第27話:シルヴィアの戦い
それから約2週間の馬車の旅は順調に進み、レオン一行はついにガラルド帝国の中心、人口三十万人を抱える『ガラルド帝都』へと到着した。
巨大な城壁を抜け、石畳で整備された主要街道に足を踏み入れた瞬間、レオンは眼鏡の奥の目を細め、街を行き交う魔獣たちを厳しい職人の目で観察し始めた。
ガラルド帝都には約五千頭の物流用魔獣が存在するというが、その労働環境はグランバザール以上に悲惨なものだった。
巨大な建築資材を牽引しているのは、翼を持たない頑強な竜型魔獣『シティー・ドレイク』
圧倒的な高トルクを誇る魔獣だが、都会の騒音と、荷の偏重によるバランスの悪さに極度のストレスを感じているのは明らかだった。
ドレイクが苛立ちに任せて太い尻尾を激しく振り回し、危うく路上の屋台を粉砕しそうになる暴走未遂が、そこかしこで起きている。
さらに、急ぎの書簡を運ぶためにガラルド帝都の伝令使が乗っているのは、細身で俊敏な魔道犬『ウィンド・ハウンド』だ。
「……酷いな。土の上を走るように進化したあの細い脚で、硬い石畳を全力疾走させられている」
レオンが呟いた通り、ドミネイトで無理やり走らされているハウンドたちの肉球は深刻な炎症を起こし、関節炎で足を引きずっている個体も少なくなかった。
魔法至上主義のインフラが抱える根深い歪みが、そこにはあった。
「レオンさん、私は一度、ルカくんを連れて国家監査局の本部へ定期報告に行ってまいります。職人ギルドでの交渉、お気をつけて」
シルヴィアが凛とした表情で告げ、二手に分かれることになった。
監査局本部。
大理石で設えられた豪奢な執務室で、シルヴィアはガラルド帝都の上層部の官僚たちを前に、グランバザールでの報告書を提出していた。
「……以上が、レオン氏の『動物行動心理学』による、ドミネイトを介さない魔獣使役の有用性、および天災級魔獣の安全な保護に関する報告です」
しかし、現場を知らない官僚たちは、報告書を鼻で笑い、机に投げ返した。
「ふん。魔力を持たない田舎のテイマーが、天災級を従えているなど、集団幻覚か何かの間違いだろう。エリートである君が、そんな田舎の詐欺師に騙されているとは嘆かわしい」
「詐欺師ではありません! 彼は実際に、青空市場のパニックを無傷で収束させたのです! 魔法による強制支配こそが、暴走事故を引き起こす原因であり――」
シルヴィアは毅然とした態度で熱弁を振るったが、官僚たちは聞く耳を持たなかった。
「もう良い、下がり給え。君のその熱に浮かされたような妄言は、疲労のせいということにしておこう。ならばその目で、その詐欺師の監視を続け、本物の天災でも倒してみることだ」
そう言って官僚が机の上に滑らせてきたのは、クロの魔力によって壊れてしまった。鑑定用の『魔力水晶』だった。
「どうやったのか知らんが、かつて君が壊した"とても高価な魔力水晶"を再支給する。せいぜい、反省してくれたまえ」
突き返すように支給された魔力水晶を握りしめ、シルヴィアは悔しさに唇を噛んで庁舎を後にした。
(どうして……誰も分かってくれないの。レオンさんの技術が、どれほど優しくて、素晴らしいものか!)
涙を浮かべて本部の階段を降りたシルヴィアの前に、外でルカとバディと一緒に待機していたクロがトテトテと歩み寄ってきた。
「クゥン……」
クロはシルヴィアの悲しみを察知し、そっと冷たい鼻先を彼女の手のひらにすり寄せる。
「クロちゃん……」
シルヴィアがその場にしゃがみ込み、温かい漆黒の毛並みを撫でると、冷え切っていた心が少しずつ溶けていくのを感じた。
(……負けない。私が、レオンさんのロジックの正しさを、ガラルド帝都のすべての人に証明してみせるんだから)
彼女は力強く頷き、魔力水晶を腰へとぶら下げた。
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