第42話 : マスコット化計画の結末
翌朝。レオンが散歩の準備をしていると、クロが自ら『マルチフィットサスペンションキャリア』の前に陣取り、床を叩き割らんばかりの勢いで尻尾を振っていた。
「早く小さな荷台を後ろに付けて!」と言わんばかりに、黒曜石のような瞳をキラキラと輝かせている。
「わかった、わかったよクロ。お前、すっかり給仕の仕事が気に入ったんだな」
レオンは優しく微笑み、クロの首元を撫でながら特注のハーネスを手早く装着してやった。
「よし、それじゃあ積荷をもらいに行こうか」
「バフッ!」
クロが意気揚々と向かう先は、ガストン商会の中庭だ。 そこでは、中部物流を支配する大商人と、国家最高監査局の監査官が、血走った目で彼らを待ち構えていた。
「おおっ! 来たぞシルヴィア君! 今日のクロちゃんも宇宙一可愛いな!」
「ええ、完璧ですわ! さあクロちゃん、こちらへ! 今日は新作をご用意しましたのよ!」
クロが嬉々として荷台を引き、自分たちの元へ積荷を貰いに来る。その愛らしい姿を見たガストンとシルヴィアは、完全にメロメロになり、大暴走を開始していた。
二人が用意した積荷を見て、レオンは呆れ果てて額を押さえた。
「……お二人とも。いくらなんでも、これは多すぎませんか?」
レオンが指差した先には、極上のスイーツや高級肉だけでなく、なんとクロの顔を模した『クロちゃんパン』や、骨の形をした『クロちゃんクッキー』が山のように積まれていたのだ。
「ふはは! 金に物を言わせて街のパン屋に特注したのだ! 街の経済も回って一石二鳥だろう!」
「監査局の経費ではなく私のポケットマネーですから、法的にも何の問題もありませんわ!」
完全に趣味を全開にした狂信者二人の前では、論理的な説得など無意味だった。
2人の用意する積荷の量は日に日に増殖し、とうとうクロの小さな荷台だけでは到底持ちきれない量になってしまった。
「仕方ないですね……」
レオンは深いため息をつき、かつて勇者パーティで荷物持ちをしていた頃の『巨大なカバン』を久々に引っ張り出した。
結果、レオンはカバンいっぱいに積荷を入れた「補充係」として、クロの後ろを歩かされる羽目になったのである。
準備を整え、いざ街へ。
詰め所の衛兵たちに美味しいパンとクッキーを配り終えても、積荷はまだ大量に余っていた。
するとクロは、すれ違う街行く人々にも勝手に近寄り、愛想を振りまきながら差し入れを配り歩き始めたのだ。
「わぁ! 可愛いワンちゃんがパンをくれたわ!」
「ありがとうな、クロちゃん!」
市民たちは魔竜防衛戦に参加しておらず、クロへの恐怖心を一切抱いていない。
さらに、ルカやトトがスラムや商人の間で「賢くて優しい給仕犬」という噂を広めてくれていた効果も絶大だった。
市民たちは抵抗なく笑顔で差し入れを受け取り、クロの頭を撫でて大歓迎した。
クロもまた、「人間から向けられる純粋な親愛」を全身で浴び、喉の奥で嬉しそうにグルグルと音を鳴らしていた。
だが、この大盤振る舞いが毎日行われた結果――街の物流は一時的に麻痺した。
オープニングセレモニー開催から一ヶ月後。
「クロちゃんが来るぞー!」
という歓声と共に、行く先々で市民が群がり、大混乱を引き起こす事態となってしまったのだ。
「レオン殿……クロの働きには心から感謝している。だが、人が集まりすぎて馬車が通れんのだ!」
見かねたバルド衛兵長から防犯上の観点で諭され、さすがのガストンとシルヴィアも頭を下げた。
協議の結果、給仕犬の活動は毎日の散歩のついでではなく、月に一度、一日をかけてスラムも含めて街全体を一周する『お楽しみ一大イベント』として再編成されることになった。
その後日談である。
イベントの日以外でも、クロは散歩のたびに『空の荷台』をカラカラと引いて歩くようになった。
街行く人に愛想を振り撒くクロに対し、今度は市民たちが動いた。
「ほら、クロちゃん。いつもありがとうね」
街の肉屋のおかみさんが、空の荷台にポンッとソーセージを置いてくれる。
「これ、俺のおやつのお裾分け!」
走ってきた子供が、荷台にキャンディを一つ置いていく。
クロが街を一周して帰ってくる頃には、空だった荷台に、街の人々からの「優しさ」がいっぱいに積まれているのだった。
ガストンとシルヴィアの権力を使った懸命な頑張り、衛兵たちの歩み寄り、そしてこのイベント化によって、魔獣のマスコット化は完璧な大成功を収めた。
恐怖から人間不信気味になっていたクロの心は完全に癒やされ、以前よりもずっと明るく、力強く尻尾を振るようになっていた。
そして、この成功は街に別の大きな波及効果をもたらした。
街で最も有名な魔獣であるクロが、楽しそうに「憩いの広場」のアスレチックで遊ぶ姿を見たテイマーたちが、「魔獣のストレス発散のために、憩いの広場で遊ばせる」という行動を爆発的に模倣し始めたのだ。
ドミネイトなしの使役にはまだ遠いが、魔獣を「道具」ではなく「労わるべき対象」として扱う文化が、この街に確実に芽生え始めていた。
一匹の犬の笑顔が、人々の心を動かし、街の常識を少しずつ変えていく。
グランバザールの街が、そんな温かい平和と人々の笑顔に包まれていた、その頃。 かつて彼らを「無能」と見下し、雪山に捨てた特権階級の者たちは、それとは対極にある息の詰まるような泥濘の底へと転がり落ちていた。
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