第8話 侵攻開始8
掃除後、俺は一足先に化学準備室、もとい超オカルト研究部へと足を運ぶ。アズキから言われたように、職員室で鍵を借りて入ったからそこには誰もいなかった。
しかしやはり妙である。化学準備室が何故こんなところにあるのだろうか。
なぜ、部室はそんな化学準備室の奥にあるのだろうか。
薬剤の棚、もちろん施錠はされているわけだから持ち出されることは少ないとはいえ、何か実験器具が壊れるだけでも問題になるだろうし、そもそも生徒のノートを保管するような場所に、生徒が単独で入れていいものなのだろうか。
これが義務教育との違いなのか、はたまた自分の能力のせいなのか、わからない。
それ以前に自分に能力があるということ自体が、やはり現実的とは思えない。確かに、既視感を強く感じるが、記憶を引き継いでいないループなど俺にとって存在しないに等しい。
そもそもこの力がループなのかも正確にはわからないと、アズキは言っていた。ただ、死をトリガーに時間が巻き戻る、と。
なんだよ、そのトリガーはよ。使うたびに死ななきゃならんとは、どんな嫌がらせだ?
しかしよく考えれば、この既視感が本当に超能力によるものだとしたら、俺はどこかで死んでいることになる。自分が死んでいるとは、これほどまでに考えたくないものもないが、何より恐ろしいのが、それがいつ起きているのかわからないことだ。仮に、死に戻りの死が必ず起きる場合は、だが。
考えれば考えるほどわからない。そもそも理屈を超えた力に理屈が通るような気もしない。
「ちゃんと来たのね」
「うわっ」
ネジ切れるほどに首を傾げていると、アズキが部屋に姿を見せる。というよりも、長机の向かいに座っていた。流石の彼女の影の薄さだ。
「やめてよ、人を幽霊みたいに」
「幽霊より幽霊してると思う。俺心霊系驚かないし」
「ありがたいお墨付きね」
彼女はそう言って、一枚のプリントを目の前に差し出した。入部届だ。超オカルト研究部とかいう、ふざけた名前が真面目なフォントでプリントされているから笑える。
顧問のところには斉藤トモコの文字があった。
俺はそこに必要事項を記入しながら、先ほどまで考えていたことを口にだす。
「俺、今すごい強い既視感を感じるって言っただろ」
「そうね」
「ってことは、どこかで俺死んだのか?」
「そうなんじゃない?」
「とういうか、なんで俺の力知ってるんだ? そういうもんか?」
「私一度だけあなたの力を見たことがあるから」
彼女の告白にペンを動かす手が、ウまで書いたところで止まる。顔を上げると、そこには肘をついて少し退屈そうに唇を突き出しているアズキの姿がある。
「それはいつ?」
「何年か前よ」
「その時俺は死んでたのか?」
「そうね、車にはねられて死んだわ。でも、2回目で生き延びてる」
車にはねられて、死んだ。当たり前だが死んだ記憶などない。
しかし少し思い当たる節もあった。昔から何かと怪我をすることが多かったことだ。何度か車にはねられたこともある、車にはねられることが特別だとは思わないくらいには。もしかしたら、その全てで俺は一度死んでいるのだろうか。
あまりに途方もない話になんの感情も抱かなかった。ただ疑問だけが浮いて沈んだ。
「じゃあもしかして、俺はまた車にはねられてるのか?」
「知らないわ。私の力は千里眼じゃないもの」
それもそうか、と一旦全てを描き終えることにした。最もほとんど書き終えていたが。
書き終えると、彼女はそれをなんのデザインもない透明なクリアファイルに入れる。
「そういや、なんで俺が死んだのをしってるんだ? 俺が覚えてないのに」
彼女はそのクリアファイルを学校指定の長方形の鞄に戻す手を止める。
「そもそも俺の知らない俺の超能力も、なんで知ってたんだ?」
超能力者同士は惹かれ合う、みたいなものかと勝手に思っていて深く考えないでいたが、彼女の反応を見る限りは違うようだった。
アズキは、鞄の中にクリアファイルを入れて、チャックを閉じてから向き直る。
「私、それを見てたの」
「それはそれはすごい弧の描き方だったわ、まだ幼い頃だったし軽かったんでしょうね。でもそれを見てた私もなぜかそこで気を失ったわ。そして目が覚めると、半日くらい時間が戻っていたの」
