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転生した異能者は静かに暮らしたい  作者: 佐倉 百
5章 移り変わる境界

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強さと弱さ1


 リリィは荒らされた畑から折れた矢を拾い上げた。軽く土を払ってカゴの中に入れ、また前に進む。


 畑に落ちていた矢は、分解して新しく作り直すそうだ。中にはそのまま再利用できそうなものもある。


 防壁に備蓄していた矢は使い果たし、武器屋が抱えていた在庫も残り少ない。なるべく早く回収して、町の広場に設けられた集積所へ持ってくるよう、領主の名で命令が出ていた。


 法律以外のことで、領主が領民に対し何かを強制させるのは珍しい。これは余程の事態だと悟ったアルトロワの住民は、早朝から作業に取り掛かっていた。


 リリィの家が所有している畑は小さい。家族全員で取り掛かって、昼前には作業が終わる見込みだった。双子の弟たちは地道な作業にすぐに飽きていたが、母親のカトリーヌがうまく誘って動かしていた。真面目に回収したら温かい飲み物とカップケーキをあげると言われ、旺盛な食欲が勝ったらしい。


 雪がちらつく中で作業を続けていると、緑色の人形が畦道を歩いてくるのが見えた。細長い風船を繋げたような、二足歩行するサボテンだ。太陽が恋しいのか、たまに曇った空を見上げては切なく首を振る。


 サボテンは迷わず畑の中に入ってきて、リリィの前に立った。頭に赤い花を咲かせているサボテンを見て、うっすらと前世の記憶が浮かんでくる。帝都のとある屋敷で、精霊が日光浴をしている光景だ。


「もしかして、会ったことがある?」


 サボテンは嬉しそうに左右に体を揺らし始めた。花の数も増え、冠のように頭を飾っている。正解だったらしい。精霊もエルフと同じく外見以外のことで見分けているようだ。


 目立つサボテンのことは他の家族も気がついていた。テランスが双子に、精霊には余計なことをしないよう言い含めている。妹のジョゼはカトリーヌの陰から目を輝かせ、変わった形の精霊を見学していた。


 サボテンは周囲の反応など気にせず、リリィに手紙を差し出してきた。

 差出人の名前は書かれていなかった。封蝋に押されていたのはツル草と花の模様だ。


 帝国では安価な紙が手に入りやすくなったことから、庶民の間にも手紙を書く文化が浸透していた。だが封蝋に細かく彫刻された印を押すのは、重要な文書をやり取りする機会が多い貴族や富裕層だけだ。一般家庭は封筒を糊で貼ったり、細長く丸めた手紙を、紐で縛って済ませていた。


 宛名にはリリィの名前が書いてある。サボテンに礼を言って開けてみると、女性らしい柔らかい文字が並んでいた。精霊に配達を依頼できる人物、というだけでも差出人の想像がつく。最後の署名は、リリィの予想通りモニカの名前になっていた。


「リリアーヌ、その手紙は?」


 不安そうなカトリーヌが尋ねてきた。彼女は精霊を恐れて、あまり近づいてこない。不用意に近寄って、彼らの機嫌を損ねたくないようだ。


「……奥様から。ユーグが怪我をしたらしいの。お見舞いをしたいときは知らせてほしいって」


 いつかこんな日が来ると分かっていたのに、いざ直面してみるとかなり動揺しているらしい。リリィは文面から目が離せなくなっていた。


 防壁ではたくさんの領民が怪我をしたのだ。一人だけ無傷だったなんて、都合がいいことを勝手に想像して安心していた。


 ――怪我をしたのはいつだろう。


 防壁で魔獣の侵攻を食い止めているとき、リリィは怪我人の手当てを手伝っていた。運ばれてくる患者の中にユーグはいなかったはずだ。治療所を片付けた後だろう。一人で大型魔獣を仕留めるユーグが、自分で連絡をとれないほどの怪我を負ったなんて信じられない。


「心配なら様子を見てきなさいな。奥様がわざわざ手紙を下さったんですから」

「お母さん……そうだね、ここで悩んでいても怪我の具合が分かるわけじゃないし」


 返事は手紙を書けば精霊が届けてくれるのだろうか。リリィはカトリーヌの勧めに背中を押されて畑を出た。あとから走り寄ってきたサボテンがリリィの前に出て、スカートを掴む。


「お見舞いに行くって返事を出さないとね」


 精霊にどこまで言葉が通じるのか分からない。引き止められた気がして行き先を言うと、サボテンは胸に白い花を咲かせた。雪よりも白く、針のように細い花びらが密集している。


 不思議な形だと思って見つめていたリリィは、周囲の風景が一変したことに気がついた。畑のそばの道にいたはずなのに、広い庭の中に移動している。


「……もしかして、精霊の道?」


 エルフがよく使う移動方法だ。あれも何かの精霊に呼びかけて道を開くと聞いたことがある。サボテンが偉そうに威張っているところから推測すると、どうやら当たっていたらしい。


