17 夢の終わり 1
いつもありがとうございます!
今回は、事件の合間、二人の関係に変化が?!
お楽しみください!
事件の騒動も落ち着いた、舞踏会の翌日。
事件の手がかりや調香師の資料を整理するため、アリスはノアの事務所兼自宅の執務室を訪れていた。
ノアが所用で席を外している間、ふとアリスはデスクの端に置かれた「異物」に目を留めた。
それは、厚みのある高級な紙に挟まれた何枚もの肖像写真。執事のバロウズがそっと置いて行ったであろう、名門貴族の令嬢たちの『お見合い写真』と身元調書の山だった。
「……そっか…」
写真に写る、気品あふれる美しい貴族のお嬢様たち。普段は目の下にクマを作り、平民の自分にも分け隔てなく接してくれるが、ノアは歴史あるカーライル侯爵家の人間だ。
正装した舞踏会での姿も、所作も、堂々としていて美しかった。下町で泥に塗れて働く平民の花屋が、いつまでも彼の隣にいていいはずがない。いつかは、この写真の中にいる本物のお姫様と結婚して、綺麗なお屋敷で暮らすのだ。
わかっていた。最初から、住む世界が違いすぎるのだと。
でも——昨日の舞踏会でも、ノアは私の靴擦れに誰よりも早く気づいて手当てをしてくれた。普段は余計な運動なんて一切しないインドア派なのに、私を探すために息を乱して爆速で地下まで追いかけてきてくれた。
相棒として過ごした、夢のような時間。
パニックの渦中でも決して私を放っておかず、私をお姫様みたいに特別扱いして、誰よりも大切にしてくれた。自分に対する特別な優しさがひしひしと伝わっていたからこそ、目の前にある現実が、刃物のように胸に刺さる。
(もう、十分だよね……。これ以上望んだら、神様に怒られちゃう)
溢れそうになる涙をグッと堪え、アリスは深く息を吸い込んだ。この温かい思い出を、熱い想いを抱え込んでいるのはもう限界だった。
お側にいたいなんて我が儘は言わない。貴族の奥様になれるなんて思っていない。ただ、自分の気持ちを伝えたい。ノアがくれたたくさんの優しさに、自分の本当の気持ちを添えてお礼が言いたかったのだ。アリスは、実に度胸のある下町の淑女だった。
廊下から静かな足音が聞こえ、ノアが書斎に戻ってきた。
「……アリス? 資料の整理は終わったのか」
「ノア」
アリスがいつにない真面目な声で名前を呼ぶと、ノアは不思議そうに眼鏡の位置を直した。
「ノア、あのね、聞いてほしい事があって…」
「? なんだ?」
アリスは至極不思議そうに自分を見るノアの前に歩み寄り、逃げずにその真っ直ぐで澄んだ青い瞳を見つめた。エプロンをギュッと掴み、意を決して言葉を紡ぐ。
「あのね、私ね……自分が貴族と結婚できるなんて、これっぽっちも思ってないよ。ノアがカーライル侯爵家のお方で、いつか素敵なお姫様と結婚するんだってことも、ちゃんと分かってる」
「……何の話をしている。論理性を欠いている」
話が見えないノアは首を傾げる。
「うまく言えなくてごめん……。その、ノアはいつも私のこと『構造体』とか『相棒』って言うけど、本当は誰よりも優しくて。昨日の舞踏会だって、私の靴擦れに気づいてくれて……運動が苦手なのに、私を追って必死で走ってきてくれて、私をお姫様みたいに大切にしてくれた」
少し言葉が震えてしまう。でも口元には精一杯の感謝を込めた、一番の笑顔を浮かべる。
「私を大切にしてくれて、本当にありがとう。……私ね、ノアのことが好きなの。ずっと、ずっと大好きだったよ」
静まり返る書斎。
ついに口から飛び出した、最初で最後の一世一代の告白。
届いてほしい。私を『特別』にしてくれた、大好きな人へ——。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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