41 カーライル卿失踪事件 3
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失踪したノアはどこへ行ってしまったのか?!
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ベイカー街の裏手に佇むノアの自宅兼事務所。
ドアを開けようとオリバーが触れると、鍵が壊れている。
オリバーはアリスが部屋に入ろうとするのを制すると、内ポケットから銃を取り出す。アリスも念の為持ってきていた傘を深く構え直した。用心しておそるおそる覗いた室内は、異様な静寂に包まれていた。
そっと、警戒しながら明かりをつける。
壁に並ぶ無数の解剖図譜や書籍は撒き散らされ、薬品の瓶が破裂して床を汚している。その惨状の中央で、老執事バロウズが手足を縛られ、猿轡をされ倒れていた。
「バロウズさん!」
アリスは急いで駆け寄り膝をつくと、猿轡を外してあげる。水差しから汲んだ水を老人の唇に含ませると、荒い息の合間に、バロウズは途切れ途切れに声を絞り出した。
「……アリス……様……っ。ビクトリア様がお訪ねになって……突然、顔を隠した男たちが押し入ってきて……お二人を……!」
「そんな……っ!」
オリバーが苦々しく奥歯を噛み締める。アリスとノアを友人として大切に思っているオリバーは、この異常事態に激しい怒りを燃やしていた。
手がかりがないか室内を捜す中、アリスの視線は、倒れた椅子の脚元に落ちていた「黒い革手袋」に吸い寄せられた。ノアが解剖や観察の際に愛用している手袋だ。
一見すれば乱闘の最中に脱げ落ちただけにしか見えない。しかし——アリスのヘーゼルグリーンの瞳が、激しく見開かれた。
人差し指が二度折り曲げられ、小指が不自然な角度で外側を指している。
(これ……ノアと二人で決めた『構造暗号』だわ!)
『いいか、物理的な文字など残せば敵に読まれる。だが指の関節が示す角度と曲げのベクトルなら、構造の法則を知る者……いや、僕の合図を理解する君にしか解けない』
先日、チェスター邸で不機嫌そうに教え込まれた暗号。
ノアは連れ去られる極限の瞬間、自分の婚約者がここへ来ること、そしてこの指の意味を読み解くことを疑わずに残していったのだ。
「……ノアが連れて行かれた場所の特徴が、分かったかもしれないわ」
「え……?」
何かヒントはないかと探していたオリバーが振り向く。
「ノアと決めていた暗号なんです。彼がただで連れ去られるはずがない……」
アリスの瞳に、強い意志の光が宿る。
「人差し指の二重の折り曲げは、クランク状の二重の路地。そして小指のこの角度……チェスター邸でノアが見せてくれた、ロンドンの古地図にあった『旧式の水門』の記号と同じ形だわ! つまり『二重の路地と古い水門がある場所』っていう意味よ」
「水門とクランクか……! だが、ロンドンでそんな構造の場所なんてどこに……!?」
焦りで拳を握りしめるアリスの肩に、そっと優しい手が置かれた。
真剣な面持ちで話を聞いていたモーリスが、知的で穏やかな微笑みを浮かべて口を開く。
「アリスさん、落ち着いて。……二重の路地と古い水門、ですね。それなら僕に心当たりがあります」
「モーリス様……!?」
「時計の精密パーツや金属歯車を作るための、大きな水力供給源がある場所です。かつてヴァルモント家で調達元として検討した『イーストエンドの旧水力整備工場』なら、まさにその特殊な構造と一致します」
「……っ!」
「不吉な場所ですが、ノア君がそこに囚われているのなら、僕も共に行きましょう。可憐なあなたを一人で行かせるわけにはいかない」
「あ、ありがとうございます、モーリス様……!」
アリスは即座に立ち上がると、繊細で高価なドレスのシルクの裾に両手をかけた。
布地が悲鳴を上げる音と共に、豪快に膝下まで引き裂く。
「ア、アリス嬢!? 何を……!」
驚愕するオリバーを余所に、アリスはバロウズに駆け寄る。
「バロウズさん、水筒と……この鉄芯入りの傘、借りますね!」
重いスカートを脱ぎ捨てて軽快になった足で、アリスは夜の霧の中へ迷いなく跳び出した。
「待っていて、ノア……っ! 今、絶対に助けに行くから!」
相棒として。彼の暗号を受け取った、世界でたった一人の婚約者として。アリスの足は、冷たい闇を疾風のように切り裂いていった。
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