2 早い再会
19世紀風ロンドンを舞台にした、ちょっと変わった天才解剖技師×花屋の少女のお話です。
「口では突き放すのに行動が激重な男」と「健気で勘違いしがちな女の子」のじれキュンな空気感を楽しんでいただけたら嬉しいです!
「はい、お買い上げありがとうございました! お花、長持ちするといいですね!」
密室殺人事件があった翌朝。
霧がうっすらと晴れ始めたロンドンの下町にある小さな花屋『エヴァンス・フローラル』には、アリシアのハキハキとした明るい声が響いていた。
「あ〜あ……昨日の今日で、なんだか夢でも見てたみたい」
アリシアは店頭に飾られた薔薇の手入れをしながら、小さく息を吐く。
昨日の貴族館での凄惨な密室事件、そして——目の下に濃いクマを作り、冷徹な言葉を言い放った不機嫌な美青年、ノエル・カーライル(ノア)の顔が頭をよぎった。
(冷たいことばかり言ってたけど……あんなに顔色が悪くて、ちゃんとお水飲んで休めたのかな、あのお医者様みたいな顧問さん)
そんなことを考えていた、まさにその時だった。
店の前に一両の豪奢な黒塗りの馬車がピタリと止まった。家紋が刻まれた、本物の『貴族』の馬車だ。
それとほぼ同時に、カランコロン、と店の扉についているカウベルが涼やかな音を立てる。 中に入ってきたのは、ダボついた高級仕立ての黒コートを羽織り、相変わらず無表情なノアだった。
「あら、いらっしゃいませ……
…って、ええぇ!?」
アリシアは思わず手にしていた花切りバサミを落としそうになった。
ノアは、色とりどりの花々には目もくれず、迷いのない直線的な足取りで真っ直ぐアリシアの前へと歩み寄り、目の前でピタッと足を止めた。
「…あ、あの…?」
アリシアがノアに話しかけようとしたその時、奥から出てきたアリシアの母親が、こぼれ落ちそうな程目をまんまるくして、黄色い声をあげた。
「あ、あらあらまあまあまあ……っ!? ちょっとアリス! 何このお方……! どこぞの侯爵家か伯爵家のお坊ちゃま!? 立ち姿からしてお貴族様じゃないの!!」
「お、お母さん、声が大きいってば! 昨日の事件現場にいた、ヤードの特別顧問の人だよ」
アリシア(アリス)がなだめるのも聞かず、母マリアはノアの洗練された佇まいと圧倒的な美貌に大興奮だ。
「……僕の名前はノエル・カーライルだ」
ノアが淡々と名乗ると、お母さんは「カーライル……!?」とさらに目を見開いた。
「まあぁ〜!あの歴史あるカーライル家の!? そんなお偉いお貴族様が、うちみたいな下町の花屋に何の御用ですの……!?」
「……彼女に『捜査協力要請』をしに来た」
ノアは表情一つ変えず、冷淡に言葉を並べ立て始めた。
「前回の事件の現場検証において、彼女の身体機能、および動的な空間認識力の精度が高いと実証された。今後の類似事件における検証データとして、彼女の同行が必要不可欠と判断した」
「……えっ……? ちょ、ちょっと待ってよ、カーライル卿! 私、今日はお店のお手伝いがあるし……」
戸惑うアリシアを余所に、お母さんは胸の前で手を組んで目を輝かせた。
「まあまあ! 警察の顧問様が、うちの娘を直々にお迎えに……!? アリス、あなたなんて凄いの! 国家の重大事件のお役に立てるなんて!」
「お母さん、絶対勘違いしてるでしょ! 私、ただ現場にいただけなんだから……」
「いってらっしゃいアリス! カーライル卿のお役に立ってくるのよ! 頑張りなさい!!」
お母さんは涙ぐみながら、グッと力強く親指を突き出してみせた。
「な、何をがんばるってのよ…」
ノアは二人のやり取りを感情の籠もらない瞳で見つめていたが、マリアの言葉が終わると同時に、何でもない風を装って口を開いた。
「……アリス」
「え?」
「君の母親は、君をそう呼んでいるだろう。僕もそう呼ぶ。現場での呼称の短縮は効率的だ」
「ええ? 急に愛称呼び……? …でも、私はカーライル卿って呼んだ方がいいよね? お貴族様だし……」
「ノア」
「……え?」
「貴族の称号など現場では無意味だ。無駄に音節が長く、思考の邪魔になる。『ノア』でいい」
「えぇ……でもお貴族様を呼び捨てなんて……」
アリスはノアの冷たい横顔と、相変わらず酷い目の下のクマを交互に見つめ、はぁ〜……と小さく深いため息をついた。
「…… でも、確かに会話がポンポン進んだ方がいいわよね。分かったわ、ノア」
アリスはノアに向かってコクンと頷き、呆れつつもどこか吹っ切れたような、柔らかい苦笑いを浮かべた。
「えっと、それで。昨日みたいに、あなたの助手をやればいいのね?ぱぱーっと、その事件を解決しちゃいましょう!」
「うんうん、いってらっしゃいアリス! ごゆっくり!」
「はいはい。お母さんもお店よろしくね」
呆れ顔のまま、けれどノアに置いていかれないように彼の隣へと並ぶ。
馬車の入り口で、貴族らしく、スマートにエスコートするノア。
慣れない事をされ、ぐっと固まるアリスだが、手袋をしたノアの手に軽く触れ、淑女らしからぬ身軽さで馬車へ乗り込むアリス。
「……無用な気負いだ。君はただの『検証対象』に過ぎない」
ノアは素気なく言い捨て、一度もアリスの顔を見ることなく馬車に乗り込み、扉を閉めた。
花屋のカウンターでは、マリアが「見てない。私は何も見てない…」とぶつぶつ言いながら顔を手で覆っていた。
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