったので伺いました。」
「気がついたことって?」
「一つは、属性付与して攻撃する側と受ける側が共通する素材の武具をつかってと、魔力のおかしな挙動が見られる場合があるということです。」
教授がまだけげんな表情をしているので、玲奈は説明を加えた。
「たとえば、同じ鉱石から同じ鍛冶屋が打った二本の剣をそれぞれ持った二人が敵味方に分かれて戦ったとしましょう。このうち一人が火属性を付与して剣で相手を攻撃してもう一人が剣で受けると、剣と剣が接触したときに相手の剣に魔力の一部が移ることがあるのです。」
「特殊な条件下で観測される現象があることはわかった。それでその現象にどんな意味があるのか、レイナ君がなぜわざわざ報告に来たのががよくわからないよ。」
「そうですか。実は私もこの現象に昨日気がついたばかりで、どのような条件下で発生するのか、この現状にどのような意味があり、今後どのような影響があるのか、正直まだ考えが及んでません。強いて言うならですが、」
ここで玲奈は一旦話を切って素早く考えを巡らす。
「低い確率ですが、戦場で共通の素材を使った武具の持ち主と行き合った場合、なにが起こるか認識していれば対応が容易になります。相手がなにも準備をしていなければ、それだけ有利に戦えます。」
「まあ理屈のうえではそうなるかもね。でもそれって、君が言うように起こる確率が非常に低いんだから、備えると言っても現実的ではないんじゃないの?」
「確かに現状では起こる確率が低いでしょう。でも今後はどうですか? 付与魔法の使い手が増えていくと確率も上がっていきますよ。」
スケルター教授は腕組みして、苦い表情を浮かべている。
「理屈としては正しいけれど、それは仮定の話だよね。考えるような未来がくるかどうか。」
「このままなにもしなければ、あり得ないことでしょうね。でも付与魔法の可能性、有用性を信じる人が普及させようと行動すれば違ってきます。そこには教授も私も含まれています。これはレポートに書いた第二の点ともつながります。」
玲奈がレポートに言及したので、スケルター教授は紙面をながめている。
玲奈は教授が読み終わるのを待っているが、それより先に教授が声をあげた。
「レイナ君、ゴーレムにまで付与魔法をかけたのはなぜだい? ゴーレムは敵だろ?」
「それはですね、第一の点とも関係ありますが、敵方に付与魔法の使い手がいた場合の戦闘を模したものです。なぜ石ゴーレムを対象としたのかと言われれば、動きが単調で遅いため比較的安全であることと、個体差が少ないため比較するのに好適なためです。」
「うん、なぜゴーレムを対象にしたのかは君の説明で理解したよ。でも、付与魔法を駆使する敵なんて実在するの? それこそ非現実的な話だよ。」
「ええ、現状では教授と私、あるいは私の配下のアメディアが敵味方に分かれて戦うことは考えにくいですね。でも十年後、二十年後に教授のお弟子さんと私の弟子の間でならどうでしょう? さらに代を重ねると非現実的とばかり言ってはいられないですよ。」
「でも王国外の人間には教えないようにすれば大丈夫だろう?」
「対外戦争という点では大丈夫です。しかし内紛、内乱ならそうも言っていられません。決して起こらないことではないですよね?」
スケルター教授は渋い表情をする。
そして絞り出すような声で玲奈に尋ねた。
「決して今後とも起きる可能性が皆無ではないことは理解した。それでどうするというのかい? 僕には見当もつかないよ。」
「ひとまず、どうなるか知ることからですね。双方に付与魔法の使い手がいる場合の戦闘がどうなるかを。」
「そうなるか。」
「幸い私のところにはもう一人使い手がいるので、気長にデータを集めますよ。今日はその端緒となるように現物をお持ちしたのでご覧ください。」
「現物って?」
「ゴーレムですよ。このテーブル、どけていいですか?」
「あ、ああ、かまわないよ。」
玲奈は研究室の入り口側にあるテーブルとイスを壁際に寄せた。
そして空いた床のスペースにアイテムボックスから石ゴーレムを二体取り出して横たえた。
「な、なにを?」
「あっ、もう倒して動かないので安心してください。」
スケルター教授は玲奈の背後から恐る恐る顔を出してゴーレムを観察する。
「ここを見てください。火属性を付与した剣で斬りつけた箇所です。」
彼女は教授にゴーレム二体の肩口を交互に指し示した。
そこにはフルーが斬りつけてできた亀裂が深々と刻まれていた。
「フルーには極力同じ力で同じ場所を狙ってもらってますから、物理的な損傷は差異が少なくなってます。これに対して魔力によって付けられた焦げ目は一方がほとんどないのに、もう一方はかなり広い範囲が焼け焦げています。両者の違いは、私が火属性付与したか、しなかったかだけです。」
「違いが一目瞭然だねぇ。焦げ目がついた方が付与したものなの?」
「いや、逆です。火属性を付与していると魔法で攻撃されても魔力で相殺するのか、損傷は少ないです。」
「それは意外だなぁ。」
「相殺していると言っても私の憶測なので、論拠となるデータをもう少し集めてみますね。注目すべき点は、属性付与した場合、相手から属性付与した武器で攻撃を受けても魔力による損傷をほとんど受けていないのです。」
スケルター教授は腕を組んで難しい顔をしている。
玲奈は教授の様子を見て言葉を足した。
「魔物との戦いならともかく、人間同士の戦いで相手方に付与魔法の使い手がいると、私たちの優位性が失われます。あらかじめそのことを認識しているのといないのでは、いざ戦いに臨んだときに差が出るでしょう。」
「君がどのようなことに懸念しているか、なんとなくつかめたよ。それでいざってときにはどうするのかな?」
「どうしたらいいのか、なかなかすぐには思いつきません。そうですねぇ、なんらかの手段で妨害するか、あるいは、魔力の制御系を乗っ取って自分の側で付けたり消したりできるように操るか、そんなところしか考えが浮かびません。」
「や、やはり、付与魔法使い同士で戦いたくないね。」
「はい、避けられるなら避けたいです。でも避けられないときはどう対処するか考えておかなくては!」
「趣旨には同意する。」
「ほかに方法はないかな? なんとか相手に魔力を無駄遣いさせて先に魔力切れに追い込むかぁ。確実にいくなら相手を殺すか行動不能に追い込めばいいんですけれどね。」
「やはり、なんとしても、付与魔法使いと戦うのは可能な限り回避しなくてはと確信したよ。」
「そしてどうしても避けられないときは万全をつくし生き残ると。」
「そういうこと。」
「具体的な方法については私の方でもいくつか考えてみますね。」
「うん、まかせた!」
「もう一つ、こういったことを研究していることは、研究していること自体も含めて当面伏せておきませんか?」
「そうだな、僕も賛成だ。」
「長々とお邪魔しました。それでは失礼します。」
「じゃあな!」
やや疲れた顔のスケルター教授を尻目に、玲奈はドア近くで立って待っていたギリムに声をかけて廊下に出る。
「ギリム、上の階行こうか。待たせて悪かったね。」
「俺は別にかまわねえよ。それよりあのセンセ、ずい分引いてたな。」
「うん、わかってはいたけどね。教授は戦闘が苦手なんだよ。その分、私が頭をひねらないとね。」
「やっぱりレイナさんは戦闘狂じゃねえか!」
「なんとでも言ってよ。」
二人は研究棟の上の階でジュビリー教授とスタローム参謀の研究室を訪ねたが、いずれも不在だった。
「これからどうするんだ?」
「朝の打ち合わせでも言ったけど、王都の薬屋さんにポーション売りに行って、学園に戻って食堂で料理長とお話しするから。」
「皇都みたいに、また新しい店さがして回るのかよ?」
「うん、そのつもり。学園の食堂にはお昼過ぎてから寄るから、王都のどっかでお昼にしよう!」
「ああ、わかったよ。」
二人は商業組合でまだ訪問したことのない薬屋を調べ、二軒選んだ。
一軒は貴族街に近く、カウンターも棚も艶のある白木をピカピカに磨き上げていた。
対応に出た白衣を着た細面の男にポーションの丁重に買取は断られた。
供給は十分に足りているとのことだった。
二人は気を取り直して二軒目に向かった。
今度の店は学園に近い冒険者の多い一角で、大通りから一本入った路地にあった。
一軒目の店とは対照的に店内は雑然としており、壁際に並ぶ引き出しからは薬袋があるれている。
出てきた男はよれよれのシャツに前掛けをしている。
この店では旺盛な需要があるようで、ポーションを三本買い上げてもらった。
薬屋巡りをすませた玲奈とギリムはそのまま王都で昼食をとることにした。
玲奈は量より質を重視、メニューが豊富でデザートが選べる店を希望したが、ギリムが薬屋の並びでいかにも量が売り物の店を強く希望して、改めて貴族街近くまでさがし歩くのも面倒なので妥協して手近なところに入った。
玲奈はトーストをちぎりながら、ギリムが骨付き肉にかぶりつくのをながめていた。
幸いにもこの店はお茶がおいしく、彼女はお代わりをして無骨なカップを再び満たした。
ガツガツと肉を飲み下し顔を上げたギリムは、玲奈がカップに口を付けているのを見て、自分が先に食べ終わったと思い彼女に声をかけた。
「レイナさん、俺、学園の買い取り窓口で見たんだ。」
「ん?」
玲奈はカップをテーブルに置き、目で話の続きを促した。
「それでな、俺たちでも狩れるような弱っちい魔物の中にも素材やら魔石やら買い取ってもらえるもんがあるぞ。」
「へぇ、そうなんだ!」
「もとから知ってんだろ?」
「正確な値段とかは知らないよ。ギリムが一人で倒せるのがあったら、私が図書館や薬草園に行ってる間に狩ってきたら?」
「いや、俺は戦闘が苦手なんだよ。」
「私も苦手だよ。」
「ホントかよ?」
「うん、ホントホント!」
「まあいいや。それとな、五階や十階の階層主を倒して魔石持っていくと報奨金が出るぞ。」
「らしいね。」
「五階は攻略したヤツが大勢居るが、一番進んでるヤツでも十階がせいぜいだぜ。どいつも大したことねえな。)
「へぇ、他人の攻略速度とかあんまり興味ないなぁ。」
「そうかよ。」
「ギリムは五階や十階を攻略したいの?」
「そういうわけじゃねえよ。でもレイナさんの力なら不可能じゃねえだろ?」
「どうだろ? まだ魔法も剣も中途半端だからなぁ。」
「剣はともかく、魔法は中途半端ですむかよ。それに、フルーが五階の階層主と戦いたいじゃねえのか?」
「あっ、そうか! フルーは行きたがるかもね。このところ彼には負担かけてるから少しは報いなくっちゃね!」
お昼過ぎの店内は空き始めていたので、食後のお茶をゆっくり楽しんでから玲奈たちは外に出た。
学園に戻ると、食堂も営業を終えて片付けと翌日の準備をしているところだった。
外で待つと言うギリムを残して、玲奈は厨房に声をかけて控え室のイスに腰を下ろした。
しばらくして料理長が長身を折り曲げるようにして控え室に入ってきた。
「やあレイナちゃん、お久しぶり! 待たせちゃった?」
「ご無沙汰してます。全然待ってませんよ。」
料理長はイスに腰掛けて帽子を取ると、ひっつめに結った髪が現れた。
「お忙しい中、お邪魔します。」
「それがね、最近は学生もあまり学園に来なくて、むしろヒマなくらいよ。」
「私も来ないうちの一人ですね。」
「いいの。それぞれやることがあるでしょ。そっちを優先した方がいいわよ。」
「はい、優先させてもらって出かけた成果がこれです。」
玲奈は小さな壺を取り出して料理長に渡した。
料理長は目で問い、玲奈がうなづくのを待って壺の覆いを外した。
中をのぞき込み、鼻をあてて匂いをかぐ。
「これは、カラシでしょ? 変に酸っぱい匂いもないし、高かったんじゃない?」
「それほどでもないです。辺境伯様の街デュリシーで買ったんですよ。」
「へぇ、国外まで出かけたんだね。」
「料理長も以前はあちらこちらに出かけたんじゃないですか?」
「そうね、自分たちから進んでというわけでなくても、現地の支部から要請があって出かけたことはあったね。」
「そうすると、料理長は各地の名産品とか名物料理とかにお詳しいのでは?」
「まかせて! と言いたいところだけれと、私たちって野営が多くてね、食材は基本的に現地調達だったのよ。お店で買うのは岩塩とお茶くらいで。」
「そうだったんですね。私たちなんか野営より宿屋に泊まって食堂で食事してで、かなり軟弱で恥ずかしくなります。」
「パーティごとに考え方も目指す方向も違うんだから、恥ずかしがる必要はないでしょ。まあ、内心では恥ずかしいと思ってはなさそうだけど。」
「アハハ!」
「私なんか、いろんなところ行ったことあるけど、その街の食堂にどんなおいしい料理やお酒があるかとか、その街の人たちがどんな洗練されたドレス着て帽子かぶってとか、どんな精巧な彫刻の石像や壁画があるとか、そんなこと全然わからない。」
料理長は声をたてて笑い、玲奈もつられて吹き出す。
「わかるのは戦った魔物の強さとか、どの野草が食用できるとか、あとはこの食堂で出してる料理のレシピくらいかな。」
「それだけあれば十分ってことですね? それで魔物の強さに詳しい料理長に質問があります!」
「はい、レイナ君!」
「はい、料理長はデュリシーの近くにある迷宮って行ったことありますか?」
「湿地だか湿原だかの迷宮ってヤツだよね? 」
「ええ、そんな名前だったと思います。」
「だったら行ったことあるよ。」
「どうでした?」
「そうだねえ、名前のとおり湿っぽいかな。中に木道は敷かれているけど、沼とかぬかるみとか、そんな地形ばっかりだね。出てくる魔物も水辺にいそうなヘビとかカエルとかワニとか。」
「なるほど、名前のとおりなんですね。」
「うん、それにそんな地形のところに潜っても割に合わないからねえ。踏破すれば領主から報償金が出るんだけれど、階層がどこまであるかわかってないし、成し遂げたいと思わなかったので。」
「そうなんですか。ほかに辺境伯様の領地で迷宮はありませんか?」
「あと私が行ったことあるのは領都の近くにある迷宮で、こっちはもっと湿っぽいの。環境的に攻略不可能なんじゃないかな。」
「そんなところがあるんですね。」
「うん、こっちも領主が報償金出すらしいけど、難攻不落って言われてるわね。」
「ちょっと想像つかないです。」
「すぐそこのと比べると、違いは大きいね。学園の迷宮でレイナちゃんの攻略は進んでいるかしら?」
「それが全然なんです。まだ五階の階層主とも戦っていないんですよ。」
「あら、少し意外かも。でも自分が納得できるやり方で進めればいいんだから、焦らないでね。」
「はい、迷宮探索が一番の関心事でもないので、後回しにしていました。でも後悔はありません。」
「それならよかった。まあ私の見る目がなかったので、レイナちゃんは魔法をどんどん覚えて迷宮攻略を目指すと勘違いしていたの。」
「期待に添えず、なんだか申し訳ないです。」
「私が勝手に思ってただけだから、あなたが申し訳なく感じる必要はないよ。それに今年の学生はみんな熱心に攻略しているわけでもないから、気にしなくて大丈夫だから。」
「どの人も攻略が進んでないんですか?」
「うん、五階層と十階層を一番先に攻略した子は国外で放浪してるらしいよ。ここの迷宮はぬるくて物足りないんだって。彼に続く子たちも今は実家の領地に戻ってたりで進んでないのよね。」
「私も国外での活動を優先させていますが、たまには帰ってきて顔を出しますよ。」
「ぜひそうしてちょうだい。待ってるわよ。」
「おいしいものがあったらおみやげ買ってきますよ。」
玲奈は控え室に戻ってきた他の従業員にもあいさつをして食堂を後にした。
食堂の隅で水を飲みながら待っていたギリムと彼女は合流した。
「またまた待たせちゃってごめん。」
「食堂のおばちゃんと話せてよかったんじゃねえの?」
「まあね。これで今日のお出かけの予定は終わりだよ。夕食の惣菜でも買って帰ろうか。」
