現状の掌握と新たな動き1
自警団本部の会議室に主要な人員が集められた。観測していた森から、魔獣が消えたと報告が上がったためだ。
「結界付近まで捜索してみましたが、この時期に活動しているはずの種類に一匹も遭遇しませんでした。逆に動物は町がある側へ移動してきています」
「異変が起きているのは森だけのようです。調査範囲を山にも広げてみましたが、こちらは前年と変わりません」
ユーグは部屋の隅で会議に参加させられていた。隣に座っているベルトランに話しかける。
「ねえ、何で僕と貴方がここにいるんだろうね?」
「そりゃ戦力として数えられてるからだ」
「僕はともかく、マクシムさんも?」
「リール領では、俺は引退した騎士ってことになってるからだろうよ。経験者は即戦力だ」
「この国では退職後も働かされるんだね」
「ああ、酷い話だろ? 息子は雑用を押し付けてくるし、調査員と一緒にリール領へ来てみれば、そのまま戦力扱いだぞ。俺は便利屋か?」
「息子が偉い人だと、パパは大変だなぁ」
「お前もいずれ、そうなるんだよ」
そんな未来がユーグに来るかどうかはともかく、ベルトランは水面下で動いていたようだ。
ベルトランが森の異変を知ったあと、帝都で必要な調査員を確保してくれていた。ところが肝心のリール領から派遣の要請が出されていない。上皇といえど、行政上の手続きなしに人員を動かすことは難しい。どうなっているのかと使いを寄越そうとした時に、フェリクスが単身で帝都を訪れ、要請が却下されていたことを知った。
「緊急性を判断できない奴は、どこにでもいるんだよ。残念なことにな」
「自分の目で見たことしか信じない主義かな?」
怠慢だった者の処分を息子である現皇帝に任せたところ、その息子から調査員を連れて早急にリール領へ向かうよう『お願い』をされてしまったとベルトランは言う。
「仕方ないよ。だって帝国全土に無許可で転移できるのは、皇帝陛下か貴方ぐらいでしょ? これ以上、調査を先延ばしにするわけにはいかないし」
「愚息と同じことを言うんじゃねえよ」
二人で雑談をしている間に、他の自警団員が集めていた情報が次々と報告されていく。
森の近くにある村では避難が完了し、残っているのは警備のために残された団員だけだという。
秋の間引きで行った村が無事と聞いて、ユーグは安心した。あちら側は一度も黒い獣が現れていないらしい。
調査する中で魔獣に遭遇した班は、回収した魔石を皆に見せた。
「可能なかぎり、例の遺跡に接近して調査してきました。遺跡周辺は魔獣の数が多い。同行したネストリの話では、行方不明者を捜索した時は魔獣に遭遇しなかったようですが、今は少し歩けば魔獣に襲われる状況です。そしてこの魔石。通常のものに比べて、一回り大きくなっている」
大人の拳大ほどもある魔石は、主に毛皮目的で狩られる狐の魔獣から発見したものだという。
「あり得ない……」
若い団員から言葉が漏れた。大型魔獣に匹敵するほどの魔石が、馴染みのある小さな魔獣から回収されたと言われても信じ難いだろう。いつも目にしている大きさは、せいぜい大人の親指程度だ。
「全くあり得ない話ではない」
反論したのはジルベールだった。
「魔王がいたころ、特に末期はこんな魔石ばかりだった。魔王の城がある山に近づくほど、魔石は大きく、魔獣は凶暴になっていた」
年配の団員たちは、同意して頷いている。
「なぜ、そんなことに?」
「魔王の城から発生していた魔力が、魔獣に影響を与えていたらしい。魔獣がその土地の魔力を吸収して、魔石を成長させていることは知っているだろう? 魔王が出す魔力には魔獣にしか分からない魅力があるようでな。普通なら魔力を吸収しきれなくなると発生源から離れるんだが、なぜか吸収することを止めようとしない。それどころか暴走してしまう」
「じゃあ、森に魔王がいるってことですか?」
「それは違う」
今度はフェリクスが答えた。報告を聞いている最中から何かを紙面に書いていたようだ。書き上がったものを真っ白な封筒に入れている。
