第21話:紅蓮の市場
日毎にレオン達とルバートとの一進一退の攻防が続く臨検。
事件は、レオンとクロが、ルバート達に厳しく監視される中、買い物に訪れていたグランバザールの中央時計台広場――青空市場の会場で起きた。
その日は大賑わいで、買い物客や親子連れ、多くの行商人たちでごった返していた。
その人混みの裏で、国家監査局によって違法取引を暴かれ、破滅に追い詰められた悪徳商人の一団が、余罪の証拠隠滅と腹いせのために大規模な放火を敢行したのだ。
「火事だあぁぁーーーっ!!」
突如として、市場の露店から激しい炎と黒煙が立ち上った。
「煙だ! 逃げろ!」
悲鳴が響き渡り、群衆は一瞬でパニックに陥った。
さらに最悪なことに、市場の繋ぎ柱に留められていた、各商会の馬や大型の運搬魔獣たち
――普段はドミネイトによって無理やり大人しくさせられている魔獣たちが、炎と煙の極限の恐怖によって完全に狂乱した。
プチプチと簡単に引き千切られる手綱。
「魔獣たちまで暴走したぞ!! 逃げろォ!」
狂乱した魔獣たちの巨体が、逃げ惑う一般町民の群衆に向かってなだれ込んでいく。
その中にはアースミュールを必死にかばうトトの姿、そしてレオンの教えを胸に、バディの手綱を握りしめながら「バディ、ステイだ! 大丈夫、俺がいる! ヒール!」と必死に叫び、愛獣をパニックから守ろうとしている孤児の少年ルカの姿もあった。
さらに、恐怖が限界に達した一体の大型運搬魔獣が、周囲に凄まじい「魔力圧」を放出し始めた。
キィィィンと空気が震え、周囲にいた精鋭魔術師たちまでもが、そのプレッシャーの前に恐怖で身動きが取れず、硬直してしまう。
「このままでは街が……!」
シルヴィアが悲鳴を上げる。
魔術師たちの水魔法では、逃げている人に被害を出してしまう。
「クロ。……アテンション」
レオンは腰のマウンテンブリーザーを起動しながら言った。
装置が静かに作動し、周囲に渦巻く魔力圧を軽減する。レオンの肉体と精神は、冷静なままだった。
「ハフッ!」
クロがレオンを見上げる。
ドット柄のセーラーベストが、風に揺れた。
「ターゲット。混乱している魔獣たちの避難誘導。
そして、街の人々の救助。
竜の力は使わずに、犬としての動きで。誰も傷つけずに、安全な場所へ導くんだ」
「バフッ!!」
短い返事と共に、クロが弾丸のように地を蹴った。
クロは魔法など一切使わなかった。純粋な身体能力――犬として最高峰の敏捷性とパワーで、崩落しかけた燃える瓦礫の隙間を完璧に見切りながら疾走する。
逃げ遅れて泣き叫んでいた子供を見つけると、その襟元を優しく咥え、自身の背中の上に乗せて安全な場所へと瞬時に送り届けた。
さらに、強靭な四肢で市場の砂を激しく跳ね上げ、風を起こして火の行く手を遮り、人々の避難経路を確保していく。
一方、レオンは動物のために学んだ心理学の群衆コントロールを応用し、パニックになる人々に声をかけた。
「皆さん、落ち着いて! 時計台の左側は安全です! 押し合わずに列になって、そちらへ真っ直ぐに進んでください!」
よく通る、不思議なほど冷静なレオンの声。
それが人々の正気を取り戻させ、二次被害を防いでいく。
そして、恐怖で我を忘れて走り回る魔獣たちに向けて――。
――パチリ!
レオンの指先が、懐のクリッカーを、市場全体に鋭く響かせた。
炎の轟音を突き抜けて届いた、その聞き慣れない、だが極めて明瞭な硬質の音。
パニックを起こしていた魔獣たちの耳が、ピクリと動いた。意識が一瞬だけ、正気へと引き戻される。
レオンはその一瞬を逃さず、懐から取り出した特製おやつをちぎりながら、魔獣たちの進行方向の安全なバイパスへと正確に投げていった。
さらに、自身の立ち位置を最適な場所へと移し、魔獣の『逃避スペース』を視覚的に作り出す心理誘導を行う。
「こっちですよ。大丈夫、怖くない」
レオンの誘導に導かれるように、混乱をとかれ狼狽える魔獣たちは人間と衝突することなく、流れるように安全な広場へと次々に避難していった。
それは、暴力による鎮圧ではない。
人間も、魔獣も、誰一人として傷つけない、完璧なる避難誘導劇だった。
立ち尽くすルバート次長の目の前で、魔力至上主義の時代が明確に変わろうとしていた。
お読みいただきありがとうございます!ページ下部の【☆☆☆☆☆】から星を入れて応援していただけると、毎日の執筆の最大の励みになります!リアクション、コメント、ブックマーク大歓迎です!




