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47 蜘蛛の舞踏会事件 2

いつもありがとうございます!


舞踏会開幕です!


お楽しみ下さい!

息を呑むような大広間のざわめき。重厚なオーク材の扉が左右に開き、眩いばかりのシャンデリアの光が二人を包み込んだ。


「スコットランドヤード特別顧問、ノエル・カーライル卿。……ならびに、アリシア・エヴァンス嬢!」


執事の朗々とした声が響き渡ると同時に、会場中の視線が一斉に集中する。


真っ先に足を踏み入れたノアの姿に、壁際に集う貴婦人たちの間で一瞬にして熱っぽい吐息と小さな悲鳴が漏れ跳ねた。 寸分の狂いもなく仕立て上げられた深い漆黒の礼装に、冷徹な美貌を飾る眼鏡。社交界でもめったに姿を見せない「カーライル家の冷酷な天才」の登場は、それだけで会場の温度を跳ね上げるのに十分だった。


(……相変わらず、ノアの人気は凄まじいわね)


ノアの腕にそっと添えた手に、わずかに力が入る。 来客たちの視線は、瞬時にノアの隣に立つアリスへと向けられた。そこに含まれているのは、露骨な好奇心と厳しい「値踏み」の光だ。


「あれが噂の……」

「平民出身の花売り娘ですって?」

「なぜカーライル卿ともあろうお方が、あのような下町の娘をパートナーに……」


ヒソヒソと交わされる密やかな囁き。素顔で立つこの社交界という戦場で、アリスの出自を知る貴族たちの目は鋭く冷ややかだった。ノアが選んだ「不釣り合いな女」が、どこでボロを出すのかを今か今かと待ち構えている。


だが――アリスの心には、もう一筋の迷いもなかった。


(……何も恐れることはない。僕がずっと隣にいる)


先ほどノアがくれた温かい言葉と、指先に残る感触が、アリスの背中を力強く押し上げる。 アリスはすっと息を吸い込むと、持ち前の卓越した運動神経と体幹の強さを遺憾なく発揮させた。


ブレない軸、すべり出すような完璧で美しいウォーキング。 クラリッサやチェスター家のメイドたちから徹底的に叩き込まれた最高峰のマナーは、アリスの肉体的なポテンシャルと完璧に融合していた。足取りには迷いがなく、アイスブルーのシルクドレスが優雅に揺れる。


そして会場の中央に差し掛かった瞬間、ノアと歩調を合わせ、完璧な角度で深く優美なカーテシー(淑女の礼)を披露してみせた。


爪の先まで研ぎ澄まされたその完璧な所作に、会場のヒソヒソ声がピタリと止まる。


ゆっくりと顔を上げたアリスは、逃げ出すことなく、値踏みするように自分を見つめる貴族たちへとまっすぐに視線を向けた。そして、下町の太陽と謳われた、気品と明るさに満ちた最高の笑みを浮かべて見せる。


透き通るようなその微笑みと堂々たる振る舞いは、下町の娘という偏見を力ずくでねじ伏せ、見る者すべての息を呑ませるのに十分すぎるほどだった。


「主役のお披露目だ。……行こう、アリス」


ノアが低く落ち着いた声で促し、アリスの手に自らの指を優しく、だが確かな強さで重ね合わせる。


舞踏会の開会を告げる第一舞踏曲(ファーストヴァルツ)の重厚な旋律が響き渡ると同時に、二人は貸し切られたフロアの中央へと静かに滑り出した。


ファーストヴァルツは、この夜のお披露目である二人だけに許された特別なソロダンス。


周囲を取り囲む貴族たちの鋭い視線が集中する中、ノアの「万物の構造が見える目」による超精密なリードが冴え渡る。相手の重心、空気の抵抗、ステップの軌跡——すべてをミリ秒単位の方程式として把握するノアの導きに、アリスの圧倒的な体幹とフットワークが奇跡的な精度で噛み合っていく。


完璧な回転。アイスブルーのシルクドレスが優雅な大輪の花のように広がり、二人の描く軌跡はまるで一編の流麗な詩のようだった。あちこちで息を呑む吐息が漏れる。


誰もが「ボロを出すはずだ」と期待していた下町の花売り娘は、そこにいなかった。いたのは、どの高貴な令嬢よりも美しく、しなやかに舞う一人の淑女だった。


最初は緊張で身体をこわばらせていたアリスだったが、ノアの完璧なリードに身を委ねるうちに、胸の奥から湧き上がるような高揚感が広がり始めていた。


(……すごい。ノアと一緒なら、どこまでも踊れそう……!)


思わず緊張が解け、アリスの表情に可憐で楽しそうな笑みが咲く。見上げるヘーゼルグリーンの瞳が、眩いシャンデリアの光を受けて生き生きと輝いた。


「……っ」


一瞬、驚いたように目を見張った後、日頃のクールで冷徹な面影はどこへやら、ノアの碧眼に驚くほど柔らかく甘やかな光が宿る。


そして、今まで社交界の誰も見たことがない、至高の微笑みがその唇形からこぼれ落ちたのだった。


一瞬の出来事だった。しかし、その「冷酷な天才卿」が見せた奇跡のような甘い微笑みを目撃した周囲の貴婦人たちは、息を呑み、そして一斉に熱狂へと叩き落とされたのだった。

最後までお読みいただきありがとうございました。


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