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◆05 人魚と美男子の苦悩

※オールト視点

※暴走有り

※病的表現有り

 オールトとルージュの関係はよく言った方で、友人だった。

  ルージュがオールトを気に掛けてくれるのは、単なる同情と彼女の人の良さからだと理解している。

 だからこそ、ルージュからこれを貰ったとき、オールトは態度には出さなかったものの酷く面食らった。


こんな物を渡してきてどういうつもりなのかと、どぎまぎした。新手の告白かとも思ってしまったほどだ。

 それは全て勘違いで、ルージュは栄養剤として用意したと聞き、オールトは安堵と共に少しだけ期待していた自分を浅ましく感じた。

 もしルージュにそのつもりがあるならば、オールトは迷ったとしても、結局は応えてしまうだろうから。


 ちっぽけな小瓶が、こんな想定外の事態を起こすとは思っていなかった。中肉中背が帰ってこなければ今頃どうなっていたか、オールトは気分が悪くなってくる。

 その諸悪の根源となったのが、長椅子で眠る茶髪の少女だ。


「あんたのせいで、酷い目にあったんだけど。どう責任とってくれるんだよ」


 ルージュにオールトは吐き捨てた。眉を寄せて苦しそうだ。

具合が悪いのならベッドくらい譲るのに、律儀な彼女は長椅子に体を丸めている。

一方ベッドは綺麗に整えられていた。自分が寝るためならともかく、そんな世話はいらないというのに。


船長室は静かだった。今は休憩時間なのか、それとも中肉中背が言っていた通り仕事が早く片づいたのか、外から聞こえるのは波の音のみ。

橙色の夕日がルージュの顔を照らしていた。


 オールトはベッドの毛布をまくると、卵のように白布にくるまるルージュをそっと抱き上げて、ベッドに下ろした。長い時間は無理だが、小さな彼女くらいなら、力の無さも体格差で補えるらしい。

 体を伸ばしてやると、苦しそうだった呼吸が楽になったのか規則正しい寝息になった。オールトが熱を出したときと同様に、冷たい濡れ布巾を額にのせてやれば、寄せていた眉は解れた。


 ルージュが苦しそうな所をはじめて見た。

 常に生き生きとしていた彼女も、体調を悪くすることがあるのかとオールトは感慨に浸る。ルージュも苦しむことがあるのだと、今まで彼女に頼り切りの自分が不甲斐なく思えた。


 夢を見ているのか、ルージュの唇が僅かに動く。弧を描く唇は、血色は良いものの乾いていた。吸い寄せられるように目が行ってしまう。

気づけば、オールトはそっと柔らかいそれを指でなぞっていた。


そういえば、ルージュはキスの経験があると言っていた。相手はどんな人物だったのだろう。

一つ疑問に思えば、また一つと溢れた。


今もその人をルージュは思っているのだろうか。だからルージュはオールトを意識することはないのだろうか。この唇にオールトの知らない誰かが口づけを落としたのだろうか。

ルージュは相手にどんなキスを贈ったのだろう。

考えれば考えるほどに、オールトは落ち着かない気分になってしまった。苛々した。胸が苦しくなってくる。オールトの目に、夕日が赤く見えた。


オールトは、この感情に覚えがあった。


熱く、身を焦がすようなどす黒い思いが、身体中から沸き上がる。どろりとしたそれは、オールトを侵蝕し、犯していき、知らない誰かに変えていく。

意思に反してその進行は止まらない。蝕まれている。オールトが損なわれていく。

こんな風にした元凶に憤怒する。はらわたが煮えくり返る。

いっそのこと、無知な彼女の要求通りにこの薬を使ってしまおうか。彼女をぐちゃぐちゃにしてしまえば、少しはこの鬱屈する気が晴れるのだろうか。

どうせなら――


「……―ルト? ゴ……ン……リト……」

「っ……」


 寝言なのか、寝ぼけているのか。青い瞳を薄く開けてふにゃりと笑うと、ルージュは安心しきって夢に落ちていく。

オールトは知らずに詰めていた息を吐き出した。彼女のぱさつく茶髪を撫でると、落ち着いてきた。


 ……オールトはルージュに惹かれている。


覚えている感情は、今のオールトのものではなかった。あのような激情は知らない。ルージュに会う前のオールトのものだ。

それでも、記憶がどうであれ、その思いが彼女に何を求めるものであれ、今、オールトはルージュのこの安らかな寝顔を守りたいと思った。残りの時間を彼女の側に居て過ごしたいのだ。


 ならば、オールトはこの泥のような思いを心の底に封じよう。薬の蓋が二度と開かないように塞いでしまおう。


 どうか、彼女を傷つけることの無いように。


 ルージュは寝返りを打った。被っていた布がまくれ、ルージュの服の裾が大きくまくれ上がる。オールトの眼前に、きわどいところまで晒された。


「……俺のことを試しているのか」


 オールトは深呼吸をすると、悪態をつきながらもルージュの裾を直して首の上まで毛布を掛けた。


これ以上ルージュを見ないとばかりに、オールトは反転して胡座を掻くと、船倉から失敬した紐と、薄い貝殻を懐から取りだした。貝殻と、持っていた小瓶を包むように紐を編んでいく。


 ルージュが寝返りを打てば毛布を掛けてやったり、時々額の濡れ布巾を絞り直したりと、作業をしながらのオールトの甲斐甲斐しい世話は、船乗りが食事に呼びに来るまで続いたという。




船は男の苦悩を乗せて、次の町へと海を進む。

この旅は、決して長くは続かないと彼は知っていた。


三章終了です。こんな章まで目を通して頂いて、どうもありがとうございます<(_ _;)>


息抜きのつもりで書いた話ですが、まさかこんな方向に話が転がるとは。わけがわからないよ……。

もっと船旅をして、それこそ某漫画見たく島々を旅をさせたかったのですが、如何せんヒーローが病弱なもので難しい限りです;その分、心理描写に課題があるという……精進します。


こんな駄文ですが、お読み頂きありがとうございました。

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