24 アーチボルト・サマセット子爵令息事件 2
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アーチーがどう二人の仲をひっかきまわすのでしょうか?
お楽しみ下さい!
夜、高級レストランの個室。 豪華な装飾に身を包んだ美青年——アーチボルド・サマセット(アーチー)は、退屈そうにワイングラスを傾けていた。姿形は誰もが振り返るほど魅力的なのに、口を開けば台なしだった。
「遅いぞ、サラ。僕の言うことが聞けないのかい? ……ん?」
扉を開けて入ってきたのは、サラではなく、借り物のドレスを着こなしたアリスだった。アリスは個室のドアを少しだけ開けたまま、毅然とした態度で、アーチーの目を見てはっきりとした声で言った。
「サラの代理で来ました、友人のアリシア・エヴァンスです。サマセット様、サラへの脅迫を撤回してください」
アーチーは一瞬、アリスの凛とした瞳と健康的な美しさに目を奪われたが、すぐに甘えたような傲慢な笑みを浮かべた。
「ふうん……君、すごく可愛いね! サラよりずっと僕の好みだ…。」
値踏みするようにアリスの全身を見るアーチー。 逃げ出したい気持ちを押し殺し、怯まずにアーチーを見つめるアリス。
「ねえ、サラの代わりに君が僕の日陰の存在(愛人)になってよ。そうしたらあの男の工場には手出ししないでおいてあげる。僕の言うことを聞いていれば、美味しいものも綺麗なドレスもいくらでも買い与えてあげよ? ね、嬉しいだろ?」
まるで新しい玩具をねだる子供のような不躾さ。チヤホヤされ、自分の望みは何でも叶うと信じて疑わない態度に、アリスの中でブツンと何かが切れた。
「……ふざけないで!!」
バンッ!!とアリスは勢いよくテーブルを叩いた。アーチーが「ひっ!?」と肩を跳ね上がらせる。
「美味しいもの!? 綺麗な服!? 人の尊厳を何だと思ってるのよ! サラには大切な恋人がいるの。貴方みたいにお金と権力しか取り柄のない甘ったれに、他人の人生を破滅させる権利なんてないわ。自分は何でも買えると思ったら大間違いよ!」
怒気を含んだアリスの怒号。アーチーはぽかんと口を開けたまま、興奮して息を切らすアリスを見上げた。
「甘ったれ……!? ぼ、僕にそんなこと、お父様だって言わないよ……っ!」
「当たり前でしょ! 周りの大人が貴方に甘いから、そんな我儘で傲慢な大人になっちゃったんじゃない…。お金で人の心を買い叩けると思わないで」
「か、買い叩くなんて思ってないよ! 僕はただ、僕の好きなものを僕の側に置きたいだけで……」
「それを『我儘』って言うのよ! サラの気持ちを考えたことがある? 人の痛みがわからない人に、上に立つ資格なんてないわ!」
ガツンと言い破られ、アーチーの大きな瞳にじわじわと涙が溜まり始めた。 今まで誰も本気でぶつかってくれなかったアーチーの胸の奥で、雷に打たれたような衝撃が走り、ピュアすぎる恋心が爆発した。
「す、すごい……! 君、かっこいいよ……! 僕のこと、こんなに真剣に怒ってくれたの、君が初めてだ……!!」
キラキラした瞳でアリスを見つめるアーチー。
「ち、ちょっと、何を言ってるの? 貴族特有の新しいからかい?」
アリスは身構えたが、アーチーはハンカチで目元を拭うと、興奮気味に身を乗り出してきた。
「からかってなんてないよ! 本気だ……! お願いだから僕の話を聞いて。愛人なんて撤回する! 君を僕の正式な恋人として迎えたいんだ! 僕のたっぷりあるお小遣いから君の家にも毎月お金を入れるし、絶対不自由させない!」
「…はぁ…呆れた。貴方本当に何も分かってないのね」
あまりの世間知らずな発言に、アリスは怒りを通り越して冷ややかな溜息をついた。
「平民の私が貴族の恋人になる? お小遣いからお金を入れる? 冗談でしょう? 子爵様がそんなこと許すはずないでしょ。お父様の庇護がなくなったら、アーチボルド様ご自身は何一つ自分で稼ぐこともできないのに、どうやって私や私の家族を守るつもりなのよ…。……それは、口先だけの甘い言葉で誤魔化しているだけよ」
現実主義者のアリスに突きつけられた冷徹な真実。 アーチーは言い返そうと口を開けたが、何ひとつ言葉が出てこなかった。自分がいかに親の威光に守られた無力な存在か、ガツンと思い知らされたのだ。
「う……うぐっ……! 僕だって……僕だって、本気なんだよ……っ!」
悔しさと自分の情けなさで涙をボロボロとこぼしながら、アーチーはアリスの手をぎゅっと握りしめた。
「確かに、今の僕はただの甘ったれだよ! でも、君に言われっぱなしのままで終わりたくない! 僕、お父様に頭を下げて領地経営をイチから学ぶ! 君の家にお金を入れるのも、僕が自分の力で手にしたお金でやる! 君に認められるちゃんとした男になるから……! だから、僕を拒絶しないで……真剣に僕のことを見てよ、アリシア……っ!」
見栄もプライドも完全に投げ捨て、泣きじゃくりながらアリスの手を握り、「アリスに認められる男になる」と泥臭く誓うアーチー。 最初は世間知らずな道楽だと切り捨てるつもりだったアリスだが、その必死で真っ直ぐな瞳に、すっかり毒気を抜かれてしまった。
(え……? この人、本当に……私に認められたくて、自分を変えようとしてくれてるの……?)
アリスは情に厚く、真っ直ぐな本気に対して適当にあしらえるほど器用ではない。世間知らずで甘ったれな貴族の坊っちゃんが、生まれて初めて自分という人間と向き合おうと足掻いている。その不器用な誠実さに、アリスの胸の奥が少しだけ揺らいだ。
「……アーチボルド様。あなたが本気な事は分かったわ。……でも、淑女の手をそう簡単に握るものではないわ」
そう言ってアリスは、少しだけ顔を赤らめながら、アーチーの手をそっと、だが拒絶ではない様子で振り払った。そして、一度深く呼吸を置くと、冷静さを装いながら告げた。
「まずはサラへの謝罪と脅迫の撤回が先よ。あなたの言葉が口先だけじゃないって証明できたら……その時は、少しだけ考え直してあげてもいいわ」
「……っ! 本当!? 約束だよ、アリシア!!」
泣き顔を一変させ、パッと花が咲いたような笑顔を見せるアーチー。
その頃、隣の個室で壁に真鍮の集音管を押し当てていたノアとオリバー。
「おやまあ。 『自分の力で手にしたお金でやる、僕を拒絶しないで』に『少しだけ考え直してあげてもいいわ』だってさ。現実に厳しいアリス嬢だからこそ、彼の『自分を変えようとする泥臭い本気』に毒気を抜かれて、すっかり軟化しちゃってるねえ。
……ノア、手が震えているよ?」
楽しそうに囁くオリバーの横で、ノアが握りしめていた真鍮の集音管が、ギリ……と鋭い音を立てて大きく歪んでいた。
「……殺す」
ノアの口から漏れたのは、冷徹な捜査官のそれではなく、嫉妬に狂いかけた男の殺意だった。
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