第29話:マイスターギルドの職人たち
グリフォンの一件でガラルド帝都の一部に強烈なインパクトを残したレオンは、その足でついにガラルド帝都のマイスターギルドの重厚な門を叩いた。
ギルドの奥、広大な工房には、帝国中から集まった最高峰の革職人たちが並んでいた。
彼らは魔法式の上級装備しか認めない、偏屈でプライドの高いプロフェッショナルたちだ。
レオンが広げた『マルチフィットサスペンションキャリア』の図面を一瞥した老マイスターは、鼻で笑ってそれを突き返した。
「魔力も込められていない、ただの革と紐の組み合わせだと? 冗談ではない。こんなおもちゃが、ガラルド帝都の激しい物流に耐えうるものか。帰れ、若造」
しかし、レオンは意に介さず静かに微笑んだ。
「では、実演で証明させていただきましょう」
レオンは出先用の円筒形魔道具『パッとスタンド』を起動し、木目調の作業テーブルを展開した。その上に、ガストンから提供された上質なミスリル合金ギアで組み上げた手回し式のミシン『ウルフマークⅡ』を、ドンと重厚な音を立てて設置する。
その傍らでは、合流したクロが一切の無駄な動きを見せず、完璧な待機姿勢でお座りし、レオンの作業スペースを周囲から守るように確保していた。
「硬質魔獣革を一枚、お借りします」
レオンは受け取った分厚い革をミシンにセットし、右手でハンドルを握った。
カタカタカタカタ――!!
工房内に、ウルフマークⅡの極めて静かで、かつ驚異的な速度の駆動音が響き渡った。
レオンは魔法を一切使わない。
前世の人間工学に基づくなめしの知識と、繊維の引張強度を1.5倍に跳ね上げる独自の編み上げ構造を用い、ガラルド帝都の最高級職人でも手縫いで数日かかる作業を、圧倒的な速度とミリ単位の精度で縫い上げていく。
無駄な動きが一切削ぎ落とされた、流麗な所作。ミシンの針が革を貫く瞬間の抵抗を指先で感じ取り、布を送る左手との完璧なシンクロナイズ。
そこには、ただ純粋に「魔獣を救うための、美しく機能的な道具」を生み出すことへの、溢れんばかりの職人としての情熱があった。
そして何より、形になっていく道具を見つめるレオンの顔には、少年のようにキラキラとした「最高に幸せそうな笑顔」が浮かんでいた。
その姿を工房の隅で見ていたシルヴィアの身に、異変が起きた。
(な、なんなの、あの手つきは……。あの真剣な眼差し、そこからこぼれる優しい笑顔……っ!)
雷に打たれたような凄まじい衝撃。
彼女の頭の中は、魔力というチートに頼らず、彼がたった一人で、その手技だけで紡ぎ出す神業への絶対的な陶酔と尊敬で完全に満たされた。
ドクン、ドクンと、胸の鼓動が異常な速さで跳ね上がる。
顔の温度が急上昇し、ゆでダコのように真っ赤になるのが自分でもわかった。
息が荒くなり、足の力が抜けて、誰にも気づかれないよう内股でもじもじと身悶えする。
(ああ、ダメ……。私、レオンさんのこと……レオンさんの全てが、たまらなく好き……っ!)
冷徹なエリート監査官の恋心は、ガラルド帝都の工房の片隅で完全にキャパシティを突破し、静かに、しかし激しく限界を迎えていた。
「……完成しました」
レオンがミシンの手を止めた。
量産用の図面ではなく、己の技術を見せつけるための最高傑作、完璧な荷重分散のロジックが組み込まれた3D荷重分散ハーネスを提示した。
張り詰めていた工房の空気が、一気に爆発した。
「なんという縫製だ……。革の繊維が一切死んでいない。この編み上げ構造、荷重を胸と骨盤に自動で逃がす計算がされているのか!?」
老マイスターがハーネスを手に取り、震える声で叫んだ。
プロとしての次元の違いをまざまざと見せつけられた15名の腕利き職人たちは、顔を見合わせた後、一斉にレオンの前に平伏した。
「俺たちの負けだ……! 頼む、俺たちにその技術の続きを教えてくれ!」
「ええ、もちろん。続きはグランバザールの量産工房で教えましょう。ガストン商会が、最高の待遇を約束しています」
レオンが手を差し伸べると、職人たちはガラルド帝都のギルドを辞め、レオンについていくことを即決したのだった。
物流革命のコアとなる人材の引き抜きは、こうして完璧に完了した。
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