二人が帰宅すると、頼んだ木剣をダダクラが完成させていた。
彼に礼を言って木剣を受け取った玲奈は、片付けと着替えをすませて庭に出た。
半日出かけた疲れもものかわ、玲奈は木剣を静かに構え、中段から軽く引きつけて振り下ろす。
感触を確かめるように一回。
さらにもう二回。
一度動きを止めて、しげしげと木剣を見てみる。
柄は、使用している剣と同じサイズ、同じ仕様で作られていて、彼女の手によくなじむ。
一方剣の本体はサイズこそほぼ同一だが、ところどころ厚みにムラがあり、表面もザラザラとケバだっている。
ダダクラらしい雑さ、詰めの甘さで、玲奈も感謝しつつ苦笑いが浮かぶ。
再び表情を引き締めると、無心になってしばらく木剣を振った。
木剣は鉄の真剣とは長さこそ同じでも材質が違い、重さも重心も違っている。
今度は真剣を鞘から抜いて柄を両手で握る。
重さが違うので、指一本分右手を鍔に近い位置で握るとしっくりきた。
これを何度か振り下ろした。
やはり感触がかなり異なり、間合い以外は練習用の木剣に慣れると真剣に違和感を覚えそうで危ういと感じられる。
このため玲奈は、人と立ち会うときを除いて、剣の稽古には木剣ではなく真剣を使うと決めた。
彼女はしばらく真剣を振った。
夕食後、玲奈はフルーとスドンに明後日の予定を説明した。
「お昼前に図書館に顔出す予定なんだけれど、その前に迷宮に入って五階の階層主のところまで行ってみようと思うんだ。フルーとスドンも一緒に来てね。」
「ああ、承知した。」
「うん、わかった。」
「レイナさん、俺も行きます。」
「ギリムは戦える?」
「うっ、確かに俺は弱ぇけど、探知能力とかで役に立ちます。」
「それなら一緒に行こう! アメディアとダダクラはお留守番お願いね。」
「はい、かしこまりました。」
「それとスドン、手が空いたときにゆっくりでいいから、この前作ってくれたのと同じ剣を二振り打ってくれない?」
「うん、作ってみる。」
「あとフルー、木剣ができたから明日にでも稽古つけてくれない?」
「なあマスター! まさか迷宮で魔物相手に剣を使うつもりか?」
「もちろん!」
「マスターが剣を持つのは、相手を牽制するためではないのか? 肉薄して戦えば危険が増すだけだぞ。」
「話が逆だよ。肉薄されないような戦い方を模索しつつ、肉薄された場合にも備えるってことだよ。」
「いや、順番がどうあろうと、結果は冷酷なものだ。剣術をはじめとした近接戦闘は体格や筋力がものをいう。失礼ながらマスターはその点に強みがあるわけでないので、回避するのが常道というものだ。」
「私の身体能力が高くないのも、近接戦闘を回避すべきなのも同意はするよ。ただね、万が一回避し切れなかった場合に備えるのにどうするかってことが問題なの。備えないってことは、あきらめておとなしく斬られることと同義で、私はそんな選択肢を持っていないんだ。」
「いや、おとなしく斬られろと言っているわけではない。」
「じゃあ命乞いをしろってこと? それとも見苦しく泣き喚けってこと?」
「誰もそんなことは言っていない。」
「なにか言うなら、剣術をやるかどうかてはなく、どのような鍛錬のしかたがいいかを言って欲しいな。あるいは剣術よりもっと近接戦闘に適した戦闘法があるなら、剣術を捨ててそっちを学ぶよ。棍とか棒術とか。」
「残念ながら私は剣のほかは槍くらいしか心得がなく、棒術は教えられない。」
「フルーにそれは求めていないから大丈夫。できれば剣術の稽古相手をお願いしたかったけれど、無理なら私なりに別の方法を考えるよ。」
「決して無理とかダメとか言うわけでない。マスターが望むなら明日でも稽古相手を務めることに異存はないぞ。」
「ありがとう! フルーが私を心配して言っているのはわかるけど、今回は見解が違ったということで。最終的に判断を下すのは私だけれど、違う意見があるなら今後とも遠慮せずに言ってもらってかまわないからね。」
翌朝、日課を終えると玲奈は執務室で図書館から借りてきた錬金術の本を読み、気になったところをメモした。
載っているレシピを確認し終えると、借りているもう一冊を開いた。
さすがに報告書だけあって無味乾燥で事務的な文体で、事前の打ち合わせから準備、出発、行程までつづられている。
肝心の戦闘については起きたこと、こちらが行ったことが最小限記されているだけで、戦いの臨場感はない。
代わりに人間側の戦い方、特に聖騎士の敵に応じた戦い方がわかるので、玲奈には読む価値があると感じられた。
集中して読んでいるうちに目や首に疲れを感じたので、読書を中断して庭に出た。
自室から真剣と練習用の木剣も持ってきている。
周りの木々をぼんやりながめてながらゆっくり体を動かしているうち、首の凝りがほぐれ頭が軽くなった。
体が暖まったところで玲奈は真剣を取り出して素振りを始めた。
上段から振り下ろす動作を納得いくまで繰り返して休みを入れた。
彼女は一旦屋敷の中に入り、調合室で作業中のフルーに声をかけ手が空いたら立ち合うように頼んだ。
再び彼女は庭に出てくると、今度は属性魔力を剣に付与する練習を始めた。
素早くまとわせたり、別な属性に切り替えながら切れ目なく剣を振り続けた。
しばらく練習を繰り返していると、剣を振りつつ並立して魔力の制御が思ったようにできるようになってきた。
間もなくフルーが自分の長い木剣をひっさげて庭に現れた。
「マスター、待たせた。」
「いやフルーこそ調合で疲れているところ、すまないね。」
「体を動かすのは気分転換に最適だぞ。」
フルーがストレッチを始めたので、既に体が暖まっていた玲奈も一緒に筋肉を屈伸させた。
ストレッチがすむとフルーは木剣を握り軽く素振りをした。
「よし、準備完了だ。」
「じゃあ私がまず上段から打ち込むから、フルーは受けてみて。」
「ああ、受けてみよう。」
玲奈は大きく木剣を振り上げると、いくよと声をかけてからフルーめがけて振り下ろした。
中段に構えていたフルーは木剣を手前に引きつけ左足を半歩引いて難なく玲奈の攻撃を受け止めた。
玲奈は再び剣を振り上げて勢いをつけて振り下ろしたが、受けたフルーの木剣はびくともしなかった。
さらにもう一回繰り返し攻撃しても、フルーの牙城は揺るぎなかった。
玲奈は一旦間合いを取って、改めて剣を構え直した。
フルーは身長が約三十センチも高く筋骨隆々としていて、ゆったりと構えられると巌のようで、隙がなく打ち込みにくい。
玲奈が呼吸を整えているとフルーが口を開いた。
「マスター、遠慮しているのか? 手加減せず全力で打ち込んでかまわないぞ。」
「そういうわけじゃないけど。まあいいや。では改めて、いくよ!」
玲奈は開き直って怖気そうになる気持ちを振り払い、思い切り剣を大上段から叩きつけた。
フルーに軽々と受けられてしまうのは先ほどと同じだが、玲奈は雑念を捨て去り剣先だけに意識を集中して剣を振り続けた。
途中二度小休止をはさんでお昼まで立ち合いは続いた。
玲奈は額に汗がにじみ呼吸が荒くなっているが、フルーは涼しい顔をしていた。
「どうだマスター、これで気はすんだか?」
フルーは、玲奈の試みを単なる気まぐれか一時的な好奇心くらいにしか思ってないようだった。
玲奈としては不本意であり、納得いくまで剣術を探究するつもりだった。
「まだまだ始めたばかりだよ。フルーが差し支えなければ、午後も少し時間を割いてくれないかな?」
「マスターがお望みなら相手しよう。」
昼食後、フルーは調合に戻り、玲奈は執務室で読書の続きを始めた。
玲奈は区切りのよいところまで本を読み進めた後、木剣を持って庭に出た。
このところ剣術にかまけて魔法がおろそかになっていた自覚が玲奈にはあった。
木剣はひとまず置いて、魔法の研究に時間を割くことにした。
攻撃に使う魔法は、威力だけでなく射程の長さや精度も必要だと彼女は考えて、現在使っている魔法の小改良を試してみることにした。
最初に火魔法で攻撃を遠くまで届かせるよう知恵を絞ってみた。
今までよりさらに細く勢いよく火が吹き出すように魔力の噴出口を絞り込み、より高速に渦が巻くように微調整した。
何度も試みていると少しずつ遠く射程が伸び、以前より身体一つ分遠くまで火が届くようになった。
気をよくした玲奈は水魔法でも同じ手法で射程を伸ばそうと試みた。
火と同じように噴出口をより細く絞り勢いをつけ、より強くスピンをかける。
これで届く距離が伸びた。
水は物質的な実体があり、殺傷力は乏しくても相手の目や鼻に当てれば妨害や牽制になる。
さらに、浸蝕性のある物質を水に溶かして相手に浴びせることを考えていたが、こちらは物質の選定や確保が進んでいなかった。
水魔法は後日にまわし、次は風魔法を小改良することにした。
火魔法が使えない市街地や草原などの状況で、水魔法が足止めに使えるなら、風魔法には相手にダメージを与えることを念頭に置いた。
今まで使っていた風魔法による風の刃を磨くことにした。
反転した二枚の薄い刃をさらに圧縮し、さらに高速で回転するように改良を試みた。
圧縮で魔力の消費がぐっと増える。
回転を速くすることでさらに魔力を多く使う。
そのうちにフルーが木剣を持って庭に出てきた。
「マスター、お待たせした。調合の区切りがついたので手合わせできるぞ。」
「ぜひお願いします。」
玲奈とフルーは軽くストレッチで体をほぐすと、木剣を構えて向かい合った。
「言っておくけど、さっきの私とは違うよ。」
「御託はいいから、全力でかかってくるがいい!」
玲奈は勢いよく木剣を振り上げると、フルーに向けて思い切り強く振り下ろした。
フルーは木剣を引いて難なく受け止めた。
午前中の繰り返しである。
玲奈は間合いをとると木剣を正眼にかまえた。
フルーもそれに応じてかまえ直す。
玲奈が木剣を振り上げて、フルーに向けて上段から振り下ろそうとすると、フルーはこれを受けようと木剣を引いて身構えた。
玲奈はそのまま上段からまっすぐ振り下ろすフリをして木剣を右を横に滑らせ、クルリと剣先を回すとブルーのガラ空きの左胴をたたこうとする。
フルーは玲奈の意図が読めなかったが、木剣の動きを見てとっさに手首をひねり、左斜め下に木剣を突き出すことでかろうして玲奈の木剣をはじいた。
それまで主人のわがままにしかたなく付き合っていたに過ぎなかったフルーであったが、たった今の一合でやる気をみなぎらせた。
「私も気合を入れ直すから、改めてマスターも全力でかかってこい!」
「じゃあフルーの気合を見せてもらおうか。」
玲奈は険しい表情をすると思い切り高く木剣を振り上げた。
フルーは玲奈の動きに対応するように木剣を手前に引きつけたが、彼女が今しがた見せたフェイントを警戒して中途半端な体勢になっている。
最上段にかまえ大きく見開いた目でフルーを睨み据えながら、彼に迷いがあることを見てとった。
彼女は木剣を正眼の位置まで下げてかまえ直した。
表情を和らげて大きく意気を吐き出す。
フルーもその様子を見て、木剣をかまえ直す。
玲奈は柄を握る両手のうち右手を離して、手のひらの汗を腰のあたりの服で拭う。
それを見たフルーはフッと息を吐き出した。
その瞬間、何食わぬ顔で玲奈は左足をすり足で半歩前に出し半身になると、左手一本で木剣を前に突き出した。
虚を突かれたフルーはとっさに木剣を寝かせ、上からたたいて玲奈の攻撃を防ごうとする。
玲奈は木剣を左外側に回してフルーの木剣をかわすと、手首を折り曲げて外側からフルーの小手をねらう。
フルーが気づいて剣を手元に戻して払おうとするが、それより先に玲奈の剣先がフルーの右手手の甲をコツンとたたいた。
フルーは打たれた自分の右手と玲奈の顔を交互に見ている。
フルーと目が合った玲奈はニヤリと笑った。
「一本!」
「は?」
玲奈は木剣を右手でたたいて言葉を返す。
「これが真剣で、フルーが小手や手袋をしていなければ切られていたよ。」
「それがどうした?」
「剣を持つ手が傷つけられると、剣を振りにくいなるよね。力が半減すると、仮にフルーが私の倍の力持ちでも、五分五分になるってわけ。」
フルーは剣先で地面をたたき、内心のイラつきをあらわにしている。
「さらに、痛みで集中力を欠くかもしれない。流れた血が柄をぬらせば手が滑るかもしれないし、固まった血が手のひらに張り付くかもしれない。血の流出が続けば体力が削られるかもしれない。つまり最初五分五分でも時間とともに私が有利になるわけよ。」
「そんなの仮定に仮定を重ねた理屈にすぎないだろ?」
「そう、理屈よ。その仮定にしか過ぎない可能性を現実にするため、策を重ねたことが結果に結びついただけなの。フルーは私が適当に行き当たりばったりで剣を振り回していたらたまたま当たっただけだと思ったの?」
「いや、決してそう思ったわけではない。」
「そう? 恐らくフルーが思っていたより私は一歩先を読んでいたつもりだよ。たとえば、午前中はずっと上段から撃ち下ろすだけだったよね。」
「ああ、そうだったな。」
「それで午後も初手は同じように上段から真っ向いくのかと見せかけて横から胴を薙いだので、フルーは警戒して私の出方を見極めようとしていたでしょ。だから私が剣から右手を離して手のひらの汗を拭く動作をしたときに攻撃すればよかったのに、様子見していて一瞬気を抜いたね。そこに私がつけ込んだわけ。」
「うむ、油断していたというのか。不覚だ。」
「油断するように仕向けたとも言えるけどね。魔物ならともかく、人間は裏をかくよ。」
「ああ、肝に銘じよう。」
「それに稽古でなく命のやり取りになったら、空いている右手は次の攻撃を準備すると思うよ。ナイフ投げるかもしれないし、私だったら魔法使うかもしれない。」
「そうかもしれないな。」
「そろそろ再開しようか? 今度はフルーも攻撃してみて! そうじゃないとお互い身のある稽古にならないからね。」
二人は再び木剣をかまえて向かい合った。
今度はフルーも攻撃に転じたが、主人にケガをさせないように手加減した。
お陰で玲奈はフルーの攻撃をかわして逆に攻勢に転じた。
特に玲奈がフェイントと見せてまっすく突っ込んで打ち込みを成功させると、フルーはトリッキーな彼女の攻撃を読めずに翻弄され続けた。
玲奈も息が上がってきたところで終了とした。
「フルー、お疲れ! それと、ありがとう!」
「いや、こちらこそいい稽古ができた。」
「体よりも頭が疲れたでしょ? フルーが全力でこいって言うから筋肉だけでなく脳ミソも全速全開でいったのよ。筋力だけではどうしてもあなたにかなわないからね。」
「マスターが敵でなかったことをトラシュ族の守護精霊に感謝するよ。」
「精霊に感謝を捧げるなら、人事も尽くさなくっちゃ! 素人の見立てだけど、フルー、あなたは相手と駆け引きをしてこなかったでしょ?」
「ご明察だ、確かに私は駆け引きより力を最優先させた戦いをしてきた。」
「やっぱりね。相対してみて、そんな気がした。だってフルーって、目を向けているところに注意を払っているし、足を踏み出した方向に重心を乗せてくるし、こっちの読みどおりの動きをするんだもの。」
「そうか、今まで気にもかけていなかったな。いかに早く相手を斬ることしか考えていなかったからな。」
「本能だけで戦っている魔物相手ならそれでもいいんだよ。でも人間、特に名人とか達人とか言われている人が相手だとそうもいかないかも。」
「できる限り精進するとしよう。」
「それじゃ、今日はこれくらいにしよう。私はもう少しここで魔法の練習するけれど、フルーは中に入って夕食まで休んでいて!」
フルーを見送って、玲奈は一人で魔法の模索を始めた。
彼と立ち会ってみて感じたことがある。
今日のところは玲奈のトリッキーな戦い方に翻弄されていたが、効果的な戦い方は無限にあるわけではなく、いずれフルーが慣れて見切れるようになると筋力や体格の差で圧倒されるだろう。
ではどうするか?
