第55話 私の心の構造解体
私の我慢は、もう限界だった。
投げ続けた儲気石は、正確に黒牙へ当たる。
今の黒牙の全身には、
爆発の黒い跡が散っていた。
でも、疲れた様子はない。
私は杖を強く握る。
気づけば手のひらに、汗がにじんでいた。
「お前は臣が見た中で、最も強い冒険者だ。
動きながら何度も、
拘束や石化のような術を使い。
臣を一方的に攻撃し続ける。
レベルで判断していた臣は、
経験が浅すぎたようだ!」
私は黒牙を、冷たく見つめた。
すると黒牙の体が、ぴくりと震える。
正直、説明するのも面倒だ。
黒牙は「恐怖」への耐性が、あまりにも低すぎる。
適応性の数値だって、
信じられないほど低いはずだ。
私は「恐怖を与える」を、六十五まで上げた。
「お前みたいな、人型雷獣牙は討伐する!」
黒牙が咆哮するように叫ぶ。
私はすぐに、「恐怖を与える」を、
二十八へ戻した。
「いつ石化を使った?
臣は詠唱を見ていない。」
私は「恐怖を与える」を、六十まで上げた。
「人型雷獣牙め!
臣の砲撃魔法を食らえ!」
黒牙は目がうつろになり、荒く息を吐く。
手の中へ白い光が集まる。
私はすぐに、「恐怖を与える」を、
二十八へ戻した。
「臣には信じられん。
知っている拘束呪いでは、ないのか……?」
百から何回下げたっけ。
今は四十も差がある。
五ずつ下げて、......もう八回目だ。
私は「恐怖を与える」を、五十五まで上げて。
黒牙はやっと少し、落ち着いた感じになった。
でも、実力のある冒険者なら、
普通は六十前後まで耐えられる。
戦闘中に正気を失うのは、
かなり危ないことだから。
やはり恐怖は夢魅族の感情に、
影響しやすいのかもしれない。
「人型雷獣牙!
消え……。」
私はまた、「恐怖を与える」を、
二十八へ戻した。
黒牙は困惑した顔で、目を見開いて私を見る。
まずい。
雷獣牙と罵られるたび、腹は立っていた。
でも、怯えて叫ぶ姿を......、
何度も見ているうちに。
少しだけ、面白く感じてきた。
いや、駄目だ。
私は神聖な賢者だ。
相手は悪党なのだから、
厳粛に向き合うべきだ。
何度も雷獸牙に罵声を浴びせ、取り乱していた。
五十まで調整すると、黒牙は顔こそ険しいが、
どうにか話せそうだった。
強い圧力は感じている。
でも、これなら交渉できる。
「長松の身分を、返してください。
そうすれば、もうあなたたちには、
手を出しません!」
白爪はもう地面に伏せ、震えていた。
さっきまでの流れは、
白爪には刺激が、強すぎたらしい。
「臣には応じられない。
長松を返すのはお前だ。
八歳の子供を異郷で、さまよわせる気か?
放っておくつもりか?」
「私がちゃんと、
面倒を見る!」
「お前に何がわかる?
夢魅族の本体について、基本の知識すらないだろう。
今のお前の状態では、長松と一緒にいられない。
臣はあの子が、危険に遭うのを、
黙って見ていられない。」
黒牙の真剣な表情を見て、私は少し腹が立った。
知識なら学べばいい。問題は守る力のほうだ。
今の私は偽装のせいで、
弱く見えている。
しかも補助役の賢者だ。
やはり少しだけ偽装を解き、実力を見せるべきか?
「私は強くなる。長松を守れる!」
「それで?
いつまで守る気だ。
一生か?」
黒牙はギターを背負う。
私は長松をずっと守ると、そう言いかけて、
言葉が喉で止まった。
「そしてお前が、
どんな理由でも、長松のそばを離れたあと。
あの子は生き残るのを、運任せにするのか?
不運にも脅威に遭えば、
処分されて終わりだ。
そうだろう?」
黒牙は私に言わせず、冷静なまま続けた。
「考えていなかったのか?
それとも後で考えると、言い訳するつもりか?
お前には助けられない。
三日だけ、
別れの時間をやる。」
「私はまだ、
あなたに答えていません。
長松をあなたたちから、遠ざけます!」
「たとえ魔力の痕跡を、隠したとしても。
臣はお前を見つけられる。
お前の覆い方は巧妙だった。
見つけた後に位置を記すため、臣もかなり手間取った。
お前が隠した法陣を探して、消すのにも時間がかかった!」
「あなたたち、最初から私の痕跡を使って。
長松をおびき寄せる気、だったの?」
「違う。
臣はただ、白爪が、追いやすいようにしただけだ。
本当はお前と一人で、『話す』つもりだった。
だが、途中で計画が変わった。
まさか長松が、お前の痕跡を見分けて。
追ってくるとは思わなかった。
それは臣たちも、かなり意外だった。」
黒牙は地面に伏せた白爪を、そっと抱き起こした。
白爪はゆっくり縮み、桜色に光る球になる。
「臣がその気なら、
長松がここへ来る途中で、手を出すほうが。
お前に見つかるより、ずっと簡単だっただろう?」
私が言い返すより早く、黒牙はその球を抱えたまま。
ものすごい速さで、林の中へ駆け込んだ。
私は光の精霊で、
位置を捉える暇もないまま。
二人を海梅花の林の奥へ、逃がしてしまった。
呼吸を整えてから、私はすぐ移動した。
私は呼吸を整えると、
すぐに泰勇たちと
別れていた洞窟へ向かった。
中では泰勇と虎宝が、ぐっすり眠っていた。
その姿を見て、沈んでいた心の恐怖が、
少しだけ和らぐ。
虎宝を起こしたあと、
私は説明もせず。
すぐに自分の借家へ、
急いで戻った。
家に着くと、
私は室内の隅々まで確認し。
防御用の法陣も、
もう一度張り直した。
「玉秀、もう遅いよ。
長松はどこ……り?」
泰勇は私が慌ただしく、動くのを見ながら。
台所から作っておいた、
チャーハンを運んできた。
「長松は……。
太清君のところにいるの。
体質の調整を、手伝うって言ってた。
長松、状態が不安定で!」
私はできるだけ、
平静な口調で答えた。
泰勇は納得したような顔で、
そのまま食卓で食べ始める。
私は隣の長松の席を見る。
そこにある空の椅子が、ひどく寂しく見えて、
思わずぼんやりした。
「玉秀?チャーハン嫌いなの?
もしかして……本個体を、
食べたいの?」
「帰ってきたばかりで、ちょっと疲れてるの。
今チャーハン食べる。
ありがとう。」
「え? 玉秀……なんか変だよ!」
私は急いで食べ終えると、
一人で居間のソファに座った。
泰勇が食堂のほうから、
ずっと私を見ているのが、分かった。
でも彼は何も言わず、片づけを終えると、
部屋へ戻っていった。
私はあの紫の球を抱え、夢魅族の資料が、
どこで手に入るか考える。
図書館に何か手がかりが、
あることを、心から願った。
作者:あと数話で、第一巻が完結します。
楽しんでもらえたら、嬉しいです。




