第25話:家族でピクニック?
翌朝、快晴の空の下、ガストンが手配した最高級の馬車がグランバザールの門前に待機していた。
馬車を牽引するのは、ガラルド帝都への移動用や貴族の足として重用されている大型の魔獣『ハイランド・エルク』だ。
立派な角を持つ大型の鹿型魔獣で、揺れの少ない特殊な歩法を持つため、石畳の整備された街道での長距離移動には最適の魔獣である。
しかし、御者が手綱を握り、首に嵌められたドミネイトの魔道具が鈍く光った瞬間、エルクはビクッと体を震わせ、その美しい角の艶がみるみるうちに失われてくすんでいった。
「ほら、さっさと歩け!」
御者が魔力を流し込んで強引に歩かせようとしたその時、レオンがスッと手を差し出してそれを制止した。
「待ってください。その牽引具の角度、エルクの肩甲骨に不自然な干渉をしています。この子は極めてストレスに弱い魔獣のようですから、このままドミネイトで支配を続ければ、ガラルド帝都に着く前に倒れてしまいます」
「は、はあ……? しかし、これがいつものやり方で……」
困惑する御者をよそに、レオンはカバンから工具を取り出し、牽引具の接続部のネジを回して、数ミリ単位で角度を調整した。
「よし、これで骨格への負担は消えました」
レオンはエルクの首元へ回り込むと、優しく声をかけながら、筋肉の緊張をほぐすようにマッサージを施した。
「怖くないですよ。楽にして下さいね」
そして、ポケットから特製おやつを取り出し、エルクの口元へ運ぶ。
エルクがそれを咀嚼した瞬間、旨味成分が脳を刺激し、恐怖で萎縮していた瞳にパッと生気が戻った。
くすんでいた角にも、わずかに艶が戻ったように見える。
「さあ、行きましょう」
レオンが優しく促すと、エルクはかつてない解放感と心地よさに鼻を鳴らし、信じられないほどの軽快さで、それでいて揺れを全く感じさせない完璧な歩法で馬車を引き始めた。
馬車は、グランバザールからガラルド帝都へと続く主要街道を滑るように進んでいった。
途中、すれ違う商隊の馬車を牽く魔獣たちは、どれもドミネイトの過負荷で虚ろな目をし、口から泡を吹いて倒れそうになりながら歩かされていた。
その残酷なコントラストが、レオンのロジックの正しさを静かに、しかし強烈に証明していた。
昼下がり。
見晴らしの良い美しい平原で、一行は馬車を止めて休憩をとることにした。
レオンが前世の知識で手際よく作った特製サンドイッチを広げると、芳醇な香りに誘われて全員のお腹が鳴った。
「うめえっ! おっさん、この肉の挟まったパン、最高にうめえぞ!」
ルカが口の周りにソースをつけながら満面の笑みで頬張る。
「ルカ、ゆっくり食べなさい。バディたちのご飯もあるからね」
レオンはそう言って、クロとバディの前に、栄養バランスを完璧に計算した食事を置いた。
二匹は行儀よく「ステイ」で待機し、レオンの「よし」の合図で勢いよく食べ始める。
食事が終わると、ルカとバディ、そしてクロが広々とした草原を元気いっぱいに駆け回り始めた。
ルカの投げる木の枝を、バディとクロが競うように追いかけ、転げ回ってじゃれ合っている。
レオンは丸太に腰掛け、新しい作業服の袖を少し捲りながら、その光景を穏やかな眼差しで見つめていた。
その隣に座ったシルヴィアは、風に揺れる草花の匂いを感じながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
(……なんて、幸せな時間なんだろう。まるで、私たち、本当の家族みたい……)
シルヴィアは、楽しそうに笑うルカたちと、その横顔を優しく見守るレオンを、熱っぽい目で見つめ続けた。
この平和な時間が、いつまでも続けばいい。そう心から願わずにはいられなかった。
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