第八話 怯える口悪
閲覧ありがとうございます!
ふわ~っと読んでください。
大穴に落ちた翌日、私は広間のソファでだらしなく寝そべり庭を眺めていた。
「お嬢、どうしてその足を治さないんですか。治癒魔法士に頼めばすぐ治ります」
「治癒魔法士ってその辺にいるものなの?」
「いいえ。稀有な能力です。ですが、ファルシカ家にはお抱えの治癒魔法士が2名いますよ」
何でも人を治す力というものは、誰しも手にいれられる力ではないらしい。
「お嬢とは真反対の魔法です」と、わざわざ失礼な一言を付け加えたヘルバート。
「ちょっとした捻挫だしね。わざわざ治さなくてもいいよ」
「ならば、なぜ先ほどから雑に包帯を巻いた足を見せつけるようにして寝そべっているのですか。はしたない」
「何言ってんの。私を貶めた人間に罪悪感を植え付けるために決まってるじゃない」
「お見事。最低ですね」
吐き捨てるヘルバートに一言言わせてもらいたい。
事の発端は、マルルスの十九になる大きめの息子だ。
私とそう大差ない年齢の男性が、トリーゼの行いのせいとは言え、せっせと人を落とすための穴を掘っていたのが悪いだろう。
(あまりにも幼稚で悪質極まりない。向こうから謝ってくるまで許さないんだから)
「じゃ、俺は行きますね。お嬢は屋敷から出なさそうですし」
「え。どこに?」
「……わざわざお嬢に言う必要が?」
「ある……かもね。一応聞くけれど、私の従者だよね?」
「今日は暇をいただきます。それでは」
一方的に告げたヘルバートは、スタスタと出て行った。
残念ながら私では彼がどこに行くのか見当もつかない。
ギルドだろうか。王城だろうか。
(もしかしたら嫌いなトリーゼから離れるために影で動いているのかもしれないな。反逆とかされたら怖いなぁ)
ちょっと暗い想像に気を落としていたら、ふと顔に影が落ちる。
「おい」
真っ赤に燃える三白眼が私を完全に睨みつけていた。
その人物はこれまた赤い髪を持っている。まさに燃える炎を体現したかのようだ。
(……誰?)
だが、記憶にない登場人物である。思い出せば何か手がかりが掴めるかもしれない。
彼の顔立ちも整っているから、多分言及しているはず。
(『トリーゼに一目惚れした旅人』? いや、彼はもっと開放的な性格にしたはず。……召使いの一人? 違うか。この人の服は学者っぽい。白いローブを着ているし。……えっ、この言動でまさかの知的キャラ?)
「だんまりとは、随分舐められたもんだなァ」
「えぇ~? 誰だぁ~?」
「あァ!?」
しまった。
心の内が声に出ていたらしい。
呑気にすっとぼけた声を出したせいで、彼の怒りの沸点を軽々と超えてしまった。
「女ァ、てめぇ随分調子乗ってるみてぇじゃねぇか」
完全に因縁をつけられている。
乗ったら負けだ。無視を決め込み、庭を眺める。
あちらにはこちらと違って、平和で穏やかな時間が流れている。
(あ、マルルスだ)
今日も麦わら帽子を被った彼は、にこやかに花を愛でている。
「最近、お前の変化に絆されかけている奴もいるようだが、オレは絶対に認めねェ。オメェみたいな人間の性根はそうそう変わらねぇんだよ」
きっとあなたにも同じことが言えるでしょう。そう思うが、口にはしない。
「あなたは……?」
「オレの名前を知らねぇだと?」
男は一歩詰め寄ってきた。
腕章を見せつけるようにしてポーズを取っているが、私にはそれが何だか分からない。
「てめぇ。世間知らずにも程があるだろ、温室育ちのお嬢サマよォ。この紋様が分からねぇなんて随分とやるみたいじゃねぇか」
「っそ、それほどでも……」
「褒めてねぇよ!」
男は声を荒立て、腕章を抜き取り私に押し付けた。
なかなか良い布の手触りだ。
「この天使の輪っかみたいな輝かしい模様が有名なの?」
「はぁ……」
ついに男は怒ることを諦めたようだ。
私の無知を憐れむようにして、突然冷静に説明し始める。
「それは『国家治癒魔法士』の証だ。治癒魔法が使え、かつ一定の基準を満たさなければ与えられない。その合格率は五パーセント。稀少な治癒魔法士のなかで、五パーセントだ」
「あなたってそんなに凄いんだ……。ただの野蛮な輩だと……え? 治癒魔法士?」
「今更気付いたのかよ。アンタがこのオレを直々に雇ったんだ」
男は意外にも少しだけ悲しそうな顔を見せた。
「てめェん家のような大貴族から認められたら箔がつく。オレの経歴の踏み台にしてやろうと意気込んでいたらよォ……。このザマだ。アンタはオレを遠ざけ、形だけのお飾りにしやがった。『国家治癒魔法士』を雇うだけで財力と権力を周りに誇示できる。てめぇはオレをただの自慢の道具にしやがったんだ!!」
「うわー!」
激高した男が私に掴みかかろうとした。
思わず身構えたのだが、一向に男からの攻撃がこない。
(……?)
そうっと目を開けてみると、男が青ざめ、庭の方を見ている。
意外な事に、何かにかなり怯えているようだ。
「どうし―……。ひぃっ」
思わず庭を見た私の背筋も凍り付く。
眼と鼻の先には園芸ばさみを持った――真顔のマルルスがいた。
いや、一周回って笑顔かもしれない。
ジャキンッ
「ひっ」「ひぃ」
その音に二人は震えあがり、誰に言われるまでもなく肩を組んだ。
「だ、大丈夫! 私達、仲良し!」
「お、おう!」
全身からダラダラと冷や汗を垂らした私たちは、笑顔を貼り付け謎に左右に揺れた。
その姿を見たマルルスは―――、
温厚な笑顔を取り戻し、優しい手つきで庭の薔薇を剪定し始めた。
「怖ェよ、とうちゃん……」
「とととと、とうちゃん!?」
男が発した一言に、私の目ん玉が飛び出した。
お読みいただきありがとうございました!
人がギャーギャー言い合うシーンは楽しいですね。




