第9話 侵攻開始9
彼女が息を整えるのを待ってからは、二人で部員集めの方法を完全下校時間まで考えることになった。
オカルト研というからには、オカルトを扱おうと俺が言った。
オカルトなんて信じてないってアズキは言った。終わった。
そしたら超能力を使って人の注意を引こうと俺が言った。
死に戻りと認識に作用する透明化でどうやって人を集めるのか、とアズキが言った。終わった。
考えることになった原因はこういうわけだった。
考えに考え抜いた結果、人を増やすにも、彼女の本懐である超能力者探しにも、まず認知度を上げることが必要だから外部に働きかけるような活動をしよう、という方向で、オカルト新聞の発行と、学校にまつわる七不思議や怪異を中心にお悩み相談、というなんという素晴らしき安牌な案が出揃った。
あまりの普通さに、かかった時間と疲労の割に達成感は全くなかった。
仕方ないだろ、そもそも超能力者を探すための方法なんて調べてもまともに出てこないんだから。
それに、なんで超能力者を探してるのか、と聞けば、理由なんてない、とはぐらかされる始末だし。
そんな活動初日を終え、俺は斎藤先生と一緒に帰ると言うアズキと部室で別れて、真っ暗な中一人で帰ることになった。
帰り際にアズキから、
「もし、ループだとしたら今日の帰り道に何かあるかもしれないから、気をつけるのよ」
とありがたいお言葉を頂いた。
気をつける、か。
気をつけるったって、どうしろって言うんだよ。毎日車道の真ん中歩いて帰ってるわけじゃない。ちゃんと、交通ルールを守って歩道を歩いている。これ以上気をつけろと言われても、むしろ過剰すぎて気をつけられる存在になりかねない。
まあ確かに外はもう暗く、学校指定の制服は学ランである。真っ黒ってのも危ないだろうから、少し冷えるが俺はカッターシャツ一枚になる。
車につられて起こる風が、袖口から入ってきて体を冷やす。
うう、冷える。体が冷えると、どうしても……
お腹が痛くなる。
まだ家までは距離がある。住宅街を縫うように帰路を急ぐ。
早く帰ってトイレ行こ。まあ、危ないかもしれないし早く帰るに越したことはないしな。
腹痛のことが頭に浮かばないように、エロいこととか世界平和のあり方とかを考えながら歩いていると、帰り道の途中にあるこぢんまりした公園に見知った姿が二つ見えた。
まだ少し距離があるが、街灯に照らされたあのシルエットは知っている。
タクヤと、キョウだった。
どこか距離の近い二人、ああいう関係だったのか? 許せんな。
タクヤはただでさえ、俺より身長が高くて、俺より筋肉質で、俺より顔が整っているが、俺よりバカだから、俺より先に彼女ができるとか認められるわけがない。
へへ、邪魔してやるよ。
注意がそちらに向いて、腹痛が消えていった。
「おーい! タクヤ、何してんのー!」
俺は小走りで公園に駆け寄る。
と、公園の直前にある十字路を渡ろうとした時、アズキの言葉がよぎる。
『今日の帰り道に何かあるかもしれないから、気をつけるのよ』
その言葉が足を止める。
ブオオオン!
車目の前を走り抜けた。
それはとても住宅街を走る速度ではなく、ぶつかっていたら、と思うと、冷や汗が伝う。
ま、まじ、か。
間違いなく死にかけた。アズキの言葉に救われた。
ってことはループなのか?
まあ、どちらにせよ生き延びたわけか。
俺は今一度十字路を、今度は右、左、右、と小学生以来の確認をしてから渡る。
今度は無事に渡りきって、二人の元に向かう足は、キョウの怒号によってピタリと止まる。
「言い訳なんて聞きたくない!!」
「だ、だから、お前の気のせいだって、確かに言ってなかったのは悪かったが」
こちらから見えるのは街灯に照らされた、焦りの色を顔いっぱいに映すタクヤと、キョウの黒い背中の影。彼女はタクヤに掴みかかり、それをタクヤがなだめようとしている。
ん? なんか思ってたのと違う。というか思ってたより進行してて、深刻だった。
「秘密にしてたってことは、やっぱやましいことがあったってことじゃん!」
「違う、言い忘れてたってずっと言ってるだろ!」
「違わない!!」
こちらからキョウの顔色は伺えないが、その語気の強さから仕草から怒っていることなど自明で、どちらかと言えば最もわからないのは、そういう時の彼女がどういう顔をするのだろうか、ということだが。
それよりも、まだ四月だぞ、それに違う中学出身の二人がもうここまで? 許せんが、許せんが、今こうなっているから許してやらんこともない。
俺は呑気に顛末でも見届けてから、後で洗いざらい全部白状させてやろうと思っていた。
彼女がカバンを手に取るまでは。
キョウはタクヤを突き放すと、カバンを手にして何かを取り出した。
俺がいるのは公園の入り口で、あいつらが口論してるのは数十メートル先の街灯とベンチのした。何を取り出そうとしたのか目を凝らそうと思ったが、それはキラリと街灯の光を反射させて、自ら名乗りを上げた。
おいおいおいおい、まじかまじか、包丁取り出しやがったぞ。
「ちょ、ま、待て、それは冗談じゃ済まないって」
冷たい光は、さっきまで微かに残っていたタクヤの余裕を跡形もなく吹き飛ばす。
「何、冗談だと思うの? それとも、冗談って今までの私たちの関係の方?」
キョウの声にはもう温度がなかった。誰にでもわかる、殺す人の声だ。
「な、な訳ないだろ、今までの四年間は誰よりも大事にしてた、お前も知ってるだろ」
四年間?
