第24話:シルヴィアの贈り物
ガラルド帝都への出発を翌朝に控えた夜。
ガストンが気を利かせて手配した商会の豪奢なダイニングルームには、レオンが感謝の気持ちから、腕を奮って用意した、温かみのある料理が並べられていた。
食卓を囲むのは、レオン、シルヴィアの二人。
そして、レオンが仕立てた真新しい服を着て少し照れくさそうにしているルカと、クロの服とお揃いのシアンブルーの水玉レッグウォーマーを身につけたバディ、そして足元で幸せそうに尻尾を振るクロだ。
「レオンさんの前世の知識で作られたというこの料理、本当に美味ですね。旨味が……こう、身体の隅々まで染み渡るようです」
シルヴィアがスープを口に運びながら、うっとりとした顔で微笑む。
「ええ、出汁の概念を取り入れていますから。魔獣のおやつにも使っているロジックですが、人間が食べてももちろん美味しいですよ」
レオンは物静かな敬語で答えながら、クロの口元に小さく切った肉を運んでやる。
クロは「ハフッ!」と嬉しそうに咀嚼し、レオンの手をペロペロと舐めた。
その和やかな空気の中、シルヴィアはレオンの着ている防寒外套に目をやった。
極寒蜘蛛の糸で仕立てられた最高傑作とはいえ、度重なる旅と作業で、袖口や裾はすでにボロボロに擦り切れている。
クロやルカの服は完璧に仕立てるのに、レオン自身は自分の身なりに無頓着なのだ。
(……職人としてのそういう不器用なところも、素敵ですけど)
シルヴィアはほんの少し頬を染めながら、背後に置いていた紙袋をそっと取り出した。
「あの、レオンさん。これ……私からです。ガラルド帝都へ向かうのですから、少しだけ身なりを整えていただこうかと……その、変な意味じゃなくて、監査局の体面もありますし!」
早口で言い訳をしながら差し出されたのは、上質な仕立て屋に特注したという、機能的でありながら少しだけおしゃれなデザインの作業服だった。
「私に、ですか?」
レオンは驚いたように目を瞬かせたが、服の手触りを確かめると、職人としてその縫製の良さに感心したように細く微笑んだ。
「素晴らしい生地ですね。ありがとうございます、シルヴィア監査官。大切に着させていただきます。……少し、着替えてきましょう」
数分後、新しい作業服に身を包んで戻ってきたレオンの姿を見て、シルヴィアは内心で『きゃああああああっ!』と限界突破した黄色い悲鳴を上げていた。
地味な外套を脱いだことで、彼の引き締まった体躯や、職人としての色気がより一層際立って見えたのだ。
だが、大人が和やかに歓談するその傍らで、ルカだけは美味しそうな料理を前にしても、どこか寂しそうに俯いていた。
「……俺はお留守番か。おっさんたちがいなくなったら、またバディと二人きりだな」
ポツリとこぼれたルカの独り言。
それを聞いたバディが心配そうに「クゥン」と鼻を鳴らし、ルカの頬を舐める。クロもまた、ルカの膝に重い顎を乗せて慰めるように尻尾を振った。
その光景を見たシルヴィアの胸に、かつてないほどの激しい衝撃が走った。
(こ、こんなに寂しがっている小さな子とワンちゃんたちを、置いていくわけにはいかないわ……! まるで、家族が引き裂かれるみたいじゃないの!)
無自覚な疑似家族的な母性が、彼女の論理的思考を完全に上書きした。
「ルカくん!」
シルヴィアは立ち上がり駆け寄ると、ルカの両肩をガシッと掴んだ。
「あ、あなた、監査局の現地調査の『助手』になりなさい! 道中の魔獣の生態記録や、レオンさんの荷物持ちとして、あなたとバディを臨時に雇います!」
「えっ……!?」
「これがお給料の前払いよ! ほら、受け取りなさい!」
シルヴィアは自分の財布から銅貨を数枚掴み出し、ルカの小さな手に握らせた。
初めての「仕事」、そして「お給料」。
ルカの寂しげだった瞳に、パッと眩しい光が宿った。
「俺が、助手……。行く! 俺、おっさんたちの役に立つように絶対頑張るから!」
ルカがバディを抱きしめて立ち上がると、食卓は一層の温かな笑い声に包まれた。
こうして、一行は全員揃ってガラルド帝都へと向かうことになったのだった。
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