速度や精度で優位を保ちつつパワーの差をどうやって埋めるのか?
トレーニングで鍛えつつも、魔法によって補う方法がないか彼女は考えた。
試しに右腕、指先から肩までよく練り込んだ魔力をまとわせたうえで木剣を振ってみたが、筋力が向上した感触はなかった。
二度、三度と繰り返し振ってみたが変化は体感できなかった。
漫然と腕全体に魔力を込めるだけではダメなことがわかった。
一度じっくり筋肉が収縮する原理を思い出しながら試してみることにして、この場では別のことを考えることにした。
もう既に夕暮れがせまり、夕食まで時間はあまり残っていない。
このため彼女は、フルーと立ち会う前に取り組んでいた風魔法の改良を続行することにした。
威力を増すため、空気をより圧縮してより高速に回転させるので魔力の使用量が多くなった。
加えて各段階でのコントロールが複雑で難しくなり、発動まで時間がかかってしまう。
これらの点を解消しようと、発動までの時間を縮めることを重点的に練習を繰り返した。
二十回も繰り返すとスムーズに発動することができるようになってきた。
連続して使ったのでかなり魔力を消費したはずだが、残りにはまだ余裕がある。
次に剣を握ったまま魔法を放つ練習に取りかかった。
既に彼女はどの指先からも魔法を撃つことができるので、木剣を振りながら任意のタイミングで魔法を使う練習をした。
具体的には右手の人差し指か左手の小指を一時的に立てて、その指先から魔法を放つ。
実際にやってみると剣を振るのと魔法を放つのでは頭の中で別の回線を使うのか、動きながらだと切り替えがスムーズにいかない。
相手がそこそこ剣術をつかい彼女が魔法を使うことを知っている場合、現状では通用しないだろう。
しかし知能が高くないゴブリンなどの魔物に対してならこの戦い方は有効だと思われる。
彼女はもう少し練習を重ねて、かまえをとった状態や動きを止めたときなら魔法をスムーズに放つことができるようになった。
日没の時間を過ぎて空は暗くなりつつあったが、彼女はまずまず満足して明るい気分で食堂に向かった。
夕食後、玲奈は執務室にこもった。
先ほど魔力による身体強化を試みて際に思いついた筋組織の収縮のメカニズムやエネルギー代謝、神経の伝達に関して憶えていることをノートの新しいページに書き込んだ。
書き終わって読み返してみると、意外と憶えていることがあり、明日以降魔法による強化が可能か順次試してみることにする。
彼女はノートを閉じると、今度は魔法の実技を試し始めた。
室内なので光魔法を使って、剣を振りながら魔法を放つための練習をする。
昼間、剣を握る両手のうち一本指を立てて指先から魔法を放つことを想定して練習したが、動きの中で滑らかに行うのは思いのほか難しかった。
指を立てるのではなく握ったまま指の第二関節から魔法を放つ方が剣を振る動きの中でスムーズに魔法が使えるのではないかと彼女は考え、人差し指の第二関節に光属性の魔力を瞬時に集める練習を繰り返した。
やってみると人体の先端に当たる指先と違って、その中途にあたる第二関節にピンポイントで瞬時に魔力を集めるのは難しかった。
まして敵と対峙し剣を振りながら魔力の微細なコントロールをすることは現状では不可能であった。
しばらく繰り返しても進展がないので、明日以降段階的に反復練習することにして、彼女は早めに就寝した。
翌朝、まだ暗いうちに玲奈は起き出した。
動きやすい服に着替え、髪をポニーテールに結び、真剣を携えて庭に出た。
ただし最初は剣でなく魔法の訓練である。
彼女は庭の中ほどまで進むと、大きく息を吐き出しながら魔力を練り込んだ。
そして右足のつま先に意識を集中させて土魔法を発動させると、三メートルと少し先の地面が盛り上がり、一メートル近い土の小さな塔が出現した。
彼女は再び呼吸を整えると右手を前に突き出した。
手は軽く握り、人差し指だけを伸ばして土の塔に向けた。
魔力をよく練り込むと風魔法を発動させ、土の塔に向けて指先から空気の刃を放った。
風切り音がして、土の塔から小さな土煙があがった。
玲奈は今まで空気の刃を放つときは、連想される形態から手裏剣を切るような動作をして発動させていた。
しかしこの動作はイメージにより発動の連想が容易になるためのもので、魔法の威力や速度、狙いの正確さにはなにも寄与しない。
それどころか剣を振りながらこの動作を行うのは隙を作ることになりかねない。
また動作によって相手に攻撃が読まれる恐れがある。
風魔法は視認性の低さがメリットであるが、そのメリットを消しかねない。
これらの点から、風魔法も火魔法や水魔法と同じように動作なしで指先から放出ができるように訓練することにしたのだ。
訓練を始めると、最初は風魔法を放出するときにどうしても右腕が前に突き出すように動いてしまう。
やむを得ず左手で右手首をつかみ、右手が動かないように押さえつけて魔法を発動させた。
右手は条件反射的に魔力の放出と同時に前に伸びたがったが、意志を体現した左手がそれを押しとどめた。
何度も繰り返すうちに右手は反射的動作なしで空気の刃を放てるようになった。
玲奈は成果に満足して、次の課題に取り組むことにした。
今度は土の塔の周りを歩き、距離や角度を変えて狙ってみた。
命中精度を高めるためである。
彼女は歩いては立ち止まり、魔法を放ってはまた歩いてを繰り返した。
そうするうちにコツをつかんだ。
指を標的に向けるよりも、指先と標的を結びその間の軌道を思い描く方が命中精度が高かったのである。
また当たり前であるが、距離が長くなれば威力も精度も落ちる。
有効射程を把握するのも重要であった。
こうしてこの日の迷宮探索に必要な魔法の準備は整った。
全員が集まってストレッチをした後、玲奈は朝食の時間まで頭を空にして剣を振った。
朝食前の打ち合わせでこの日のスケジュールを全員と確認、特に玲奈と一緒に迷宮に出かけるフルー、スドン、ギリムには念を入れた。
食後は軽く騎士団の報告書の一節に目を通して時間を使い、その後は二階の自室に戻ってしたくを整えた。
髪を一旦解いて、ひっつめに高く結い直す。
かんざしの止まり具合を手で確かめてから、赤いバンダナを巻く。
今着ている飾りのない生成りのシャツとパンツはそのままに上から厚手の外套を着る。
赤いマフラーを巻いて準備完了!
玄関まで降りると既に三人が待っていた。
フルーとスドンは盾を持ち金属製の胴よろいに身を固める。
ギリムは皮革のよろいに身につけて左右の腰にナイフが入ったポーチを付けている。
玲奈は三人を連れてグレイナーから王都に飛んだ。
迷宮の入り口で軽く体をほぐして火属性の付与魔法を全員にかけて探索を開始した。
「今日は五階の階層主のところまで行くのが目標だよ。消耗を避けるため、それまで戦闘はなるべく避けること。」
「ああ、承知した。」
「うん、わかった。」
「ギリムは索敵をよろしくね。私は魔力を戦闘に回すから。」
「はいはい、わかりましたよ。」
「あと、なるべく戦闘はしないって言ったけど、二階でヘビを数匹捕まえよう。皮や肉が採れるからね。」
二階でヘビと三回、三階でスドンの練習がてらゴーレムと二回戦って、四階に上がった。
四階はゴブリン階である。
狭い通路を抜けて広い空間に出ると、ところどころ離れた場所に二、三匹のゴブリンがいるとギリムが告げるが、近づいてこなければ相手をせずに通り過ぎる。
このまま上の階に行来たいと玲奈は願ったが、二つ目の広間の奥にいる群れがその願いを阻んだ。
「レイナさん、前の方にちょっとでけえ群れがいます。」
「出たね!」
「数は、ええと」
ギリムが指を折ってゴブリンを数え始める。
ここで玲奈は今日初めて魔力を放散させ探索を行う。
「数は十九匹、上位種や特異個体はいないね。」
「数えるの速えな!」
「ギリムは一匹ずつ数えてるんでしょ? 二匹ずつか五匹まとめて数えればいいのよ。」
「俺にできっかよ?」
「帰ったら特訓ね。」
「さ、さあ戦いだぜ!」
ギリムはポーチからナイフを取り出し握りしめる。
玲奈は左腰からさげた剣の柄をポンポンとたたいた。
そして呪文を唱えて、自分の前にいるスドン、右斜め前のフルー、右隣りのギリムに火属性魔力を付与し直した。
自分には光属性を付与した。
ゴブリンたちも玲奈たちを視認して、喚きながら近づいてきた。
ただし統率個体がいないのか、左右に広がって取り囲むような動きをすることもなく、バラバラと押し寄せてきた。
「フルー、突出し過ぎないようにね。スドンとの間隔にも気をつけること!」
「ああ、気をつけよう!」
「スドン、ゴブリンが接近したらハンマーは使わなくていいから、盾をぶつけて弾き飛ばしなさい。」
「うん、わかった。」
ゴブリンたちは手に持った棍棒を振り回しながら飛び跳ね走り寄ってきた。
フルーが鞘から大剣を抜くと、剣先をチロリと火がなめる。
ゴブリンたちはギクリとして動きを止める。
ゴブリンたちはフルーとにらみ合うが、焦れたのか意を決したように一匹、二匹と前に出て突っかかってきた。
しかしフルーは冷静に斬り捨てる。
ゴブリンたちはフルーには敵わないとみて、背の低いスドンと玲奈のいる左側に寄ってくる。
玲奈はいつでも剣を抜けるように鞘の上部を左手で軽く握り親指の腹を鍔にかけて、スドンの後ろから左横に進み出た。
ゴブリンたちは女の玲奈が前に出てきたことから、彼女に群がるように押し寄せた。
玲奈はゴブリンたちが三メートルを切るくらい近づくと、先頭のゴブリンを右手の人差し指で指差した。
次の瞬間、風切り音がするとゴブリンの二の腕が切り裂かれた。
ゴブリンの右腕に線が入り白っぽい肉の断面が見えるとたちまち赤茶けた血があふれ出した。
ゴブリンは棍棒を取り落とし、痛みのためか叫び声をあげて身をよじる。
その間にも玲奈は魔法で次々と他のゴブリンたちの利き腕に攻撃を加えた。
後続のゴブリンたちは恐れて後ずさりした。
玲奈は残りのゴブリンが接近してこないのを見て、腕を切られて武器を取り落とし身悶えしているゴブリンたち九匹の足を攻撃した。
太ももやふくらはぎを空気の刃で切られて九匹のゴブリンはたちまち横倒しや前のめりで倒れた。
彼女は光属性を帯びてギラリと光る剣を抜き、立って動いてるゴブリンを一瞥して牽制すると、倒れてもがいているゴブリンの一匹に歩み寄った。
のたうつゴブリンの体を右足で押さえると首筋に剣を突き立てた。
噴き出した赤茶色の血がブーツを濡らす。
肉を断つ感触、骨を削る感触が柄を通じて手のひらに伝わる。
肝が冷えるが、お魚をさばくのと一緒と言い聞かせる。
ほぅと息を吐き出すと、残りの八匹も次々ととどめを刺して回った。
それが終わるころにはフルーが残りのゴブリンをあらかた倒していた。
残った三匹は敵わないととみて背を向けて逃げ出した。
玲奈が魔力探知で周囲を見渡す限り、近くに他の個体はいない。
「よし、フルー、行っていいよ!」
「おお、では出るぞ!」
「スドンとギリムは警戒しながら待っていてね。」
「うん、待ってる。」
ゴブリンはそれほど足が速くないので、すぐにフルーが追いついて背後から斬りつけて倒す。
残りの二匹はあわてて右に進路を変えて逃げる。
玲奈がそちらを追いかけて、走りながら風魔法で前を走るゴブリンの足元を狙う。
空気の刃にふくらはぎを切り裂かれてゴブリンは転倒した。
後ろからフルーも追いかけてきたので、転んだゴブリンは彼にまかせて玲奈は最後の一匹を追った。
すぐに差を詰めると同じように風魔法で転倒させ、とどめを刺した。
改めて剣を見ると、血のりがべったりと付着している。
ブーツも血と泥にまみれている。
玲奈は水魔法で水を出すと剣を洗い流し、ブーツもきれいにした。
剣身を手ぬぐいで拭いているとフルーが大剣をさげてやってくる。
「マスター、終わったのか?」
「うん! フルーもお疲れ! 剣とよろいを洗い流すね。」
玲奈は血のりが付いたフルーの剣や返り血を浴びたよろいにも水をかけてあげる。
「さっきのは朝練習をしていた魔法なのか?」
「そうだよ、正確には魔法そのものではなく動作なしで発動させる練習だったんだけどね。」
「そうか。ともかくちょっとした群れなら半壊させてしまうのだから、味方にしてみれば心強いぞ。」
「戦いに役立つなら練習した甲斐があったよ。」
「戦闘で効果を発揮する魔法なのだから、これも登録してみてはいかがか?」
「トーロク?」
フルーが言う登録とは、自分で開発した新魔法を魔法学園に登録することであると、玲奈はとっさに思い浮かばなかった。
一度登録の手続きを経験して、もう一度やってみようという気持ちもなかった。
「ああ、新魔法かぁ。でもこの魔法は既にある魔法なんじゃないかな。無詠唱で杖や魔導書を使わず、剣を振りながら使う私の戦い方が特異なだけであって。」
「そんなものなのか?」
「うん、おそらくはね。それにフルーみたいに金属のよろいを身につけたり、硬いウロコを持った魔物には通用しないからね。」
釈然としないフルーの装備品もきれいに洗い流したので、二人はスドンとギリムの待つ地点に戻った。
「二人ともお待たせ!」
「おう、すんだのか?」
「うん! ギリム、周りの様子は?」
ギリムは背後を指差す。
「うんと離れたあっちにちょびっとゴブリンどもがいるが、近くにゃなにもいねえよ。」
「ありがとう! 問題なさそうだから上の階に進もう!」
玲奈はフルーの後について進み、間もなく五階に上がった。
五階はコボルト階であり、最奥に階層主が控えている。
狭い通路を少し進むと広い空間に出た。
玲奈は一行を止め、地図を開いて周囲を確認した。
「この空間をまっすぐ突っ切ると向こう側の壁に出るよ。壁の中ほどに通路があるからそこを通るともう一つのもっと大きい空間に通じるみたい。このあたりは四階と同じだね。その先に階層主がいるよ。」
階層主という言葉を聞いて、フルーは気合を入れ直した。
玲奈は自分の前にいるフルー、左斜め前のスドン、左隣りのギリム、そして自分自身に火属性の魔力付与を行った。
「じゃあギリム、索敵よろしくね!」
「ああ、わかった。でもよ、ワンコロは鼻がきくぜ。俺の方が先に見つけられるかわかんねえぞ。」
「そうか! コボルトは鼻がいいかもしれないね。どちらが先に見つけるかは気にしなくていいから、不意打ちだけ食らわないように注意してくれればいいよ。」
「ああ、わかったよ。」
玲奈はフルーの後ろをついて歩き、周囲に気を配りながらも考えごとをした。
鼻がきく相手なら、野生動物がそうするように風下から近づけばいいのではないか?
