35 不器用なマイ・フェア・レディ 2
いつもありがとうございます!
マイフェアレディ編どうなるのでしょうか?
お楽しみ下さい!
「カ、カーライル卿と婚約した……!?」
「我が家が、チェスター伯爵家のお抱え庭師に……!?」
「う、うん……」
下町にある小さな花屋の奥部屋。目の前で完全に石化してしまった両親の顔を見ながら、アリスは息をのんでその反応を待っていた。
隣に立つノアは「何か問題でも?」と言わんばかりの澄まし顔を決め込んでいるが、実際のところ内心は緊張でドッキドキだった。万物を見通す天才の脳内計算機が、「義理の両親の反応」という未知の変数を処理しきれず、激しく加熱しているのだ。
重苦しい沈黙が、部屋を支配する。
——ガシィッ!!
「まあまあまあ!!! すごいじゃないアリス! 本当にカーライル卿を射止めてくるなんて……さっすが私の娘だわぁ!」
「おうおうおう! あの名門チェスター家のお抱え庭師になれるなんざ……くぅーッ! 俺の腕が鳴るってもんよ!」
突如として爆発した両親の手が、アリスの両腕を激しく掴んだ。
「あ、うん……っ」
アリスが両親の迫力に押されていると、次いで——ガシィッ!!と強烈な音が響く。今度は二人して、ノアの両手を力任せに握りしめていた。
「カーライル卿! ふつつかな娘ですが、どうぞよろしくお願いします!!」(父)
「カーライル卿! 少々じゃじゃ馬なところもありますが、根は最高に良い子なんです! どうか末長く可愛がってやってくださいませ!!」(母)
「〜〜〜〜ッ!?」
両手を強固に固定され、上下に激しく振られたノアは、見たこともないほど目を丸くして硬直した。
天才解剖技師の思考回路が、「目上の平民からの突発的かつ物理的な接触、および過度の情熱」という事態に対応できず、完全に停止している。
「あ、あの! お父さん、お母さん、ノアが固まってるから……!」
「おう、すまねえ! 嬉しさのあまりついな! ガハハ!」
アリスの父ジョージが豪快にノアの肩をポンポンと叩くと、ノアは弾かれたように正気に戻り、真っ赤になった耳たぶを必死に隠すように大きな咳払いをしてみせた。
「……こ、婚姻の手続き、および社交界におけるアリスの安全性の確保において、何ら問題はない。
……ただ、その、過度な皮膚接触は皮膚組織および細胞への構造的負荷が……」
「あらあらまあまあ! 早口で何言ってるか分からないけど照れてるのね! 可愛いらしいわあ!」
「な……ッ!? く、紳士に対する形容詞の選択が著しく不適切だ……!」
顔を真っ赤にしてワタワタと反論するノア。
そこへ、下町の学校の鞄を抱えた十歳の弟レオが、奥部屋に姿を現した。
「うるさいぞー……なに、何の騒ぎ?」
「レオ! 聞いて驚きなさい、お姉ちゃんがカーライル卿と婚約して、お父さんたちはチェスター伯爵家のお抱え庭師になるのよ!」
「………はあ!?」
レオは目を点にした後、猛烈な勢いでノアとアリスの間へ割り込んだ。アリスを背中に庇い、ノアをキッと睨みつける。
「おいノア! 姉ちゃんに何吹き込んだんだよ!? いつも姉ちゃんを連れ出しやがって……」
「レオ、失礼でしょ!」
「だってさあ! こんなひょろくて冷たそうな奴、信用できるかよ! 姉ちゃん騙されてんだろ!」
「……ふん、不十分な情報で論理を展開するな少年。僕はアリスの尊厳と安全を『最適化』しているだけだ。それに、アリスの行動を阻害するのは…」
「理屈っぽいんだよ! 照れ隠しすんな!」
「〜〜〜っ! 未熟な成長段階のくせに……ッ!!」
十歳児の直球すぎるツッコミに、ノアはぐうの音も出ずに言葉を詰まらせる。
「はいはい、ノアもレオもそこまで!」
アリスが苦笑しながら二人の間に入ると、ノアは「フン」とそっぽを向きながらも、さりげなくアリスの隣をキープし、レオが入る隙を物理的にブロックした。
口では十歳児と張り合いながらも「アリスは渡さない」と言わんばかりの激重な行動に、レオは「この……ちょっとかっこいいからって……!」と悔しそうにノアを睨みつけるのだった。
◇
数日後。
エヴァンス一家は無事にチェスター伯爵邸の広い庭園にある離れへと引っ越しを完了させた。ジョージはさっそく「腕が鳴るぜ!」と広大な温室へ飛び出し、母マリアは豪華な邸宅に「夢みたい〜!」と目を輝かせている。レオも下町の学校へ通いながら、広い庭を嬉しそうに走り回っていた。
そして、チェスター邸の大広間。
アリスの「貴族マナー初レッスン」が、いよいよ始まろうとしていた。
「——ではアリス嬢、まずは淑女の基本である『背筋を伸ばした歩行』から練習しましょうか」
優雅に微笑むオリバーと、手配された厳格そうなマナー講師の女性。
そしてなぜか——部屋の隅のソファーに深々と腰掛け、腕を組んで不機嫌そうにこちらを凝視しているノアの姿があった。
「……ノア。どうしてあなたまでここにいるの?」
「……観察だ。指導法に落ち度がないか、僕が『効率的に監査』してやっているだけだ」
(ただのヤキモチだな……)
アリスとオリバーの視線が重なり、くすくすと温かい笑いが漏れる。
ノアの猛烈な視線と過保護な情熱を受けながら、アリスの新しい毎日が動き始めたのだった。
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