現状の掌握と新たな動き2
「集まってもらったのは、黒い獣と遺跡について判明している情報を共有するためだ。ミケーレ司祭」
「ええ、こちらを」
フェリクスに名を呼ばれたミケーレ司祭は、足元に置いていた鞄から、黒い塊が入った瓶をテーブルに出した。
「これはアルトロワを襲った黒い獣の一部。時間の経過と共に消失してしまう特性がある。ミケーレ司祭に協力していただいて、特殊な方法で保存してもらった」
「方法については割愛させてもらうよ。教会の秘技に該当するのでね。できることなら、このような技術があることは忘れていただきたい」
ミケーレ司祭は端から中身の説明を始める。
「左から順に、獣の魔石、骨、毛皮、前足の指だ。一匹まるごと保存できなくて申し訳ないね」
瓶の中に循環式を刻んで、獣から発散される魔力が元に戻るよう細工しているようだ。使われている技術はすぐに読み解けるが、同じものをユーグが作るのは難しい。
ガラス瓶の内側に魔法式を刻んでも、定着せずに剥がれ落ちてしまう。おそらく内側に特殊な加工を施していると思われる。それが教会の秘技に該当する部分だろう。
「ほう、これが……なるほど、生き物に似ているようで違う。領主の報告書通りだ」
すぐにトリスタンは観察を始めた。瓶に入った塊を様々な角度から見ている。
「この場に持ってきたものは、瓶から出してもらっても構わないよ。研究用にいくつか保存しているからね」
「では早速……」
トリスタンも鞄を持参していたらしい。片手で持てる大きさの魔導器や真っ白な用紙を出して、机の上に並べ始める。
「まずは測定させてもらおう。ああ、会話は聞いているから、僕のことは構わず続けてくれたまえ」
彼は調査員というよりは研究者の顔をしていた。ただ研究対象を見つめる目は熱っぽく、恋人にでも会ったかのようだ。
本人が構わないと主張するので、フェリクスは仕切り直した。
「セレスティノ神父は、先にこれらを調べていたそうだが」
「はい。魔力の種類は免罪符で抜き出したものと、ほぼ同じものでした。これは憶測になりますが、あの力を生き物の体内に留めることができれば、黒い獣に変異してしまうのではないかと」
「それは、魔王と同じ存在ということか?」
「同系統の技術である可能性は高いですね。魔力に負の感情を呼び覚ます力があること、青年を魔獣のように変異させたことなど、類似点が多い」
セレスティノは淡々と述べていく。
リール領の領民が影響を受けていないのは、発生源から離れていることと、森の木々が拡散を防いでいるそうだ。さらに放出される周期が開いているため、体内に魔力が貯まりにくい。よほど魔力に敏感でなければ、感知は難しいだろう。
「帝国側の記録には、賢者がアルトロワに赴任していたとあったが、事実だろうか?」
ベルトランがミケーレ司祭に話しかけた。
「ええ、この地にいたことは間違いない。そちらは別の者が調べている最中ですよ。今日中に調査結果が来ると聞いている」
教会内の情報ですが――ミケーレ司祭が付け足す。
「かの賢者が赴任を希望した地方では、何者かが封印を施した跡を発見していてね。彼の研究所であることが多いのだが、魔獣を封じていた土地もあった。賢者が消えて封印を維持できなくなり、少しずつ明るみに出てきたとみている」
「ここも、その一つであるかもしれないと」
ジルベールは全員が思っていた予想を口にする。
「賢者の行動には『無駄』がなかったそうですね。奴がアルトロワに赴任したのは、森に何かを封じるため?」
「もしくは封印の定期点検かもしれないね」
ユーグは考えられる理由を追加した。
「封印の綻びか。森から流れてくる魔力が、不定期に勢いを増している理由にはなりそうだ」
「几帳面な奴だ。黎明期から生きてる奴が、いつからこの地に目をつけていたのかは知らんが……」
ベルトランの言葉の後に、全員が黙った。
自然と瓶詰めの獣に目が行く。
