34 不器用なマイフェアレディ 1
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今回からマイフェアレディ編です!
お楽しみ下さい!
事務所のソファで、ノアは細い指先を眉間に当てたまま、何時間も微動だにしていなかった。 彼の脳内ではいま、ロンドン中の貴族名鑑が凄まじい速度で精査されている。しかし、弾き出される結果はことごとく「不合格」の判定だった。
「……くそっ」
「おや、ぼっちゃま。脳を使いすぎて知恵熱でも出されたかのようなお顔ですが」
「バロウズ、黙れ。……なぜこの街には、アリスの後見人にふさわしい清廉潔白で、政治的野心がなく、かつ僕の指示に忠実に従う都合の良い『女性貴族』が存在しないんだ」
「それを一般的には『高望み』と申します」
バロウズの呆れ顔を無視し、ノアは深く溜め息をついた。
路地裏でアリスに想いを伝え、二人で歩んでいくと誓い合った。——だが、現実的な問題として、平民であるアリスをそのまま連れ回せば社交界の心ない噂や身分差の壁が立ち分かつ。彼女を対等な立場まで引き上げ、守るためには信頼できる「後見人」が不可欠だった。
(……カーライル家の実家や兄を頼れば、アリスが侯爵家の派閥争いに巻き込まれる。それだけは絶対に避けなければならない)
消去法で残された選択肢は、極めて限られていた。
いや、実質的に「あの男」一人しかいない。 脳裏に浮かんだ男の顔を思い浮かべた瞬間、ノアの整った眉根がこれ以上ないほど不機嫌そうに歪んだ。
「……バロウズ。内務省に馬車を出せ」
◇
「やあノア。君が自ら僕の執務室を訪ねてくるなんて、明日にはロンドンに雪でも降るのかな?」
内務省の一室。書類の山から顔を上げたオリバー・チェスターは、極上の紳士的な微笑みでノアを迎えた。
「戯言を言いに来たわけではない、オリバー。……単刀直入に言う」
ノアはデスクの前に立つと、硬い声で切り出した。
「アリス・エヴァンスの『後見人』になってほしい」
「……ほう?」
オリバーの青い瞳が、面白がるようにかすかに細められた。
「君が僕に頭を下げるだなんてね。……噂では、路地裏でかなり情熱的な『お誓い』を彼女に捧げたと聞いているけれど? 堂々と僕に報告に来たわけじゃないんだ」
「〜〜〜〜ッ!? な、なぜそれを……ッ!!」
ノアの顔が一瞬で熟したトマトのように真っ赤に染まり、激しく動揺して眼鏡のブリッジを押し上げる。
「バ、バロウズめ……!! いや、それより話が逸れている! 彼女の立場を保証し、貴族社会で不利益を被らせないための『最適解』として君に打診しているんだ!」
「ははは、相変わらず照れ隠しが下手だなあ」
オリバーは肘を突き、楽しそうにノアを見つめた。
「想いを伝えてお互い特別になったというのに、わざわざ僕を後見人に立てるなんてね。本当に過保護で、回りくどい男だ。……僕が後見人になったら、アリス嬢はチェスター伯爵家の庇護下に入ることになる。マナーのレッスンや社交界デビューの手配も、全部僕の屋敷で主導することになるけれど……君は嫉妬で爆発したりしないかい?」
「……ぐッ……!!」
図星を突かれ、ノアは苦々しく言葉を詰まらせた。
アリスのためとはいえ、彼女がオリバーの屋敷に出入りし、彼の手配した講師から指導を受ける様子を想像するだけで、ノアの胸は引きちぎられるような激痛を起こしそうになる。
その必死な顔を見て、オリバーはフッと満足そうに微笑んだ。
「いいよ、引き受けよう。アリス嬢の健気さと気品は、チェスター家が保証するに値する」
「……いいのか」
「もちろん。君がようやく素直になって手に入れた大切な存在だ。親友として、無下に邪魔するつもりはないさ。……ただし、彼女を貴族として育てる過程で、君のその激重な嫉妬に付き合わされる僕の身にもなってほしいけどね」
「……余計なお世話だ」
プイと横を向くノアだったが、これでアリスを本格的に手元で守り、高めていくための準備が整ったのだった。
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