25 アーチボルト・サマセット子爵令息事件 3
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自業自得男ノアはこの後どうするのでしょうか?
お楽しみ下さい!
高級レストランでのあの一件以来。ノアの事務所には、毎日のように派手な馬車が横付けされるようになっていた。
「アリス! 今日の分の読書報告と計算ノートを持ってきたよ!」
バッと扉を開けて入ってきたのは、仕立てのいいスーツを着たアーチーだった。その手には分厚い経済書と、慣れない手つきで書かれたノートが握られている。
「アーチー様! 凄いわ、本当に毎日欠かさず勉強しているのね。見せてちょうだい」
「うん! ここ、僕なりに頑張ってみたんだ!」
アリスは応接室のテーブルでアーチーの隣に腰を下ろし、彼のノートを覗き込んだ。
「ここ、桁が一つ間違っているわよ。でも、全体の計算はすごく良くなってる! えらいわ、アーチー様」
「本当!? アリスに褒められた……!」
パーッと顔を輝かせるアーチー。しかし、その光景をソファから冷酷な眼差しで睨みつけている男がいた。
「……僕の事務所は、平民の慈善学校でも無能な貴族の学習塾でもないんだが。不愉快極まりない。バロウズ、今すぐこの騒々しい男を叩き出せ」
氷のように冷たいノアの声。しかしアーチーは怯むどころか、胸を張ってノアを正面から見据えた。その瞳には、かつての我儘な放蕩息子の面影はなく、一人の男としての強いライバル心が宿っている。
「嫌です! 追い出されたって来ますからね! カーライル卿みたいに意地悪な人に、アリスを渡したくない! 僕、絶対アリスに認められる男になってみせます! 本気なんです!」
堂々たる宣戦布告。アリスは「ち、ちょっと、アーチー様!?」と焦って止めようとしたが、ノアの周囲の空気が一瞬で絶対零度まで凍りついた。
「……渡さない、だと?」
ノアはゆっくりと紅茶のカップを置いた。握りしめたソーサーに白くなるほど強く力が入っており、瞳の奥には今まで見せたこともない凶暴な嫉妬の炎が渦巻いている。
「下らん戯言を……。僕と彼女は事件を解決するための効率的なビジネスパートナーだ。渡すも渡さないもない」
「だったら邪魔しないでください! カーライル卿はアリスを冷たく突っぱねてばかりじゃないか! こんないい子を大切にできないなら、僕が幸せにします!」
「な……っ!?」
アーチーのまっすぐで一番痛いところを突く言葉に、ノアは言葉を詰まらせた。
(僕が……アリスを大切にしていない……?)
その時、応接室の隅で優雅に紅茶を楽しんでいたオリバーが、くすくすと愉しそうに肩を揺らした。
「やれやれ……罪な女だね、アリス嬢は。ノアは……いや、自業自得かな」
「オリバー、貴様黙れ……! だいたい、なぜいつもここにいる! 内務省はそんなに暇か!」
「そんな目で見ないでくれよ。君が冷たく追い払ったアリス嬢に、アーチー君が自分のプライドを捨てて向き合っているだけさ。……ねえノア、君が蔑ろにしたもの全てを、彼は差し出すつもりみたいだよ?」
短い一言が、鋭いナイフのようにノアの胸を抉る。 ふと横を見れば、老執事バロウズが静かに佇み、何も言わずにただ温かい眼差しでノアを見つめていた。
「アリス、仕事だ。その無能な男を置いて今すぐ来い」
ノアは絞り出すような声で命じたが、アリスは困ったようにアーチーのノートを押さえた。
「ちょっと待ってよ、ノア。アーチー様はせっかく真剣に勉強して見せに来てくれたのよ? あと十分だけ、計算の直しを見てあげたらすぐ行くから……」
「……っ」
断られた。 かつては自分が一声かければ、どんな時でも自分を最優先にして駆け寄ってきてくれたアリスが。
朝事務所に来た時の無邪気な笑顔も、淹れてくれる温かいお茶も、自分を心配して怒ってくれた声も——すべては「自分を愛してくれていたから」存在していたのだと、失いかけて初めてノアの脳内に激痛とともに理解が走った。
(僕の……アリスだ。僕の助手で、僕の側にいるはずの……僕の……!)
常人を遥かに凌ぐ思考速度を誇るはずのノアの全思考回路が、嫉妬と激しい焦燥感で完全に焼き切れようとしていた。
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