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30アーチボルト・サマセット子爵令息事件 8

いつもありがとうございます!


アーチー事件も終わりをむかえ、二人はどうなるのでしょうか?!


お楽しみ下さい!

翌朝、アリスはひっそりとノアの事務所兼自宅を訪れ、老執事のバロウズに「午前中、少しお休みをいただきたい」と告げた。


手首に残る熱い感触と、過剰なほど素直だったノアの眠り顔を思い出すたび胸が跳ねたが、いま自分には優先して果たすべき「誠義」があった。


約束通り、アーチーは午前中にノアの事務所へやってきた。平気を装いつつも、どこかバツの悪そうな罪悪感に満ちた表情を浮かべている。


アリスは彼を出迎えると、言葉少なに、滅多に人が通らないフラット(アパート)の裏口へ続く小道へ連れ出した。身分違いの男女が二人きりで佇む姿を噂好きの近隣住民に見られれば、子爵家令息である彼の大切な外聞を傷つけてしまうからだ。


裏口から外に出ると、アーチーはたまらず立ち止まり、申し訳なさそうに頭を下げた。


「ア、アリス……! その、昨日は……本当にごめん!困らせてしまったよね……。淑女の手を素手で握るなんて……っ」


一途で、けれど少し不器用な彼の言葉に胸が痛む。


自分に真っ向から説教され、改心して本気でぶつかってきてくれた彼の情熱は偽りではない。だからこそ、期待で彼を縛るような真似だけは絶対にしてはならなかった。


「……アーチー様。私、あなたに言わなければならないことがあるの。…私は、あなたの気持ちには——」

「ま、待って!! 聞きたくない……っ!」


拒絶の言葉を察したアーチーが、咄嗟に両手で耳を塞ぐ。情けない姿かもしれないが、彼にとっては死活問題なのだ。アリスは静かに息を吐くと、そっと歩み寄り、彼の手袋越しのかたくなな手に優しく自分の手を重ねた。


「アーチー様」

「……っ」

「私、好きな人がいるの。だから……あなたの気持ちには応えられない」


毅然とした、けれどどこまでも優しい拒絶。アーチーの瞳に、あっという間に大きな涙が溜まっていく。


「……どうしても、だめ? これから僕を……好きにならない……?」

「……ごめんなさい……」


最後のあがきさえも静かに遮られ、アーチーはぎゅっと唇を噛み締めた。これ以上惨めな姿を見せまいと、彼はくるりと背を向けると、一度も振り返ることなく疾走するように去っていった。


去り行く彼の背中に心の中で深く詫び、アリスはひとつ小さな溜め息をつく。


そして——目の前のレンガ壁の向こう側へ向けて、静かに声をかけた。


「ノア、何か用?」

「……っ!?」


壁の向こうから、明らかに慌てて脚を滑らせたようなドタバタという足音が響いた。病み上がりのはずの男が、必死に気配を消して尾行していたのだ。


「……な、なぜ……気づいた……?」

「ノアの考えることなんてお見通しよ。あなたの助手をなめないで」


陰からひょっこりと姿を現したのは、まだ顔に少し赤みを残したノアだった。かつて冷酷にアリスを突き放していた面影は微塵もなく、いまや気まずさと動揺で目を泳がせている。


二人の間に、重く長い沈黙が流れた。


アリスは逃がさないと言わんばかりの強い瞳でノアを見つめる。スコットランドヤード特別顧問たる男もまた、彼女の美しく力強いヘーゼルグリーンの瞳から目をそらせずにいた。


視線が交錯する中、アリスがまっすぐな爆弾を落とした。


「……ノアってさ。私のこと、好きなの?」


直撃した言葉の威力に、ノアの常人を逸した頭脳は、音を立てて完全に停止した。


最後までお読みいただきありがとうございました。


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