第4話:世界の果てで、『お座り』を
ここから毎日頑張っていきます。
ひとまず20:00に予約投稿を設定していますが、正解がわかりません。
レオンは雪原の上にテントを張り、大きいカバンから取り出した円筒形の比較的安価な魔道具『パッとスタンド』のボタンを押すと、魔力によって軽量かつ頑丈な木目調の作業テーブルが「パッと」展開された。
簡素だけど便利で、職人から行商人まで誰もが持っているベストセラーであり、レオンも出先でのミシン作業や打ち合わせに愛用しているものだ。
その上に二十キロの鋳鉄製ミシン『ウルフマークⅠ』を据え置いた。
ドン、と重厚な金属音が響く。
この大断絶山脈には、人間程度の小さな魔力であればその魔力を強制凍結させる天然の結界が張られている。
アルベールたちテイマーがドミネイトを切られて自滅しないのは防魔の装備に守られているからだ。
しかし強制凍結はレオンには全く関係がない。
彼が持つのは魔力ではなく、前世から今までで得てきた科学と衣服設計のノウハウが、独自の解釈によって融合した純粋なロジックだ。
彼はクロの首の太さ、胸骨の突出度合い、四肢の可動域を、メジャーで測り完璧に把握した。
レオンは、この凍土の標高の高い所にしか生息しない極寒蜘蛛から採れる最高級の糸をミシンの針に通した。
そして、利き手となる右手でハンドルを回す。
カタカタカタカタ――!
吹き荒れる極寒の白夜に、極めて軽快な金属音が響き渡る。
ハンドルを回す右手の掌から、革の厚み、蜘蛛糸のテンション、針が繊維を突き破る瞬間の微小な抵抗を、レオンの脳へとダイレクトに伝達していく。
指先のタコと引き換えに研ぎ澄ましてきた職人の感覚。
僅か四時間後。
外がうっすら明るくなってきた頃に、クロの骨格可動域を一ミリも阻害しない、高密度格子縫いのチェック柄ドッグコート、寸分の狂いもなく身体のどこにも干渉しない真っ赤な革製の首輪とクロの漆黒の体毛と真っ赤な首輪に鮮やかに映える美しい白色のリードが完成した。
「クロ、おいで」
レオンが優しく呼びかけると、クロは感情に合わせてちぎれんばかりに左右に振られる愛らしい尻尾をプロペラのように回してトテトテと駆け寄り、自ら首輪へと頭を突っ込んだ。
着替えが済み、クロの丸い瞳は至福の色に染まっていた。
自らの体温を完全に内側に閉じ込める前世の科学の結晶に、魔力を纏った特殊な素材を組み合わせる事により、物理的に風と冷気を90%以上遮断。
マイナス三十度の地獄が、一瞬にして、王宮の暖炉の前にいることを錯覚するほどの快適さへと書き換えられたのだ。
「ハフッ!」
「クロ、お座り」
それは、黒竜がレオンの記憶から読み取った中で、唯一と言っていいほど鮮明に覚えている言葉であった。この流れの時は失敗しなければ必ずこの後は......。
――パチリ!
クリッカーを鳴らし、旨味を濃縮、熟成させた特製おやつが出てくる。クロが我慢出来ずに愛らしい尻尾をこれでもかと振って喜んだのを確認してから、レオンは改めて次の指示を出した。
「クロ、ヒール」
レオンが右手のリードを僅か一ミリ、手首の返しだけで引く。クロはその微細なリードワークからレオンの意図を完璧に察知し、レオンの左足側にぴったり寄り添って嬉しそうに歩き出した。
歩調は完全にシンクロしている。
長きにわたり人類を拒絶し続けた死の山脈が、ただの「快適なお散歩ルート」へと成り下がった瞬間だった。
一日の終わりに、レオンは頑張ったクロの肉体を労って、前足の付け根の筋肉を丁寧にマッサージしてあげた。クロは嬉しそうにレオンの顔を舐めるのだった。
補足説明
・ウルフマークⅠ
重量20kgを超える漆黒の鋳鉄製手回しミシン。
この世界にはまだミシンと言う技術はなく、通常は針と糸を使い手で縫製作業を行っているが、レオンは前世の記憶を元に装備技師として自分で作成した。
レオンの20年来の右手の相棒。完全な手回し式。鈍い銀色の針を使用している。革の厚みや糸のテンション、針が繊維を突き破る瞬間の微小な抵抗をダイレクトに指先に伝え、数ミリの狂いもない完璧な縫製を可能にする。




