第11話 【我、畑、ついに完成す】 挿絵ː12枚
「ホメちゃんが切り株を綺麗にしてくれましたね。これで畑と呼んでもいいんですね! 空き地が有効活用できる日が来て、私はとっても嬉しいです♡」
ミツハが胸の前で両手をきゅっと合わせ、満面の笑みを浮かべている。
その輝くような笑顔、ニコリと笑う君の姿は、どう贔屓目に見ても天使過ぎるぜヒャッハー。
前話であれほど絶望した巨大な切り株の山は、新しく仲間(正確には魂の同化に近いが)となった《ホメ猫》のおかげで、見事に粉砕され、綺麗さっぱり消え去っていた。ここ数日、ミツハには開拓の段取りから何から本当に色々と手伝ってもらった。美少女にここまで応援されて、男が発奮しないわけがない。我もプロの農家として本腰を上げ、彼女の純粋な働きと期待に見合う最高の畑を作らねばと、胸の奥で熱い決意を固める。
「よしミツハさん、ここで開拓は『フェーズ2』に移行する! これからは土を本格的に耕して、さらに『ハウス』を作るんだ」
「ハウス……? 切り株が無くなっても、まだやることが残っていたのですね。畑を一つ作るだけでも、本当に難しいことばかりなんですね」
ミツハが感心したように、あるいは少し圧倒されたように溜息を漏らす。
幸いなことに、あの命がけの死闘(というか一度死んだのだが)の末に《シュナウザーの迷森》から命からがら採ってきた、特殊な「肥し」が手元にある。畑全面に撒くには少しボリュームが足りない気もするが、その時はまた《ホメ猫》を同行させて、再度迷森を攻略すればいいだけだ。
一度は偽物に背後を突かれて殺されたものの、今の我には《ホメ猫》が家族として、 tenderly頼れる戦友として魂に加わってくれた。この事事実、我の心に大きな自信を植え付けていた。簡単に言えばモチベーションの問題だ。生存率が上がったことで、作業効率も劇的にアップしたと言っていい。
とりあえず、ただ畑をじっと眺めていても仕事は進まない。我が指示を出すと、影の魔獣である《ホメ猫》がその触手を器用に動かし、掘り返された土と粉砕された木くずをざくざくと混ぜ合わせてくれた。
ここから先は、人間の仕事だ。どれだけ強力な魔獣が手伝ってくれようと、畑を作るというのは、最終的には人の手がどれだけ細やかに加わったかで決まる。それこそが、古今東西、生きとし生ける者が何千年もかけて築きあげてきた《農》という偉大な文明の証なのだから。
「ジョニーさん、さっき言っていた『ハウス』というのは、一体何なのですか?」
「ハウスってのはな、透き通ったビニールで作った、作物を守るための家みたいなものだ。内部を適切な温度に保ったり、強い雨や冷たい風を防いだりすることで、デリケートな野菜の苗をより安全に、そして丈夫に育てることができるんだよ」
「なるほど……。でも、お話を聞く限り、そのビニールハウスというのは作るのがとても厄介そうですね」
ミツハの指摘はもっともだった。
「ああ。ある程度の強度と耐風性を持ったものを作らないと、異世界の強風で一発で吹き飛んでダメになってしまうからな。基礎からしっかり組まないといけない」
我はビニールハウス建設に必要な物資を整理するため、上着の内ポケットから使い慣れたメモ帳を取り出し、鉛筆でガリガリと必要な材料を書き殴っていった。改めて文字として書き出してみると、その大変さがリアルな質量を持って迫ってくる。
っていうかね、そもそもこの中世ファンタジー風の異世界で、これらの近代的な資材がすべて揃うのかという、根本的な疑問が頭をもたげてくるのだ。
《ビニールハウス建設に必要な材料リスト》
・アーチパイプ(ハウスの骨組みとなる湾曲した鉄パイプ)
・直管パイプ(骨組みを縦横に繋いで補強する直線のパイプ)
・農ポリ(農業用ポリエチレンシート。これが無ければ始まらない)
・防風ネット(強風対策、および鳥や害獣の侵入を防ぐネット)
・ハウス用パッカー(フィルムをパイプに固定するための特殊な留め具)
・パイプ用バンド(骨組みの交差する部分を固定する金具)
・ラセン杭(地面に深くねじ込み、ハウスを固定するための強固な杭)
・針金(各部の補強や固定用)
・マイカー線(フィルムが風でバタつかないよう、上から押さえる黒いビニールバンド)
……冷静に見つめ直してハタと気づく。
