第53話 君のような勘のいい賢者は嫌いだよ
黒牙は穏やかな笑みを浮かべ、私を見ていた。
私は二人へ向いたまま、後ろへ下がる。
私の横には、光の精霊が作る光幕がある。
二人の背後を監視していた。
「いやあ、玉秀。
まさかLv49で、そこまで強いとは。
臣らも見誤ったよ!」
「無駄口はいいから、早く長松を元に戻して!」
「それが、夢魅族本来の姿なのだよ」
黒牙は笑みを消した。
黒い瞳は、まるで黒穴みたいだった。
光をまったく反射しない。
手にした桃色の球が、眩しく光る。
「あなたたち、いったい何が目的なの?」
私は白爪という青年が、立ち上がるのを見た。
警戒するように私を見て、黒牙の隣へ移動する。
その手にも、桜色の球があった。
すると突然。
彼は両手を広げ、
黒牙に強く抱きついた。
「よしよし、泣くな。
痛かったのか?
白爪。
あいつが悪いな。
泣くな、な?」
私は白爪の顔が見えない。
顔全部を、黒牙の胸に押しつけていた。
かなり驚いた。
でも相手の魔力が、大きく揺れたのは分かった。
私は警戒を解かず、二人を見ていた。
「玉秀。
この子は、君に怯えてしまった。
だが臣も、争いたくはない。
君の手の中の子は、長松で合っているね?
その子を、臣らに返してほしい。」
「どうして?」
「迷子の子を、元の家族へ返す。
それは普通だろう?
君も知っているはずだ。
長松はまだ、八歳なのだから。」
私の表情が少し困惑すると、
黒牙はそのまま話を続けた。
「玉秀。臣は『誠意』を見せた。
自分の脆い本体まで、君に見せたのだよ。
君も分かっているはずだ。
長松は夢魅族だ。
そして夢魅族は、五十年以上生きてからでないと、
他種族の前には現れない!」
「だったら、その『誠意』で、
長松を元に戻してよ!」
「どうやら君は、臣ら夢魅族のことを!
まるで分かっていないようだ。
長松の世話をしてくれた礼に、少し知識を教えてやろう。
君の手にある球も、臣の手にある球も、
どちらも臣らの本体だ。」
私が困惑した目を向けると、黒牙はそこで言葉を切った。
私が情報を整理する時間を、
与えるつもりらしい。
「ほら。『成り代わり』の伝承がある。
身近な者が失踪し、戻ってきたと思えば、
まるで別人のようだった。
そんな話だよ。
臣らに悪意はない。
生き延びるために、死者の記憶を受け取り、
その者の身分で生き続ける。
君が見たあの姿こそ、長松が死体に残った魔力を受け取り、
自分をその身分へと、変えた結果なのだよ。」
私は手の中の紫色の球を見る。
もう震えていない。
表面の魔力も、さっきよりずっと安定していた。
その瞬間、私はすぐに違和感を覚えた。
もう片方の手では、大きな蓄気石を握りしめる。
「でも長松は、
普段もこんな姿じゃない。
あなたたち……。
長松が偽装に使っていた姿を、奪ったのね?」
「君のような勘のいい賢者は嫌......いだよ!」
黒牙は一瞬だけ顔を曇らせた。
だがすぐに、また穏やかな笑みに戻る。
「これはとても危険なことだ。
例えば白爪も、今ようやく四十歳になって、
たった一つの姿で、他種族の村を少し歩ける程度だ。
こんな八歳の子供が、二つも姿を持てば、
切り替えの制御を誤りやすい。
その時に他人へ気づかれれば、すぐに露見する。
そうなれば消されるか、
捕まって利用されるだけだ。
臣はただ、一時的に預かっていただけだよ!」
私が困惑したまま立ち尽くすと、黒牙は自分の禿頭をつかみ、
何かを真剣に考えるようだった。
「臣は、
君に話しても構わないと、思っている。
安心しろ。
臣が連れて帰った後は、長松をしっかり教育する。
他種族を恐れ、慎重に距離を取る。
それでこそ、より長く生き残れるのだ。
五十年を超えて、その道理を理解すれば、
長松もこの姿を、うまく使えるようになる。
他種族と早く親しくなって、良い結末になった者を、
臣は一人も見たことがない。
それとも……。
君も長松を、利用したい側なのか?」
私は目の前の相手を、眉をひそめて見た。
「利用」という言葉に、心が少し揺れる。
ヘフィスは言っていた。
夢魅族は魔力量が高く、圧縮や変形もできる。
だから昔はよく捕まり、予備の魔力源や、
魔道具の動力にされたと。
私は長松を、ちゃんと守れるのだろうか。
実際、私は長松の変形能力を使って、
隊員たちを、その場から離れさせた。
あの時、長松は目を輝かせて、
私に言った。
「長松、役に立ててよかった!」
もし本当に、そんな危険があるなら。
私の側にいるのは、
向いていないのかもしれない……。
「玉、秀……。
怒って……る?」
私の手の中の紫の球が、
途切れ途切れの小さな声を出す。
「おばあちゃん、
玉秀に怒ってるの……?
私、おばあちゃんの家から、離れたくないよ!」
おばあちゃんは、母の車に乗る前の私を、
強く抱きしめてくれた。
そして首を横に振った。
「玉秀、ごめんね。
おばあちゃんは、あなたにもっと良い環境で
育ってほしいの。
お母さんはもう、良い先生を見つけてくれた。
あなたは賢いから、
きっと理想の高校も大学も!
受かるはずよ。」
車の中から私は、塀のそばに一人立つ、
おばあちゃんを見ていた。
その姿は、
少しずつ小さくなっていった。
「違うよ、長松……。
帰ったら一緒に、あの店で美味しいケーキを、
食べようね!」
私は唇を噛み、深く息を吸った。
手の中の蓄気石を、強く握りしめる。
この後の激しい戦いで、
衝撃が来るかもしれない。
ずっと守り続けるのは、さすがに無理だ。
私は隠し収納を開き、長松が変じた球体を、
柔らかい箱の中へ、そっと入れた。
さらに魔力で包み、動かないよう固定する。
「ごめんね。
少しだけ我慢して!」
そう言って私は、長松へそっと手を置いた。
すると球体は、私が置いた手のあたりで、
かすかに紫色に光った。
まるで見えない何かが、私の手を引いているみたいに。
私は手を引っ込めた後、自分の手のひらを見る。
おばあちゃんが手を離した後、母に強く引かれて、
車へ乗せられた時の感覚が、
まだ少し痛みとして残っていた。
今は私も黒牙も、眉を強く寄せていた。
「長松に選ばせて。
長松が戻ると言うなら、
私はあなたに渡す!」
「臣は認められぬ。
八歳の子供に、選ばせるつもりか?」
私は黒牙と見つめ合う。
その顔に、母の顔が重なって見えた。
全部お前のためだ。
だから選ぶ必要などない。
そういうことなの?
「なら……。
その姿を返さないなら、力ずくで取り返すしかない!」
「臣は、君なら臣の苦心を!
理解できると思っていたよ。
だがやはり、時間の無駄だったようだ。
君も結局、臣ら一族を、
利用しているのだろう?」
黒牙はかすかに笑った。
白爪も気持ちを立て直したように、横へ立つ。
すると二つの球体が、それぞれ光を放ち、
二人の体の中へ飛び込んでいった。
かなり長く悩みました。
物語の展開に気持ちが引っ張られて、
なかなか書き進められませんでした。
それでもようやく書き上げて、投稿できました。
少しでも楽しんでもらえたら嬉しいです。




