22 ビッグベン殺人事件 2
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オリバーはいかがでしょうか?
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「まったく……国家機密が関わるとややこしいんだ。オリバーまで出張ってくるし……」
現場の最上階で、ノアはぶつくさと毒舌を吐き散らしながらも、爆速の手つきで被害者の遺体検分を進めていた。その手捌きはもはや芸術的で、周囲の警察官たちが口を挟む隙すら与えない。
それを少し離れた場所から横目で見ていたカーター巡査が、そっとレストレード警部に耳打ちする。
「顧問が重い腰を上げてくださってよかったですね。どんな説得をしたんですか?」
「……奥の、奥の手を使った」
レストレード警部は苦い顔で呟き、チラリとアリスの方を見た。
「な、なるほど……!」
カーター巡査は小声で深く納得し、生温かい目でノアの背中を見つめた。
その頃、オリバーとアリスはノアの邪魔にならないよう、現場の机に残されていた被害者の「暗号手帳」の解読を進めていた。
「ふむ……チェスター家に伝わる古い幾何学暗号に似ているね。アリス嬢、ここを少し押さえていてくれるかい?」
「はい、オリバー様」
オリバーの指示のもと、アリスが手帳の特定のページを押さえると、二人の距離が自然と近くなる。 ノアの眉間のシワがこれでもかと深くなる。
「『日が昇り…』。太陽に見立てているのか…。 ん、あれか?」
「昇り…。東から西へ? …あ!!」
アリスが触っていた壁のレリーフの一部である巨大な歯車がゴゴゴ……と鈍い音を立ててスライドした。 現れたのは、壁の奥へと続く重々しい鉄の扉——隠し部屋の入口だった。
「これは……被害者の極秘作業室かもしれないね。危険かもしれないので、中に入るのはノアの検分が終わってからにしよう」
オリバーが賢明に提案し、アリスも「はい」と頷いた。二人は扉の外側の枠組に残された仕掛けの構造を慎重に調べていた——まさに、その時だった。
カチリ、と小さな金属音が響く。
「え……!?」
足元の床が急激に傾き、二人は滑り落ちるように隠し部屋の内部へと押し込まれてしまった。 直後、ガチャン!!と重い音を立てて厚い鉄扉が落下し、完全に施錠されてしまう。
「……いたた…大丈夫かい?アリス嬢」
「は、はい。大丈夫です。何だか、最近閉じ込められてばっかりだわ…」
二人で暗い部屋に閉じ込められてしまった。
「……なんと、参ったね。扉の開閉で古いカラクリが作動したようだ」
上着のポケットからマッチを取り出して火をつけ、部屋の空気や罠の有無を確認しつつ扉を慎重に検分するオリバー。
「うーん、毒ガスのような危険はなさそうだ。だがこれは外からしか開かなそうだな。ノアが開けてくれるのを待とう。大丈夫、あいつの得意分野さ」
オリバーは落ち着いた様子で上着を脱ぐと、冷たい石の床に丁寧に敷いた。
「ここに座るといい。冷えるからね」
「あ、ありがとうございます……」
恐縮しながら座るアリス。二人は暗い密室の中で、静かに背中を丸めた。しばらくの沈黙の後、オリバーが穏やかな声で問いかける。
「ところで……君は、ノアが好きなのかい?」
「へ?! え、えーっと……」
アリスは跳ね起きそうになり、すぐに切なさそうに視線を落とした。
「……やっぱり、わかっちゃいますか? でも、私の気持ちはもう拒否されているんです。あはは……ノアは私を『相棒』として側に置いてくれている……それで十分ですから」
「……そうなのかい? それは……本当に?」
納得のいかない顔をするオリバーに、アリスは少し涙ぐみながら必死に微笑んだ。
「はい。はっきりと、私の好意は受け取れないと言われました。でも……ノアが私を気まぐれで弄んだりせず、ただの相棒として側に置く道を選んでくれた。それだけで、十分なんです……」
溢れそうになる涙を隠すため、アリスはぐっと口をつぐんだ。オリバーは静かにポケットから白いハンカチを取り出し、アリスに差し出す。
(あいつ、何考えてるんだ…)
心の中でそう呆れつつも、オリバーはアリスへ優しく微笑みかけた。
「……君は、とても魅力的だ。活力にあふれ、とても美しい。……ノアも、君のことをそう思っているよ」
「……そうでしょうか?」
「うん。絶対」
オリバーが頷いた——まさに、その時だった。
バーーーンッ!!
激しい衝撃音とともに、重厚な鉄の扉が爆音を立てて跳ね上がった。
「アリス!!」
そこに立っていたのは、肩を大きく上下させ、荒い息を吐くノアだった。髪は乱れ、目は見たこともないほど見開かれ、狂気じみた必死さで室内を見回している。
「さすが、早かったね。ノア」
ニコニコと立ち上がるオリバー。しかしノアはオリバーなど視界に入っていないかのように倒れ込むように駆け寄り、アリスの手をガシッ!と革手袋越しに力任せに握りしめた。
(おっと……焦っているとはいえ、淑女の手をあんな強い力で握りしめるとは……)
冷や汗をかくオリバーを完全に無視して、ノアは荒い息のまま叫んだ。
「大丈夫か……!? こいつに……何かされていないか……!?」
((えっ?! そういう心配?!))
アリスとオリバーの心が綺麗に一致した。
「だ、大丈夫よ、ノア! オリバー様とお話ししていただけよ。すぐノアが来てくれたじゃない。ね?」
アリスの宥める声に、ノアはようやく少し落ち着きを取り戻し、オリバーをじろりと殺気立った目で睨みつけた。 オリバーは苦笑しながら、手袋を嵌めた自分の手を軽やかにはためかせる。
「もちろん、僕は淑女に不躾な真似をしたりしないよ?」
「……っ!!」
その言葉で、自分がアリスの手を痛いほどの力強さで握りしめていることに気づいたノアは、弾かれたように手を離した。
「し、失礼……」
顔を真っ赤にして勢いよく目を逸らすノア。
「ノ、ノア、私、レストレード警部達を呼んでくるね!」とアリスが気を利かせてその場を離れると、現場にはノアとオリバーの二人だけが残された。
オリバーは微笑を消し、静かにノアを見つめる。
「……君さ、あの子をどうするつもりなの?」
「なんだ、唐突に」
「日陰の存在にでもしたいの?」
「な……ッ!? 何を言っている! 違う……!」
ノアが激昂して眼鏡を直そうとするが、手袋に包まれた指がかすかに震えている。オリバーはため息を混じえて言葉を続けた。
「もし今のように生殺しのまま接するなら、側に置くのはあの子にとって酷じゃない? ……僕、ちょうど屋敷の文書整理を行う優秀で魅力的な記録係を探してるんだよね」
「……どういう意味だ」
低く鋭いノアの牽制に対し、オリバーはフッと軽やかに微笑んで背を向けた。
「さあね」
(……なんとまあ、情緒が幼いな。今までの境遇の弊害か……。あの子も大変だな)
去っていくオリバーの背中を、ノアは殺気立った目で見つめ返しながらも、アリスを失う恐怖で握りしめた拳を震わせ続けることしかできなかった。
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