夕方だったから、戻ったのは昼頃ね。と付け加える。それは俺の今の状況にも重なる。
「そして同時に、私は自分の力に気づいたの。なんでか分からないけど、透明になれるって気がしたのよ。でやってみたら実際に鏡の前から自分の姿は消えたわ」
彼女は随分と流暢に喋った。さっきまで息を切らしていたのが嘘のように。
しかし、神妙な面持ちをするものだからどんな話が来るのかと思えば、確かに驚きの出来事ではあるが妙な肩透かしをもらった。
「思い出したい話じゃないわ、人が目の前で死ぬのなんて」
それを見透かしたように彼女は言った。
「確かにな、でも俺死んだのか。実感ないな」
「実感ある方が変よ」
それもそうだ。
「俺、じゃあまたどこかで死ぬんかな」
アズキ曰くその巻き戻しは一回だったらしいが、それは覚えてる限り、である。つまりそれがタイムリープなのか、タイムループであるのかはっきりしていない。
もちろんタイムリープであることを望むが、ループであることを否定もできなかった。
「怖くないの?」
彼女はぼんやりと天井を眺める俺に問いかける
「いやまあ、怖いといえば、怖いけど。俺はまた戻るんだろ? それに実感もないからなぁ」
「あなた変よ」
そう直球で言わなくとも。
「だって、闘病の末に亡くなる人でも死を経験したことはないわ。でも彼らの多くは死を一度は恐れる、はず」
「言い切ってくれよ」
知らないから仕方ないじゃない、私だって死んだことないわ。消えたことはあるけど。
そういえば、こいつはよく知らないって口にするなあと、俺は思った。口癖だろうか。
「わからん、でも超能力って言われたらどうにもなあ」
いまだに実感はないわけで、それで何もかも受け入れろという方が難しい。
「じゃあ、こうしましょう。超オカ研部最初の活動はあなたの力の解明よ」
部長権限か?
「部長権限よ」
と、そこで部室の扉が不快な軋みをたてて開かれる。そこに立っていたのは、顧問らしい斎藤先生だ。彼女は昼休み手にしていたのとは違う、黒いタンブラーを手に壁にもたれかかる。
「随分と楽しそうなところ申し訳ないが、それよりも先に部員を見つけてもらわんことには、部として成立せんぞ」
「え、俺入部届今書いたんですけど」
「必要部員数は四人だ。設立から二月後までに集まらなければ正式な課外活動として認められん」
湯気を立てるタンブラーに口をつけて、ズズッとそれを飲んだ。俺はそのまま視線をアズキの方に持っていく。彼女は、バツが悪そうな顔をしていた。しかしどこか動揺しているような様子が見られることから、それは把握していたようだった。
咳払いをして、姿勢を正す。
「そしたら前言撤回、最初の活動は部員集めね」
「おい、朝令暮改もいいところだな」
「うるさいわね、小さい船は小回りが利点なの」
「じゃあ元から、それを目標にしてろよ」
「それは、まあ、あの……」
アズキがどもると、それを見た斎藤先生がクスリと笑う。
「あのな、東はここではこんな感じだが、本来は人見知りが激しいんだ。そもそもお前を勧誘するって決めたのだっ……」
「……うああああ!! 黙って、静かにして! トモコさん!」
突然、アズキは斎藤先生の言葉を遮るように大声を張り上げる。
ああ、またそんなに声を張り上げたら。
案の定、彼女はむせる。
「安心しろ、あんたの前じゃこの話の続きは聞かない」
「そ、それって、私のいないところで聞くって、ことでしょ」
「さあ、気になるなら透過して見てりゃいい」
「透過? なんの話だ?」
斎藤先生はシワのない眉間にシワを寄せる。顧問でありながら親戚でもあるらしいが、彼女の能力については知らないようだった。
俺にとってみれば、パッとしない、認識さえできない透明化より、年齢不詳の美魔女どすけべ教師の存在がすでに超能力を優に超えて、ワクワクさせてくれる存在なのだが、これをいえばややこしくなるので口にはしなかった。先生の年齢は、あとでこっそりアズキに聞いておこう。
「とにかくまあ、やってみろ。何事も経験だからな」
年長者らしいアドバイスを残して、彼女は扉をゆっくりと閉めた。