「あの森は魔王の城とは条件が違いすぎる。それに魔王は完全に消滅した」
そのことは間違いない。ユーグは賢者の最後を思い出す。彼が研究していたものは、一部を除いて自分が破棄した。彼の研究施設も再起不能なまでに破壊しておいたから、同じ手法で再び魔王が現れることはないと断言できる。
さらに、あの賢者は己の欲求を満たすためだけに行動する性格だった。他人を実験に使うことはあっても、後継者を育成して知識を残すような、他人を成長させるようなことはしない。時間をかけて集めた知識や情報は、彼の死と共に消えた。
「あの遺跡で異変が起きていることは確かだ」
封筒に赤い封蝋が垂らされた。フェリクスは刻印を押し付ける時に、封印の呪文を唱える。淡い燐光が散り、封蝋は金色に変わった。
この特殊な封印は、受取人に指定された者が、決められた手順を踏まないと開かない。機密情報用に用いられる方法だ。封筒の表書きには緊急の報告を知らせる印も付いている。
「森への立ち入り制限は解除できそうにないな」
「見張りの数は、いかがいたしましょうか」
「人数を通常に戻して体力の温存だ。だが武器の手入れは怠るなよ。いつ魔獣が暴走するのか、先が読めない」
作成された手紙は二通あった。森に面している領は、リール領を含めて三つ。森に異変を見つけたら、情報を共有する決まりになっている。
フェリクスは後方に控えていた秘書官に渡し、行政棟へ戻って出立の準備に取り掛かるよう指示を出す。
続いてジルベールに、使者の護衛は団員の中から選出すると告げる。
「護衛の人選は任せてもよろしいか」
「承りました」
団員の中から選ばれたのは、元騎士ばかりだった。騎士団に所属していた頃に、貴族と会う際の礼儀作法を学んだというのが理由だ。手紙を渡すのは行政棟で勤務する文官の仕事だが、道中の護衛として同行している者にも、一定の礼節は求められている。
「領の境界までは転移門の使用を許可する。指名された者は準備ができ次第、行政棟へ向かってくれ」
手紙を託された団員は、さっそく準備に取り掛かるために会議室を出て行った。
防壁から森を見張る人員が減らされたことで、夜の勤務から解放された組が増えた。ユーグの組も、そのうちの一つだ。
「休みになったからといって、あまり酒を飲むなよ?」
ジルベールが前もって釘を刺すと、あちこちから忍び笑いが聞こえてくる。あわよくば酒場へ行こうと企んでいたに違いない。
おおよその方針が決まったところで、会議は終了になった。ユーグはジルベールから名を呼ばれ、そのまま室内に残る。他の団員は組員に連絡事項を伝えに行ったり、見張りの交代に出発したりと慌ただしい。
会議室に残ったのは、ユーグとジルベールの他にもいた。会議中は一度も発言しなかったミケーレ司祭、白い僧服を着た若者、帝都から派遣されてきたという調査員だ。三人ともフェリクスの近くに座っている。
置物のように壁際で立っていたネストリは、ベルトランに話しかけられて困惑していた。フェリクスから素性を聞いているからこそ、どう応対すればいいのか分からないらしい。
ユーグはジルベールから席に着くよう言われ、彼の隣に座った。
「では、もう一つの会議を始めようか」
フェリクスがベルトランに目をやると、上皇は自分のことは気にするなと先回りをして言った。
「ここでは、ただのマクシムだ。領主の判断に従う」
堂々と言い切ったベルトランに、フェリクスは苦笑するだけだった。
どうやら会議室にいる全員がベルトランのことを知っているらしい。白い僧服の若者も困ったように黙っていた。
「どうやら初めて会う方がおられるようだ」
ミケーレ司祭が調査員に話しかける。
「アルトロワの教会で司祭を務めるミケーレという。ローズタークの解放戦に参加したことがある。ある程度は帝国の事情も理解しているつもりだよ」
賢者を追い詰めて討伐した戦いのことだ。言葉を選んでいるが、世間で流布している話ではなく真実を知っていると明かしている。
「そしてこちらは……」
ミケーレ司祭は隣の若者に発言を譲った。
