第28話:至福のブラッシング
一方、レオンはマイスターギルドへ向かう道中、ガラルド帝都の大通りで人だかりができているのに遭遇した。
ガラルド帝都の近衛兵たちが、気性の荒い大型の鳥獣型魔獣『グリフォン』の扱いに手を焼き、立ち往生していたのだ。
「大人しくしろ! この猛禽め!」
兵士が怒鳴り、ドミネイトの魔力を強めようとする。
しかし、巨大な鷲の頭と獅子の胴体を持つグリフォンは、興奮して鋭い嘴と鉤爪で周囲を激しく威嚇し、暴走寸前の状態にあった。
その背には、重そうな金属製の荷具が無理やり取り付けられている。
レオンは人混みを掻き分け、静かに前に出た。
「少し、よろしいですか。魔力を流すのはやめてください。逆効果です」
「なんだお前は! 危険だぞ!」
レオンは兵士の制止を躱し、グリフォンの生態を瞬時に観察した。
羽毛の間に見える皮膚の赤み、不自然に身をよじる動作、そして荷具の擦れる位置。
「……なるほど。換毛期(羽の生え変わり)ですね。古い羽毛が抜けきらず、皮膚が猛烈な痒みを起こしている。そこへ重い荷具が擦れ、極度のストレスを感じているだけです」
レオンは大きいカバンを下ろし、中から一つ手製の道具を取り出した。
それは、市場でも安価に入手できる「オーク材の持ち手」に、「ワイルドボアの抜け落ちた剛毛」を緻密な角度で植え込んだ、ごくありふれた素材で作られた『特製ペット用ブラシ』だった。
レオンは魔法を一切使わず、独特のボディランゲージ――姿勢を低くし、目を直接見つめず、横の動きでゆっくりと近づく――でグリフォンの警戒を解いていく。
グリフォンが威嚇を止め、不思議そうに首を傾げたその瞬間。
「痒かったでしょう。もう大丈夫ですよ」
レオンは痒みの中心点である首元から翼の付け根にかけて、オーク材のブラシを滑らせた。
皮膚を傷つけず、無駄毛だけを完璧に絡め取る絶妙な力加減のブラッシング。
「グルルゥ……?」
ブラシが通った瞬間、グリフォンは雷に打たれたように固まり、次の瞬間、溜まっていた古い羽毛がごっそりと抜け落ちた。
猛烈な快感と解放感に襲われたグリフォンは、嘘のように大人しくなり、その場にへたり込んだ。そして、鋭い目をトロンと細め、「キュルル……」と喉を鳴らしながら、もっとやってくれとばかりにレオンの足元に巨大な頭を擦り付け始めたのだ。
「う、嘘だろ……? あの凶暴なグリフォンが、まるで飼い猫のように……!」
兵士たちが唖然とする中、その様子を遠巻きに見ていた人たちもまた、言葉を失っていた。
希少なミスリルや魔道具を使ったわけではない。
その辺で売っている木と猪の毛で作ったブラシで、ひときわ力の強い魔獣を完全に手懐けた。
それは、道具のレアリティではなく、使用者の「動物行動心理学というロジック」がいかに優れているかを見せつける、圧倒的な技術の証明であった。
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