第23話:レオンファンクラブ
青空市場での臨検騒動、そして悪徳商人による放火事件を乗り越えた翌日。グランバザールの中心に位置するガストン商会の執務室では、穏やかな朝の光が差し込んでいた。
執務室の窓から大通りを見下ろせば、この街の日常とも言える光景が広がっている。四本の角を持つキャトルタスクや、荷車を引く大型の魔獣たちが、首に嵌められた魔道具の輪から鈍い光を放ちながら歩いている。ドミネイトの魔力によって痛覚と疲労を麻痺させられ、虚ろな目をしたまま重い荷物を引きずるその姿は、この魔法至上主義の世界では「当たり前のインフラ」として完全に生活に馴染んでいた。
窓際でその光景を眺めていたガストン商会長は、ふうと深く息を吐き出した。
「……以前のわしなら、あの魔獣たちの死んだような目を見ても何も感じなかっただろう。だが、レオン殿の技術を見た後では、あれがいかに歪で、非効率で、残酷な状態かがよく分かる」
執務机に向かい、ガラルド帝都出張に伴う予算申請や監査局への提出書類をまとめていたシルヴィアが、ペンを止めて深く頷いた。シワ一つない完璧な紺色の制服に身を包んだ彼女もまた、この数週間で価値観を根底から覆された一人だ。
「ええ。ドミネイトによる恐怖支配は、彼らの心と体を削り取っているだけです。レオンさんの『動物行動心理学』がどれほど理にかなっていて、魔獣たちを幸福に導くか……ガラルド帝都の上層部にも必ず分からせてみせます」
真面目な顔で書類の束を整えるシルヴィアに対し、ガストンは執務室のソファにどっかりと腰を下ろし、しみじみと呟いた。
「それにしても……レオン殿の叡智はまさに神の領域、いや、中部の宝ですな」
その瞬間だった。
シルヴィアの中で、冷徹なエリート官僚としてのストッパーが「パチン」と音を立てて弾け飛んだ。
「本当によく分かっていらっしゃいます、ガストン会長!!」
シルヴィアは勢いよく立ち上がり、机に身を乗り出した。その頬は紅潮し、瞳には熱狂的な光が宿っている。
「あの慈愛に満ちた手つき! クロちゃんに向ける底なしの愛情! そして、時折見せる職人としての鋭くも色気のある眼差し! 全てが完璧、いえ、尊さの極みです!」
「おおっ、シルヴィア殿もそう思われるか!」
ガストンもまた、我が意を得たりと立ち上がった。
「我が商会を、いや、この停滞した世界を導くあの背中こそ世界の至宝! わしは商人としての全てを賭して、あの御方を支え奉る覚悟ができとる!」
「素晴らしい覚悟です! 私も監査官としての地位と権力をフル活用し、レオンさんとクロちゃんを守り抜きます!」
年齢も立場も全く違う二人は、執務室の中央でガッチリと熱い握手を交わした。ここに、彼ら以外は誰も知らない秘密の『レオン至上主義同盟』が結成された瞬間であった。
一方その頃、レオンは商会の一角に設けられた臨時の工房で、最初からそこにあった丸椅子に腰掛けて作業に没頭していた。
「……よし、ここはこの角度でスライドアジャスターを噛ませよう」
レオンは右手に持ったペンを滑らせ、次なる量産品の図面を引き直している。彼の右手にある分厚い職人のタコは、長年の技術の結晶だった。
しばらくして、図面を抱えたレオンが執務室へと姿を現すと、ガストンとシルヴィアは先ほどまでの狂乱を嘘のように隠し、咳払いをして出迎えた。
「ガストン商会長。これからの事ですが」
レオンは応接テーブルに図面を広げた。
「私が設計した『マルチフィットサスペンションキャリア』を中部の物流に定着させるためには、オルセンさんの工房だけでは到底人手が足りません。このままでは、また過負荷による暴走事故が続いてしまう」
「うむ、その通りだ。試作品を試すうちの魔獣達を見て、販売を希望する声はすでに捌ききれんほど来ている」
「ですから、今回のガラルド帝都出張で、ガラルド帝都のマイスターギルドから、私の図面を正確に理解し、再現できる腕利き職人を十五名ほど引き抜きたいと考えています。彼らをコアメンバーとして、グランバザールに一大量産拠点を構築するのです」
ドミネイトの恐怖支配で傷つく魔獣をこれ以上増やさないための、壮大かつロジカルな青写真。
ガストンは図面を見つめ、商売人としての鋭い笑みを浮かべた。
「素晴らしい……! その壮大な計画、乗らぬ手はない。ガラルド帝都でのヘッドハンティングの資金、そして拠点構築の費用、一切の心配は無用だ。白紙の小切手同然の支援を約束しよう!」
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