第七話 大きな子供
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マルルス方言は雰囲気でお読みください!
私は後悔していた。
『都の中心で生活をしてきたトリーゼは、田舎者が大嫌いである。方言がきつく、言葉が聞き取れない庭師を心底毛嫌いし、ヘルバートに彼を追放するよう命じた。』
と、確かにそう書いた記憶がある。
(トリーゼのリスニング能力がここまで忠実に再現されているなんて……!)
麦わら帽子を被った男性は、マルルスという方なのだろう。ヘルバートの発言的に。
同じ言語のはずなのに、イントネーションや訛りが強烈なだけでこうも理解不能になるだろうか。
いや、そんなはずはない。
現に、ヘルバートは普通に対話できているし。
(私の耳が適応できてないだけか……)
やや不便だが、ヘルバートがいるなら何とかなるだろう。
「おじょうざまだ、ゆるじでぐらざいな」
「そう……ねぇ」
「むずごには、いってぎかぜますから」
「確かに一理ありますね」
「だがら、このばはどうかごようしゃくだざいな」
「ヘルバート?」
なぜ。ヘルバートは一切助けようとしないのだろう。
暗い穴底で体がひん曲がっている私を放置している。
あまつさえ、マルルスまでもが平然と穴底に向かって語り掛けてくるではないか。
「おじょう、ざま……?」
「うんー。分かった!」
なんでもいいので、とりあえず助けて欲しい。
そして、私の一言がなぜかマルルスに刺さったらしい。
「ほんどうですが?」
「えぇ勿論!」
ヤケクソだった。
ありがどうごぜぇまず、とおそらく感謝の言葉を残し、マルルスは消えていった。
彼の事で分かった事と言えば、訛りが強い事と麦わら帽子を被ったことだけである。
「あの、ヘルバートぉ?」
「はい」
彼は逆光を背に、平然と穴を覗き込む。
「助けてくれない?」
「お嬢はこうなった経緯を全く覚えていないのですか?」
「あぁ、このまま話すつもりなんだ……」
「どこまで記憶にありますか」
私は記憶を手繰り寄せる。
魔法を練習しようとして、手にぐっと力を入れたらなんかぐぉーっとなって……。
――大空を舞った。
「魔法でふっとんで、落ちた衝撃が凄まじく、地面に大穴を開けた……!」
「違います」
「じゃあ何。良い歳したあのマルルスが、穴掘って私を落としたって言うの」
「お、正解です」
「そんな馬鹿な!」
あの麦わら男性、そんな子供じみた嫌がらせをするんだ。
トリーゼが通るか分からない場所にせっせと穴を掘り、毎日そこを見張る。
そして落ちた私を! さっきは何を言っているのか分からなかったが、もしかしたら小バカにしていたのかもしれない。
「正確には彼の息子ですが」
「そう……。まぁ、子供なら仕方ないか。にしては、相当深い穴だけど。私への恨みつらみがひしひしと伝わる程の深さだけど」
イタズラ大好きな子どもならまぁ、溜飲を下げないこともない。
子ども相手に憤怒するのも馬鹿らしい話だ。
ここは一つ、二十歳の大人の女性の精神力を持って振り上げた拳を下げさせてもらう。
「息子さんは十九歳です」
「ぜぇったい許さない。この手でしばいてやる」
(いい歳して何やってんだ一個下が)
私は立ち上がろうと、足を踏ん張った。
その時、足首に鈍く強い痛みが走った。思わず怯み、立ち上がるのを諦めた。
「っい」
「い?」
ヘルバートが覗き込んだ影が私に落ちる。魔法を暴発させてぶっ飛んだ挙句、なぜか大穴に無様に落ち、足首をやったなんて知られてたまるものか。
意地になり、私はとりあえず立ち上がる。
逝かれたのは片足だけ。もう片方を酷使するしかない。
「ヘルバート、紐とか持ってない?」
「魔法で上がればいいじゃないですか。さっきみたいに」
「空に打ち上がっちゃうって!」
「安心してください。着地は補助してあげます」
なかなか非情な奴だ。ヘルバートの魔法で私を浮かばせてくれてもいいのに。
仕方がない。
私は学びを得た。さっきのちょっと手加減バージョンをやればいいだけのこと。
それでフワッと蝶のように舞い上がり、猫のようにしなやかに着地をするのだ。
(ぐぉーじゃなくて、ぎゅっと……)
手元に力を込める。
すると、空気の流れが変わった。
私の近くが幻想的にキラキラし始め、しんとした冷たさが身を包む。
(なんかさっきと違う感じだけど……、まぁいっか)
良い感じの所で力を込めるのを止めた。
先ほどとは異なり、特に危なげがないようで一安心。
だが、心なしか芯が冷える。空気一帯が冷やされ――……。
(まさか、このキラキラって空気中の水分が凍っ―――)
ガキン!
