11 仮面舞踏会殺人予告事件 2
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決戦の夜。馬車に乗り込む前、ノアの事務所兼自宅では最後の仕上げが行われていた。
「完璧でございます、アリス様。どこから見ても、気品あふれる名門貴族の令嬢に仕上がっておりますよ」
老執事バロウズが、心から満足そうに目を細めて深く一礼する。社交界の流行を知り尽くした彼が極秘裏に手配した一流の仕立て屋と髪結いによって、アリスの姿は普段の飾らない可愛らしさから見事な変貌を遂げていた。
アリスの瞳と同色である深いヘーゼルグリーン色のシルクドレスに、繊細な宝石。アリスの髪の色に抜群に調和する色合いでそろえてあった。そして顔の上半身を覆うのは、細密なレースと羽があしらわれた、表情をほとんど覆い隠す深めの仮面だ。
「……ノア、どうかな……? 変じゃない……?」
気恥ずかしさに身を縮こまらせるアリスを、ノアは無言で見つめた。
「…」
無言で見つめる事一分間。沈黙に耐えかねたアリスが恥ずかしそうに吐き捨てる。
「な、なんか言って…!」
「……布地の色彩設計と光学的な反射率は計算通りだ。僕の知覚を汚染しないレベルには仕上がっている」
「…素直に良いって言って!」
アリスが赤い顔でふくれっ面をするのを横目に、ノアは普段の眼鏡をゆっくりと外し、手元にあった仮面を持ち上げた。ノアの仮面は、顔の上半分の目元だけをシャープに覆う、銀細工のハーフマスクだ。整った鼻筋、美しい唇、そしてマスクの奥で冷たく冴えわたる青い瞳――その圧倒的な造形美を隠すどころか、むしろミステリアスに引き立てていた。
「?あれ、ノア、眼鏡しなくても見えるの?」
アリスがノアの顔を見ながら尋ねた。
「直接世界をみるより、一枚壁があった方が疲れにくいから着けているだけだ。視力は問題ない」
「そうなんだ…。色々見えすぎるのも大変よね」
「人の心配をしている場合じゃないぞ。ダンスでヘマをするなよ」
「わ、わかってるわよ!」
二人は、いつもの軽口を叩き合いながら、カーライル家の家紋が入った豪華な馬車に乗り込んだ。
◇
馬車を降り、絢爛豪華な会場へと足を踏み入れた瞬間、周囲の空気が揺れた。
「まあ……あの方、なんて美しいの……!」
「カーライル卿よ……! あの銀の仮面、なんてお似合いなの……!」
ハーフマスクによって際立つノアの類稀なる美貌に、会場中の令嬢たちが息を呑み、甘いざわめきが広がっていく。普段なら「装飾された不快な音源」として即座にその場を離れるノアだったが、今夜は違った。ノアは群がる令嬢たちには視線すら送らず、隣に立つアリスの腰へと、当然のようにすっと手を回した。
「離れるな。僕の視界の中にいろ」
「は…はい……っ!」
力強く引き寄せられ、ふわりと広がるノアの体温と香りに、アリスの胸が激しく鳴り響く。
(……よかった。この仮面をつけていて……)
頬や目元をしっかり隠す深めの仮面のおかげで、自分がどんなに顔を赤くしているか、ノアには見えていないはずだ。その安心感から、アリスはノアの完璧な横顔、銀の仮面から覗く冷たい瞳、引き締まった唇を、吸い寄せられるようにじーっと見つめてしまった。
(ノア……本当に綺麗。綺麗なドレスを着て、男の人にエスコートしてもらって……本当にお姫様になったみたい……)
仮面という防壁に守られていると思い込み、溢れ出す愛おしさを隠すこともなく、熱く甘い視線をノアに注ぎ続けるアリス。だが――天才の観察眼を、甘く見てはいけない。
(……アリスの仮面の隙間から覗く耳根の皮膚温度が上昇し、ドレスの隙間から覗く頸動脈の振動で脈拍の急上昇が視認できる)
仮面越しに注がれるアリスの視線の熱量も、その波長も、ノアには100%伝わっていた。本来なら「過剰な不快感」として排除するはずの視線。しかし、アリスから向けられるその熱は、なぜかノアの脳内に甘く、痺れるような心地よさをもたらしていた。
(……アリスの視線に含まれる波長が、僕の自律神経を過剰に安定させている。非常に良好な生体反応だ)
ノアはいつものように理屈をこねくり回しながら、満足そうにアリスの腰を抱き寄せる力を強めた。
「……捜査を開始する。僕の手を放すなよ、アリス」
「うん…!」
二人は会場の華やかな喧騒を抜け、毒花の香りが漂う、密やかな事件の真相へと足を踏み入れた。
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