第46話 : 適正試験開幕
抜けるような青空の下、グランバザールの中央に位置する『時計台広場』は、年に一度の異様な熱気に包まれていた。
普段は青空市場として賑わうこの場所が、今日ばかりはテイマーズギルドが主催する「テイマー適性検査」の特設会場へと様変わりしている。
ギルドにとって、この適性検査は単なる才能の発掘に留まらない。
大勢の一般市民や商人たちが見守る公開形式で開催することで、「魔獣を従えるテイマーの偉大さ」を大々的に宣伝する重要なデモンストレーションの場でもあった。
広場の中央に設けられた石造りの壇上には、魔力測定用の巨大な水晶が鈍い輝きを放っている。
その周囲を囲むように、テイマーに憧れる百人規模の若者たちが、緊張した面持ちで長蛇の列を作っていた。
「……すっげぇ人だな。ルカのやつ、ちゃんと見えてるか?」
列の最後尾近く。
十四歳になるザックが、擦り切れた麻布のシャツの袖をまくり上げながら、背伸びをして群衆を見渡した。
「あそこにいるよ。ほら、時計台の柱の影」
アニータが指差した先には、いつもの泥と煤にまみれたサイズの合わない古いチュニックを着たルカの姿があった。
隣にはお気に入りの水玉レッグウォーマーをつけた相棒の中型魔道犬バディがぴたりと寄り添い、祈るような、それでいてどこか羨望の混じった真っ直ぐな瞳でこちらを見つめている。ただ一人の友人として、いつものスラムの格好で応援に来ることしかできなかったのだ。
「私たちも、絶対に受かってみせる……!」
アニータが、己の胸の前で両手を強く握りしめた。
その後ろでは、ジャン、ニコ、リオの三人が、落ち着きなく周囲の貴族や豪商の子弟たちを盗み見ては、己の薄汚れた靴先を隠すように足をすくめていた。
力、金、労働力、そして自由。
スラムの底辺から這い上がるための蜘蛛の糸が、目の前にある。
やがて、豪奢なローブを纏った初老の検査官が壇上に進み出ると、広場を埋め尽していたざわめきがピタリと止んだ。
検査官は、威厳に満ちた声で集まった受験者たち、そして見物する市民たちに向けて口を開いた。
「まずは諸君らの参加の意思に、私たちは心より感謝する。テイマーズギルドは常に人手が不足しており、広く人材を探している。本日がダメでも、来年に向けてよければ、諸君らの身近な人たちにこの試験の事を広く伝えていって欲しいと願う」
それは、ギルドの宣伝を兼ねた流暢な挨拶だった。
だが、検査官の表情がふっと冷徹なものに変わる。
「試験に来てくれた全員のために、あらかじめ伝えておく。無情な話だが、ドミネイトを発現できるのは毎年の統計では約百人に一人。残りの九十九人は『才能なし』として不合格にするしかない」
広場に、重く冷たい空気が落ちた。
魔法至上主義の、残酷な現実。
「更に、その中からドミネイト以外の魔法に素養がある者は十人に一人程度しか見つからないのだ。ルクレツィア様のように多種類の魔術に適性のある人間は、もはや国宝とも呼べるような確率しか存在しておらず、存命なのは彼女たったの一人だ」
ルクレツィア。
帝国最高の宮廷魔術師の名に、群衆から感嘆の溜め息が漏れる。
「もし不合格になってしまったとしても、気落ちする事のないようにして欲しい。だがしかし、もしドミネイト以外の魔法の素養が見つかった場合にはテイマーズギルドとしては損をするが、私たちは隠さず受験者に伝え、有料にはなってしまうが、検査結果をもって魔術学校への紹介状を書く事も約束しよう。……では、諸君らが目指すテイマーの力がいかなるものか、まずはデモンストレーションをご覧いただこう!」
検査官が杖を振り下ろすと同時に、広場の端に置かれていた巨大な鉄檻の幕が引き下ろされた。
中から現れたのは、鷲の上半身と獅子の下半身を持つ大型の魔獣――グリフォンだ。
鋭い嘴と強靭な鉤爪を持つ誇り高き獣は、拘束具を軋ませて威嚇の声を上げた。
そこへ熟練のギルドテイマーが進み出ると、杖を掲げて魔力を練り上げる。
「『服従』!」
不可視の重圧がグリフォンを襲った。
