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無能と蔑まれた装備職人、実は【動物行動心理学】の天才でした〜天災と呼ばれるドラゴンを現代知識でしつけたら、ただの角が生えた犬になりました〜  作者: マーゴン
⚪︎⚪︎⚪︎⚪︎勉強編

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38/61

第38話 : クロとレオンの憂鬱

本日から2章スタートです。

ここまで読んでくださり本当にありがとうございます。

この2章は気がつけば出来上がってしまった(笑)

最初に作った大筋になかった部分なのですが、予定調和でなかった分。

各キャラクターが生きているような気がして楽しんで今も書けています。

みんなにとってもそんな章になってくれたら嬉しいです!

魔竜アースドラゴンがグランバザールに襲来したあの日。

街を絶望の淵から救ったのは、間違いなくクロだった。狂乱状態の魔竜を退けるため、クロは己の正体である黒竜としての「全開の覇気」を放出したのだ。

その圧倒的な力は魔竜を大断絶山脈へ逃げ帰らせる決定打となったが、同時に、その場に居合わせた衛兵たちの心に、決して拭い去ることのできない「死の恐怖心」を深く深く植え付けてしまった。

雲一つない、あるよく晴れた休日の午後。 レオンは、帝都への出張前にシルヴィアからプレゼントされた「上質な仕立て屋の作業服」を身に纏い、シアンブルーに大きな白い水玉模様のフード付きセーラーベストを着たクロと共にグランバザールの石畳を歩いていた。

道行く人々は、街を救った「黒い犬」に感謝の視線を向けてくれる。

だが、誰もが一定の距離を保ち、触れようとはしなかった。

そんな中、通りを歩いてくる一組の親子の姿があった。 父親は、魔竜戦で最前線に対峙していた非番の衛兵だった。

彼と手を繋いで歩いていた三歳くらいの小さな男の子が、クロの姿を見るなり目を輝かせた。

「あ! わんわん! おおきいわんわんだ!」

子供は無邪気な声を上げ、父親の手を振り払ってクロへと駆け寄ってきた。 「ハフッ!」 クロは嬉しそうにパタパタと漆黒の尻尾を振り、挨拶をしようと低い姿勢で鼻先を寄せた。

だが、次の瞬間だった。

「ひっ……!」

衛兵の父親の喉から、空気が引き攣るような短い悲鳴が漏れた。

彼の脳裏に、あの日の光景が鮮烈にフラッシュバックしたのだ。

空を覆い尽くすほどの絶望的な魔力。

立っていることすら許されない、天災級の覇気。

「だ、だめだ……っ! くるな!!」

父親はガチガチと激しく奥歯を鳴らし、顔面を土気色に染めながら、子供の肩を乱暴なまでに強く引き寄せた。

そのまま子供を抱き抱え、怯えきった目でクロを見据えながら、弾かれたように後ずさる。 「えっ、パパ……? いたいよぉ」 父親の恐怖が伝染し、子供が泣き出しそうに顔を歪める。

衛兵はレオンに頭を下げる余裕すらなく、逃げるように路地裏へと姿を消した。

「……クゥン」

ピンと立っていたクロの尻尾が、力なくダラリと垂れ下がった。

大きな体をすくませ、レオンの足元に隠れるようにうずくまる。

その黒曜石のような瞳には、明らかな悲哀の色が浮かんでいた。 自分に善意があるのに、己の存在そのものが彼らを怖がらせてしまう。

それは、純粋な心を持つクロにとって、あまりにも残酷な現実だった。

「クロ……」

レオンは静かに膝をつき、クロの首筋を優しく撫でた。

(私には……どうすることもできないのか)

レオンは前世で「動物行動心理学」の先駆者たる研究者だった。

魔獣の心を解きほぐす術はいくらでも知っている。

しかし、人間の心に深く刻み込まれた「トラウマ」という複雑な感情を、即座に取り除く魔法は持ち合わせていなかったのだ。

自身にはどうする事も出来ず、誰かに相談する事すら出来ず、レオンはただ、微かに震えるクロの背中を無力感と共に撫で続けることしかできなかった。

* * *

しかし、そんなレオンとクロの沈み込んだ様子を、決して見逃さない者たちがいた。

ガストン商会のステーブル(魔獣宿舎)内にある、重厚なマホガニーの机が置かれたガストンの執務室。

そこは現在、「レオン様とクロちゃんの尊さを語り合う秘密のお茶会」の集会所と化していた。

会員は現在、たったの二名。中部物流を支配する大商人であるガストンと、国家監査局の監査官であるシルヴィアだ。

普段は街の経済と治安を牛耳る冷徹な大人の二人が、今日は高級な紅茶に手もつけず、まるでお通夜のようにひどく思い詰めた顔で向かい合っている。

「……レオン様が、ご自分の無力さに肩を落としておられました」

シルヴィアが、普段の凛としたエリート官僚の口調を崩し、胸を締め付けられるような悲痛な声で報告する。

「クロちゃんの尻尾も、完全に下がっていたな……。あの艶やかな毛並みも、心なしか元気がないように見えた」

ガストンもまた、両手で顔を覆いながら重々しく頷いた。

普段はどんな困難でも論理と知識で解決してしまう完璧なレオンが、初めて見せた対人スキルへの苦手意識と、深い苦悩。

それに気がついた二人の胸中で、彼らへの狂信的な愛が大爆発を起こしていた。

「このままではいかん。我らが救世主の尊い笑顔が曇ったままで、何が世界の物流だ!」

「ええ。監査局の規定よりも、あの素晴らしい主従の心の平穏の方が、国家にとって最優先事項ですわ!」

二人は静かに頷き合うと、バンッ!と同時に力強くテーブルを叩き、立ち上がった。

「我々の権力と財力のすべてを懸けて、あの尊い笑顔を取り戻すぞ!」

大の大人が、極めて真面目に、そして狂気的に決意を固めた瞬間だった。

レオンとクロを救うため、二人は持てる全てを駆使して、ある巨大な施策を練り始める。

ターゲットは、およそ一ヶ月後に控えた「憩いの広場」のオープニングセレモニー。

国家の権力と莫大な財力が、たった一匹の犬の笑顔を取り戻すためだけに、今、静かに、そして苛烈に動き出そうとしていた。


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