「農ポリ」なんてハイテクな代物は、あの裏世界にあるホームセンターにでも行かない限り、この世界には絶対に存在しないぞ。だが、鉄製のパイプや留め具、針金あたりなら、あの街の園芸専門店《イーゲル園芸》に行けば似たような代替品がありそうだ。
まあ、無いものはどうしようもない。現実を素直に受け入れ、今できる最善を尽くすのがプロの農家というものだ。
「ミツハさん、このメモにあるような資材を色々と探しているんだけど……お店の倉庫とかに、どれか一つでも転がってたりしないかな?欠けなければ、全然気にしなくていいんだけど」
我がメモを見せると、ミツハは人差し指を顎に当てて「うーん」としばらく考え込んだ。
「針金くらいなら、うちの宿屋の倉庫の奥に少し余っていたと思いますよ。他の難しそうな道具については、午後から街の園芸屋さんを覗きに行って、相談してみてでしょうか? お昼を過ぎれば、宿の店番は我一人でも十分に回せますから。……あ、そろそろお昼のお客さんが来る頃ですね! 我は一度、厨房に戻ってお暇させてもらいますね」
「おう、いてらー」
我が手を振ると、ミツハは「はーい!」と元気よく返事をして、そそくさと厨房の奥へと消えていった。
彼女が去っていく後ろ姿を見送る。今更気づいたことだが、彼女の綺麗な栗色の髪は、アクティブなツインテールに可愛らしく束ねられていた。その後ろ姿と、エプロン越しでもはっきりと分かるナイスバディなスタイルが、大変健康的に目に焼き付いた。ごちそうさまです。
――さておき、我は気を取り直して使い込まれた鍬を持ち直す。
いくらチートとはいえ、《ホメ猫》の力にばかり頼って、ニンゲンが怠けていては良い土など育たない。土壌を耕し、命を吹き込むのは、どこまでいってもニンゲンのシゴトなのだ。
「さて、こちらは地道に畑でも耕しますか。ハウスの件は、まぁ歩き回っていればなんとかなるだろう」
これまでの経験から言うと、本当に訳ワカメ的な、手も足も出ない絶望的な状況に陥った時に限って、あの暗黒世界もとい、バグだらけの現実世界(裏)に強制転送ワープされる仕組みになっているのだ。
大抵、その都度、あの胡散臭い《先導者チーター》田中三代目にお世話になり、ポイントで能力を解放したり資材を買い足したりして戻ってくる。ある種のセーフティネットがあると思えば、そこまで恐れる必要もない。
我は思い切り鍬を振り下ろし、本格的に畑を耕し始めた。
迷森から持ち帰った大切な肥しを地面にまんべんなく撒き散らし、それらを土の奥深くまで混ぜ込むように、一掘り一掘り丁寧に耕していく。
見上げれば、太陽がギラギラと容赦なく照りつける炎天下だ。肌を焦がすような暑さの中、汗が目に入って沁みる。この広大な空き地を、たった一本の鍬で全面耕す作業が、一体いつになれば終わるのか。ふと気が遠くなりそうになる。
だが、時間は有限であり、耕すべき面積もまた有限なのだ。――つまり、歩みを止めずに耕し続けていれば、㚿いつか㚿は必ず終わるという、至極単純な数学的真理にたどり着く。
「……にしても、これが家3軒分の広さとなると、さすがに身体にきついなぁ……」
前世の現代農業がいかに機械化されていたかを痛感しつつも、我は黙々と腕を動かした。
耕す作業と並行して、撒いた肥しが土と均一に混ざり合うことで、土壌が空気を含んでふかふかと柔らかくなり、畑全体の「体積」がじわじわと上がっていくのが目に見えて分かる。これぞ土作りの醍醐味だ。
首から種撒き用のカゴを下げるスタイルに切り替え、肥しを一掴みしては、パラパラとまんべんなく地面へと蒔いてゆく。この地味な往復作業が終われば、あのただの寂れた空き地は、ついに正真正銘の「畑」へと昇華する。野菜を育てるためにこれ以上ないほど適した、極上の肥えた畑がついに出来上がるのだ。高鳴る胸の鼓動を抑えきれない。
「ジョニーさん、お昼の時間ですよォー!」
そんな未来への高鳴る想いを抱きながら、時間を忘れて黙々と肥し蒔き作業に打ち込んでいると、宿の裏口からミツハが大きく手を振って我を呼んだ。
時計はないが、太陽の位置からも、もう昼食の時間のようだ。腹の虫がグウと鳴る。
今のところ、この世界では食卓に出てくるものといえば肉か魚しかない。主食の穀物以外は、とにかく動物性タンパク質ばかりだ。だからこそ、我が手塩にかけて育てた新鮮な《野菜》が、いつの日かこの食卓に色彩豊かに並ぶ瞬間が、今から楽しみで仕方がなかった。この国の人たちに、瑞々しい野菜の美味しさと栄養が行き届いてほしい。
