49 蜘蛛の舞踏会事件 4
いつもありがとうございます!
舞踏会もそろそろ終盤。
お楽しみ下さい!
二曲目の旋律が響き渡り、アリスとモーリスはフロアの中央へと滑り出す。
淑女の嗜みを超えて密着し、腰を優雅に抱き寄せるモーリス。
「そんなに固くならないで。お嬢さん」
モーリスは心底楽しそうに、至近距離で囁く。アリスはステップを踏みながら、逃げ出すことなく鋭い眼差しで見つめ返した。
「……私達を騙してあんなことしておいて、よく言うわ」
低く抑えた声で吐き捨てると、モーリスはククッと肩を揺らして低く笑った。
「くくっ……。本当に勇敢で賢いお嬢さんだ。証拠がない事がわかっているんだね」
「ヤードに言ったところで、あの工場の罠もあなたが作った証拠はない……『ただの親切な協力者』で押し通す気でしょう? 本当に食えない人ね」
「ハハ、褒め言葉として受け取っておくよ。いやあ、実に素晴らしい。あのカラクリを日傘一本で叩き壊した度胸といい、今の冷静さといい……君は期待以上に最高だ」
モーリスの琥珀色の瞳が、獲物をねっとりと見つ見つめる愛好家のように怪しく光る。
「あの堅物で冷血なカーライル卿が、どうして君のような下町の娘にそこまで狂わされているのか……理由がよく分かったよ。あの男の冷酷な計算をすべて狂わせる『唯一の方程式の外』……。ねえ、お嬢さん。ノア・カーライルを捨てて、私の『最高の歯車』になってみないかい?」
モーリスの甘い挑発。ぐっと腰を掴む手に力がこもる。しかし、アリスは顔色ひとつ変えず、凛とした声ではっきりと跳ね返した。
「お断りよ。あなたがノアに嫌がらせをする為の道具にはならないわ」
モーリスが一瞬目を見張り、くすりと苦笑を漏らしたその瞬間——曲の最後の音符が会場に響き渡った。
次の1音が消え去ると同時に、フロアの空気を切り裂くような足音が迫る。
耐えかねたノアが、猛烈な圧で貴婦人たちの囲みを突破し、爆速で二人の間へと割って入ったのだ。
「そこまでだ……っ!」
ノアはモーリスの手を強引に振り払うと、アリスの腰を引き寄せ、モーリスから力任せに引き剥がす。背後に庇うと同時に、離れまいとするようにアリスのドレスの裾をギュッと掴む手は、微かに震えていた。
「……っ、ノア!?」
驚くアリスを自分の背後へ完全に隠し、ノアはモーリスへ向けてかつてないほどの凄惨な殺気を放った。眼鏡の奥の碧眼が、激しい嫉妬と執着で燃え上がっている。
「……僕の……僕のアリスに二度と触るな、モーリス。次その汚い手を伸ばせば、お前の構造ごとここで解体する」
口では普段「邪魔だ」「勝手にしろ」と突っぱねている男とは思えない、あまりにストレートで激重な独占欲の爆発。周囲の貴族たちは「(カーライル卿……重すぎるだろ……!?)」と息を呑んで騒然となる。貴婦人たちは色々な意味で黄色い悲鳴を上げ続けていた。
モーリスは強奪された手を見つめ、肩をすくめて心底楽しそうに微笑んだ。
「やれやれ、相変わらず怖い顔だね、カーライル卿。……だが、今日のところは楽しませてもらったよ。また会おう、勇ましいお嬢さん」
モーリスが優雅に一礼して闇の中へ立ち去ろうとしたその前へ、すっとオリバーが立ち塞がる。
「やあヴァルモント子爵、素晴らしいダンスだったよ。……だが、僕の親友の宝物をこれ以上突っつかないでほしいな。内務省の人間として、君の周りの『精巧すぎる歯車』について少し調べさせてもらうよ」
極上の笑顔で静かな圧をかけるオリバーを、モーリスは「楽しみにしておこう」と琥珀色の目を光らせてかわし、そのまま群衆の中へと消えていった。
残されたフロアの中央。薬の余韻と激しい嫉妬で荒い息を吐くノアは、モーリスに触られていたアリスの腕を強い力で掴み寄せる。
「……アリス……無事か……っ。……くそっ、あんな奴と……っ!」
ノアはポケットからシルクのハンカチをひったくるように取り出すと、アリスの手首や手の甲、モーリスの手が触れていた場所という場所を、まるで汚れを落とすかのようにこれでもかと必死に拭い払い始めた。
「ノ、ノア……!? みんな見てるから……! もう大丈夫だから……っ!」
真っ赤になって慌てるアリスと、周りの目など一切視界に入っていない様子で、アリスの手を執拗に拭い続けるノア。
社交界の戦場で繰り広げられた完璧な舞踏会は、こうして「カーライル卿の激重すぎる独占欲」を会場中に知らしめる形で、幕を閉じるのだった。
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