37 不器用なマイフェアレディ 4
いつもありがとうございます!
悪役令嬢にアリスはどう立ち向かうのか?!
お楽しみ下さい!
下町の花屋で様々な客と接し、揉まれてきたアリスにとって、この手の「笑顔の嫌味」を受け流すのは手慣れたものだった。アリスは丁寧な、けれど一切隙のない笑顔を浮かべた。
「お気遣いありがとうございます、ビクトリア様。ですがご安心ください。本日は主催であるクラリッサ様から直接、丁寧にご指導をいただいているところですの。まずはクラリッサ様のお心遣いにしっかりとお応えすることこそが、今の私にとって一番の嗜みだと存じます」
凛とした言葉に、ビクトリアは一瞬言葉を詰まらせる。貴族の建前を逆手にとり、「主催者であるクラリッサの指導を差し置いて自分から学べというのか」という矛盾を鮮やかに突いて交わしたのだ。
(ちっ……生意気な泥草が……!)
心中で毒づいたビクトリアは、取り巻きの少女——ミレーヌへ微かに目配せをした。
「あら、アリス様。失礼いたしましたわ」
ミレーヌは優雅に扇子を扇ぎながらアリスの横を通り過ぎる際、計算された動作でドレスの裾を膨らませ、周囲の視線を遮ると同時にアリスの足元へひそかに足を滑らせた。 アリスを無様にエレナの上へ押し倒してお茶会を台無しにした挙げ句、その衝撃でエレナの胸元のブローチを損壊させようという悪質な罠——。
(あ、危ない……っ!)
普通なら足を取られて無様に転倒し、悲鳴を上げるところ。
だが、下町の狭い花屋で水の入った重い鉢植えを抱え、濡れた床をすり抜けてきたアリスの体幹と反射神経は、罠を察知した瞬間に完璧に対応していた。
アリスは倒れ込むどころか、軸足の踏ん張りと強靭な体幹で重心をふっと滑らせ、勢いを綺麗にいなしてみせたのだ。 まるで極上のダンスステップのように、一切の無駄がない完璧な身のこなし。
「きゃっ!?」
むしろ、引っかけるはずの足応えが消え、アリスが身をかわしたことでバランスを崩したのは仕掛けたミレーヌの方だった。 ミレーヌは無様に前のめりになり、テラスの縁にある薔薇の大鉢に激しくぶつかってしまう。
――ガシャン! コロンッ!
「痛っ……! な、何です……!?」
ぶつかった反動で鉢植えが揺れ、ミレーヌのドレスの袖がエレナの胸元を掠めた。その拍子に、カーライル家の家紋が入った翡翠のブローチが弾き飛ばされ、薔薇の鋭い刺と太い枝の密集するアーチの奥深くへと転がり落ちてしまったのだ。
「えっ……? ブローチ!? やだ、お母様のブローチが……!」
怒られる…!と青ざめるエレナ。ミレーヌは慌てて体勢を整えると、陥れようとして失敗した腹いせに、すかさずアリスを指さした。
「ま、まあ! アリス様、いきなりよろけたりなさるから……! わたくし驚いて巻き込まれてしまいましたわ!」
自分の失敗をすべてアリスのガサツさのせいに仕立て上げようとする取り巻き。
だが、一部始終を冷静に観察していたアリスは、凛とした声で応じた。
「突然足元を塞がれたので驚きましたが、エレナ様のブローチでしたら、あちらにありますよ」
アリスが指さした先——テラスの縁にある薔薇の鉢植え。その密集した鋭い刺と太い枝の交差する間に、翡翠のブローチが奇跡的に引っかかっていた。
「まあ……あんな薔薇の刺の奥に!? どうしましょう、無理に手を突っ込んだらドレスも手も傷だらけになってしまいますわ……!」
焦るエレナを余所に、ビクトリアたちは「まあ、アリス様が不注意で転びそうになるから……」と白々しく溜息をついている。刺に阻まれて拾えないエレナを横目に、アリスに無様につるをかき分けさせようという腹づもりだった。
「慌てる必要はありませんわ」
アリスは手元に持っていた自分の閉じた扇子を握り直すと、背筋をすっと伸ばして薔薇のアーチの前へ歩み寄った。
「え? アリス様、何を——」
ビクトリアが引きつった声をあげる間もなく。
下町の花屋で無数の薔薇の刺と向き合い、日々剪定ハサミを振るってきたアリスにとって、枝のしなりや刺の配置を見極めるのは朝飯前だった。 アリスは刺と刺のわずかな隙間へ滑り込ませるように閉じた扇子の先端を差し入れると、抜群の空間把握能力とスナップを利かせ、繊細かつ一気に「コンっ」と枝の支点を突いて弾いた!
――ポンッ。
弾けた枝の反動で、奥に引っかかっていたブローチが美しく弧を描いて空中に浮き上がる。
次の瞬間、アリスは扇子をパッと華やかに広げ、その扇面で落ちてくるブローチをふわりと受け止めてみせたのだ。
ブローチには傷ひとつついていない。
アリスはそのままドレスの裾を軽く持ち上げて優雅にかがむと、ポケットチーフを添えてブローチを拾い上げてみせた。
「はい、エレナ様」
何事もなかったかのように、にこりと優雅に微笑んで差し出すアリス。 一切無駄のない神業のような所作に、息を呑む静寂がテラスを包んだ。
「お……」
エレナが目を見開き、頬を赤らめて震え出した。
「お……お見事です、アリスお義姉様……!! なんて素晴らしい機転と手捌き! お兄様が夢中になる理由が、たった今わかりましたわ!」
エレナはアリスの手を両手で握りしめ、目をキラキラと輝かせて完全になついてしまった。
パチパチパチパチ!
「まあ……見事な『機転』ですこと」
満足そうなクラリッサが心からの称賛を込めて、上品に拍手を送る。そして氷のように美しい笑顔をビクトリアに向けた。
「ビクトリア様も、アリス嬢の素晴らしい観察眼と美しい身のこなしをご覧になれて、さぞ勉強になったことでしょう?」
「く……っ……ええ、本当に……素晴らしいお手腕でしたわ……」
完璧な淑女の笑顔を貼り付けたまま、ビクトリアは扇子の下で拳を強く握りしめ、溢れ出そうな屈屈感を必死で押し殺すのだった。
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