 サボテンはリリィをどこかへ連れて行きたいらしく、スカートを引っ張ってきた。精霊の声が聞こえなくても、人間に似た動きのおかげで伝えたいことの予想がつく。


 リリィがいるのは手入れが行き届いた庭だった。左手側に見える大きな建物は、壁や屋根の色から判断すると行政棟だろう。精霊らしい遠慮の無さで、行政棟の裏口に転移したらしい。


 精霊が連れて行こうとしているのは、右手側だった。行政棟より小さいが、立派な屋敷が建っている。あれが領主とその家族が暮らす家だろう。


 領民が立ち入ることが許されているのは行政棟まで。個人の邸宅に侵入することにためらっていると、玄関からモニカが出てきた。リリィを見つけるなり輝くような笑顔で走ってくる。


「リリィさん!」


 前世で別れた後のことは、ユーグから一通り聞いている。リリィが転生してこなければ、残りの人生を教会で過ごすつもりだったと聞き、なんとも微妙な気持ちになったものだ。リリィとユーグが離れることになったのは彼女のせいではないのに、ずっと罪悪感を抱えていたらしい。


 ――モニカがいなかったら、ユーグとはこんな関係になってなかった。むしろ感謝してるのに。


 二人を別の世界に引き裂いておきながら、自分だけ幸せになる気はないと決めていたのだろうか。真面目で責任感が強いところが彼女らしいところだった。


「また会える日を楽しみにしておりました」

「あの……奥様」


 笑顔が一変して、本気で泣きそうな顔をされた。やはり昔のように名前で呼ぶべきだったとリリィは猛省した。転生して十七年かけて身についた領民としての生き方が、領主夫婦を名前で呼ぶことに慣れていない。


「二人きりの時なら、またモニカって呼んでいいかな?」

「もちろんです!」


 瞬く間に気持ちが回復したモニカは、昔と変わらない優しさでリリィの手を引いた。


「さっそく様子を見に行きますか? きっと起きていると思います」

「うん。怪我をした経緯は?」

「詳しいことは調査中ということになっています。早朝に町の近くにいた悪霊と戦って負傷されました。屋敷に運んで治療をしている最中に意識が戻って、居室で静養しているはずですが……」

「なるほど。本当に休んでいるかどうかは未知数だし、もしかしたら黙って部屋を抜け出すかもしれないと」

「精霊にお願いをして、宿舎から出られないようにしています。ですが相手がユーグさんなので、どんな抜け道を用意しているのか分かりません」


 休むことに関しては誰からも信用されていない男だ。釘を刺しておくべきだろうかとリリィは悩んだ。


「ユーグさんが怪我をされたことは、一部の自警団員も目撃しております。リリィさんのところに誤った情報が伝わる前に、現状を知ってもらいたかった。怪我をしたと聞かされるだけで何もできないのは辛いから」


 モニカの言う通りだった。彼女からの手紙だけで動揺していたリリィは、ユーグの無事を直接確認するまで、不安を抱えたまま過ごしていただろう。ただ知らせるだけでなく、会える機会を作ってくれたモニカの気遣いが嬉しかった。


「幸い急所は外れていました。無理をしなければ、悪化することは無いでしょう」


 領主の屋敷の隣に、護衛や使用人の一部が寝泊まりをしている離れがあるとモニカが言った。ユーグはその空き部屋を借りて生活しているらしい。


「治療のことを考えると屋敷に滞在していただくのが一番なんですが、少し問題があって……」


 怪我をしたことを知ったメイド達が、誰が看病をするのか言い争いを始めたそうだ。


「どうせユーグが無自覚に誘惑してたんだろうな……」


 黙っているだけでも人目を引く外見なのに、愛想よく話しかけるものだから好意を持たれやすい。思い込みが激しい性格の女の子なら、勘違いしてしまうもの無理はなかった。


 自己肯定感が低いユーグは、恋愛感情を向けられていても全く気が付かないという欠点がある。メイド達が話しかけてくるのも、きっと余所者への好奇心か気の迷いだと勘違いしているのだろう。


「彼女達には私から言い聞かせておきましたから、安心してください。ゆっくり静養できるように、身の回りのことは信頼できる男性の庭師に頼んでいます」


 イノライという名前だと教えられ、なぜか閑散とした教会が思い浮かぶ。完全に思い出すには助けが必要だ。後でユーグに聞いてみようと決めて、リリィはモニカの後をついていった。

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前作はこちら
ウソつき勇者とニセもの聖女
不幸な事故をきっかけに異世界転移した二人。
お互い性別が入れ替わっている上に、誰かと勘違いされて誘拐されて……

前作終了後の短編
放浪の終わり

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