「ううん、わかんない。もう、わかんなくなっちゃった」
彼女は一歩、一歩ゆっくりとその距離を縮めていく。
死の淵に立った人は、腰を抜かしてしまうとは本当らしい。タクヤはその場で力なく倒れると、くるな、おい、やめろ、ともがいている。
流石にこれはまずい。
いいネタになるだろうと、構えていたスマホをポケットに入れると、俺はキョウに向かって走り出す。
「やめろぉぉぉぉ!!!」
「えっ!」
俺は飛びついて、キョウを後ろから羽交い締めにする。
「何、お前、誰だよ! 邪魔すんな!!」
「あぶ、おい、危ないだろ! 包丁なんて振り回すな!」
彼女は羽交い締めにされながらも、肘を曲げたり手首を曲げたりして、俺を切ろうと試みてくる。その間も、抜け出そうとする彼女の力は相当なもので、気を抜いたらすぐに振り払われそうだった。
「た、タクヤ! おい! そこでへばってないで、こいつから包丁取り上げろ!」
「はっ、はっ、はっ……」
ダメだ聞いちゃいない、いやそんな余裕もない感じだ。図体ばかりデカくて、金玉の小さい野郎だよ!
「おい! お前、リョウスケだろ! 覚えたかんな! まずお前から殺してやる!!」
「なんでだよ! それだけはおかしいだろっ!」
しね、死ね死ね死ね死ね!!
キョウはもうそれしか喋らなくなってしまった。
しかしこちらももう余裕はない、どころか時期に拘束を引き剥がされそうである。女とはいえど、完全に脳みそが逝ってると力の強さは男とそう変わらないらしい。元々肉付きいいしな!
何か、何かないか?
目の前の大男は、使えそうにない。両手を離せないから、何か道具も使えない。
キョウをこのまま押し倒したり、いや無理だ、むしろ押し倒されそうなのはこっちである。あ、それは別にそういう意味で言ったのではなく……。
「………いっっっ!」
彼女が振り回す包丁が俺の手の甲を切りつけた。
そして拘束が緩んだ隙に、彼女は俺を振り払うと、タクヤを背に、よろけて尻をついた俺の方ににじり寄る。
「殺してやる。何もかも、私の邪魔するやつはみんな殺してやる……!」
「と、とまれって、なんで俺なんだ!」
後から思えば、彼女ほど悪役が向いている人もいないだろう、なんて思えたが、今はそんな余裕はない。
手の甲からはとめどなく血が流れていく。痛い、正直めっちゃ痛い。でもそれどころじゃない。
俺、死ぬの? おかしくね、さっき避けただろ、てかこれが俺の能力な訳? ふざけんな、単なる罰だろ!
誰に聞こえもしない嘆きは、目の前の影に覆いかぶさりかき消される。
俺は痛みを覚悟し強く目を瞑った。
し、死ぬっ、やっぱ全然死にたくないっ!
「……でえええりゃああああ!!!」
耳に飛び込んできたのは、キョウの声、ではない。俺の肉がえぐれる音でもない。
アズキの声だった。
目を開くと、ちょうどキョウの頭にゴルフクラブが直撃していた。
「グアッ!!」
彼女は短い呻き声とともに目の前で力なく倒れる。
助かった、のか?
俺の足に覆いかぶさるように、彼女が倒れている、豊満な太ももが足に重なっていたが、そんなのを堪能する余裕などない。
「リョウスケ、リョウスケ、ちょっと、大丈夫!?」
駆け寄るアズキの後ろでは、ゆっくりと立ち上がるタクヤが見える。
助かったんだ、助かったんだな。
「トモコさん! 手から血が出てる!」
「谷口、私の車のところまで歩けるか? おい、谷口!」
なんだ、バニラのめっちゃエロい匂いがする。
なんだっけ、この匂い。
ダメだ、思い出せない。
俺の意識はそこでぷつりと途切れた。




