21 ビッグベン殺人事件 1
いつもありがとうございます!
新キャラオリバーの登場です!
ますますポンコツになるノアをお楽しみ下さい!
濃霧が這うロンドンの街に、巨大な時計塔の重厚な鐘の音が響き渡る。
最上階の密室で起きたベテラン時計技師の不審死。足元には複雑な歯車とネジが散らばり、異様な静寂が満ちていた。
「——お噂はかねがね。君がアリス嬢だね? 僕はオリバー・チェスター。オリバーと呼んでくれ」
現場に現れたのは、内務省の若きエリート官僚、オリバー・チェスターだった。洗練された身こなしで歩み寄ると、彼は手袋越しの丁寧な動作でアリスの手にそっと触れ、優しく微笑んだ。
「噂通りの可憐で賢い女性だ。こんな素晴らしい助手を側に置けるなんて、ノアが羨ましいよ」
「え、あ……ありがとうございます、オリバー様」
アリスが不意の紳士的な対応に目を丸くした、その瞬間だった。
サッ……!!
ノアの身体が不自然な速度で割り込んできた。オリバーとアリスの間に強引に割り込み、背中でアリスを隠すように立ちはだかる。ノアは眼鏡のブリッジを押し上げ、冷や汗をかきながらオリバーを睨みつけた。
「……僕の許可なく勝手に助手に触るな。淑女に対する軽率な接触は厳に慎んでもらおう」
「おや、古い友人に対して厳しいね。ただの挨拶だよ」
オリバーが肩をすくめると、ノアはそっぽを向いて冷淡に言い放った。
「誰が古い友人だ…! 僕の相棒に対する無駄な接触は捜査の邪魔になるからな」
その言葉を聞いたアリスの瞳が、ほんの少し陰る。だがオリバーは、ノアの目がこれでもかと泳いでいること、そしてアリスを必要以上に背後にかばい続ける姿勢を見逃さなかった。
ちなみに、周囲を囲むスコットランドヤードの捜査員たち——とりわけレストレード組の面々は、このやり取りを完全に「日常の一幕」として自然に受け流していた。
「警部、被害者のポケットから出た歯車のスケッチです」
「おうカーター巡査、ご苦労。……まったく、今回の件は国が絡んでいて面倒なヤツが乗り込んできやがったな」
「フッ、チェスター伯爵令息の直々の出張りとはね。顧問が意地を張っている隙に、私が事件を解決して差し上げますよ」
「グレグソン刑事、お前は余計な口を開ける前に現場の指紋採取に立ち会え」
レストレード警部は胃の痛む思いでため息をつき、カーター巡査は「今日もカーライル特別顧問はキレキレですね!」と無邪気に手帳を閉じ、グレグソン刑事はフンと鼻を鳴らす。
ノアがアリスのことになると冷静さを欠き、不器用な行動に出るのはヤードではもはや公知の事実(いつもの光景)なのだ。ヤードの日常風景を背景に、オリバーはフッと口元を深め、楽しそうに首をかしげた。
「ふーん……。では、アリス嬢。このツンケンした男に遺体の検分はまかせて、我々は時計台を調査しにいこうではないか」
「なん……っ!?」
ノアの整った顔立ちが、微かに引きつる。冷静さを保とうと必死に眼鏡のブリッジを押し上げるものの、脳内の論理構築がまるで追いつかない。反論の言葉が見つからないまま、ノアの手はとっさに、アリスのドレスの袖をきゅっと掴んでいた。
「?ノア?」
「……待て。アリス、君が行く必要はない。僕が……」
「おやノア、君は今『遺体の検分』をすると言ったじゃないか」
オリバーは洗練された動作で腕を組み、心地よい声でノアの言葉を遮る。
「この密室で最も優先されるべきは遺体の状態確認だ。君の卓越した観察眼なら、誰よりも早く終わるだろう? その間、アリス嬢を退屈させるのは紳士のすることじゃない。僕が時計台の構造を案内してあげるのが一番効率的だ。……何か不都合でも?」
「ぐッ……! それは……不都合というか、彼女は僕の助手であって君の……!」
「助手なら、君が検分に集中できるよう現場の別箇所を調べておくのも立派な仕事だと思うがね。それとも君は、僕が彼女を誘拐するとでも思っているのかい?」
「そ、それは……! くっ……!」
完璧な正論で退路をすべて塞がれ、言葉が続かない。 反論の言葉が見つからず、眼鏡のブリッジを何度も押し上げながら「しかしだな……!」と視線を激しく泳がせることしかできない。アリスの袖を掴んだノアの手だけが、引き留めるように力なく震えていた。
あからさまに動揺しながらも、どこか必死に矜持を守ろうとする旧友の姿。
(言葉と行動の不器用さが凄まじいな……。ヤードの連中が慣れきっているわけだ)
オリバーは苦笑を噛み殺しながら、静かに肩をすくめた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
続きが気になる!と思ってくださったら、評価やブクマで応援していただけると励みになります!




