短編 妖精王の腕輪 後編
真っ白な世界に放り出された。
魔力が濃い。精霊嵐のような激しさはないが、濃度は変わらない。長時間留まると、過剰に受けた魔力で体調に異変が起きそうだ。
自分とフェリクスの無事を確認したユーグは、妖精の王を探す。王は味方らしい発光体と共に、似たような姿をした妖精に対峙していた。
「一歩も引く気はないのか」
「あり得ぬ。減らされた妖精の数も増えた。恨みを晴らすのは今しかない!」
「ならん。元は我々の悪戯が過ぎたのだ。一方的にこちら側へ連れてきて命を奪うなど、理性ある我らのやることではない」
「それは脆弱な人間が悪い。我らに抵抗できない、連れてこられた世界に順応できない、帰り道を作れない。しかし奴らの行動は面白い。逃げようともがく人間は、時として意外な能力を発揮する」
最後は死ぬにも関わらず――敵対者は顔を歪ませた。それが彼らの笑顔だろうか。
「王は我らから娯楽を奪うのか?」
「娯楽ではない。それは楽しいことではないのだよ、我が友よ。膨れあがった憎しみは、やがて我らを滅ぼす剣となる」
真剣なやりとりをしているが、なぜか二人ともカラフルなカクテルドレスを着て、蝶の羽を生やしている。もし日本の人混みで遭遇したら、目を合わせないように距離を取る格好だ。
「……色々……辛い……」
片膝をついたフェリクスの口から弱音がこぼれた。男女の性差がはっきりとしている社会で生まれ育った彼にとって、その中間地点にいる妖精は混乱をもたらす存在だった。
魔王にされかけた時や、負の想念に飲み込まれそうになった時ですら、決して挫けなかった男が折れそうになっていた。持ち前のプライドの高さで何とか己を奮い立たせている。
勇者を精神的に追い詰めて戦力を削ぐなど、かの賢者ですら成し得なかった凶行だ。よほど衝撃的な姿だったらしい。このままでは魔力による体への負担より、精神面への不調が先にくる。
フェリクスは遠い目でユーグを振り返った。
「なぜ、お前は平気なんだ」
「日本で育つと、現実やネットを通じて色々な性癖の人に遭遇するからねぇ。自分が知らない世界を垣間見ても『人は人、自分は自分』って切り離して考えられるんだよ」
理解して受け入れようとするから混乱する。好きにならなくてもいい。
苦手なものからは距離をおいて、見ないことも必要だという考え方は、今のフェリクスにとって救いになったようだ。先ほどよりは持ち直した顔で立ち上がる。
「そうか……平和な国というものは、精神面での成熟を促すのだな……存在していることすら認めたくないとは、俺も狭量になったものだ」
「微妙に違う気がするけど……まあいいか」
いい加減、ユーグも面倒になってきた。だいたい変態を前に哲学をするような趣味はない。
敵対者は豪奢な杖を持っていた。長さは上腕ほど。花とハート、純白の翼がついた可愛らしいそれは、魔法少女を思い起こさせる。
「あれが王様が言ってた力の象徴みたいだね。尋常じゃない威力を感じる」
「俺達が帰るためには、王に力を取り戻してもらわねばならん」
王は迷い込んだ人間を帰すために、世界を繋げる扉を開くと言っていた。こうなってしまった以上、ユーグもフェリクスも王に協力する以外の道はなかった。
「役割分担として、君が陽動、僕が奪還するのが向いてると思う」
「つまり、あの敵を襲えと?」
すっとフェリクスの表情が硬直した。一歩も近寄りたくない。そんな気持ちを隠そうともしない。
「君の剣、魔法も斬れるでしょ? 妖精にも有効なんじゃないかな」
「上皇陛下に頂いた大切な剣で、あれを斬るのか……」
ユーグは長いため息をついた。両手で信頼している戦友の両肩を掴む。
「あれは、人間じゃない。よく似た魔獣だと思って。むしろ害獣だね。ここで排除しておかないと、君の大切な家族に被害が及ぶかもしれない」
「害、獣……」
精神が不安定になっているフェリクスは、家族に降りかかるであろう危険によく反応した。目の前に見えている光景よりも、すり替えた言葉の方を信じたい。そんな心理が混ざり、洗脳されやすい状態になっている。
「そう、あれは害獣」
ユーグは聞き取りやすい声で、ゆっくり言った。
「お互いに別の世界で暮らすことが、最も平和な道なんだ。というか、考えてみてよ。君ですら動揺してるのに、可愛い子供達へ向かって『あれが絵本に出てくる妖精王の姿だよ』って紹介できる?」
「無理だ」
「だよね」
