38 不器用なマイフェアレディ 5
いつもありがとうございます!
悪役令嬢的な展開になってきましたね!
お楽しみ下さい!
「さあ皆様、少し風が冷たくなってまいりましたわ。どうぞお席へお戻りになって温かいお茶をお召し上がりくださいな」
満足そうに目を細めたクラリッサが優雅に告げると、屈辱に顔を歪めるビクトリアは苦々しい表情で取り巻きとともに別卓へ退散していった。 その後のお茶会は、アリスにすっかり懐いたエレナのおかげで和やかに進み、あっという間に終わりに近づいていた。
「そろそろ、あの方々がお迎えにいらっしゃる頃ですわね」
クラリッサが思わせぶりに微笑んだ、まさにその時だった。
「——アリス!」
淑女たちの歓談の場を破るように、テラスの扉が勢いよく開かれた。お茶会の終了時刻を待ちかねていたノアが、待ちきれずに駆け込んできたのだ。後ろからは「ノア、落ち着いて……」と呆れ顔のオリバーが追いかけてくる。
「ノ、ノア……!?」
「何か異常はなかったか?!」
ノアは普段の冷徹な仮面をかなぐり捨て、アリスに向かって歩み寄りながら、怪我がないか必死に視線を走らせた。
その途端、離れた席にいたビクトリアの目が妖しく輝いた。自慢の金髪を優雅に揺らし、計算し尽くされた完璧な立ち振る舞いでノアの進行方向へ割り込む。 自身の美貌とモンゴメリー伯爵家という格式に絶対の自信を持つ彼女は、「どんな男性も最終的には自分に魅了される」と信じて疑っていなかった。今まで幾度となく社交場で挨拶を交わしてきたノア・カーライルなら、なおさらだ。
「まあ……ノア様。相変わらずおいたわしいほどにお優しいことですのね。このようなお庭師の娘にまで気を配られるなんて、実に高貴なる方の鑑ですわ」
艶やかな笑みを浮かべ、溢れんばかりの魅力を振りまきながら流し目を送るビクトリア。
(……あ)
その露骨な態度を見た瞬間、アリスの脳裏に電撃が走った。 ビクトリアがモンゴメリー伯爵家の権威を押してまでこのお茶会に参加した理由——それは最初から「ノア」だったのだ。ノアの親友であるオリバーの家のお茶会を利用してノアに接近し、その彼が「庭師の娘」に夢中になっていると聞いて居ても立ってもいられず、アリスを無様に貶めて自分の引き立て役にしようとしたのだと、ここで初めてすべてを悟った。
(ビクトリア様は……ノアのことがお好きなんだわ……)
胸の奥がちくりと痛むのを覚えながら、アリスは息を呑んでノアの反応を見つめた。 一方、クラリッサは優雅にティーカップを口元へ運びながら、心の中でクスリと笑った。
(ふふ……まあ、最初から目的は弟かノア様でしょうけれど。案の定ですわね)
このお茶会を経由してノアを取り込もうとするビクトリアの打算など、最初からすべてお見通しだったのだ。
ところが、自信満々に立ち塞がる美女を前にして、ノアは眼鏡の奥の瞳をわずかに細め——心底不可解そうに首を傾げた。
「……?」
ノアの隣で事情を察したオリバーが、引きつった笑いを浮かべながら小声でそっと耳打ちする。
「……ノア、モンゴメリー伯爵令嬢だ」
「……ああ。モンゴメリー伯爵家か」
親友のアシストを受け、ノアは即座に脳内の「貴族年鑑」を高速でめくった。家格、派閥、領地、ビジネス上の関係性を一瞬で計算し終えると、「……どうも」とだけ素っ気なく返事をし、ビクトリアの横を何の躊躇もなく通り過ぎ、まっすぐにアリスのもとへ踏み出した。
完璧な淑女の笑みを貼り付けたまま、ビクトリアは固まった。取り巻き達も冷や汗をかいている。 自身の誇る美貌も、計算し尽くした色香も、まったく通用しない男がいるなど信じられなかった。
そこへ、興奮冷めやらぬエレナがノアの袖をぐいぐいと引っ張った。
「兄様! 聞いてくださいませ! アリスお義姉様、ものすごかったんですのよ!?」
「エレナ……『お義姉様』は気が早いと何度言ったら……いや、それより何があった」
「ミレーヌ様がぶつかって私の翡翠のブローチが薔薇の刺の奥に落ちてしまったんですけれど、アリスお義姉様がですね! 閉じた扇子ひとつでシュッと枝を叩いて、跳ね上がったブローチをパッと扇子を広げてキャッチなさったんです! まるで魔法か極上の踊りみたいで、もう、とーーってもカッコよかったんですから!!」
目を輝かせて身振り手振りで熱弁する妹に、ノアは一瞬目を丸くした。 周囲の状況と残された痕跡、そしてエレナの言葉から、持ち前の鋭い観察眼で即座に状況を再構成する。
——ミレーヌの仕掛けた悪意ある罠を、アリスが神業のような手捌きで鮮やかに返り討ちにしたのだと一瞬で理解した。
「……ふ。やるじゃないか、アリス」
ノアは眼鏡の奥の瞳を愛おしそうに細め、アリスへ向けて誇らしげに口元を綻ばせた。
「あ、ありがとう……」
ノアのストレートすぎる称賛と熱い視線に、先ほどまでアリスの胸にくすぶっていたモヤモヤは一気に吹き飛び、その頬はポッと朱に染まった。
「……すごい、兄様が素直……」
エレナは幻でも見ているかのように目をパチクリさせている。
「あらあら……」
クラリッサが楽しそうに扇子で口元を隠して微笑み、オリバーも「いつものことです」と親友の呆れるほどの偏愛ぶりに苦笑いを浮かべた。
絶対の自信を持っていた美貌も家柄も無視され、意中のノアからは名前すら覚えてもらえず、挙句の果てに目の前でアリスへの甘い視線を見せつけられることになったビクトリア。
彼女は今度こそぐうの音も出ず、真っ赤になった顔を扇子で覆い隠しながら、溢れ出る屈辱に打ち震えることしかできなかった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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