風魔法で風下となるように風向きを変えればいいのではないか?
今ここで実験はしないが、原理的には自分たちの前方から後方に向けてゆるやかに風を吹かせばいいので、感覚的にも可能と思われる。
すると、ギリムが立ち止まり、左前方を指差した。
「レイナさん! ワンコロどもがうろついてやがる。数は三匹だ。」
玲奈はギリムが指差す方向に目をこらしたが、距離があるのか定かには見えなかった。
「うん、わかった! こちらに向かってきているじゃないなら、このまま通り過ぎるよ。ギリムは引き続き群れの動きと、他の群れが現れないか見張っていて!」
「ああ、まかせてくれ!」
玲奈たちはなにごともなく再び歩き出した。
歩きながら彼女はまた考える。
相手がこちらより嗅覚だけでなく、視覚や聴覚も優れている場合はどのように対処するべきか?
身体強化のように視覚や聴覚を強化する方法がないのか?
あるいは、魔法を使ってこちらの姿を欺瞞し、相手が視認するのを妨げたりする方法もあるかもしれない。
その後ギリムが三回コボルトの小さな群れを見つけたが、いずれも進路から離れていて接近もしてこなかったので手を出さず通り過ぎた。
最初の広間は一度も戦うことなく押し渡った。
狭い通路に入ると、道は折れ曲がり、いくつも枝分かれして、四階と比較して複雑な造りをしていた。
玲奈は索敵をギリムにまかせ、自分は地図を取り出して読図とナビゲーションに徹した。
曲がり角や分かれ道では待ち伏せを警戒しながら進み、距離の割に時間をかけて狭い通路部分を抜けて、第二の広間に出た。
玲奈は神経が少し疲れたので、周りにコボルトがいないのを確認して小休止を取ることにした。
彼女はカップを取り出して魔法で水を満たして自分で一口飲むと、フルー、スドン、ギリムにカップの水を順々に飲ませた。
さらに彼女は毛布を取り出して折り畳んで地面に敷き、その上に腰を下ろした。
フルーたちも腰を下ろし足を投げ出してくつろいでいる。
玲奈はメモ帳を取り出して、思いついたことを忘れないうちに走り書きした。
魔法による視覚強化として水晶体や瞳孔、網膜への作用、視神経の伝達速度向上、視覚中枢の処理能力最適化、赤外線域への対応、さらに聴覚強化として鼓膜や耳小骨、聴神経、聴覚中枢への作用、これらを帰宅したら順次試してみるべく書き残した。
腰を下ろしてから時間にして五分程度だが、彼女はこれ以上くつろぐと弛緩し過ぎると感じたので、おもむろに腰を上げた。
他の三人も彼女にならって体の伸びをしながら立ち上がる。
「そろそろ行こうと思うんだけど、疲れはない?」
「私は休まなくても大丈夫だったぞ。」
「俺は休めて助かりましたよ。」
玲奈はフルーの後ろについて進み、その左にはスドンの後ろにギリムが付いて歩く。
ギリムはときどき周囲を見渡していたが、なにかに気がつくと右前方を指差した。
「レイナさん、あそこ! ヤツら三匹います。」
玲奈は目をこらすが、よく見分けられない。
二十メートルも進むと彼女の目に不明瞭ながらうごめく影が見えてきた。
あちらもこちらに気がついたのか、影が動き出した。
「ワンコロどもが逃げてきます。」
「ギリムの方が先に見つけることができたみたいだね。」
「喜んでもいらねえぞ。逃げた先にワンコロがわんさといるぜ。」
ギリムが指差す方向に玲奈も目をこらすが、肉眼でははっきりと見えない。
どうせコボルトも自分たちを見つけているだろうから、かまわず玲奈は右側に魔力を放散させた。
相手の数を数えたり、魔力量を見極めるのはギリムより玲奈の方が得意だ。
「数は、二十六。上位種や特異個体はいないよ。」
フルーが振り返って口を開く。
「マスター、個体の強さならゴブリンもコボルトも大して変わらない。統率者のいない寄せ集め集団なら三十近くても脅威ではないぞ。」
「うん、大きさは変わらないね。でも素早いし、統率個体がいると厄介だよ。侮れないな。」
「そうだな、気をつけよう。」
コボルトの群れは一団になって鳴き交わしながら足早に近づいてくる。
玲奈たちは右側から近づきつつあるコボルトたちに備えて右に体の向きを変えた。
そして戦いに備えて左隣りのフルー、左後ろのスドン、後ろのギリムに火属性の魔力付与を行った。
この時点で彼女は自分たちの隊列が事前に決めたものと変わってしまったことに気がついた。
本来は剣を振りやすいように前列右にフルー、左にスドン、後列はスドンの攻撃力を補うために玲奈が左、ギリムが右と並ぶはずであった。
しかし四階でゴブリンを追いかけた際にフルーと玲奈が深追いしたため、それから隊列が変わり、直さないままここまできてしまった。
結果的に玲奈はフルーと並んで前列に立つことになったが、コボルトの群れ相手に魔法と剣の戦い方を試すつもりだったので、怪我の功名ではあったが大いに張り切った。
彼女たちが待ちかまえていると、一丸となって近づいてきたコボルトの群れは十メートルを切ると大きく左右に分かれて展開した。
半円形に広がり、四人を包囲するように広がった。
「きっと統率個体がいるよ、注意して! 突出して間隔を開け過ぎないように!」
玲奈は後ろに回り込まれないように、右腰のポーチからナイフを取り出すと、群れの右端に向けてナイフを投げつけた。
ナイフはコボルトに命中はしなかったが、火をまとい尾を引きながら飛んでいった。
コボルトたちは恐れて後ずさった。
さらにフルーが抜いた大剣が火を帯びているのを見せつけられ、コボルトは混乱して右往左往した。
しかし鳴き交わすうちに隊列がたちまち整い、スムーズに円周上を右から左にスライドして、フルーや玲奈の側からスドンやギリムの側に移動した。
ギリムは左側に回り込まれまいとナイフを次々と投げつけた。
いつものとおり、狙って投げているのかわからない力まかせな投げ方だが、火をまとって飛んでくるナイフにコボルトたちは足を止めた。
左側にも広がれないコボルトたちは、与しやすそうなスドンを取り巻いた。
スドンは近づいてきたコボルトに盾をぶつけて吹き飛ばしている。
吹き飛ばされたコボルトは立ち上がると盾を避けて左右に広がったり、盾の下をくぐろうと四つん這いになったりしている。
鈍重で不器用なスドンは悪戦苦闘していた。
ギリムは状況を認識したが、コントロールの悪さに自覚があるのか、コボルトがスドンに近づくと、ナイフを投げるのをためらった。
見ているうちに一匹のコボルトがスドンの左側を大きく回り込み、死角からスドンの左側面に近づいた。
ギリムが気がついたときにはそのコボルトは剣をスドンに向けていた。
服もろともスドンの太ももの皮膚が切り裂かれ、血が流れ出した。
右側で剣を構えてコボルトと対峙していた玲奈は、その様子を視野の端でとらえた。
「スドン!」
玲奈はナイフを一本、右側のコボルトたちに投げつけると、スドンのもとに駆けつけた。
彼に斬りつけたコボルトがさらにもう一度斬ろうと剣を構えたところに躍り込み、コボルトの右腕に剣を振り下ろした。
深い体毛の分浅手になったためか、コボルトは剣を取り落とすことはなく玲奈に向き直ったが、右手が動かせなかった。
玲奈はすかさず踏み込んでコボルトののど元に剣を突き入れ、これを倒した。
倒れたコボルトを蹴飛ばしてスドンの前に出ると、彼の盾に吹き飛ばされてヨロヨロと立ち上がったコボルトに斬りつけた。
新たに現れた闖入者にコボルトたちは驚き、あわてて飛び退いた。
玲奈の外套の裾は返り血を浴びて点々と赤く染まっている。
「スドン、少し下がってなさい。自分でケガに治癒魔法をかけられるね?」
「うん、できる。」
スドンの治癒魔法の詠唱を後方に聞きながら、玲奈は三、四歩前に進み、コボルトは彼女を取り巻いた。
コボルトたちはジリジリと包囲網を縮める。
彼女は間合いを計り、頃合いよしと見定めると、剣を持つ両手のうち左手を離し、大きく左から右へ水平に動かした。
指先から噴き出した火が範囲内にいたコボルトたちを包んだ。
七匹のコボルトが耳をつんざくような悲鳴をあげ地面を転げ回った。
後ろにいて難を避けたコボルトたちはあわてて逃げ散った。
あたりには焦げた臭いが漂う。
すぐに悲鳴は聞こえなくなり、地面を動くものもなくなった。
それとともにコボルトたちも再び集まりこちらをうかがう。
玲奈は地面でくすぶる火を飛び越えて、集まったコボルトたちの前に躍り出ると、今度は右手の指先から火を浴びせた。
今度は四匹のコボルトが火ダルマになった。
コボルトたちはパニックになりかけたが、すぐに落ち着きを取り戻した。
この間にフルーにも二匹斬られて数が半減している。
すると方針を変えたのか、コボルトたちは間隔を開けて散開した。
玲奈が試しに火魔法を放ったが、届かない距離をとって位置しており、統率個体の意思を感じさせる。
玲奈が前に出ると対峙するコボルトたちは退き、彼女がフルーの位置まで引くと恐る恐る距離を開け過ぎないに追従してくる。
にらみ合いの膠着状態に陥った。
火魔法や風魔法では届かない。
水魔法や土魔法では威力が足りない。
玲奈は弓矢を持ってくればよかったかと考えたが、まがりなりにも知性のある相手と戦うときは自分も知恵を働かせなければならないと思い直した。
フルーとはさみ撃ちにしようかと考えたが、二人だけで俊敏な相手には分が悪く、スドンとギリムに参加してもらっても彼らが包囲されたら無事ではすまない。
やはり魔法をうまく活用するしかないか。
威力が足りないならおとりに使い、届かないなら届く距離まで近づく。
彼女は素早くどう動くか考えを巡らせた。
玲奈は左端のコボルトに向けて火魔法を放った。
コボルトは一瞬ギョッとするが、距離が開いていて火が届かず、少し安堵したようであった。
すかさず玲奈は水魔法を上向きに放った。
緩い勢いで指先を飛び出した水流は低い放物線を描いてコボルトのはるか手前の地面を濡らした。
コボルトはマジマジと玲奈の水魔法を見ていたが、変化がないため飽きたのか不意に横を向いた。
その瞬間、玲奈は水流を細く絞り勢いよく斜め四十五度の角度で放水した。
目を離したコボルトは水の行方に気がつかず、次の瞬間に頭上から水を浴びて、思わず身をすくませた。
この瞬間を狙っていた玲奈は、水の放出を止めると身を低くして一気にダッシュした。
コボルトが玲奈の接近に気がついたときには火魔法の射程に入っていた。
コボルトが身を翻して逃げようとした。
玲奈は左手をコボルトに向けて魔法を放つ体勢に入ったが、コボルトの毛が濡れていることに気がつき、火魔法ではなく風魔法を足に向けて放った。
コボルトは左足を軸にターンしたが、右足のふくらはぎを切られて次の一歩が踏ん張れず、たたらを踏んで前のめりに倒れた。
玲奈はすぐに追いついてコボルトの背を踏んで押さえつけぼんのくぼに剣を突き刺してとどめを刺した。
抜いた剣先から血がしたたり、柄も血に濡れている。
彼女は他のコボルトが接近してくることを期待したが、コボルトたちは魔法を警戒して近寄ってこなかった。
彼女はフルーに呼びかけて動いてもらうことにした。
「フルー、突っ込んでいいよ。」
「よし、出るぞ!」
フルーが駆けだすと同時に玲奈も別のコボルトを追った。
フルーの標的となったコボルトは迎え撃つか逃げるか一瞬迷ったようで、中途半端な体勢のままあっさり斬られた。
ただしその間に左右のコボルトがはさみ込むようにフルーに接近した。
フルーは右側に向いて一匹を斬ったが、背後には左から近寄ったコボルトが回り込んでいた。
コボルトは、なにも防具をつけていないフルーの左太ももの裏側を斬った。
「うっ!」
フルーはうめき声を発し体がぐらつくが踏みとどまる。
彼は上半身をひねって、次の攻撃をしようとしていたコボルトを先に横合いから斬りつけて吹き飛ばした。
さらに反対側から近づいてきた別のコボルトも斬った。
彼は周囲に残りのコボルトがいないことを確認すると地面に剣を突き立て、身を持たれかけて荒い息を吐いた。
玲奈はフルーが斬りつけられたのを視野にとらえるとコボルトとの追いかけっこを止めてフルーのところに駆けつけた。
残りのコボルトに向けて火魔法で大きな火柱を作ってみせると、コボルトたちは怯えて一目散に逃げ散った。
フルーに斬られた中に統率個体がいたのか、規律がなくなり踏み止まれなかったようだ。
玲奈はその様子を見てから、フルーと同じように剣を地面に突き立て両手を空けたが、その両手は血塗れだった。
やむなく水魔法で水を出して洗い流し、浄化魔法をかけてきれいにした。
「フルー、しみるけど我慢して!」
玲奈はナイフを取り出し、フルーが斬られた傷の周りの服を切り裂いて露出させると水をかけて血を洗い流した。
しみるのかフルーが低い声でうめく。
次に彼女は呪文を唱えて小治癒の魔法を発動させる。
フルーの裂けた肉がゆっくりと盛り上がり、皮膚が伸びて傷口をふさいだ。
さらにフルーにも浄化魔法をかけて感染症対策とした。
ケガの治療がすむと、玲奈はフルーと自分の剣についた血を洗い流した。
後ろにいたスドンとギリムがやってくる。
「フルー、大丈夫か?」
「なに、これくらい大したことではない。」
「切り傷は後から痛んだり熱が出たりするから用心すること。」
「治療してもらったことは感謝する。」
「ギリム、コボルトたちはどう?」
ギリムは周囲を見渡す。
「コボルトどもは逃げ去りました。あれじゃ戻ってまた戦うってことはありませんて!」
「じゃあ、戦いは一段落だね。スドンのケガは大丈夫かな?」
