14 仮面舞踏会殺人予告事件 5
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仮面舞踏会編の続きです。
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「おい顧問! これはどういう状況だ!?」
悲鳴が渦巻き、屋外で待機していた警官隊が一斉に会場へ突入して出口を固める中、豪華な礼服を着たグレグソン刑事が人波をかき分けて駆け寄ってきた。彼はその高貴な家柄を活かし、招待客の一人として舞踏会へ潜入していたのだ。
「警官隊! 動く者を制圧し、会場の出口を完全に封鎖しろ!」
グレグソン刑事が即座に指示を飛ばす中、ノアは倒れた令嬢に心臓マッサージを施しながら、即座にバッグから試作薬を抜き取り、グレグソン刑事の手に押し付けた。
「グレグソン刑事、この試作薬を注射し、心臓マッサージを継続しろ! 毒の成分は『夜の溜息』、10分以内にヤードの医療班に引き渡せば助かる!」
「なっ……おい、お前はどこへ行く!?」
「アリスが消えた……! 邪魔をするな!!」
グレグソン刑事と駆けつけた警官隊に現場を力ずくで丸投げすると、ノアは弾かれたように給仕用の暗い廊下へと飛び出した。
一方、持ち前の運動神経と7日間のレッスンで鍛えた足さばきで地下へと向かったアリスは、薄暗い行き止まりのワインセラーの前で、逃げ疲れてへたり込んだ給仕服の男に追いついていた。
「はぁっはぁっ…ま、待ってください! お話を聞かせて!」
「ひっ……こ、来ないでくれ! 僕は……僕はただ命令されただけで……!」
至近距離で対峙したアリスの鼻を、ふわりと独特な香りがかすめた。高級な香料とアルコール、そしてさまざまな花の精油が混ざり合った、専門的な匂い。普段から花や植物に親しんでいるアリスだからこそ、それが調香師独特の香りだと直感できた。さらに胸ポケットから覗いていたのは、ヤードに届いた告発状と同じ、調香師が使う特殊な耐油紙だった。
(この人、ただの給仕じゃない……調香師……? それにこの紙……!)
男はガタガタと激しく震え、涙と汗でぐしゃぐしゃになった顔を覆っている。その瞳にあるのは悪意ではなく、取り返しのつかない事件に対する凄まじい恐怖と罪悪感だった。
男が少し落ち着くまで待って、アリスは声をかけた。
「……もしかして。ヤードにあの手紙を出してくれたのは、あなた……?」
「え……!?」
「夜の溜息を生け花に紛れ込ませて、ヒントをくれたんでしょう? あの毒で人が死ぬのを……必死で止めようとしてくれたんですね……?」
男がハッと息を呑み、ボロボロと涙をこぼしたその瞬間――。
「動くな」
地下の静寂を切り裂いたのは、極限まで殺気を孕んだ低い声だった。
階段から姿を現したのは、肩で激しく呼吸をするノアだった。
鬱陶しい銀の仮面はとうに投げ捨てられ、青い瞳は血管が浮き出るほど見開かれている。広い貴族の屋敷の中、アリスの靴音の反響、髪の残り香、空気の微妙な温度変化――すべての知覚情報を極限まで処理し、爆速で追いかけてきたのだ。
ノアの右手には、ジャケットの内ポケットから引き抜かれた小型の拳銃が握られ、容赦なく男の眉間に向けられていた。
「ノア……!?」
「アリスから離れろ。……少しでも不審な動きを見せれば、おまえの延髄を正確に撃ち抜く」
言葉に一切の冗談はなかった。冷徹な解剖学者ではなく、「アリスを失いかけた」恐怖に狂う一人の男がそこにいた。
「ひいぃっ……!!」
「ノア、やめて! この人は敵じゃないよ!」
アリスは迷わずノアのもとへ駆け寄ると、銃を構えるその細く力強い腕にギュッと強くしがみついた。
「この人は、ヤードに通報してくれた人なの! 毒薬を作らされたけど……本当は誰も傷つけたくなくて、必死で止めようとしてくれたんだよ!」
必死に自分を見上げるアリスの瞳と、腕に伝わる確かな体温。そして、自分を必死に止めるアリスの声。いつもの、声。
その瞬間、過熱して暴走していたノアの脳内に、一気に冷や水が浴びせられた。
(アリスの声……。……そうだ、アリスが無傷で、僕の目の前に生きている……)
「……アリス……」
アリスの懇願が唯一のブレーキとなり、ゆっくりと銃口が下がる。ノアの緊張の糸がぷつりと切れた。
天才の思考が完全に停止する中、ノアはしがみついてくるアリスの体を、確かめるように力強く抱き寄せ返してしまうのだった。
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