痛覚麻痺と強制的な脳への負荷に、あれほど荒ぶっていた獣の瞳からスッと光が消え、まるで糸の切れた操り人形のように力なくその場に平伏した。
「おおぉっ……!」
絶対的な魔法の力に、群衆から割れんばかりの歓声と拍手が沸き起こる。
「フン。平民どもめ、無駄な夢を見るな」
歓声の中、待機列の脇から耳障りな冷笑が響いた。
最高級のベルベットの仕立て服を着こなしたヴォルグ家の御曹司、ロランだ。
彼は手にした短い鞭を弄びながら、列を乱して前へと進み出た。
「見ているがいい。わざわざ魔法など使わずとも、選ばれた貴族である俺が睨めば、獣など勝手に平伏するものだ」
ロランはテイマーを押し退けるようにして、平伏しているグリフォンの前へ歩み寄った。
実家で魔獣が虐げられる姿ばかりを見てきた彼は、ドミネイトの力ではなく「己の血筋」に獣が怯えているのだと完全に勘違いしていた。
彼は傲慢な笑みを浮かべ、無防備なグリフォンの鋭い嘴を、手にした鞭で思い切り叩きつけた。
バチンッ!という鋭い音が広場に響く。
――それが、致命的な引き金だった。
不快な物理刺激と鋭い痛み。
魔法の支配下で抑圧されていた極限のストレスに、ロランの「悪意」という最後の一滴が注ぎ込まれた瞬間、ドミネイトの縛りが弾け飛んだ。
「キュエェエエエエエッ!!」
空気を切り裂くような甲高い咆哮。
怒り狂ったグリフォンが跳ね起き、強靭な前脚がロランの頭上から振り下ろされた。
「ひぃっ!?」
本能的な恐怖に直面したロランは、無様に尻餅をついて腰を抜かし、黄色い悲鳴を上げた。
「危ねえっ!」
咄嗟に動いたのはザックだった。
野良魔獣の恐ろしさを知る彼は、仲間を庇い、ロランと魔獣の間に割って入ろうとする。
だが、鋭い鉤爪を素手で防げるはずもない。
(やられる――!)
ザックが腕を交差させて目を閉じた瞬間。
「ザック、どいて!」
アニータの鋭い声と共に、茶色い粉末の入った麻袋がグリフォンの顔面に向かって投げつけられた。
パーンッ! と弾けたそれは、スラムで腐りかけの肉の臭み消しに使われる、刺激の強い安物の香辛料だった。
「ギャウッ!? クシュンッ! クエェ……」
鋭敏な嗅覚と粘膜を直接焼かれたグリフォンが、たまらず鉤爪を振り下ろすのをやめ、顔を振って後退する。
パニック状態に陥った脳に「強烈な匂い」という新たな情報が叩き込まれたことで、ロランへの闘争本能が強制的に逸らされたのだ。
魔獣がくしゃみをして隙を見せた瞬間に、慌てて駆けつけたギルド職員たちが再びドミネイトを重ね掛けし、グリフォンを完全に拘束し直した。
魔法など一切使っていない。ただ過酷な環境を生き抜いてきたスラムの子供の知恵であった。
「……おい、大丈夫か?」
ザックが息を吐き出し、へたり込んでいるロランに手を差し伸べる。
だが、ロランの顔は、安堵ではなく、屈辱と激しい怒りで真っ赤に染まりきっていた。
「さわ、触るな泥ネズミィッ!!」
バシンッ! と、ザックの手を力任せに払い除ける。
大勢の市民が見守る中で尻餅をつき、あろうことか見下していたスラムの孤児に助けられた。
その事実は、彼の傲慢なプライドを粉々に打ち砕くのに十分すぎた。
「貴様ら、俺に恥をかかせるために罠を張ったな!? 泥ネズミが俺を助けるなどあっていいものか!」
失笑を漏らす群衆の声に耐えきれず、ロランは血走った目でザックたちを睨みつけ、歪んだ逆恨みの言葉を喚き散らした。
理不尽な怒声が響く中、壇上の検査官が重々しく杖を突いた。
「騒ぎはそこまでだ。これより、適性検査を開始する! 最初の者、前へ!」
広場を支配していた緊迫感が、一気に「選別」の冷たい空気へと切り替わる。
名前を呼ばれた一番手のジャンが、震える足取りで壇上へと進み出た。
スラムの子供たちの未来を決める、残酷な審判の時。
時計台の柱の影から見守るルカが、祈るように両手を握りしめる中、ジャンは冷たい魔力水晶へと、その小さな手をゆっくりとかざした――。
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