四つの瞳と滴る赤
ぼく達はね、ずっと我慢してきたんだ。殺してやりたかたかったけど、バネくんの作戦を無駄にするわけにはいかなかったからね」
「そうなんだよ、でもバネくんの役割も終わったから、ヒーロー達全員殺しても怒られないんだよ」
気味悪くニタニタと笑む二人を眉を寄せて見つめていると、鉈を持っていた手元は動き出したくて堪らないといったように忙しなく動いていた。
「…相変わらず物騒なことばっかり言うよね」
落ち着いたように言うも、やはりこの双子相手は慣れない。いやまあ、慣れたくもないんだけど。思わずぐっと力強く剣の柄を握りしめる。
距離を詰めようと一歩だけ歩をを進めた瞬間、双子の白い歯が視界に入った。
「お姉さん、別に恐がる必要なんてないんだよ」
「ビビらなくて良いんだよ」
両手を同時に上げ、手のひらを向けられた。反射的に身構えると、ティナの方がぐっと膝を曲げてから思い切り飛び上がる。意味が分からなくてぽかんと見上げた瞬間、手のひらが顔目がけて伸びてくる、目を瞑る前に額に手の感触が伝わった。
「お姉さんって案外バカなんだね」
楽しそうな声色を聞きながら、凄まじい風圧に押されて体が突き飛ばされる。足が浮いている気がしてならない。だって全く体が動かせない。そのまま轟音と共に壁まで吹っ飛んだのだろう。以前のよりも痛みが激しい、息をするのも苦しくて嗚咽交じりのそれを口元を押さえるのも忘れた。
「…っぐ、…げほ、げほッ…」
しゃがんだまま何度か咳き込んでいたが、いつまでもそうしてはいられない。それにしても苦しい。以前は
こんな至近距離で吹っ飛ばされてはいなかったからだろうか。ゆっくり顔を上げると、今度はティルが目の前に立っていて後ずさる事も出来ないのを忘れて背が再び壁にあたった。
「今、凄く恐がっているね?…死にたくないの?」
「…そりゃ、」
声が掠れる。何だか口の中が血の味までしてきた。
「おでこ、血出てるよ。痛いんじゃないの?」
口元を歪めたままそう言われ、額から血が流れている事に今気が付いた。割と深くまで切れてしまっているのか血は流れ、顎まで滴ってきている。ぽたぽたと、顎から伝った血が地面に落ちていた。
「ねえ、なんでおばさんはアイツらと一緒にいるの?こんな目にあってさ、自殺願望でもあるわけ?」
「…そんなの、ないけど」
「わかんないよ、…なんで」
馬鹿にでもしたくて言っているのかと思っていたが、だんだんと笑みは消えて苛立ちが見え隠れし始めてきていた。
「前はね、守るものがあるとか…自分たちじゃなきゃ出来ないとか、そんな事言ってたよ」
「……どうせ黄川あたりでしょ」
先ほど投げつけられた鉈の柄を再びティルが握っていた。これはまずい気がする。何か、死にそうな気もしてきた。…どうしようか。
「まあね、でも他の奴らも同じような事言ってた気がするよ」
見ると、ティナの方も私を静かに見つめていた。何か面白いこと言ったら見逃してくれるとか?だとしたらずいぶんと粋な計らいだが、まあまずそれはないだろう。
「…馬鹿だからじゃないの、…私が賢くないからじゃない?」
「…どういう事?おばさんがバカなのは知ってるけど」
「じゃあ十分でしょ、賢かったら今ここに来てない」
くすっとティナが笑う。不満げな表情のままなのは鉈を片手に立ちふさがっているティルだけだ。
「ティル、このお姉さんはお人よしのお馬鹿なんだよ。」
「…それだけで死ねるの?」
剣を杖代わりに地面に立て、痛みに耐えながらなんとか立ち上がる。背中も、額も、体全体が痛い。明日はバイト休んでも良いかな。
「何を聞きたいのか知らないけど、ここで死ぬ設定やめてくれない?…私も、大馬鹿では終わりたくないし」
どんな答えを期待していたのだろう。この不気味な双子でも、知りたいことは一応あるのかと妙に感心してしまった。
剣の柄を握り直し、微かに腕を上げるだけで視線が痛いくらいだ。この双子は聡くて嫌になる。さすがにもう1度壁に吹っ飛ばされたら内臓か何かが飛び出てしまいそうだし…。…もう無理。
切っ掛けを作るのは私でなければならない。一度だけ唾を飲み込めば素早く剣を高く振り上げたが既に二人の視線は刃を追っていた。
けれど微かに二人とも上を向いているのだ。こんなに冷静に見られるなんて、よほど自分の中の防衛本能がピンチを訴えているんだか何だか知らないが、今は自分の呼吸の音すら煩わしい。
ゆっくりと時が流れる、1秒が1秒が勿体無い。腕を上げたまま、もっともっとと思い切り腕を伸ばす。そして柄を、離した。
ライトに当たって刃が反射し、空中に剣が浮く。正攻法なんかで勝てないのは十分分かった、だったら今をどうにか切り抜ければ良い。
振りかざさずに放り投げられた剣を見て何て小汚いとでも思ったのかは知らないがさすがはこの双子、すぐさま視線が私とかち合う。未だに剣は床に落ちていない。
「…ッ、退け…!」
目の前にいるティルの腹に向かって蹴りを入れると、すぐさまティナの方が鉈をぶん投げてきた。
どっちに避ければ良いかなんて考えられるほど、もう冷静じゃなかった。微かに背を逸らすと、瞼に刃が触っていった。
「…な、なんで顔狙うかな…」
瞼が熱い。手で触れると、どうやらここからも血が流れているようだ。あまり深くはないのか、滲む程度で良かった。
音を立てて剣が床に落ちるのを聞くと、それに手を伸ばして再び柄を握った。ティルは噎せながら分かりやすく睨みをきかせている。ティナは笑みを張り付け、一見笑っている。…気味悪い。
「お姉さん、早いよもう。…びっくりしちゃったな」
「私の方がびっくりだよ」
先ほどとは比べ物にならないほど、殺気がだだ漏れだ。普通に話していたと思えば次の瞬間にはこれだ。気味悪いのを通り越して最早清々しく感じてきた。
「でも大丈夫?…瞼、血が出てるよ」
「そんなニコニコしながら言うなっての」
額と瞼から血を垂れ流してるなんて、どこのお化け屋敷の人だよ。そう一人ごちるも、ピンチなのは変わらない。乾いた唇を舌先で軽く舐めると、また血の味。感覚がおかしくなってるとしか考えられない。
頭が痛くて、気持ちが悪い。眉を寄せると銃声が鳴り響いた。




