第31話:環境エンリッチメント
量産工房が本格始動した矢先、ガストン商会を別のトラブルが襲った。
商会が管理する巨大な麦芽倉庫に、ネズミ型の害獣が大量発生し、高価な原材料が食い荒らされる被害が出たのだ。
「ええい、忌々しい害獣どもめ! 冒険者ギルドから魔法使いを雇って強力な広域駆除魔法を放つか、魔道猫を大量にドミネイトして強制労働させるしかないか……」
頭を抱えるガストンに対し、報告を聞いたレオンは静かに待ったをかけた。
「ガストン会長、どちらも悪手です。魔法での広域駆除は残った麦芽に魔力の残滓が付き、商品の価値を落とします。また、魔道猫をドミネイトして強制労働させれば、魔獣のストレスで、すぐに狩りの効率が落ちてしまいます。彼らの『野生の習性』を利用しましょう」
「習性を利用する、とは?」
レオンは工房から端切れの木材や綿麻紐を大量に持ち出し、倉庫へと向かった。
そして数時間後、倉庫内の各所に、猫型魔獣が本能的に好む「巨大なキャットタワー」や「麻紐の爪とぎ」、そして薄暗い「隠れ家」を次々と組み立てて設置したのだ。
これこそが、前世の現代科学における『環境エンリッチメント(飼育環境の充実化)』である。
「これで準備は完了です。あとは少しだけ、入り口に彼らの好む香りを漂わせておきましょう」
結果は、翌日には劇的な形で現れた。
居心地の良いアスレチックと隠れ家の存在を聞きつけた街の野良の魔道猫たちが、自ら喜んで倉庫内に住み着いたのだ。
彼らにとって、この倉庫は最高の遊び場だった。
入り組んだ麦芽の袋の間から飛び出し、ネズミを狩るのはただの「楽しい遊び」に過ぎない。
ドミネイトの強制力など一切ない。
ただ報酬(快適な家と遊び)を得て、自発的な「倉庫の守り神」となった猫たちは、瞬く間にネズミを全滅させてしまった。
「信じられん……。一銭の魔力コストもかけず、しかも猫たちは幸せそうに喉を鳴らしている。レオン殿の叡智は、まさに底なしだ……!」
ガストンは、キャットタワーの上で丸くなる猫たちを見上げながら、レオンの神がかり的な手腕に再び深く平伏するのだった。
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