――これこそが、《農家》としての我の、何よりのユメってヤツだった。
案内された食堂のテーブルにつくと、運ばれてきた昼食のメニューは、やはり予想通り肉だった。
どこか凶暴そうな魔獣の肉を豪快に丸焼きにし、それを大雑把に輪切りにしたもののようだ。香ばしい匂いは食欲をそそるのだが、いかんせん毎度これである。
肉肉肉、ミートミートミート――。さすがにこれだけ肉続きだと、たまにはシャキシャキとした瑞々しいレタスや、甘酸っぱいトマトといった野菜が無性に食べたくなる。
この国の人たちは、こんな食生活で本当に栄養が偏ったりビタミン不足になったりしないのだろうか。そんな素朴な疑問が湧いてくるが、目の前のミツハは、そんな心配を余所に、小さなお口で美味そうに飯をガツガツと豪快に掻き込んでいる。そのギャップがまた可愛い。
ミツハはあっという間に自分の分を平らげると、「午後からはお客さんがたくさん来るから、お仕事頑張ね~!」と笑顔を残し、戦場と化したフロントへと撤退していってしまわれた。
一人残された我は、腹を満たしたところで、ミツハのアドバイス通り二番街の散策に出かけることにした。目的は、例の園芸屋でビニールハウス小屋を作るために必要な材料の調査だ。宿屋から支給された給料の前借分だけでは、おそらくすべての資材を買うにはお金が足りないかもしれないが、まずは敵(価格)を知ることから始めなければならない。
街のメインストリートに出ると、そこはまるで現代■■のアーケード商店街に近い賑いを見せていた。石畳の道の左右に、多種多様な専門店や雑貨屋が軒を連ね、活気ある声が飛び交っている。
きょろきょろと周囲を見渡しながら歩いていると、ふと、街の催し物や重要なお触れが貼り出されている、大きな木製の掲示板が目に留まった。
何気なくその内容に目を向けた瞬間、我の視線は一枚の派手な貼り紙に釘付けになった。
【春期20日 魔獣コロシアム大会 開催!】
【最大賞金:金貨30枚】
【エントリー資格:自身の所有する強い魔獣を戦わせられる方。参加料は完全無料!】
※当コロシアムは、残虐な殺し合いではありません。公式の健全な戦いという名目の、モンスターたちによる合法的な競技試合です。
【主催:ギルド商事】
「ほう……?」
これはこれは――、実におれの興味を激しくそそる内容じゃないか。
新しく我の魂の影に加わった《ホメ猫》の、秘められた本当の強さを計るには、これ以上ない絶好の舞台だ。しかも参加料は無料。負けても失うものはなく、勝てば莫大な富が手に入る。こんなの、参加せざるを得ないだろう。今の我にとって、無料で大金を稼げるチャンスなど、得しか存在しない。
「金欠不足を一気に解消するには、ちょうど良いタイミングだな。幸いにも、うちの《ホメ猫》はあのベルリンさんすら圧倒するほどの高い戦闘力を持っていそうだし、いっそ一発勝負で出てみるか」
何せ《ホメ猫》は、あの《先導者チーター》田中三代目のお墨付きを貰った、いわばチート魔獣なのだ。本質が「影」であるため、影というのは理論上、物理的な制約を無視してどんな形状にでも自由自在に変形できるはずだ。(たぶん、おそらく、我の直感的な勘だけど)
「カレンダーによると、今日は15日だから……大会は5日後ね」
貼り紙の隅を確認すると、出場者は先着順でわずか8名まで。トーナメント方式の短期決戦のようだ。掲示板の横には、自由に使えるように紐で括り付けられたペンが置いてある。
よし、と我はペンを握り、空いている出場枠の欄に自分の名前を書き入れようとした。
しかし、運悪くボールペンのインクが完全に切れており、何度擦りつけても掠れた跡しか残らない。これでは名前が登録できないではないか。
「チッ、しょうがないな……」
我は苦笑し、自分の内ポケットから、畑のメモ書き用に入っていた手持ちの色鉛筆を引っ張り出した。そして、目立つ色で【名前】と【登録魔獣】をしっかりと力強く書き込んだ。
【ジョニー 参加魔獣:《ホメ猫》】
「――よし、これでバッチリだ」
次の登録者が、インク切れのペンで我と同じように困ったら気の毒なので、我はそっと自分の色鉛筆を一本、掲示板の棚に置いておくという、■■人らしいささやかな優しさを発揮してその場を後にした。