玲奈がスドンの脇にまわり左足の様子をみると、傷口はふさがり血は止まっていた。
玲奈は念のためスドンにも浄化魔法をかけた。
「幸いにも深手ではなかったけれど二人ケガを負ったし、ここは慎重に撤退しようか?」
「せっかくここまで来たのに退くというのか?」
「うん、今の戦いで思った以上に消耗したからね。コボルトの群れの戦い方も経験したし、なんなら後日再挑戦したらいいじゃない?」
「いや、ここまで来たんだ。もう一息だろうし、一気にこの階を攻略すべきだろう!」
「えっ、もう一息なの?」
玲奈は地図を取り出して確認した。
今いる広間を抜けるとまた通路を進むが、そこを抜けた小空間の奥に階層主がいると記載されている。
この階の三分の二は来ている勘定だ。
「確かにもう少しで階層主の住処みたいね。でもフルーもスドンもケガして万全じゃないでしょ? 私の采配のまずさが原因だから私を責めてかまわないので、体調を整えて再挑戦しましょ。」
「いや、自分が弱く不甲斐ないためやられたのだから、マスターを責めるつもりは毛頭ない。マスターもどうか自分を責めないでくれ。私の体調に関しては問題ない。」
「でもかなり出血したんだから、その分体力を消耗しているよ。底力が必要なときに影響が出てくるんじゃない?」
「消耗したのならば、それに応じた戦いをすればいい。それに次の機会に再挑戦したとしても、無傷でここまで来ることができるかわからないだろう?」
「スドンは体調どうなの?」
「僕は大丈夫!」
「聞くまでもなかったわねぇ。」
「それにな、マスター。私は手強い相手と戦いたいのだ。弱いゴブリンなど何十匹斬っても据え物斬りと同じで強くなれない。危険を冒しても力量ある相手と生死をかけて戦わなければ真の力は身に付かないのだ。」
「うんん、私もフルーと立ち合ってみてそのことは実感できる。」
「だろう?」
「ギリムはどう思う?」
「俺はレイナさんの判断に従うのみです。レイナさんが進むのならついて行くし、退くのなら帰ります。」
「そっか、私が判断せざるを得ないね。それなら進むとしよう。ただしひと目見てヤバいくらい強そうなら速攻逃げるよ。」
「ああ、それでかまわない。」
「階層主はフルーにまかせるけど、劣勢になって危険と私が判断したら遠慮なく介入するからね。」
「もちろんだ。」
「じゃあ行く前に水分補給しよっか。出血したからね。」
玲奈はカップを取り出して水魔法で水を満たし、フルー、スドン、ギリムに飲ませた。
最後に玲奈も一口水を含むと階層の奥に向けて出発した。
広間に敵影はなく、一度も戦闘せずに通路の入り口まで着いた。
「また細い通路に入るからギリム、索敵お願いね。私が地図読むから。」
「まかせてください。」
幸いにもさほど複雑で枝分かれしておらず、敵にあうこともなく通路を抜けた。
抜けた先は広間というには狭く、大きな部屋というべき広さの縦長の空間だった。
左右にはゴツゴツした岩壁が見え、天井が見えないほど高い。
この空間にコボルトはいなかった。
奥の壁には大きな亀裂が走り、すきまからさらに奥に進めるようになっている。
地図と照らし合わせると亀裂の向こうに階層主がいるようだ。
ギリムが亀裂の向こう側で待ち伏せしていないか確認すると、フルーを先頭に階層主のいる奥の間に踏み入った。
階層主であるコボルトキングは部屋の中央にある平べったい岩にどっしりと腰を下ろし、その周りを部下とおぼしきコボルトが取り巻いている。
その様子が、護衛の騎士を従えて玉座に腰かけた王様、キングを思わせ、玲奈は思わず笑ってしまった。
対照的にコボルトキングは苛立ったようになにごとか吠えると、部下のコボルトたちは弾かれたように身構え、玲奈たちに一歩一歩近づいてくる。
この動きを見てギリムが後衛に下がり、フルーとスドンが前に出る。
玲奈は全員に火属性の魔力付与をし直す。
コボルトたちはやや大柄な個体が通常の大きさの個体二匹を従えており、この組み合わせが二組、それぞれフルーとスドンに相対する。
従う平兵士格のコボルトは玲奈より小さいくらいだが、率いる分隊長格はスドンに近い背丈でガッチリしている。
フルーが大剣を引き抜き剣先から火がこぼれ落ちると、コボルトたちは警戒して歩調を落とす。
スドンの後ろにいた玲奈も剣を抜いて、フルーとスドンの間から顔を出す。
ゆっくりとコボルトたちが近づいて火魔法の射程に入ると、玲奈は剣から右手を離し大きく回してコボルトに向けた。
指先から火が噴き出しコボルトのうち二匹が火に包まれた。
しかし二匹の分隊長格ともう二匹は火を避けた。
玲奈が剣から右手を離して自分たちに向けた時点で警戒していたからである。
「フルー、右側の二匹をお願い!」
「まかせてくれ!」
スドンと玲奈で左側の二匹に対処する。
玲奈はズドンの左隣りに進み出て平兵士格のコボルトの一匹と対峙する。
玲奈が右手を剣から離すと、コボルトは火魔法を警戒して飛び退く。
右手で再び剣を握ると近づいてくる。
玲奈は一歩コボルトに近寄るとそっと左手の小指を立てて風魔法を放った。
玲奈の動きに対応して踏み出そうとしていた右足に空気の刃を受けて横倒しになった。
玲奈はすぐに駆け寄ると倒れたコボルトの首筋を斬り付けてとどめを刺した。
すぐに彼女は分隊長格のコボルトに剣を向ける。
さらに剣から右手を離しコボルトを指差すと、コボルトはあわてて飛び退く。
右手を剣に戻して握り直すと今度はジリジリと寄ってくる。
再び右手を剣から離してコボルトに向けると、コボルトはまた飛び退いて火魔法を警戒する。
玲奈が右手で剣を握り直すと同時にコボルトは身を沈めてダッシュする体勢に入った。
その瞬間玲奈は両手で剣を握ったまま左手の小指を立てて、コボルトに向けて空気の刃を放った。
右の太ももを切られたコボルトはよろけたものの踏み止まったが、玲奈がすかさず左足も空気の刃で切り裂いたので、
たまらず前のめりに倒れた。
玲奈はコボルトの側頭部を斬りつけ、さらに首筋にも剣をたたき込んでとどめを刺した。
その間にフルーも二匹を倒していた。
コボルトキングは部下のコボルトたちがあっさり倒されたことに怒った。
大剣を手に玉座のごとき岩から立ち上がると、吠えながら大股に近づいてくる。
「フルーにまかせるから思う存分戦ってみなさい。」
「マスターはそこで見ていてくれ!」
フルーは前に出ると剣を構えてコボルトキングと正対した。
コボルトキングは他のコボルトより一段と大きく、ギリムと同じくらいの背丈があり、自分の肩の高さくらい長い大剣を提げて、左手に円盾を装備している。
フルーが一歩前に出ると、呼応してコボルトキングも叫びながら進み出る。
フルーが上段から剣を振り下ろすと、コボルトキングも剣を合わせる。
重い金属音が響いて、筋肉と筋肉がぶつかる。
フルーよりも一回り小柄なコボルトキングは力比べとなると不利と感じたので、パッと飛び退いて距離をとった。
フルーは改めて剣を構え直すと素早く間合いを詰めて剣を振り下ろした。
コボルトキングはフルーの剣撃を見極め鋭く反応して左右にかわしている。
さらにフルーの攻撃が大振りで隙があると見たのか、コボルトキングはフルーが剣を振り下ろした直後にカウンター狙いで懐に飛び込もうとした。
しかし大振りなようで連続攻撃を鍛えていたフルーは反応よく剣を切り返し、下段から擦り上げた剣先がリーチの差でコボルトキングの右脇腹をかすった。
傷としては浅手だが、手傷を負ったことでコボルトキングは慎重になり守勢に回った。
フルーが主導権を握り、上段から次々と剣を振り下ろすが、コボルトキングはすべてかわし続ける。
十回以上同じ攻撃をフルーは繰り返し、コボルトキングは慣れて余裕がでてきたようだ。
後ろで見ている玲奈も単調な攻撃の連続にイライラしてきた。
するとフルーは真っ向から振り下ろすように見せて、剣を外側に滑らせるように動かすと、コボルトキングは飛び退こうとして予想した攻撃が来なかったので一瞬戸惑い、横からの攻撃に対応が間に合わず、左肩を斬られた。
左手が使えなくなったコボルトキングは目に見えて動きが悪くなり、フルーの剣を避け切れなくなり、間もなくヒザをつき、そしてうつ伏せに倒れた。
「フルー、お疲れ! 思いどおりに戦えた?」
「ああ、見ていてくれたか? 昨日マスターと立ち合った経験を生かしたぞ!」
「そうだね。見てたよ! コボルトキングはどうだった?」
「思っていたより一回り小さかったな。力では私が上回っていたが、その分素早くて手を焼いた。マスターの技を応用させてもらったが、自分にはもっと研鑽が必要だと痛感した。」
フルーは戦いで気分が高揚したのか、なかなかに饒舌だった。
玲奈はフルーの剣とよろい、ブーツに水をかけて血を洗い流した。
フルーはコボルトキングの胸から取り出した魔石を玲奈に渡した。
玲奈は魔石を洗い流し、自分の剣とブーツにも水をかけた。
ギリムが分隊長格の二匹から魔石を取り出して玲奈のとこほに持ってきた。
「レイナさん、終わりましたね?」
「うん! ギリムも索敵お疲れ! お陰で不意打ちを喰らわずに助かったよ。」
小さな魔石も洗ってしまうと、玲奈は一行を見渡して言った。
「さすがにこれより上の階に行こうとは思わないので、外に出ましょう。」
玲奈たちは迷宮の外に出た。
日の光がまぶしい。
既にお昼に近かった。
明るいところで改めて見ると、彼女は自分の外套に点々と血が付いていることに気がついた。
一行を連れて道を外れ、物陰に入った。
そこで彼女は手拭いを濡らして外套を拭いた。
丹念に拭き取ったつもりだが、血の跡は色が薄くなったものの点々と残った。
彼女は他の三人の汚れも拭いてあげ、最後に四人まとめて浄化魔法をかけた。
「学園で買取窓口と図書館に寄って行くよ。それがすんだらお昼にするからね。」
迷宮側にあたる学園の南門をくぐると右手に薬草園が見えてくる。
まだ黒々としたむき出しの土が広がる一画に人影が見えた。
「薬師さんにあいさつしてくるからちょっと待っててね。」
玲奈は三人に言い置いて畑の中に入っていった。
「エリーズさん、こんにちは!」
「あら、レイナちゃん、こんにちは!」
「土作りですか?」
エリーズはバケツに肥料を入れて運んでいた。
「そうなの。畑はこれからだけど、樹木、特に常緑の木は今が時期よ。」
「このあたりでも常緑樹ってあるんですね。」
「多少はあるけれど、南の地方ほどではないわ。」
「南の方が常緑が多いんですね。」
「ええ、王国でも南の地方はお茶が取れるわ。ちょっと渋いけれども。もっと南、王国を出て他の貴族領に行けば柑橘類がたくさん取れるわよ。」
「レモンピールを見たことがあるんですが、これも南から来てるんですね。」
「そうね。柑橘だけでなく、南の方は果物や花き、薬草も豊かよ。」
「それは面白そうですね。エリーズは南の方へ行かれたことがあるんですか?」
「いいえ、私が扱うのは王都周辺のものが多いから、国外は行ったことがないの。パルマまでときどき出かけるけれど、南の産物もそこで手に入るわ。」
「なるほど、今度パルマ行ったときに気にかけてみます。ところで、ジュビリー教授はお出かけですか?」
「教授は毎年のことだけれど、この時期はずっと南に行っているわ。でも街中ではなく、山間部や湿地帯の調査で新種を探しているんでしょうけれど。」
「あはは、教授らしいですね。お戻りになる頃にまた伺います。」
「少し先になるけれど、待ってるわ!」
玲奈はエリーズと別れ、三人と合流して学園の事務棟に入る。
買取窓口に行くと、バッグから取り出すふりをしてアイテムボックスからコボルトたちの魔石三個を取り出した。
「迷宮五階の階層主を討伐しました。魔石を持参したので査定をお願いします。」
「確かに魔石ですね。査定をしますのでしばらくお待ちを。」
対応に出た若い事務員が魔石を受け取り、奥に引っ込んだ。
それほど待たずに、若い事務員の上司らしい中年の男が窓口に出た。
「査定したところコボルトキング及びその眷属のものと確認できた。よって規定どおりの買取額を支払う。受取人となる学生は誰だ?」
「はい、私が学生です。」
買取の責任者らしいその男はいぶかしげな目で玲奈をにらむ。
「お前の名前は?」
「あっ、玲奈です。指導教官はスケルター教授です。」
「ん? 見たところ杖も魔導書も持っていないようだが、お前は戦わなかったのか?」
玲奈は左手で剣の柄をポンポンとたたいたが、男は気がつかなかった。
自分から剣を使った戦闘法について議論したいわけではないので黙っていた。
男は、玲奈の背後に控える三人にチラリと目をやった。
「自分では戦わず配下に戦わせて報酬を手にしても問題ないし、責めるつもりもない。ただ、せっかく戦闘の経験を積む機会があるのにみすみす逃すのはお前のこれからのためにならないかと案じたのだ。先輩からの助言と思ってくれ。」
「ご助言ありがとうございます。」
玲奈は特に反論もせず、お辞儀してお礼を述べた。
そして買取代金を受け取りると窓口を後にした。
「レイナさん、言われっぱなしでよかったんですかい?」
「うん、かまわないよ。」
「しかしマスター、あの男にずい分と見くびられたのではないか? 今回の探索ではあなたが半分以上魔物を倒したのだから、戦わなかったと部外者に判断されるのは納得いかないな。」
「返り血がついたまま窓口にいけばよかったかな。」
不満顔のフルーたちに玲奈は苦笑で応える。
「まあそれは冗談として、あのおじさんにどう評価されようとも気にすることはないな。王宮に勤める気もないしね。」
