第九話 たんこぶ指数関数
閲覧ありがとうございます!
タイトルは無視し、雰囲気でお楽しみ下さい。
「あんたか! 庭のそこかしこに穴を掘ったクソガキは!」
「あぁ」
「この脚を見なさい! あんたの掘った穴のせいで怪我をしたんだから!」
「そんなん、大した怪我じゃねぇよ」
不遜な態度で正面のソファに座りながら、男は耳をほじっている。
マルルスが庭の奥に消えていった瞬間、あからさまに舐め腐った態度を始めたこの男に、温厚な私の堪忍袋の緒もブチ切れ寸前だ。
「ま、オマエが落ちて良かったぜ」
「この……っ」
言い返したいが、言葉が出てこない。
彼なりにトリーゼから受けた不当な扱いに耐えてきたのだろう。
ぐぐぐ、と唸っていると男がチラリと足に視線を寄こした。
(流石に罪悪感を……?)
ほんのわずかな期待を抱き、男の三白眼を見ていると、不意に男の口角が人を小馬鹿にする角度に曲がった。
「か~~っ。大したことねェ怪我で騒ぎやがって。オレは絶対治さねぇから。魔法の無駄遣い」
「こっちこそ願い下げなんですがぁ!」
売り言葉に買い言葉。
私は放り出していた足を地面につけ、ドスドスとその場を後にした。
一足踏み込んだ瞬間、痛みに体が怯みかけたが後には引けまい。気合で歩いた。
+*+*+
数日後。
男の脳天にたんこぶが一つ。
ソファでまどろんでいた私を叩き起こし、彼は宣言した。
「いいか? 親父に治癒するよう言われたが、オレは絶対に大嫌いなオマエに治癒はしねェ」
「帰って下さい」
――さらに翌日。
二段のたんこぶをこさえ、彼は怒鳴る。
「オレは治さねぇ!」
「帰れ!」
―――さらにさらに翌日。
二段のたんこぶを二つこさえた彼が戸口に立っていた。
三個ではない、計四個だ。
大きな二段たんこぶを左右につけた彼は、まるでうさぎちゃん。
(まさか一日一個じゃなくて、ねずみ算方式……?)
このままじゃ、明日には八個ものたんこぶをこさえて、私の元にやって来ることだろう。
頭を取り囲むようにしてたんこぶができ、うさぎちゃんからライオン君に昇格だ。
そもそも私の元になぜ毎日足を運ぶのか?
答えは単純だ。
窓の外に、長い枝切り鋏を持ったマルルスが張り付いているから。
マルルスは息子がトリーゼを治すことを望んでいる。
穴を掘った張本人に責任を取らせるという、脅迫じみた信念をマルルスから感じる。
トリーゼが息子をつっけんどんに追い返しているのは、窓外のマルルスも理解しているようで、無理には介入してこないことが唯一の救いか。
――ただ、これはもしかすると私が治るまで続くのではないだろうか。
私が根負けして治療を受け入れるまで、この赤髪男は毎日頭に多大なるダメージを追い続けるのではないだろうか。
「だ、大丈夫?」
思わず口にしてしまった。
男は刹那、少しだけ泣きそうな顔を見せたが、虚勢を張る。
「オレは……治癒しない……!」
「うん。いいよ……。だってもうほぼ治ってるしね……。頑張れば普通に歩けるし……」
「嘘だろ……」
「あなたも言ってたじゃん。『か~~っ! 大した事ねぇ怪我』って」
幸いなことに足首は軽いねん挫で済んだ。
「あぁ……、とうちゃんにまた怒られる。『おまえざ、トリーゼざまにけがさぜたんだ。おまえがなおざねぇでどうずるんだ。なおずまで、まいにぢトリーゼざまのどころざ、いげ!』って言われちまってんだよ……」
「やっぱり……。とうちゃんの台詞だけ全っ然分からない……」
「オマエ、北の方言分かんねぇの?」
「聞き取りが絶望的なんだよね……。あのマルルスに育てられた息子が、完全な標準語なことに驚き」
「謎だよな。キッツイ方言を話すのはとうちゃんだけだぜ。かあちゃんもオレも標準語だ」
「謎だね」
「だよなァ」
二人して首を傾げていた。
少し和やかな雰囲気になりかけたのを察知したのか、男が突然距離を取った。
「とにかく! オレはそう簡単に治癒魔法を使わねェ。技術を安売りはしねぇ主義なんだ」
「よし、分かった! もう治したことにしよう!」
「は?」
ちょっとだけ彼が可哀想になった。
トリーゼにも悪いところはある。というか、八割はトリーゼが悪い。
意地を張りあっても仕方ないし、ここは一つ上の大人として折れるべできであろう。
(稀少と言われる治癒魔法士が、庭師による鉄拳で再起不能になっても困るもん)
「私が言っておくよ。お宅の息子さんは懇切ご丁寧に私の足を治してくれましたって、ね。それでいいでしょう?」
「ちっ。……足、貸せ」
「え? ……うわっ」
男が強引に、寝そべっていた私の足首を持ちあげる。
スカートが翻り、バランスを崩した私はフカフカのソファに足から沈み込んだ。
そして翻ったスカートによって私の顔面が布で覆われた。
怪我に微かな温もりを感じ、おそらく治癒魔法が使われたのだと知る。
「おらよ。……オレの名はロメオだ」
「ほめお?」
「ははっ! 何言ってるか分かんねェ~!」
何がお気に召したのか分からないが、ロメオが無邪気に笑っている気配を感じた。
そして、感じた。私の傍に邪気が迫っていることも。
「お、嬢……?」
くぐもった世界の向こう側。
ヘルバートがドン引きしている声が聞こえた。
その声は、恐ろしい事に次第に低い音へと変化する。
「……ロメオ。その手を離せ。お嬢が何か気に障ることしたのならば、俺が代わりに謝罪をする。君のそれは、女性にしていい扱い方ではない」
「誤解すんなよ。オレは危害を加えちゃいねェし、コイツを女性扱いする義理もねェ。もう用は済んだ。ほら、手貸してやる。……トリーゼ」
私の顔に幾重にも重なった布を引き剥がしたロメオは、ぶっきらぼうに手を差し出していた。
(素直なところもあるんじゃん)
警戒心の高い野良猫が懐いたような嬉しさを感じ、私は彼の手をしっかりと握る。
彼の手を借りて立ち上がり、足首をグリグリと回し――飛び跳ねた。
「え、もしかして完全に治った? すごーい! 流石天才治癒魔法士様!」
「ふん。オレにかかればお茶の子さいさいよォ」
「ロメオ。ロメオ。ロメオね。ありがロメオ!」
「何言ってんだ」
ロメオもまた物語の重要人物になりうるのだろうか。
人の名前はきちんと覚えなければならない。
「お嬢」
「何?」
ぴょんぴょんとロメオの周りを飛び跳ねる私の舞は、ヘルバートの一言によって凍り付いた。
「マルルスさんが見ています」
「ひぇ」「うっ」
反射で怯えてしまった私たちは、共に肩を震わしながらゆぅっくりと窓を向く。
……笑顔が、あった。
マルルスは一輪のバラを持ち、温厚な笑顔で私達を眺めている。
片手にはジョウロ。決して研ぎ澄まされた剪定鋏ではない。
「わーい!」「ぃよし!」
何が嬉しいのかは正直よく分からない。
連日続いたマルルスの圧から解放された私たちはともに歓喜し、ぴょんぴょんと室内を跳ねまわったのであった。
――まるでうさぎのように。
お読みいただきありがとうございました!
段々とおふざけパートばかりになってきました。




