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4 黒い貴婦人盗難事件 2

いつもお読みいただき、ありがとうございます!

今回は事件現場への到着編。


相変わらず理屈っぽさ全開のノアと、すっかり「優秀な手足(?)」扱いされるアリスの掛け合いをお楽しみください!


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馬車が現場の邸宅から少し離れた、人目のつかない静かな路地裏に滑り込むと、アリスは猛烈に御者台へ声を張り上げた。


「ここで! 御者さん、ここで降ろして!」


馬車が静かに停車し、アリスがほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、隣のノアが眉ひとつ動かさずに冷ややかな視線を向けてきた。


「……理解に苦しむな。目的地までまだ二百五十ヤードある。途中で降車して徒歩に切り替えるなど、移動エネルギーの著しい無駄だ」


「もう…、バカ言わないで。二人で馬車に乗ってる事は、私は気にしない事にしたけど、周りは違うでしょ!未婚の男女がこんな豪奢な馬車から二人きりで降りてごらんなさいよ。ヤードの警察官たちに変な噂を立てられたら、私はともかく、ノアもノアのお家も大変なことになるでしょ!」


アリスは軽やかに馬車から飛び降り、「じゃ、私は歩いて行くから、ノアはそのまま馬車で——」と言いかけた。


だが次の瞬間、ノアもすんなりと地面へ降り立ち、間髪入れずに御者へ「戻れ」と短く手を振ったのだ。御者は心得たとばかりに頭を下げ、馬車は軽快な蹄の音を立てて去っていってしまった。


「……ちょ、ちょっと!? なんでノアまで馬車を降りちゃってるのよ!?」


「愚問だな。僕の指示を正確に実行する『優秀な手足』が徒歩に移行した以上、僕が同乗し続ければ現場到着時に指示伝達遅延が生じる。君が歩くなら、僕も歩くのが唯一の合理的選択だ」


「選択の理由がおかしいでしょ!? 意味ないじゃない、二人で路地裏から歩いて現れたら余計にあやしまれるでしょ!」


メガネの位置を正しながらカツカツと歩き出すノアの少し後ろをついていきながら、アリスは頭を抱えた。


——そして数分後。


邸宅の周囲を警戒していたスコットランドヤードの捜査陣の前に、物陰から二人の影がひょっこりと姿を現した。


「カーライル顧問! お待ちして……って、ええぇっ!?」


真っ先に駆け寄ってきたカーター巡査が目を丸くし、続いて邸宅の玄関から現れた警視庁の看板コンビ——レストレード警部とグレグソン刑事も目を疑うような表情で固まった。


「ちょっと待ちなさい! カーライル顧問、なぜ馬車も使わず、その『花屋の娘』と連れ立って路地裏から徒歩で現れるのですか!?」


仕立ての良いスーツの袖を叩きながら、グレグソン刑事が不快そうに声を張り上げる。


「彼女は前回の現場にいた部外者だ! 一般人を立ち入らせるなど警察の規律に関わる! 現場の保存と守秘義務はどうなっているのかね!?」


レストレード警部も険しい表情で腕を組み、ノアへ鋭い視線を向けた。


「顧問。ヤードの現場保存は完璧だ。素人の協力など必要ない。彼女を危険や変な噂話に晒すわけにもいかん。……説明してもらおうか」


アリスが「ほら言わんこっちゃない……」と気まずそうにノアの背中に隠れかけると、ノアは一度だけ眉をひそめ、相変わらず感情の籠もらない冷淡な声でヤードの面々を見下ろした。


「……愚問だな、グレグソン刑事、レストレード警部」


「な……愚問だと!?」


「前回の現場検証において、彼女の運動能力は実証済みだ」


ノアは表情一つ変えず、淡々と具体的なデータを並べ立てていく。


「高さ六フィートの重厚な椅子を踏み台にした二段飛び、天井付近の麻縄を一瞬で切断する握力と正確性、そして衝撃を殺す着地速度。彼女の運動パラメータは、そこの警察官の平均値を三八パーセント上回っている」


「三八パーセント……!?」


「僕は無駄な体力消耗を極力排除したい。僕が指示した物理的作業を一分の狂いもなく正確に遂行する『優秀な手足』として、彼女の同行は極めて合理的だ。文句があるなら、あの高所へ〇・八秒で到達できる警察官を用意してからにしてくれ」


「ぐっ……ま、まあ前回のあの飛び降りは確かに人間業ではなかったが……」


具体的な数値を出されたグレグソン刑事は言葉を詰まらせてぐぬぬと唸り、カーター巡査は「たしかに! あのアクロバティックな跳躍は凄かったです!」と目を輝かせて強く頷いた。すかさずレストレード警部が「そんなところで感心してどうする!」とカーターの頭を叩く。


レストレード警部はまたかといったように大きなため息をついた。


「はぁ……相変わらず無茶苦茶な理屈を言う。おい、お嬢さん。顧問の勝手な都合に巻き込まれて大変だろうが、くれぐれも我々の指示に従うように」


「は、はい! ご迷惑をおかけしてすみません、警部さん!」


アリスがペコリと頭を下げると、ノアは「無駄な挨拶だ。」と素気なく言い捨て、敷地の奥にある巨大なガラス張りの温室へと足を踏み入れた。


最後までお読みいただきありがとうございました。


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