玲奈はフルーたちにロビーで待つように言いつけてから図書館に向かった。
建物を出た物陰でバンダナをはずし髪を一旦下ろしてポニーテールにまとめ直した。
彼女が図書館に入ると、カウンターにはハワードを連れたスプリーン教授がイスに腰かけ、司書のクローカと話をしていた。
「皆さん、こんにちは!」
クローカは玲奈の外套の裾に血の跡が薄く付いていることに気がついたか、スプリーン教授もハワードも玲奈の服装には目も向けないので黙っていた。
「やあ、レイナ君か!」
「レイナさん、こんにちは!」
「皆さんはなにをしていたんですか?」
「いやあ、次に出かけるときの準備でハワード連れて動いていたんだよ。」
「この前、雛森に行った後、どこかお出かけになりましたか?」
「単身で近場を見に行くことはあったが、発掘などはやっていないな。レイナ君も次一緒にどうだね?」
「はい、予定が合うようでしたらぜひ。次の予定はどこですか?」
「うむ、西の丘陵地でいくつかある遺構のどれかだな。年代の古そうな興味深いものもあってな、王国前期のものとされていても基層部の下にもっと年代が古いものが残っているかもしれんのだ。」
「レイナさん、西へは行かれたことありますか?」
遺跡のことになるとスプリーン教授の話が長くなりそうなので、すかさずハワードが割り込む。
「ええ、この前ファラリアに行きました。今度は南の方へ行ってみたいので、ファラリアから南下するか、それともパルマあたりから行った方がいいか調べているところです。」
「残念ながら、僕はおいしい料理屋とかお菓子とか疎いので。」
「ハワード君、ダメじゃない! ちゃんと情報を仕入れておけばレイナさんの食いつきも違ったのに。」
クローカが混ぜ返すと、ハワードは苦笑いを浮かべる。
「ワシも食べ物のことはよくわからんぞ。すぐ現場に行ってしまうからな。」
「その点は大丈夫ですよ、自分で探しますから。それよりも道のりの長さ、険しさや治安状況がわかったらと思います。」
「うむ、どこに行くのかによるが、ファラリアからもパルマからも街道沿いは治安も悪くないし、道のりはそう違わんよ。違いがあるのが領主で、パルマから南は王の直轄領が多いのだが、ファラリアから南の南西部は在地の貴族領ばかりだ。王国の成立以前から現地を治めてきて、のちに王国に臣従したから独立志向が強いな。なかには頑迷で蒙昧な領主もいて、古代遺跡の発掘調査に非協力的なことがあるんだ。自分たちのご先祖様が関係しているかもしれないのにな。」
王国創建前後の話が昨日のことのように出るあたり、この飄々(ひょうひょう)とした初老の教授が王宮の歴史書編集委員を兼ねた史官でもあることを玲奈は思い出した。
話が長くなりそうなので、ハワードが大叔父の話に割り込む。
「僕は峠を越えて国外まで行ったことはないので聞いた話なんですが、パルマからの道の方が峠の標高が低くて道がなだらかなのだそうです。ただしファラリアからの道も山道が長いものの、交通量はこちらの方が多いくらいだそうです。」
「ハワードさん、ありがとうございます。私の移動に役立ちそうな情報です。」
玲奈がそう言うと、ハワードはこの日一番の笑顔を見せた。
その後スプリーン教授が長広舌をふるい、クローカがそれにツッコミを入れてうやむやのうちにこの日はお開きになった。
面白そうなものが発掘されたらまた集まろうとだけ申し合わせて。
「みんな、お待ちどうさま!」
「大して待ってねえから大丈夫だ。」
「じゃあ、王都でお昼にしようか? 今日はコボルトキングの報奨金が入ったから豪勢にいこう!」
それでもフルーたち三人はいつもと食べるものは変えず、肉をもう一皿ずつ追加しただけであった。
表情が変わらず感情が表れないフルーやスドンはともかく、ギリムはおなか一杯食べて幸せそうだった。
帰宅した玲奈は気疲れもあって、夕食までゆっくり午睡をとった。
翌日、翌々日は休養日にした。
休みつつ、魔法の練習と読書に時間を割く予定である。
この二日間で玲奈は、ミセリ教授から借りた本に載っている魔法陣はすべて筆写した。
また学園の図書館から借りた本のうち、錬金術師に関する言い伝えも斜め読みながら目を通した。
予想したとおり、レシピやそれのヒントになる情報はなかった。
また錬金術の名の由来である金をはじめとした金属関連の合金やメッキに関する事例もなかった。
一つだけ肥料ないし土壌改良剤を作って不毛の地を沃野に変えた話が出てきたが、それ以外は薬を作って人の病気を治す話ばかりであった。
一応教訓として錬金術は、術者個人の富貴を求める行動よりも病気を治して人の役に立てることが期待されていることは読み取れる。
そのまま忘れても問題ないと思ったが、玲奈は自分が治癒魔法を使うので参考のため病気の種類をメモしておくことにした。
食あたりにも見える胃腸病、漆か毛虫にでも触れてかぶれが悪化したような皮膚病、風邪をこじらせたような肺の疾患、切り傷が化膿したような全身症状、このような症状を錬金術師が錬成した薬剤で治していた。
玲奈は読書の合間には魔法の練習に励んだ。
指の第二関節に魔力を集めることを目標に、寸暇を惜しんで練習した。
最初はゆっくり確実に、慣れてくると少しずつスピードを上げて、さらに剣を握りながら。
そして庭に出て剣の素振りを何回かしたが、締めには必ず魔法と剣を併用する練習を積んだ。
玲奈は読書や剣と魔法の練習の合間には庭に出て笛を吹いた。
かつて皇都パルピナでおみやげとして買った品である。
彼女はかつてなじんた名曲の旋律を吹いた。
冬枯れの林に笛の音が蕭々と染みていった。
三日目の午後、玲奈はフルーたちとゴーレムの迷宮に出かけた。
スドンのほかにアメディアも一緒に行き、付与魔法の実験をしてみる予定だ。
玲奈たちは一、二階を素通りして三階まで降りた。
ここで石ゴーレムを相手に付与魔法をいろいろ試す。
「フルーはアメディアが付与魔法をかけるから、私が誘引したゴーレムが来たら斬ってね。アメディアはフルーとスドンに火属性の付与魔法をかけてね。」
「はい、かしこまりました。お嬢様はどうなさるのですか?」
「私? 私はあの子と遊んでくるよ。」
玲奈は一番近くを歩いているゴーレムを指差すと、小走りに近づいた。
彼女はゴーレムの背後で水属性の付与魔法を唱えてゴーレムに付与魔法をかけた。
ゴーレムは自分が魔力を浴びせられたことに気がつくと、張本人に向き直った。
玲奈はゴーレムに追いかけられながら、フルーのいる方に逃げてきたが、彼が魔力付与を受けてないことに気がつき叫んだ。
「アメディアー! 魔法をお願い!」
ハッとしたアメディアはあわてて火属性の付与魔法を唱えた。
フルーは玲奈を追いかけて近づいてきたゴーレムが間合いに入ると、大剣を一閃させてこれを倒した。
「いったいお嬢様は何をなさろうと?」
「単純に言えば、付与魔法をかけたもの同士の戦いだよ。」
アメディアは頭上に疑問符を浮かべて首を振っている。
「私の単純な頭ではマスターの真意はわかりかねるな。」
「単純な話なんだよ。相手にも付与魔法の使い手がいた場合どうなるかって試しているところ。」
「マスターの想定するような状況はあり得るのか?」
「今はないけど、この先もずっとないとは言い切れない。たとえばこの前戦ったコボルトキングの手下に付与魔法使いがいたらどうなったと思う? きっともっと手こずったよ。」
「うむ、そうなのか? いや、そうかもしれないな。」
「でしょ? だったら今から調べて考えておこうってわけ。まずはここを見て!」
玲奈はしゃがみ込んで、倒れて動かなくなったゴーレムの肩口の損傷部分を指し示した。
「フルーの剣でここが破壊されていけれど、火属性を付与された剣だから周りはもっと焼け焦げているはずよね。でも実際はそうなってない。」
「それが相手も属性付与した効果なのでしょうか?」
「おそらくはね。偶然そうなったのか、必然的な結果なのか確かめたいから、もう少し付き合ってね!」
「はい、なんなりと。」
その後フルーは火属性のままさらに二体倒した。
次にアメディアはフルーに水属性を付与し、玲奈が火属性を付与したゴーレムを三体斬った。
さらに比較のため属性付与しないゴーレムも二体斬った。
玲奈はフルーが倒したゴーレムの損傷箇所を見比べてメモをとり、必要ならスケッチもした。
「概ね私が予想していたのに近い結果が出たかな。」
「そうなんですかお嬢様、よかったですね。」
「うん、アメディアとフルーが協力してくれたからね。試料として何体かおみやげにもなるしよかったよ。」
「お役に立てたのであればなによりです。」
「フルーには窮屈な戦いをさせてしまったね。物足りないならもっと下の階に降りるよ。」
「いや、構わんよ。ゴーレムは何体相手しようと身にはならないからな。」
「それじゃ帰ろうか!」
翌日玲奈は、神殿騎士団の本を読み、剣や魔法の練習をした。
聖騎士の戦い方は感情を混えることなく起きたことが淡々と記述されており、一字も見逃すことができないように感じた。
気になった点はメモをとった。
戦い方、特に剣技は文書ではわからなかったが、戦闘に至るまでの各段階の記述は参考になりそうな箇所が多かった。
たとえば遠征の計画策定、各方面との調整、編成、装備、糧食から行軍の様子、索敵に至るまで、通常外部に出てこない事項が系統だって見ることができたため、玲奈にはとても学ぶことが多かった。
この日は神殿騎士団関連の調べ物で時間を使ったため、魔力付与したゴーレムに関してレポートを書けなかった。
翌日、玲奈はギリムを連れて王都に飛んだ。
借りていた本を返すためである。
この日は戦闘をしないので、明るい黄色のワンピースにパンプスを履き、白い薄手のショートコートを着ている。
出かける前にアメディアが髪を編み込んでくれた。
玲奈は学園に着くと、まずは図書館に顔出した。
バッグから二冊の本を取り出す。
「こんにちは! 借りていた本をお返しします。」
「じゃあ返却の手続きしておくわね。」
「神殿騎士団の話はとても参考になりました。」
「聖騎士でも華やかな物語じゃないのに、こういうのを好むあたりレイナさんらしいわね。」
「そうですか? 確かに読み物として面白いかどうかは微妙ですが、資料としては得難い重要なものです。よく閲覧に供しているとさえ思います。」
「それほどなの? まあ王国の機密事項ではないし大丈夫よ、きっと。むしろレイナさんに読んでもらって役立てた方が本も本望でしょ。」
「かなりメモをとりましたし、いつか役に立てますよ。」
「それで、今日はなにか借りたい本ある?」
「病気やケガの本てあります?」
「えっ、レイナさんか配下の人、病気なの?」
「いやいや、そういうわけではないけど。もう一冊が錬金術で作った薬で病気を治す話が載った本でした。それでほかにどんな病気や治療法があるのかなって思って。」
「どうかな、あったかなぁ。ちょっと探してみるね。」
そう言ってクローカは玲奈と一緒に書架へ移動する。
何冊か取り出しては棚に戻し、そのうちの二冊をクローカは玲奈に渡した。
玲奈はパラパラとページをめくって斜め読みしていたが、一冊をクローカに示した。
「こちらを貸してください。」
「手続きしておきますね。この本はどこが気に入ったの?」
「当然ながら具体的な処方は秘伝でしょうから出ていないですけれど、薬師がどんな行動をとったかは追えそうですから。」
「なるほどね。もう一冊の方が王様に表彰されたりわかりやすい場面が多いんだけれどね。でもこっちの方がレイナさんらしいと感じるわ。」
カウンターで薬師の活動記録に関する本を受け取ると、玲奈は図書館を出て研究棟に向かった。
借りていた本を返すべくミセリ教授の研究室に向かった。
しかし教授は不在だったため、玲奈は感謝を伝える伝言を本にはさみ、部屋の前にあるポストに入れて学園から立ち去った。
ギリムを連れて王都からパルマに飛ぶ。
ポーションの売り込み先を増やすためである。
二人は商業組合の事務所に向かった。
組合で薬屋のリストを見せてもらいながら事務員と話をしたが、パルマは街中や近郊の村に薬師が少なからず住んでいるという話が出て、いくつかの近郊の村へは乗合馬車が出ていることを聞き出した。
乗合馬車の乗降場の場所を訪ねてそこに出向いた。
昼前という時間帯のせいか馬車はおらず話を聞く御者はいなかったが、周囲の店で聞き込みをした。
幸いにも南へ向かう街道を途中の村までゆく便もあり、二日後の早朝に出発するとのことだった。
二日後度支度で訪れることにして、玲奈たちは商業組合で調べた二軒の薬屋を訪問した。
パルマはポーションを調合できる人が何人もいて供給が潤沢なようだが、迷宮があって需要も旺盛なようでどちらの薬屋でもポーションを買い取ってもらえた。
その代金でまたちょっとだけ贅沢にお昼をいただいた。
「ギリムは高級店でお金をたくさん使える場合でも、お肉を増やすだけなんだね。」
「俺はレイナさんのように味の細かい違いはわからねえよ。腹が満ちれば満足なんだよ。」
「そうなの?」
「ああ、味の違いがわかるんなら高級品もいいだろうよ。でもわからねえから面倒くせえだけで、いちいち悩みたくねえんだ。」
「最初は分からなくてもしかたないよ。でも何度も食べてるうちにわかってくるんじゃないの?」
「そうかもしれねえけど。」