掲示板からさらに歩くこと10分と少々。いや、迷わずに歩けば数分と言った方が正しい言い方かもしれない。人ごみの激しいメインストリートを避け、極力人がまばらな裏道を通って、目的の園芸屋へと向かう。裏道は静かで、時折小さな屋台などがちらほらと見かけられ、独特の情緒があった。
我はというか、目的地である見覚えのある看板の前に立ち、
《イーゲル園芸》の木製の戸をトントンと叩いた。
「らっしゃいませー! あ、この前のご新規の方アルねー! youのヤサイ作りは順調アルかー?」
園芸屋の扉を開けると、チリーンと涼やかな入店の鈴の音が響く。それと同時に、独特の変わった口調の女店主、ツー・シンユェが満面の笑みで出迎えてくれた。
「こんにちは、シンユェさん。今日は、とある『大きな構造物』を作るための資材を買いに来たんです。それで、これらの特殊な資材がこのお店で取り扱っているかどうか、確認したくて」
我はカウンターの前まで進むと、先ほどメモ帳に書き殴った《ハウス》の材料リストを、彼女の前に差し出した。
シンフェは、まるで見たこともない珍品を見るかのような目で、メモの文字列をじっと凝視した。しばらく「うーん」と唸りながら考え込んでいたが、やがて難しい顔つきになり、眉をひそめて口を開いた。
「youが何を作るかは細かく問わないアルけど……この『農ポリ』とかいう謎の物以外なら、似たような代替品の建材で良ければ、うちの倉庫に一通り揃っているアルよ~。ただ……you、これだけの量を一気に買うなんて、本当にお金あるアルかー? これ、めちゃくちゃお高いよー」
彼女はすらすらとソロバンを弾き、紙切れにざっと書いた見積書をこちらに提示してきた。
そこにあった金額を見て、我の目玉が飛び出しかけた。最低でも「金貨5枚」も必要となっているのだ。資金的に、宿屋から前借りした程度の小銭では、到底爪の先ほども払えそうにない。あまりの現実の厳しさに目眩がする。
――だが、ふと、先ほどの掲示板の記憶が脳裏に滑り込んできた。
ないものは、これから稼げばいいだけのことだ。5日後に開催されるあの魔獣コロシアムに優勝すれば、金貨30枚という大金が懐に舞い込んでくる。その金額があれば、資材代の金貨5枚など余裕で支払ってお釣りがくる。その最高のチャンス――、プロの農家として、掴み取るしかないだろうよ。
「分かりました。では、五日後にまたまとまったお金を持って買いに来ますね。魔獣コロシアム大会の優勝賞金で、ドンと一括で払いますよ」
我が自信満々に不敵な笑みを浮かべると、シンユェは驚いたように目を丸くし、呆れたように両手を広げた。
「おやおや、youはそんなにイケてる強い魔獣を持ってらっしゃるのでアルねー。でもでも、あの大会を舐めるのは本当によくないアルよー。出場するのは街中のバケモノぞろいアル。ちなみに、前回の大会の優勝者は、対戦相手の魔獣ごと一撃でバクリと食ってしまった、大食いの巨大ワニだったあるよ……」
「……巨大ワニ、ですか」
「そうアル。超危険アルよ!」
「ご忠告、わざわざどうも。あ、それとは別に、今日は今すぐ買える手頃な『ポリ鉢』を幾つか買いに来たんです」
【ポリ鉢】とは何か?
正式名称はポリエステル鉢。現代■■の園芸コーナーなどで、野菜や花の苗が植えられた状態で売られている、あの黒くて柔らかいプラスチック製の小さな鉢のことである。これがあれば、種を畑に直接蒔くのではなく、手元で安全に苗まで育てる「育苗」ができるのだ。
「ポリ鉢アルね!息ならすぐ出すアルよ。10個で銅貨3枚アルよー」
「よし、それでおねがいします」
我は財布からなけなしの銅貨3枚を手渡し、黒いポリ鉢の束を受け取ると、丁寧にお礼を言って園芸屋を後にした。
腕に抱えたポリ鉢を見つめながら、シンユェの言葉が頭の中でリフレインする。
対戦相手ごと食い尽くす大食い巨大ワニ。
想像するだけで、まさに言葉通りの圧倒的なバケモノだ。今のままの戦力では、いくら影のチート魔獣いや、力負けする可能性もある。
5日後の大会に向けて、裏世界(現実世界)の公衆電話のポイントを使い、《ホメ猫》のステータスを本格的に底上げすることを、真剣に考えなければいけないかもしれない。
我はポリ鉢を抱きしめ、迫り来る決戦の日を睨みつけながら、再び畑への道を歩き出した。
つづく