「ザイン神聖法国、行政府より派遣されてまいりました。セレスティノと申します。私はローズタークの生き残りです。子供だった私は、事情を知っている者として教会で育てられました。ミケーレ司祭と同様、会話に制限はないとお考えください」
若いのに行政府に勤め、単独で派遣されてくるということは、本人の能力はかなり高いのだろう。切長の目をした物静かな青年だ。
あの王都に生き残りがいるとは思わなかった。可能であれば後で詳細を尋ねてみようと決め、黙って続きを待つ。
「では今度はこちらから」
調査員の男が自己紹介を始めた。
「トリスタン。トリスタン・ド・アルカンだ。帝都の大学で魔獣の生態を研究している。ああ、僕への配慮も必要ありませんよ。ついうっかり裏の歴史を覗いてしまってね、皆さんが知っていることは、だいたい頭の中に入っている」
トリスタンは左の袖をまくり上げ、腕に刻まれた模様を見せた。若い頃に好奇心に負けて、賢者について調べた結果だという。
「知りすぎたと気づいて、自ら制約の魔法をかけてもらうよう、当時の皇帝陛下に嘆願した」
「俺から一つ、補足させてもらう」
ベルトランが口を開いた。
「トリスタンにかけた制約の魔法は、帝国政府の重役が機密保持に使っているものだ。強度は補償する」
設定をした事柄について黙秘するだけでなく、文字として残すことも禁止できるそうだ。この魔法を解除するときは、忘却魔法をかけることが義務付けられている。
トリスタンに忘却魔法をかけなかったのは、彼が忘却させられたことを忘れて、再び歴史を調べる可能性が非常に高かったという。
「気になったことはとことん調べないと気が済まない性格でね。二度と歴史に手を出さない保証なんてできない。何に興味を持つのか、その時にならないと自分でも分からないのさ」
「誰かに似ているな」
フェリクスがユーグに聞こえる、ぎりぎりの大きさで言った。
――アルカン家。アルカン伯爵のことかな。
文官を多く輩出している名家だとユーグは思い出した。
国土を広げてきた帝国では騎士の家系に隠れがちだが、国政では欠かせない家の一つだ。トリスタンはそんなアルカン伯爵家に連なる者なのだろう。平民に教育をするようになったとはいえ、最高学府はまだ貴族ばかりが席を置いている。
アルトロワに派遣されたのは、森から流れてくる魔力と、黒い獣について調査するためだった。
続いてジルベールが簡単に自己紹介を済ませた。聖堂に突入した騎士団長の名は、裏の事情を知る二人もよく知っていたらしい。トリスタンは興味ありげに、セレスティノは静かに見つめていた。
この場を仕切っているフェリクスと上皇のベルトランは、今さら自己紹介など必要ない。護衛のネストリは黙って壁の一部と化し、居ない者として振る舞っている。
「この流れだと、僕だけ名乗らないわけにはいかないよね」
当然、とフェリクスが言う。
この場に呼ばれたのは、あの遺跡に足を踏み入れたからだ。流れてくる魔力について感覚で語るのではなく、分析して言語化することを求められている。
ユーグは昔、ベルトランに語った偽りの経歴を話すことにした。
生まれは魔法黎明期で、あの賢者と同世代。彼の企みを止めようとしたものの、失敗をして封じられていた。運よくフェリクスと聖女に封印を解いてもらい、以降は二人に協力をしていた。賢者を討伐した後は彼の研究施設を壊して回っていたが、罠に引っかかって十五年ほど眠らされていた。
自分でも荒唐無稽な作り話だと思う。だが異世界から転生してきた挙句、リリィと再会するために体を造って延命しました、という真実よりは受け入れやすいはずだ。
「現代のことは勉強中の身。貴方がたが奇妙に感じたことは、昔の人間だからと思っていただけるとありがたい、です」
「あの時代の生まれなのか。それは是非、当時のことを――」
「トリスタン、後にしろ」
脱線しかけた調査員をベルトランが止めた。
「では後ほど、改めて」
少しねっとりとした視線を受けて、ユーグは会議が終わればすぐに逃げようと決心した。