「今のギリムはこぎれいにしていて、いろんな服を着こなしてオシャレだと思うけれど、服を選ぶのは面倒なことで、悩みたくないことかな?」
「そういうわけじゃねえけど。」
「好きなことや興味あることを考えるのは苦痛じゃないでしょ? それって頭を使っているからだと思うよ。」
「まあ服をいろいろ選ぶのは苦痛じゃねえよ。頭をそれなりに使うとしてもな。」
「じゃあ、もっと活発に頭が使えるように計算問題やろうか?」
「それとこれは別だろ!」
「冗談よ、半分はね。」
「半分かよ!」
「計算問題はともかく、私の他に頭を駆使してくれる人がいると楽なんだろうなって思うんだけれどね。」
「どうせ俺は駆使できるほど上等な頭を持っちゃいねえよ!」
「それなら足を駆使してもらって午後からの買い物に付き合ってもらおうかな。」
玲奈は昼食を終えるとギリムを伴いパルマの街に繰り出した。
通りかかった食料品店でバジルに似た香草を見かけたのでこれを求めた。
その後はギリムにあきれられつつ、化粧品店を巡った。
自宅に戻ったころには日が西に傾き始めていた。
二日後の朝、玲奈はフルー、ギリムとパルマに飛んだ。
南へ向かう乗合馬車に乗るためである。
玲奈は動きやすい無地のシャツとパンツを薄手の外套で包み、ニットキャップをかぶっている。
道中は比較的治安もよいとのことで、フルーは簡素な皮よろいと小ぶりな円盾、ギリムはよろいも付けていない。
三人とも馬車旅に備えて厚手のクッションを持ってきている。
朝早くパルマの東門を出た馬車は市街地を囲む丘を駆け下りると、黒土の平坦な畑の中を進む。
途中小さな村で休むこと二回、昼前に終着の村に着いた。
村に一軒ある食堂兼宿屋で軽食をとって一休みすると、早々に再出発した。
この村からは徒歩である。
小川にかかる小さな石橋を渡ると、道はゆるやかな登り坂になる。
左側に背の高い木立が並んでいて、馬車で来た道と雰囲気が違っている。
王領から在地の貴族領に入ったのかもしれない。
三人は何回か木立の下で一息入れながら歩いた。
台地を登っていくと眼下にウィスラ川の流れが見えるようになってきた。
登るにつれて日は西に傾く。
ときどき馬車や騎馬の人とすれ違う。
南東に向かっていた道が尾根を乗り越して南に方向を変えると平坦になり、斜面に平行に進むようになる。
傾斜がゆるやかになり、ところどころ果樹園なのか木々の茂みが見えるようになってしばらく進むと石垣があり城門をくぐった。
城門の中は、ゆったりとした街並みが広がっていた。
西側の斜面上部には厳しい石造りの大きな建物があり、要塞のようなそれは領主の館なのだろう。
街道とその西に並行して走る道がメインストリートのようで、商店が並んでいる。
家屋は平屋が多いが、その分間口は広く大きな造りの家屋が多い。
小さな公園が通り沿いに散在し、葉を落とした街路樹が西日を遮っている。
玲奈は手近な軽食屋に入ってフルーとお茶を飲みながら、ギリムに宿屋を探しに行ってもらった。
少したつとギリムが帰ってきて玲奈の前の席に腰を下ろし、追加のお茶を注文した。
「レイナさん、調べてきたぜ。」
「さっそくありがとう。それで見つかった?」
「ああ、行商人たちから聞き出したぜ。まずは金回りがいいときに泊まる高めが一軒、悪いとき用の安めが二軒だ。」
「幸い私たちは余裕があるから高めでいいんじゃない? その方が寝心地がよさそうだし。」
「高くてもいいならもう一段上があるらしいぜ。お貴族様が泊まるよう高級宿屋らしいがな。」
「そんなところに泊まるような身分じゃないし、かえって落ち着かないからいいよ。」
「それとな、この街はモールトンって言って男爵様が治めているだがな。」
そう言ってギリムは声をひそめた。
「領主の一族で王立魔法学園に通ってる野郎がいるらしいぞ。」
ギリムの言葉を聞いた玲奈は心臓の鼓動が跳ね上がるのを感じた。
一泊して通過するだけだから、仮に自分の存在が領主に知られたとしても、丘の上の館に招かれたりはするまい。
ただし万が一接触があった場合、どうなるのか予断を許さない。
自意識過剰であっても用心するに越したことはない。
ただし警戒しすぎるとかえって怪しいので、さりげなく振る舞わなければならない。
そこまで考えを整理した玲奈は、大きく息を吐き出すと口を開いた。
「私の身分は特に隠し立てするものじゃないし、誇示するものでもないよ。普段と変わらずにいつもどおり過ごすように。二人ともいいね?」
ギリムは神妙に、ブルーは無表情にうなずいた。
「旅程のことがあるから明朝は早めに出るよ。自宅と同じ時間に起きて体を動かすからね。じゃあギリム、宿屋に案内して!」
ギリムが案内した先には、温かい食事と柔らかいベッドが待っていた。
夕食後、玲奈はいつものように旅の記録をつけた後、付与魔法使い同士の戦いや魔法による身体強化の方法について考えを巡らせたると、いつもより早めに就寝した。
快適な寝室と適度な疲れは多少の不安に勝った。
翌朝早く、疲れも残らず快適に目覚めた玲奈は客室内で魔法の練習を始めた。
二人部屋に一人で泊まっているから誰かを起こす心配はない。
指先、第一関節、第二関節をまだ暗い室内でピカピカと光らせる。
それに加えて光が青や赤の色を帯びるよう工夫をしてみた。
そんなことをしているうちに夜が明け、外が明るくなってきた。
彼女は外に出て宿屋の中庭で体を動かし始めた。
剣を使うようになったので、そのために必要な動きの切れ、粘りを加えられるトレーニングができないか模索した。
体幹を鍛えるためいくつかの動きを確認しているうちにフルーとギリムが外に出てきた。
いつもどおりのストレッチで体をほぐす。
料理長を兼ねる亭主が中庭の倉庫に食材の出し入れで顔をのぞかせたが、三人の見慣れない踊りに首をひねっていた。
ストレッチが終わるとギリムは客室内に一旦引っ込んだが、ブルーは剣を持たず素振りの型を、玲奈は剣を振る動きをしながら両手の人差し指や小指に魔力を瞬時に集める練習を朝食まで繰り返した。
朝食を終えると玲奈たちは素早く準備を終えて宿屋を後にした。
モールトンの南門を出ると、しばらくは黒土の畑や牧草地が点在する斜面をうねるように街道は進む。
やがて林の中に入り、ゆるい登り下りを繰り返すようになる。
少し開けた林間で小休止した。
日は既に高く登っている。
また歩き出すとしばらく登りが続く。
ギリムがアゴをあげるがなんとか踏ん張って登り続けると台地の上に出た。
林を抜けると畑の中を進む。
間もなく城壁に囲まれた小さな街が見えてきた。
お昼からそれほどたっていない時間に、次の宿場町に到着した。
ワープポイントにタッチした玲奈はすぐに自宅のあるグレイナーに帰ろうとしたが、フルーがその前に引き留めた。
「マスター、初めての街に来たのだからポーションを買い取ってくれる薬屋を当たらなくていいのか?」
「そうだぞ、レイナさんならうめえ食い物調べるんじゃねえのかよ?」
「言われてみればそうだ。ポータルワープですぐ来れると言ってもせっかく来たから、軽くお昼をとったらいろいろ調べてみようか?」
「おお、そうしようぜ!」
食堂に入り料理が出てくる前に、ギリムが外で聞き込みをして商業組合の場所を調べた。
昼食を簡単にすませて三人は組合の事務所に向かった。
事務所のカウンターでは薬屋のリストを見せてもらい、店名と所在地を三軒メモした。
対応に出た事務員と話をしながら聞き出すと、このあたりは治安は良好だが、山道の登り下りでケガする人がいるのでポーションの需要はそれなりにあるとのこと。
サルフィスというこの街から南に山中二泊して峠を越えると王国の南隣りの都市に着くことも聞き出した。
事務所での所用をすませて外に出ようとしたところ、先ほどから反対側のカウンターで押し問答を繰り返している商人の声が玲奈の耳に入った。
聞くともなく聞いていると、パルマまで荷物を持って行くはずが荷馬車が壊れて困っているので、代替の馬車を借りたいということのようだ。
中年で細身の商人は、組合の事務員や訪れた商人に片っ端から尋ねているが誰も困惑のうちに首を振るばかりで、その商人は落胆の色を深めていた。
自分の能力、アイテムボックスとポータルワープを使えばこの商人の困りごとを解決することができるかもしれない。
馬車が壊れたのが原因だから、修理するか買い換えれば解決するので、自分の能力が必要なのは今回限りだ。
焦っている様子から、助ければかなり大きな恩義を感じてくれるだろう。
自分の知らない土地の商人のようなので、独自の仕入れ先を持っているに違いない。
ここまで素早く考えて、玲奈は商人に声をかけてみることにした。
「こんにちは、はじめまして!」
「ん? 君は?」
「玲奈と申します。学生をやっております。なにかお困りのようですが、私にもお手伝いできることはありますか?」
商人には疑うしそうな目で玲奈の顔をのぞき込み、背後に控えるフルーとギリムを見やった。
玲奈は疑いの目で見られた怒りより、通常は腹のうちを見せない商人が感情を隠せない状況に追い込まれていることに哀れみを感じた。
同時にその状況を利用しようとしている自分自身にもわずかに嫌悪感を覚えた。
商人は疑わしげな表情を変えることなく、おずおずと口を開いた。
「君は馬車を持っているのか? 親御さんが使わせてくれるのか? とてもそうは見えないのだが。もし貸してもらえるのなら、あさって中にパルマまで荷を運びたいのだ。」
「まず、残念ながら馬車は持っておりません。」
商人はあからさまに落胆の表情をみせた。
玲奈はかまわず続ける。
「しかし、もしかすると私の能力があなたの困難な状況を打破するのに役立つかもしれません。ただし、詳細をお話しするにはできるだけ人に聞かれないところを選びたいのです。場所を変えてお話しませんか?」
商人は一瞬視線を宙にさまよわせたが、すぐに意を決したようだ。
「それなら組合の部屋を借りよう。私が交渉する。」
商人は窓口でかけあい、組合の建物のうち、ロビー脇にあった小部屋を借りた。
狭い部屋なのでフルーとギリムには外で待ってもらい、玲奈と商人が小さなテーブルをはさんで向かい合い腰を下ろした。
「先ほどは取り乱していたようですまない。改めて自己紹介すると、グリスターという街でマークス・アンド・トレント商会という商会を経営しているマークスと言う。」
「改めまして玲奈と言います。組合の事務所にこんな場所があったのですね。」
玲奈は狭い空間をぐるりと見回す。
「ああ、商談に使うんだ。私は商業組合の組合員になっているから、空いていれば利用が可能なんだ。」
「そんな仕組みがあるんですね。」
「ああ、そのためにも組合費を払っているわけだ。」
「なるほど。ところで話を戻してます。ここで話したことはお互い内密にお願いします。」
「わかった。商人としての矜持にかけて秘密を守ると約束しよう。」
「それでは、パルマまで運ぶ荷物について教えてください。物の種類や量によって私の能力がお役に立つかどうか関わってきますので。」
「そうか。荷の種類だが、肥料だ。これが麻の袋で五十袋である。」
「一袋あたりの大きさや重さはいかがですか?」
マークスは手でおよその大きさを指し示した。
「大きさはこのようにひと抱えといったところで、重さは十八キロだ。」
マークスの言葉を聞いて玲奈は満面の笑みを浮かべた。
「マークスさんの条件なら問題なく私の能力で足りそうです。」
「いったいどうやって? 外で待っている彼らのような人足が五十人以上あるわけではないだろう? ドラゴンにでも乗るのか、空飛ぶじゅうたんでも持っているのか?」
マークスは眉を寄せてドアの外で待っているであろうフルーとギリムの方を指差す。
「いやいや、私の能力の核心となりますが、アイテムボックスとポータルワープです。これがあれば大きな荷物を離れたパルマまで時間をかけず運べます。」
「なんとも信じがたい能力だな。」
「よろしければ壊れた馬車まで行きますから、収納して見せましょう。お望みなら行きだけでなく帰りも荷物を運びますよ。パルマで仕入れをするのでしたら。」
「わかった。ぜひお願いしよう。」
その後二人は交渉して、サルフィスからパルマまで肥料五十袋、帰りにパルマからサルフィスまで肥料と同じ分量の荷物を運ぶことで合意した。
代金はマークスの言い値で全額後払いということで玲奈は承諾した。
「引き受けてくれてありがとう。さっそく馬車のところまで一緒に来てくれたまえ。南門を出てそんなにかからない。」
玲奈はフルーとギリムを連れてマークスの後に続いた。
サルフィスの南門を出て平坦な道を二十分も進むと、道路の脇に二頭立ての荷馬車が止まっているのが見えてきた。
マークスが近づくと車体の下から男がはい出してマークスに頭を下げた。
「大旦那様、申し訳ないことです。車軸がポッキリ折れてしまって代わりの材がないとどうにもなりゃしません。」
「うむ、そうか。では私がサルフィスの街中で職人を探して連れてくるから、お前は馬の世話をしておれ。幸いにもこの方が力を貸してくれて荷は運べることとなった。」
マークスは玲奈の方を振り返る。
「それはよろしゅうございました。で荷車はどこです?」
「それはこの方がお力添えくだされる。」
マークスは振り返って玲奈と目配せする。
「これから起こることは決して口外してはならぬ。」
「はい、大旦那様の許しがない限り決して口外しません!」
玲奈はマークスの指示で荷台に乗ると、麻袋の山に手をかざした。
次の瞬間、麻袋は音もなくすべて消え失せた.