即答したフェリクスは、妖精を見ないように剣を抜いた。家族の話が相当効いたらしい。あれは野放しにしてはいけないとつぶやく。
陽動を任せ、気配を消しつつ敵対者へ向かう。青紫の発光体がユーグの動きに気がついたようだが、持っているのが剣ではなく木刀だと分かると、興味を失って離れていった。
――武器を形ではなく材質で見分けているのか。
木刀に魔力でも流してやれば反応するかもしれない。警戒されていないのは好都合だ。
「いつまで回りくどいことをしている? その敵を斬れば、全て解決するのだろう?」
フェリクスが動いた。抜き身の両手剣を手に、妖精の王に並ぶ。
全ての妖精がフェリクスを警戒し始めた。妖精の世界では、人間は無力のはずだ。その人間が顔色一つ変えずに立っている。前例がない事態に、どう手を出せばいいのか迷っているようだ。
「何者だ」
「お前が先に名乗れ」
敵対者が高濃度の魔力をぶつけて問いかけたようだが、剣の力に散らされた。睨んだところで、何度も激闘を経験した彼には全く効いていない。
「危険ですよ! ここは我らに任せて下さい!」
妖精の王はフェリクスをかばって前に出た。
「任せた結果が、この不毛な会話ではないか。王に力が戻れば全て終わるのだろう? ならば、こいつを倒すしかない」
切先を向けられた敵対者は、不敵な笑いを浮かべた。
「倒す? 人間ごときが偉そうに……良かろう、無知なる愚か者に、我が名を教えてやる! よく聞け人間――」
「黒嵐」
敵の言葉を遮って突風が吹いた。剣の振りから生み出された風が敵対者を襲い、青紫の妖精が薙ぎ払われる。侮っていた人間からの攻撃に、妖精達の態度が変わった。フェリクスを排除すべき存在として認識し直す。
「な、名乗りの最中に攻撃してくるとは、卑怯ではないか!」
「やかましい。妖精の流儀など知ったことか」
「なんと野蛮な! よいか、まず戦いの前にはお互いの名を――ひゃあっ!? だ、だから喋っている最中に攻撃するのはよせ!」
危うくユーグにも命中するところだった。無様な姿を晒してなるものかと、意地で回避して敵に詰め寄る。
妖精達はフェリクスしか見ていない。
やはり立っているだけで目立つ彼に陽動を任せたのは正解だった。
魔法で応戦しようとしても、剣で断ち切られる。周囲に満ちている魔力ですら、流れを変えられてしまう。人間の世界から持ち込んだ剣は、妖精の世界に魔力の空白地点を発生させていた。
好き勝手に暴れているフェリクスだったが、妖精を傷つけることはしなかった。剣が持つ能力と風圧のみで弾き、敵対者から徐々に小さな妖精を離していく。
「たかが人間に不甲斐ない! 相手が疲れたところに畳み掛けろ!」
「もう止めなさい、友よ」
妖精の王が静止する声は、届いていなかった。焦った敵は更に青紫の妖精をけしかけ、ふと辺りを見回す。
「もう一人はどうした!?」
「気付くのが遅いよ」
狙うのは力の象徴だ。
「強襲型、雷電――」
殺すことは望ましくない。
「一閃」
木刀を下から掬い上げ、敵の手首を狙う。鈍い音と共に跳ね上がった手から、杖が離れた。
「王様、これが要るんでしょ?」
弧を描いて杖が妖精の王の足元に落ちた。妖精の王は急いで拾い、胸の前で抱えた。杖を見つけた青紫の妖精達が、次々と妖精の王に群がってくる。
襲われているわけではないことは、すぐに見てとれた。最初に妖精の王に触れた妖精が、青紫から白へと変色していく。
妖精の大多数は、己の意志を持たずに指導者によって性格や性質が変化する――そんな理論が頭に浮かぶ。
「人間どもめ、余計なことを!」
敵が近くにいたユーグに向かって手を向けた。魔力の高まり方は、竜のブレスに匹敵するほどの濃度だ。
当たれば一瞬で死ぬ。極度の緊張で思考速度が速まった。己の防御壁では防げない。
「もう、無駄な争いは止めましょう。友よ」
敵の手に集まっていた魔力が霧散した。声の主である妖精の王は、白い妖精を従わせて、ふわりと浮かび上がる。
純白のドレスを身に纏った姿は、ある意味では神々しく、ある意味では冒涜的だ。妖精の王は杖を振り、呆気なく敵対者を檻に閉じ込めた。
魔法少女的な技名と共に可愛らしいポーズを決められた気がするが、ユーグは見なかったことにしてフェリクスの隣に移動した。
しっかりと精神を削られたのか、フェリクスは両手両膝をついて項垂れている。そろそろ危うい。記憶力の良さが仇にならないといいなと、他人事のように考える。