「はっ? ……え。お、お嬢!?」
ヘルバートは度肝を抜かす。
ドドドドドとせり上がる氷山の一角に突き刺さっているのは、紛れもないトリーゼではないか。
「ヘルバート~~~~~!!!」
はるか上空からトリーゼの情けない声が聞こえた。
+*+*+*+
「し、死ぬかと思った……」
芝生の青臭さ。あぁ安心する。
空高く昇り、私は天国を見た。
「本当、良かったですよ。お嬢が気絶してなくて」
そう、意外にも大慌てのヘルバートが私を救い出してくれたのだ。
「何その心配。いっその事気絶した方が恐怖を味わわなくて済んだかもしれな」
「冗談でもやめて下さい」
「ちょっと、言葉被せないでよ」
食い気味のヘルバートに若干の苛立ちを感じつつも、彼は命の恩人だ。
立ち上がり、礼を述べる。
「ありがとう」
「……はい。二度とあのような真似はしないで下さい」
「やりたくてやったわけじゃないんだけどね。リスクジャンキーでもないし」
「それでも、です」
まだ不安そうな顔をしたヘルバートは、なかかなに気味が悪い。
私は天に向かってそびえ立つ氷の山を仰ぎ見た。
「これはまさに氷山の一角。私の素晴らしき能力もまだまだ底が知れないわね」
「お里は知れてますけどね」
「こんにゃろ!」
と足を踏み込み、思い出す。
(そうだった、足首負傷中だった……)
後悔も空しく、鈍くて大きな痛みを脳が認識してしまう。
「あいたぁ!」
「お嬢? お腹が痛むんですか? 自分で鳩尾を殴っていた、あの場所が?」
「違う、そこじゃない……。そろそろ忘れなよ……」
私はヘルバートをしっしっと手で追い払い、先を歩いた。
泣きっ面に蜂。踏んだり蹴ったり。
とりあえず室内で大人しくしよう。当分は引きこもりたい。
いっそのこと、私が落ちたあの穴に潜り込みたい。
「仕方がないお方ですね」
「うわっ」
不意に体の重力が消えた。足元がふわりと持ち上げられ、気が付いた時には体が地面と水平になっていた。
(まさかこれは、お姫様抱っこ?)
「動くな」
私が暴れる気配を察知したのだろうヘルバートが、低く忠告する。
「うーん、流石にちょっとこれは……」
「何で嫌がるんですか」
ムッとしたヘルバートの蒼眼が私を見降ろす。
横から見る彼も良いが、下から見る彼も眼福ものだ。
スッと通った鼻筋にくっきりとした二重。
(ヘルバートを超絶イケメンに描写した自分、ナイス)
「また変な事を考えてますね。落としますよ?」
「落とすならそうっとね。重いでしょ、気遣わなくて大丈夫だよ。自分で歩けるから」
「あ、怒りました。何がなんでもお嬢をこのまま医務室まで運んでやります」
好奇の視線と、主に私を運ばされているヘルバートに対する憐みの視線をビシバシと感じ、私はかくもご丁寧に運ばれたのであった。
お読みいただきありがとうございました!
そろそろ本作ヒロインであるシャイラに登場してもらいたいのですが、まだまだ先になりそうです。。




