第20話:真の安全とは
ガラルド帝都から、国家最高監査局のルバート次長が到着したのだ。
白髪交じりの髪を厳格に整え、冷徹な漆黒の瞳を持つその男は、冒険者ギルド、グランバザール支部の応接室にレオンを呼び付けた。
クロの周囲を、精鋭魔術師たちが厳戒態勢で取り囲んでいる。
その姿を部屋の端で待機させられているシルヴィアが心配そうにじっと見ていた。
「シルヴィアの報告書も読んだ上でだ。それでもドミネイトなしでの天災級魔獣の使役。国家の安全保障上、看過する事などできん!」
ルバート次長は机に書類を叩きつけた。
「即刻、その魔獣を殺処分とするのが妥当だ。レオン、弁明はあるか」
凍りつくような室内。
だが、レオンはいつも通りの物静かなトーンで眼鏡の位置を直した。
「ルバート次長。言葉での弁明はいたしません。結果でお示しします」
そこからの臨検は、緊迫した戦いとなった。
ギルド内に設備された稽古場の中央に、新しいドット柄のセーラーベストを着たクロが座る。
ルバート次長が冷酷な声で命じた。
「『ステイ』をさせろ」その状態で、極上の生肉を目の前に置く
バサリ、と血のしたたる肉がクロの鼻先に落とされる。クロの喉が鳴る。
だが、レオンが「ステイ」と一言告げると、クロはピタリと動きを止めた。
雰囲気を読んでか、尻尾すら動かさない。
「ふん。では、背後から攻撃魔術の空撃ちによる威嚇を行う。やれ」
背後から、凄まじい爆音と魔力の光が炸裂した。
並の魔獣なら狂乱して暴れ出すレベルの衝撃。
しかし、クロは耳をピクリと動かしただけで、一ミリも、その場から動かなかった。
完璧なしつけ、圧倒的な信頼関係。
ルバート次長の額に、わずかに汗が滲む。
そこへ、話をその情報網で聞きつけたガストンが面白い物を見つけた時の笑みを浮かべて入ってきた。
「ルバート次長。レオン殿の技術は、我が商会の流通を劇的に改善させております。積載効率の向上により、今期の中部からの税収は最低でも『2割』増は硬い。さらに暴走事故もこのまま行くとほぼなくなる見込みですぞ。これを潰すのは、国家にとって大いなる損失かとわしは考えますが?」
「ぐ……」
さらに、シルヴィアがルバート次長の前に進み出た。
その目は、かつてないほど強い光を宿している。
「ルバート次長! 私は三週間、彼らを24時間監視し続けました! これは洗脳でも嘘でもありません! 私たちが信じてきた魔力絶対主義こそが、魔獣のストレスを無視した歪んだシステムだったのです! レオンさんの『動物行動心理学』こそが、今後の国家物流の繁栄に不可欠です!」
ルバート次長は、仕事に関して極めて優秀だった部下のシルヴィアが、ここまで必死に、どこか盲目的なまでにレオンを擁護する姿を見て、深い溜息をついた。
(シルヴィアめ……自分でも気づいていないな。この男と魔導犬に、完全に惚れ込んでおる。これほど視野が狭くなるまで魅了されるとはな……)
だが、ルバート次長はまだ首を縦に振らなかった。
「……しつけの優秀さは認める。だが、不測の事態、本当のパニックが起きた時、ドミネイトなしで制御できるという証明にはならん」
ルバートが求めた「本当のパニックにおける安全性」。その過酷な証明の機会は、最悪の形で突如として訪れることとなる。
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