車外でマークスたちが息を飲む気配がした。
荷台には香ばしく乾いた匂いだけがほのかに残った。
荷を回収すると、マークスと玲奈はサルフィスにとって返した。
「マークスさん、この後はどうします? パルマまで行きますか?」
「いや、さすがに商談の時間が取れないから明日にしよう。」
「そうなると今日はサルフィスにお泊りですが、先に宿泊先を決めてもらえれば、中庭などに場所を借りて荷を出しましょうか。」
「いや、差し支えなければレイナさんがパルマの取引先に引き渡すまで持っていてもらえないか?」
「私たちは一旦自宅のあるグレイナーに帰って、明朝また伺おうかと考えているんですが、よろしいですか?」
「ああ、それでかまわないとも。」
「あの、持ち逃げを心配なさらないんですね。」
「あなたの妙技は拝見させていただいた。ワープもなんら問題なく使われるのだろう。そのような相手がたかが肥料を持ち逃げなどするわけないと私は思う。」
「私のこと、ずい分と高く買っていただいているようですね。」
「今の私はあなたが頼みの綱なんだ。高く買いもするさ。」
マークスと玲奈は翌日の待ち合わせ場所と時間を決めてこの日は別れた。
玲奈は気疲れもあって、商業組合で調べた薬屋にはどこも寄らずグレイナーに戻った。
翌朝、日課のストレッチをこなして、自分の体のうち足が重いことに玲奈は気がついた。
二日間長い距離を歩いたので筋肉痛が出たらしい。
いつもなら前日にケアしていたのにうかつであった。
朝食後、玲奈はやや重い気持ちを引きずりつつ支度をした。
この日は戦闘はまずないと予想できるので、彼女は念のため剣を挿したほかは至って軽装だった。
「フルーもギリムも今日は戦闘はないんで最小限の武装でいいよ。」
最小限と言われて、フルーは皮よろいだけにしたものの大剣は手放さなかった。
対してギリムは腰にナイフ入りポーチこそしているが、それ以外は普段着だった。
「お嬢様、今日は結わなくいいですか?」
「今日は戦闘はないけれど気取るような日でもないからいいよ。また今度お願いね。」
昨日と同じ三人でサルフィスに飛び、待ち合わせ場所である商業組合のロビーに入ると、約束の時間にはまだ早いのにマークスは既に来ていた。
「マークスさん、お待たせしました。」
「いやいや、レイナさんも時間前に来たのだから問題ない。」
「恐れ入ります。」
「幸いにも昨日中に職人が見つかり馬車を見てもらい、今日一日あれば直るそうだ。パルマでの仕入れをすませたら、明日サルフィスを出発する予定だ。」
「それはよかったです。マークスさんはサルフィスでもなにか売り買いなさったのですか?」
「いや、特にそういうわけではないが。あなたはサルフィスでなにを? やっぱり鉱泉がお目当てか?」
「コーセン?」
「知らないのか。地中から湧き出した水に特別な成分が含まれていて、温めて体にかけたり浸したりする施設があるんだ。皮膚病に効くらしいぞ。」
温泉のようだ。
ただし常温程度で、湯船に熱いお湯を満たして体を沈める形式ではなさそうだ。
玲奈が関心を持ったのは、効能として皮膚病に効くという部分で、泉質が硫黄系であるかもしれなかった。
「その鉱泉はどこにありますか?」
「昨日私の馬車まで行ったろう? もう少し先に分かれ道がある。ゲートがあって生垣が続いているから気がつくはずだ。」
「機会があったら行ってみようと思います。」
「そうだな、今日の午後、パルマから戻ってからでもいいんじゃないか。出発は明日だからな。」
玲奈はマークスをワープポイントに案内した。
二人の後ろからフルーとギリムがついてくる。
「では今からパルマに飛びます。飛ぶと言っても浮き上がったりしないので、硬くならないでください。」
玲奈が魔法を発動させると、四人の視界が突如切り替わった。
「さあ、無事パルマに着きましたよ。」
「しかし、なんと言うか、いやはや、驚いたな。」
「マークスさん、大丈夫ですか?」
「ああ、なんとか。あの通りの先に見える商店とは取引をしたことがあり、ここがパルマだということがわかる。理屈ではわかるのだが、脳が受容し切れない。」
玲奈はマークスが落ち着くのを待って話しかけた。
「さて、肥料の取引先に伺いたいのですが、できれば相手方に袋を取り出すところを見られたくありません。」
「それなら大丈夫だ。店には通常の入り口の他に搬出人用の出入り口が脇にある。その通路に下ろしてもらえればいい。私から取引先には友人の馬車に載せて運んでもらったと言っておく。」
「そうしていただけると助かります。」
マークスは玲奈たちを案内して取引先の店までやってきた。
フルーとギリムを正面に残して、マークスと玲奈は建物の左脇にある石畳の通路を中に入る。
奥に進み、突き当たりの手前でマークスは立ち止まった。
「そこの壁際に出してくれたまえ。」
「はい、わかりました。」
玲奈は指定された場所に手をかざして、慎重に数袋ずつ壁際にアイテムボックスから出して積む。
五十袋すべて出すとそれなりの量となる。
「改めて見ると信じがたいな。人一人の手で瞬時にどれだけのものがたやすく運べるなんて!」
「私も我がことながら怖く感じます。今までお出かけや買い物にこの能力を使いましたが、これを本格的に使って商業活動を行ったら破壊的な威力を発揮するだろうことは予感できます。」
「私も同感だ。想像の及ばない影響があるだろう。今回は緊急時の例外のつもりだ。この一回のみにする。」
「私も今後自重します。」
「それがいい。まあ、自分の買い物や友人へのおみやげを買うくらいなら問題ないとは思うがね。」
マークスは二回、三回とうなずくと、建物の裏手にある通用口に近づいた。
「それでは相手方には私からうまいこと言っておく。」
マークスは肥料を引き渡した後、今度は仕入れでいくつかの店と商談があるそうで、二時間後にパルマの商業組合で待ち合わせることにした。
玲奈は一旦マークスと別れ、搬出入口を通って表に出てきた。
「フルー、ギリム、お待たせ! マークスさんは別の商談に行くそうなので、少し時間が空いたよ。」
「それならマスター、迷宮に行ってみないか?」
「いやフルー、今日は戦闘なしって言ったでしょ。少なくても私はなんの装備も持っていないよ。」
「大丈夫だ。私はそれなりの装備で固めている。マスターだって剣を持って来ているではないか?」
「剣だけだよ。今日はブーツじゃなくてデッキシューズだし、パンツじゃなくスカートだから迷宮は無理!」
「マスターは戦いたいのではないのか?」
「まさか! 戦闘が好きなわけじゃありません!」
「いや、だってあんなに剣の練習をしていたではないか?」
「あれは自衛のためです! そんなに迷宮入りたいならギリム連れて行っておいでよ。」
「ちょっと待て! 俺こそ装備がなにもないぞ。殺す気かよ?」
「どうしてもというわけではない。マスターが行かないなら私も行くわけにはいかない。護衛を兼ねて帯同しよう。」
「じゃあ退屈かもしれないけれど、食料品店から見ていくよ。」
結局フルーは玲奈に引きずられるようにお店巡りについて回った。
最初にいくつか食料品店を回り、そのうち一つの店で南方から運ばれた香辛料を見かけたが、どんな種類か見当がつかず値段がべらぼうに高かったので手を出さなかった。
そのあと化粧品店に行ったが、退屈な待ち時間に仏頂面のギリムとは対照的に、店員のセールストークに笑顔が絶えない玲奈は結構な額の化粧水や香水を購入した。
待ち合わせの時間はあっという間に迫り、後ろ髪引かれる思いで玲奈は商業組合の事務所に向かった。
今回もマークスは既に到着して待っていた。
「またお待たせしてしまいました。」
「時間前なのだから問題ないですよ。」
「恐縮です。商談は無事終わりましたか?」
「ええ、なんとか。二軒から仕入れてます。先ほどの店と同じように搬入口に品を置いてもらってますから人目につかずしまうことができますよ。」
「それはありがたいことです。」
「では近くですし、さっそく行きましょう。」
一軒目では細長い木箱が二十個あった。
ドライフラワーとのことで、思いのほか軽く、収納しようと近づいたとき、かすかに甘い香りがした。
二軒目は片手で持てるくらいの大きさの壺が十個だった。
中身は美容関係の薬液とのこと。
二軒目の品も難なく収納した。
パルマでの仕入れが終わってマークスがホッとすると、玲奈が満面の笑みを見せた。
これでサルフィスまで飛べば任務完了となるので安心したのかと彼は思ったが、玲奈からそれだけではない緩みを商人の勘で嗅ぎとった。
「レイナさん、満足のゆく買い物ができましたか?」
「わかります? パルマは他の街にないものが手に入るので面白いですね。南から運ばれた品もありますし。マークスさんは王国からさらに南からおいでになったんですよね?」
「ええ、サルフィスからさらに南、峠を越えた先にあるグリスターという街に店を構えてます。大きな川の近くですよ。」
「なんだかグリスターに行ってみたくなりました。マークスさんが差し支えなければ同行してもかまいませんか?」
「えっ! まあ、私はかまいませんが。サルフィスからグリスターまで山道を二泊三日の道程ですよ。」
「はい覚悟はしています。山越えして西方辺境伯領には行ったことがあります。治安が悪くないなら問題ありません。」
「それならグリスターまで一緒に行きましょうか。今日中に馬車の修理が終わる予定なので、明日サルフィスを一緒に出発して四日後に私の店で荷を渡してもらえますか? 割増料金は出せませんが。」
「道案内代と思えばお安いものです。これからサルフィスに飛びますね。」
「ええ、お願いします。」
玲奈たちはマークスとパルマからサルフィスに飛んだ。
マークスは二度目であるが、また目を白黒させている。
「しかし信じがたいなあ。恩恵に浴しておいてなんだけれど。」
「今回は特別ですけれど、危機を脱することができてよかったじゃないですか。」
「ああ、まったくそのとおりです。それでは宿屋まで案内しましょう。レイナさん、その後の予定は?」
「私たちは鉱泉を見てみようかと。」
「それでしたら途中までご一緒しましょう。馬車を鉱泉への途中に置いているので。」
「はい、よろしくお願いします。」
マークスと玲奈は宿屋まで行って場所と翌日の待ち合わせ時刻を確認してから、サルフィスの南門を出た。
低くゆるやかに見える山に向かって少し進み、他の隊商とすれ違うと路肩に止まる馬車が見えてきた。
昨日もいた御者が屈んで荷台の下をのぞき込み、その下には横たわる足が見える。
職人が来て作業をしているらしい。
「おい、どうだ?」
「あっ、大旦那様! お陰様で親方に部材を持って来てもらったので順調ですよ。もうしばらくで終わるんじゃないですか。」
「それは重畳。」
「マークスさんよかったですね。ではまた明日お会いしましょう。」
「はい、また明日!」
玲奈はマークスたちと別れ、フルーとギリムを連れてなおも進む。
道は平坦で状態は良好だ。
山が近づいてくると、右側に分かれ道がある。
こちらもよく整備されたみちで、途中にアーチがかかっている。
「フルー、ギリム、こっち行くと鉱泉みたいだね。ちょっと寄ってみよう。」
右に折れてアーチをくぐると左側に生垣が続く。
間もなく生垣が終わるとまた小さなアーチがあり、その先に木造の瀟洒な建物があった。
玲奈が入り口に立って案内を乞うと、恰幅のいい女性が出てきた。
「お邪魔します。鉱泉があると伺って参りました。見せていただけませんでしょうか。」
「おや、誰かの紹介かい?」
「いえ、誰ってことはないのですが、サルフィスまで来たらここが有名だと聞いたものですから。」
「そうかい? まあ王室御用達だからね。一見さんがこの季節に珍しいね。」
「ということは温浴施設ではないんですね。」
「そうだよ。うちは噴霧するか、塗り込むのが主な用法だよ。王族もそうだからね。」
「王族も皮膚病に罹ったんですか?」
「おっと、これは内密に頼むよ。」
「も、もちろんです。ところで鉱泉で効能に関係するような軟膏や粉薬はないんですか?」
「んんん、本当は限られた方々にだけお譲りしてるのだけれども、口止め料として特別にあんたには売ってあげるよ。」
本当に特別かどうか疑わしいところであるが、効能からして硫黄や硫化物だろうと予測したので、玲奈は購入することにした。
手のひらに乗る小さな壺がポーション十本分と割高であったが、木のフタを外して鼻を近づけてみるとゆで卵のような匂いがしたので、彼女は満足して購入した。
サルフィスに戻った玲奈たちは鉱泉がでの散財を取り戻そうと薬屋を回った。
三軒回っていずれも三本ずつ買い取ってもらい、収支のマイナスを小さくして家路についた。
帰宅してからは、明日から誰が玲奈に同行するのかで一悶着があった。
玲奈は一人でも行くと言い、誰か連れていくなら買い物の相談ができるアメディアを望んだ。
「お嬢様が望まれるのなら私になんら異存はありません。ただ山道を延々と歩くのに足手まといにならないかと恐れるばかりです。」
「傾斜は割とゆるいらしいから大丈夫じゃないかな。治安もいいらしいし。」
「いやマスター、辺境伯領に行ったときのことを忘れたのか? 治安がいいなんて評判はあてにならないぞ。」
「この前現れた野盗の群れなら私一人で対処できる。」
「そのとおりだ。そして私もマスターと同じく対処できる。マスターは戦いが嫌いなのだろう。ならば私にまかせてもらえないだろうか? マスターは付与魔法をかけて、後は高みの見物を決め込んでくれてよいから。」
「そう言われると抗えないなぁ。フルーは私に一緒に来てもらおうかな。」
「まかせてくれ。」
「ギリムもお願いね。探知能力に期待してるから。」
「ハイハイ、お供しますよ。」
「アメディアは今回留守番よろしくね。ワープできるようになったらお願いするから。」
「はい、楽しみにお待ちしております。」
今度は二泊三日なので、夕食後は支度に追われた。
準備に時間がかかったこともあるが、まだ見ぬ南方への旅に期待を膨らませて、彼女は遠足前夜の子供のようになかなか寝付けなかった。




