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無能と蔑まれた装備職人、実は【動物行動心理学】の天才でした〜天災と呼ばれるドラゴンを現代知識でしつけたら、ただの角が生えた犬になりました〜  作者: マーゴン
⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎勉強編

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第47話:才能という名の絶対絶望

冷たい魔力水晶の表面には、ただジャンの泥に汚れた小さな手が映り込んでいるだけだった。

「……次。魔力反応なし。不合格」

大理石の壇上に、検査官の抑揚のない声が響き渡る。

数秒前までジャンの顔に張り付いていた引き攣ったような笑みは、完全に凍りついていた。

「う、うそだろ……? なぁ、もう一回! ちゃんと触ってなかったからかもしれない! もう一回だけやらせてくれよ!」

「見苦しいぞ。下がれ」

すがりつこうとするジャンを、ギルドの屈強な職員が容赦無く乱暴に引き剥がす。

床に放り出されたジャンは、擦りむいた掌を見ることもなく、ただうつろな目で沈黙した水晶を見つめていた。

「次。……不合格だ。才能なし」

「次。……魔力反応なし」

ニコが、リオが、次々と残酷な宣告を受けていく。

彼らの目に宿っていた熱が、一つ、また一つと確実に消灯していく。

息を詰めて見守る広場の群衆からは、同情すら起きない。

それが、この世界の絶対的な常識だからだ。

「……アニータ」

ザックが震える声で呼ぶ。

先ほど見事な機転でグリフォンの気を逸らしたアニータもまた、水晶の前で立ち尽くしていた。

彼女の細い手が乗せられた水晶は、氷のように冷たく、一切の反応を示さない。

「不合格だ。とっとと退け」

虫を払うような検査官の手振り。

アニータは俯き、自分の胸をギュッと抱きしめたまま、無言でザックの横を通り過ぎた。

その肩が、微かに震えている。

足元に落ちた水滴が、乾いた石畳に黒い染みを作った。

(頼む。俺だけでも。俺だけでも受かって、みんなを……!)

最後に順番が回ってきたザックは、祈るように両手を水晶に押し当てた。

だが、十秒が経過しても、二十秒が経過しても――水晶は沈黙を貫いた。

「才能なし。次、ロラン=ヴォルグ」

無慈悲な宣告。

ザックの全身から力が抜け、視界がぐにゃりと歪んだ。

終わったのだ。

スラムから抜け出す夢は、今この瞬間に完全に絶たれた。

絶望に打ちひしがれ、足を引きずるように壇上を降りる孤児たち。

それと入れ替わるように、ロランが優雅な足取りで階段を上ってきた。

すれ違いざま、彼はザックに向かって鼻で笑う。

ロランが水晶に手をかざすと、これまで沈黙していた水晶の奥底から、ぼんやりとした赤い光が脈動を始めた。

決して強い光ではなかった。

しかし、それは確かな「魔力」の証明であった。

「おお……! 微弱ではありますが、確かにドミネイトの適性あり! 合格です!」

検査官が揉み手をしてすり寄る。

ロランは当然だと言わんばかりに顎を上げると、くるりと踵を返し、絶望の底に沈むザックたちを見下ろした。

(俺は選ばれたんだ。ドミネイトの才能がある、誇り高きテイマーとして!)

合格の事実が、彼の傲慢を肥大化させる。

彼は先ほどデモンストレーションで大人しくさせられたグリフォンの檻の前に歩み寄った。訓練も受けておらず、杖すら持っていない彼は、ただ「合格した」という事実だけを盾に、己の血筋を誇示しようとした。

「貴様ら、見ろ。俺は選ばれた。この獣も、俺の気配に平伏するはずだ」

彼は合格の証であるギルドの紋章をこれ見よがしに掲げると、威嚇するようにグリフォンの鼻先へ手を突き出し、訓練もしていない拙い魔力を無理やり絞り出した。

それは、ドミネイトと呼ぶにはあまりに脆弱で、不安定な波形だった。

『服従しろ!』

――しかし、何も起きない。

グリフォンは微動だにせず、鋭い眼光でロランを見下ろしている。

強力な魔獣にとって、ロランの放った薄弱な魔力は、羽虫が纏わりつく程度の不快感にも満たなかったのだ。

「あれ? ……おい、服従しろと言っているだろう!?」

ロランの額に脂汗が浮かぶ。

周囲の貴族たちや市民から、「まだ何も習っていないんだから当たり前だ」「無茶をするな」というひそひそ話が聞こえ始める。

その嘲笑を「グリフォンが自分を侮っている」と錯覚したロランは、焦燥から逆上し、手近にあった木の棒を掴んでグリフォンの嘴を叩いた。

「調子に乗るな、畜生めぇっ!!」

バチンッ!

その一撃が、先ほど香辛料で鎮められたばかりのグリフォンの神経を、再び逆撫でした。

「キュエェエエエエエッ!!」

空気を切り裂く咆哮。

ドミネイトも効かない、かといって服従もできない。

そんな中途半端な小僧の暴力に、誇り高き魔獣が本能的な殺意を爆発させる。

「ひぃっ!?」

ロランは腰を抜かし、尻餅をついて後ずさる。

先ほどの「合格の気高さ」は消え去り、そこにはただの無能な小僧が残されていた。

「危ねえっ!」

ザックが咄嗟にロランを掴んで引っ張り檻から引き離す。

職員たちが再びグリフォンを大人しくさせるまでの間、ロランは恐怖で震えながら、無様に地べたを這い回るしかなかった。

「……さわ、触るな泥ネズミィッ!!」

職員たちに保護され、汚名を隠すように立ち上がったロランは、顔を真っ赤にして叫んだ。

デモンストレーションの再現すらできず、小僧の未熟さを曝け出した恥辱。

その屈辱を隠すため、彼はより一層歪んだ言葉で叫ぶしかなかった。

「魔法を持たない貴様らは、この獣と何一つ変わらない。意志を持つ必要すらない、無能な家畜だ」

彼の言葉には、ドミネイトを使う訓練すら受けていない己の未熟さへの隠れた焦りが混じっていた。

「一生、泥水をすすって這いつくばって生きろ。お前らのような底辺が、俺たち選ばれた人間に追いつくことなど、永遠にないのだからな!」

嘲笑の渦。

ザックは、血が滲むほど強く両拳を握りしめていた。

『才能』がないという絶対的な壁。

そして、その『才能』を持っていながら、ただ威張るだけで何の役にも立たない特権階級の醜さ。

何もできない。

助けに入ることも、彼らの痛みを代わってやることもできない。

理不尽な世界に対する圧倒的な無力感と、特権階級に対する静かな、しかし確かな「怒り」が、孤児たちの胸の奥底に重く、黒く降り積もっていく。

これが、彼らの出発点。

世界の理不尽に打ちのめされた、最も暗く、冷たい絶望の日。

しかし、底辺まで落ちきったからこそ、彼らは気づくことになる。

暴力的な魔法に頼る特権階級の足元が、いかに脆く、歪な砂上の楼閣であるかに。

泥にまみれた彼らが、一人の青年と出会い、世界を根底から覆すための「知恵」という最強の武器を手にする日は、もうすぐそこまで迫っていた。



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