「二人のおかげで、力と仲間を取り戻すことができました」
「あー……うん、そうみたいだね」
ユーグはフェリクスに帽子を被せて王の姿が見えないようにした。たまに衝突する相手だが、困った時は助けてやろうという気持ちは持ち合わせている。
「ここから先は私の仕事。必ずや反対派には改心してもらい、外の世界に損害を与えないようにしますよ。おや、そちらの方は」
「フェリクス? 色々と疲れたみたい。ほら、魔力の濃さとか違うから」
「それはいけない! すぐに扉を開きましょう」
妖精の王が杖を振ると、光の粒子が舞った。魔法少女が必殺技を出すかのような動きに合わせて、妖精が歌い始める。
足元に光の輪が生まれた。このまま光に身を任せていれば、元いた世界へ帰ることができると妖精の王は言う。
「お二人に何かお礼を……そうだ、どうかこれを受け取ってください」
妖精の王は己の手首につけていた腕輪を差し出してきた。
「身につけていると、魔力の回復を助けてくれる効果があります。あなた方が魔石と呼んでいる物を使えば、更に回復を早めることができるでしょう」
ベビーピンクの下地に真珠のような光沢のある石が並んでいる。中央にはバラ色のハートを金で縁取った飾り。よく見ると下地には花の模様が刻まれていた。
可愛いを詰め込んだ腕輪は、控え目に言って成人男性が身につけて良いものではない。
女児への贈り物にすれば、さぞ喜ばれるだろう。しかし軍事転用できそうな品を必要とするような、魔法に精通した子供には心当たりがない。
「……ありがとう。大切に使わせてもらうよ」
ユーグは妖精の王に微笑んだ。
見た目を改造してもいいだろうか――そんな不遜な言葉は笑顔で隠して、妖精の世界から離脱してきた。
*
「で、何でその話を私にしたの?」
リリィは工房のテーブルに置かれた腕輪から顔を上げた。
「リリィちゃんに妖精がいたよって教えたかった」
「本当は?」
「妖精を呼び出したの、リリィちゃんだよね?」
「過去の私にそんな能力があると思う?」
「でもね、あれは君が作り出した幻とよく似てるんだよ。何て名前だっけ? あのオンラインゲームのキャラ」
「特に名前はついてなかったはず。捕まえたらレアなアイテムをくれる妖精って設定だったから」
幻を作り出すのは久しぶりだ。ほとんど忘れていた記憶を掘り起こし、部屋の隅に発現させてみた。
最初は白い霧状だった。
魔法を使う感覚を思い出すにつれて人の形へと変わり、色彩が増えていく。
「思い出した。昔の私は、こうやってたはず」
遊んでいたゲームのことは大部分を忘れてしまった。だが体得した魔法と、そのきっかけになった姿は、芋づる式に浮かび上がってくる。最後に必要な魔力を込めてやると、幻はより鮮明に現れた。
大胆に肩を露出した真っ白なドレス。
極彩色の羽。
顔はまだ見えないが、体型から男性が現れるだろうと推測できる。
「ああ……あなたは、何度か呼んで下さった方ですね。あなたから流れてくる強固な意志、間違いありません。さあ、今度こそ要件を伺いましょう!」
「安易に呼び出してすいませんでした。幻影を作ろうとして失敗したようです」
リリィは魔力の供給を絶った。
理由を知った彼は柔和な顔で、気にしてませんよと言って消えていく。
「あなたの努力が実りますように」
去り際に残された言葉が、リリィの心に刺さる。怒るどころか、こちらの上達を願ってくれるなんて、やはり彼はいい人だ。
「リリィちゃん」
「ごめん、私のせいだったみたい」
幻を出すはずの魔法で本物の妖精を召喚していたなんて、当時の自分は想像もしていなかったに違いない。
「妖精の王様って、人間の時間だと三十年ぐらいで交代するらしいよ。だから、あの姿はあと十年で終わる」
「この先ずっと幻を使わなければいいのね。任せて今すぐ忘れるから。私が使おうとしたら止めてね」
「任された。ところで君にプレゼントがあるんだけど」
「いらない。貴方が貰った物でしょ。大切に使ってあげて」
「リリィさん、察しが良すぎですよ」
ユーグが押し付けてこようとした腕輪は、丁重にお断りした。さすがにリリィの歳で使うのは恥ずかしい。
どうせユーグは腕輪の見た目を改造するか、仕組みを解析して似たようなものを作るはずだ。今は見たくないと言っていても、知識欲に負けて手をつけるに決まっている。
作業に熱中する背中が目に浮かぶ。
きっと中断させるのは自分の役目になるだろう。




