帰る者
転移門をくぐった先はアルトロワにある教会の中だった。アルトロワ以外の場所から誘拐された女性は、シスターに案内されて外来用の客室へと向かっている。心身共にかなり衰弱しているので、一時的に保護されるそうだ。
被害者の名前と住所を書いたメモを持って、団員の一人が教会を出ていった。領主への報告もあるが、夜が明けたら、それぞれの家族へ無事を知らせる手紙を届ける手筈になっているという。
リリィとアニエスは誘拐されて監禁されていた時間が短かったこともあり、特に体の不調は見られなかった。教会から気持ちを落ち着かせる効果がある茶葉をもらい、それぞれの家へ歩いて帰ることになった。
「班長、僕が送って行ってもいいですか? というか行きたいです! 今すぐ!」
「はいはい、分かったから。行ってこい。もう一人、自警団から連れて行けよ。家族への説明も忘れずにな」
ユーグが積極的かつ強引に立候補したのを見て、班長と呼ばれた団員は諦めた様子で言った。許可が降りたユーグは、たまたま近くにいたニコラに呼びかけ、リリィ達のところへ来る。
「夜道は危ないから送っていくね」
「ええ、お願いするわ。そちらの人は、さっき私を助けてくれた人よね」
アニエスはニコラに礼を言う。転移門を通ってすぐ、シスターに囲まれて健康状態を診てもらっていたそうで、言いそびれていたらしい。
「どういたしまして。怪我が無くて良かったな」
気さくに笑ったニコラは、柔らかい雰囲気をした青年だった。腰に剣を下げているが、不思議なぐらい威圧感は感じない。誘拐されて帰ってきたばかりなので、ニコラのような物腰が柔らかい団員をつけてくれたのだろうとリリィは思った。
四人で連れ立って歩き始めたものの、次第にアニエスとニコラが前を歩くようになった。迷いなくアニエスの家へ向かうニコラを不思議に思っていると、自分から製菓店の常連なのだと打ち明ける。
「俺の家から自警団の本部に行く途中だからさ、ずっと気になってたんだよ。客が女ばっかりで入りにくかったけどな。なるべく人が少ない時を狙って買ったケーキが美味しくてさー。最近出たロウソクっぽいのもいいと思うよ」
「店に入りにくいのは問題ね。男性客を増やしたいから、意見を聞かせてくれる?」
ケーキが褒められたことよりも、真っ先にアニエスは客を増やすことを考えている。ニコラが狙ってやったわけではないだろうが、好きなことに意識が向いているお陰で、誘拐された恐怖を忘れているようだ。二人とも生き生きと己の意見を述べている。
時折、ユーグとニコラが周囲を警戒するように見回しているが、通りは平和なものだ。
護衛についてくれている二人が持つランプが、歩くたびにゆらゆらと揺れている。見慣れた街並みなのに、夜中に歩いているというだけで知らない場所にいるようだった。
「体の倦怠感とかは無い?」
魔力が枯渇しそうになっていたリリィを心配して、ユーグが尋ねた。
「大丈夫。自警団が早く来てくれたお陰で、倒れずに済んだから」
事前にユーグからの合図があったからこそ、限界まで結界を使おうと思った。時間を稼ぐことが最善の策で、自分のことは後回しだ。ただそれを正直に言うことは止めておいた。
己の行動がリリィに無理をさせる原因になったことを、きっとユーグは後悔する。次に似たような事件が起きたら、他人との連携など無視をして独断で行動するようになるだろう。せっかく自警団に馴染んでいるのに、溝を作るようなことは控えたい。
「まさかアルトロワで誘拐事件が起きるとはね。リリィが犯罪に巻き込まれない手段が必要かなぁ」
ユーグの言葉は後半へ行くにつれて独り言になっていった。喋りながら考えている時の癖だ。己の思考に意識が向いたかと思えば、すぐに現実に戻ってくる。短い時間で結論を出す彼の脳内は、リリィが想像するよりも速く思考が切り替わっているに違いない。
目の前にいるのに意識がよそへ向いていることが、今はとても面白くない。リリィは隣を歩くユーグの袖を掴んだ。年相応に若返った精神年齢と、前世に引きずられて男性的な意識が混ざる心。本当の自分というものが分からなくなってきて、どうにも不安定だ。
ユーグはすぐにリリィを見下ろし、優しく袖から指を外す。何も言わずにリリィの手を握って、会話の続きに戻った。
「そういえばリリィが物騒だからって理由で封じたエルフの魔法があったっけ」
「バットに付与されたやつ?」
リリィ専用の武器だった、廃材から削り出されたバットの話だ。エルフが魔改造した時に、勝手に付与された特殊効果のことだろう。どこに光弾を射出しても攻撃が当たる必中の加護と、リリィの許可なく触れた者をエルフの里に強制送還するという、物騒なものだった。
大量殺人鬼か誘拐犯になる未来しか想像できなかったので、もちろんユーグに頼んで削除してもらっている。
「あの魔法を解析しておけば良かった。エルフに聞いたら教えてくれるかな?」
「今度は一体何を作るつもりなの……?」
「持っていて損はない自衛の道具? 結界だけだと魔力が枯渇した時に困るから」
「そう何度も事件に巻き込まれないと思うけど」
「二度あることは三度あるって言うでしょ。もう既に二回誘拐されたんだから。両親を安心させるためだと思って、僕が道具を持ってくるまでは大人しくしててね。あと一人で外に出ないように」
もう決定事項のようだ。家に送るついでに、両親に事件のあらましを説明しつつ要望を通してしまうに違いない。その辺りの心理的な誘導が上手いのだ。
アニエスの家が近くなってきた。ニコラはアニエスとの会話が盛り上がっている様子なので、そのまま家族への説明を引き受けることになった。
「助けてくれたお礼に、お菓子でもどう?」
「えっ……いいのか? 俺は嬉しいけど」
「ニコラ、報告もあるから、あまり長居しないようにね。僕はリリィを送って行くから」
「そっか。お前、菓子は苦手だっけ。俺ばっかり悪いな。じゃあまた後で」
「リリア。変な言い方だけど、貴女がいて良かった。ありがとう」
アニエスとニコラは別れ道を並んで歩いていく。短い間に親密になったのか、少し距離が近い。
「ユーグ、あれって」
「うん、何か始まりそうだね。あいつ、彼女が欲しいって言ってたから……まぁ、大丈夫じゃないかなぁ?」
尻に敷かれるだろうけど――ユーグの呟きに、リリィは心から同意した。