「セレスティノ神父。魔力の種類が似ていると言ったな?」
「……はい」
フェリクスが確認すると、セレスティノは肯定した。
誰も言おうとしないので、ユーグはあえて言葉にする。
「……あの森には魔王作りの基礎になった技術、もしくは何かがある。賢者はそれを消せない理由があって、森に封じていた。でも賢者が死んで封印を管理する人がいなくなって、解放されそうになっている。そんなところかな?」
「厄介なものを残してくれたものだ」
呆れと苛立ちが混ざった声音でフェリクスがつぶやく。
再び沈黙しかけたところに、トリスタンが獣の一部を片手に発言した。
「ミケーレ司祭。これらの部位は、それぞれ別の個体から採取したもの、ですね?」
「ええ。よく分かりましたね」
「生き物を魔獣に変質させると聞いて、元になった生き物の種類を探ってみたのだよ」
トリスタンは魔法式を書いた紙の上に、獣の一部を置いた。彼が素早く式に魔力を走らせると、黒い塊が茶色い毛皮へと変わっていく。
「ああ、予想した通りだね。熊の毛皮だ。こちらは前足の指だそうだが……ほら、復元してやると、人間の指になった」
魔法式の淡い光に照らされて、切り口が黒ずんだ指が現れた。太さと長さから、成人男性のものだと思われる。トリスタンが魔力の供給を止めると、指は黒い塊へと戻った。
「断言はできないけれど、魔石を持たない生き物が変質させられた姿だね。黒い獣の正体は。例の魔王……ああ、駄目だ。禁句に引っかかって、説明できない」
「魔王と同じ過程で獣が作られている、と?」
フェリクスがトリスタンの代わりに言葉にすると、彼は満足そうに頷いた。
「そう、それだよ。そしてこの囁きが、生き物の精神を不安定にさせている。負の想念というやつだ。心にある隙間に入り込んで、こちらを操ろうと狙っているらしい」
「囁き?」
聞き返したのはジルベールだった。
「放出される魔力に言葉が込められている。聞こえなくてもいいさ。むしろ聞いてはいけない類だ。ところで瞳とは何だろうね? さっきから返せ返せとうるさいのだよ」
「瞳、か。獣に変貌した領民が、同じことを言っていたな」
「ドニを探して、遺跡に入った時にも聞こえてきたね」
直後に黒い獣がアルトロワを襲撃したため、遺跡で起きた異変についての調査は後回しになっていた。
瞳の正体に繋がる手がかりは全くない。
議論が停滞しかけ、フェリクスが休憩を提案したとき、会議室の扉がノックされた。いち早くネストリが近づき、領主の許可を得てから開ける。
「遅れて申し訳ない。法国に分散していた記録を持ってきた」
扉が開くなり、白い僧服を着た男が入ってきた。小柄で痩せた神父だ。弱々しく見える体格に似合わず、眼光は鋭い。集まっていたユーグたちに一斉に見られても、怯んだ様子は全くなかった。
「ああ、アウレリオ神父。よく来てくれた」
ミケーレ司祭が立ち上がって出迎える。
ユーグがセレスティノの隣に席を用意すると、律儀に礼を言ってから腰を下ろす。近くでユーグの顔を見た神父は、わずかに眉間に皺を寄せた。
「君は……賢者が大聖堂に集めていた資料が全て見つからなかったが、心当たりは?」
二十年前と全く変わらない男がいることは、アウレリオにとって些細な出来事らしい。まるで昨日の会話の続きのように、賢者について聞いてくる。
「全部、焼却処分したよ。あれは後世に残しちゃいけない。勝手にやったことは悪かったと思ってる」
「謝罪は不要だ。精査をして破棄する手間が省けた。セレスティノ」
名を呼ばれたセレスティノは、会議で明らかになった事柄を簡潔に述べた。アウレリオのやり方には慣れているのだろう。突然の指名にも慌てたところはない。
「概ね理解した。瞳のことを話す前に、まずこの地について教会に残っていた文献から、抜粋して話そう」
ザイン教は帝国よりも歴史が古い。各地で収集された逸話の中には、この国から失われてしまったものもあるはずだ。




