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無能と蔑まれた装備職人、実は【動物行動心理学】の天才でした〜天災と呼ばれるドラゴンを現代知識でしつけたら、ただの角が生えた犬になりました〜  作者: マーゴン
⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎勉強編

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第41話 : じわじわと溶ける恐怖〜給仕犬クロの初仕事〜

お祭り騒ぎの熱狂に包まれたセレモニーの裏側で、シルヴィアによる緻密な「情報戦」はすでに火蓋を切っていた。

「クロちゃんが黒竜であることは、絶対に秘匿しなさい。私たちが広めるのは、あくまで『賢くて優しい給仕犬のクロ』という存在だけよ」

夜の事務所で、シルヴィアはルカとトトに鋭い視線で指示を飛ばす。

「了解だ! 俺は広場の連中やスラムの大人たちに、クロのすっげえ賢いところを話して回るよ!」

「俺は行商の得意先だな。荷運びのついでに、奥様連中に『可愛くてお洒落な給仕犬』の噂を流し込んどくぜ」

ルカはスラムのネットワークを、トトは商人としての確かな人脈を駆使し、クロの無害で愛らしい噂をじわじわと街中の人々の意識に刷り込んでいく。

周囲の環境が整えられていく中、いよいよレオンの出番が来た。

見返りを求めず奔走してくれるガストンやシルヴィアの熱意に応えるため、レオンは前世の研究者時代に培った【動物行動心理学】の思考モードへと切り替わる。

(衛兵の皆さんは、クロと『仲良くしたい』という善意を持ってくれている。だが、いざ近づけば本能的な『恐怖』が勝ってしまう……なら、距離と時間で段階的に心をほぐすしかありませんね)

レオンが導き出した施策。

それは、衛兵たちの恐怖心を根本から治療する「系統的脱感作法」と「拮抗条件づけ」の実践だった。

『憩いの広場のオープニングセレモニーで行った給仕作業をクロが気に入った』という建前の設定を作り、毎日の散歩コースに衛兵の詰め所を追加する「差し入れ作戦」が始まった。

作戦初日。

衛兵の詰め所前。 「クロ、ステイ」 レオンは、ファーストコンタクトの時点から熟考し、シアンブルーに大きな白い水玉模様のフード付きセーラーベストを着たクロを詰め所からあえて少し離れた場所で待機させた。

荷台を引いたまま、クロはおとなしくお座りをして尻尾を振っている。 無理に近づかず、「差し入れを受け取ってくれるのを待つ」という絶対的な安全圏の提示だった。

詰め所の空気が張り詰める。衛兵たちはクロを見つめながら、一歩が踏み出せない。

沈黙の中、最初に動いたのは老衛兵のダンだった。 彼の脳裏には、広場で孫が一緒に遊んでもらった、クロの健気で優しい姿が焼き付いている。

(あの子は、恐ろしい獣なんかじゃない……!)

ダンはゴクリと喉を鳴らし、足のすくみを堪えながら、震える一歩を踏み出した。

「……よしよし、偉いな」

かすれた声で呟きながら、ダンは互いの妥協点である「安全な距離(荷台の端)」に立ち止まった。そして、クロと目を合わせないようにしながらも、そっと荷台から冷えたジュースを受け取ったのだ。

クロが嬉しそうに「ハフッ」と鳴き、ダンもまた、震える口元に微かな笑みを浮かべた。

それから数日後。 クロが常に「安全な距離」を保つことと、勤務中でも口にできる美味しいお菓子やジュースという「差し入れ」の絶対的なメリット(拮抗条件づけ)が、ついに超食いしん坊ゴードンの生理的な怯えを上回った。

「へへっ……隊長、俺も一個もらってきます!」

ゴードンは強張った顔を崩し、満面の笑みで荷台に近づくと、クッキーをひったくるように取って美味そうに頬張った。

そのコミカルな姿に、詰め所の衛兵たちからドッと安堵の笑い声が漏れる。

「好意を持ったまま接することができる安全な接触」

その小さな積み重ねが、数週間かけて衛兵たちの心を溶かしていった。

そして、ある日の夕暮れ。

若手衛兵のルイスが、詰め所の前にやってきたクロのもとへ、迷いのない足取りで歩み寄った。

彼はもはや荷台の端で立ち止まることはなかった。

自らクロの目の前まで距離を詰め、その漆黒の頭にそっと手を伸ばした。

「いつも、ありがとうな。クロ」

ルイスは、魔竜防衛戦のトラウマの壁をついに打ち破り、クロの耳の裏を優しく、そして力強く撫でたのだ。

「バフッ!」 クロが目を細めてルイスの手にすり寄る。

その光景を、詰め所の奥から腕組みをして見守っていたバルド衛兵長が、ふっと口角を上げて柔らかな視線を向けていた。

(……成功ですね) 少し離れた場所から見守っていたレオンは、小さく息を吐き出した。

衛兵たちの目から、あの「抗えない死の恐怖」は完全に消え去っていた。

そこにあるのは、クロに対する本物の「親愛の笑顔」だけだ。

そして、その変化を誰よりも敏感に感じ取っていたのは、他ならぬクロ自身だった。

「自分が少し離れて待つだけで、みんなが笑顔になってくれる」

その事実に気づいた天災は、この『給仕犬』という役割を心の底から気に入り始めていた。

翌朝。

レオンが散歩の準備をしようと玄関に向かうと、そこには信じられない光景が広がっていた。

クロが自ら、マルチフィットサスペンションキャリアの前に陣取り、「早く小さな荷台を後ろに付けて!」と、床が抜けるほどの勢いで尻尾を振ってせがんでいたのである。


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