第六話 文字通り
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「私、あなたのそういう所が気に入ってるの。外見の次にね」
声音は冷たく、軽やか。その声を色で表すならば、紫に近い漆黒だ。
ヘルバートは動揺を悟られぬよう、彼女を立ち上がらせる。
「ご無事で何よりです。トリーゼお嬢様」
「それにしても、なぜ私は庭に? ……あぁ。庭、ね。気分が悪い」
睨みつけるように庭を見やり、そして彼女はあからさまな嫌悪を示す。
彼女は知っている。自分の我儘は人を動かすと。
「……あの樹。まだあるの? 私、前に言ったわよね? あの田舎者の庭師を早く追い出して、と」
「彼には息子がいたので……」
「だから?」
「使用人の住まいもこの屋敷でしたので、追い出すには次の住まいを手配する必要があります。路頭に迷ってしまうので」
「ヘルバート。無能な田舎者の生き死になんて、私に関係が無い。違う?」
トリーゼは滑らかな銀の髪を指先で弄んだ。
彼女は自分の発言に一欠けらの迷いも抱かない。
「あの庭師は文字通りお話にならないの。植栽のセンスも皆無。息子の躾もなっていない。私の屋敷に混じる不純物は、早々に排除するべきよ」
「そう言いましても、……――っ」
ヘルバートは開きかけた口を咄嗟に閉じた。
なぜならば、トリーゼがこちらの目を下から覗き込んでいたからだ。
灰に映る自分が焦っているのは明白だった。
「ヘルバート? 今日はやけに反抗してくるわね。何か心境の変化でもあった? たとえば、私が意識を失っている間……とか」
彼女は気が付いている。
「いいえ。とんでもない。トリーゼお嬢様のご命令ならばなんなりと。自分はただ……、後任の庭師候補が思いつかず、逡巡していたに過ぎません。その憂いを悟られてしまっては執事失格。大変申し訳ございません」
「そう。なら、いいの」
トリーゼはふいっと彼から視線を逸らす。
ヘルバートは歩き始めた彼女の後ろを、数歩下がって着いて行く。
(なぜ以前の彼女に? ……いや、そもそもの話、青空を舞った方のお嬢が異常事態だった。色んな意味でぶっ飛んだ彼女に戻すには、何か手段は無いのか)
彼女の性格が反転したきっかけは、数日前シャイラと王城で対面した時だ。
あの時、トリーゼは気に食わないシャイラから「貴方は正気を失っている」と言われたせいで、激高した。
――ならばトリガーは怒り?
(駄目だ。怒らせたくはない)
ヘルバートは内心で頭を抱える。
トリーゼを怒らせるのは非常にリスクが高い。自分に敵意を向けられる事だけは避けたい。
自分がトリーゼの傍にいられるのは、お気に入りの「ヘルバート」が自分にだけ従順だからだ。彼女の自尊心を傷つけない唯一の扱いやすい人物。
危うくも彼女に最も近しい立場を失うには、まだ早い。
(あの時、お嬢は奇妙な行動に出ていた……)
本当に、気が狂っていた。
自分の鳩尾を的確に拳で抉り、気分を悪くし、意識を手放して―――……。
(意識?)
パズルのピースが唐突にはまる。
適当に取った一ピースが、まるで導かれるように奇跡的にピタリとはまった時のような爽快感。
しかしその爽快は、すぐに曇り始める。
(でも今の彼女が再び意識を失うとは考え難い。彼女は用心深く、計算高いのだから)
「ヘルバート? 今すぐ伝えてきて頂戴?」
は、とヘルバートは顔を上げた。
トリーゼが心底不愉快そうに口元を隠し、遠くを目で示している。
その先には、麦わら帽子を被った中年男性がいた。
彼は地面に触れ、土の様子を調査している最中だった。
「私が直接伝えても良いのだけれど、残念なことに私じゃ彼と会話が出来ないの。ほら、早く」
「少しの間とは言え、お嬢様のお傍を離れて良いのですか?」
「時間稼ぎは必要ない。今、行けと命じているの」
あぁ、彼女が苛立ってきた。流石にこれ以上は危険だ。
「さっさとしなさいよ! この役たた―――」
ず、と彼女は沈み込んだ。
脚の力が突然失われたように彼女は膝を折る。
いや、膝を折ったのではない。
彼女自身の座標が、下に移動している。
どすん
視界からトリーゼが消えたかと思えば、微かな地響きが轟いた。
(……なぜ?)
ヘルバートは大穴を覗き込み、途方に暮れた。
俄かには信じがたいが突然、トリーゼの足元に大穴が出現し、怒れる彼女はそこに落ちたのだ。
「も、もうじわけございまぜんだ!」
前方より、麦わら帽子を被った男性が慌てて走ってきた。
「お、お、おじょうざまは、へいぎですか?」
「いや……」
と言いつつ、ヘルバートは視線を泳がせる。確かめるのは非常に怖い。
「おらがみまずだ。ヘルバートざんば、はなれで」
「いえ、俺が確認します」
「ぞ、ぞだらば……」
麦わら帽子を握りしめ、男は一歩下がる。
「お嬢様、ご、御無事ですか」
「……」
「お嬢様?」
返事がない。意識を失ったか、相当怒っているかの二択。前者であれ。
「お、おじょうざまぁ、まっこともうじわげないだぁ」
「あ、ちょっと!」
中年男性が駆け寄ってきたのを制する。
もし彼女が冷酷なままであったら、この男を視界に入れた瞬間、罪人として糾弾し始めるだろう。そうなれば、この男とその息子、そして奥さんが路頭に迷うどころか苦しい人生を歩むことになる。
それは何としても防がなければならない。
「な、なぜどめまずだ! お、おらがせいしんせいい、しゃざいしなげれば、おじょうざまもなっどくしまぜんですだ」
「待ってください。危険です」
「うぇ、な、何が起こったの……?」
穴底から素っ頓狂な声が聞こえた。
ヘルバートは心底安堵し、胸を撫でおろす。
穴を覗き込み、声をかけた。
「お嬢~、大丈夫ですか?」
トリーゼは声を張り上げる。
「大丈夫に見えますかー?」
「あ、平気そうですね」
「去るなー!」
体を半回転させたヘルバートに怒るトリーゼ。
自分は狐にでもつままれてしまったのだろうか、庭師はあんぐりと口を開けたまま微動だにしない。
あのプライドの高いトリーゼが召使いのヘルバートにコケにされているなど、あってはならない光景だったのだ。
「マルルスさん、大丈夫です」
「え、お、おら……。おじょうざまは、どうじで……」
「お嬢はお許しだそうです。ほら、お嬢の気が変わらない内に逃げて下さい」
またいつ、冷たい彼女が出てくるか分からない。ヘルバートの言葉は本心である。
「え!? そこに誰かいるの?」
「は、はい゛!」
「誰!」
「お、おら、マルルスいいまずだ。あの、おだのむずごがほったあなが、おじょうざまにけがさ、こしらえじまったみだいで……」
「んな、何て……?」
「お、おら、マルルスいいまずだ。あの、おだのむずごがほったあなが、おじょうざまにけがさ、こしらえじまったみだいで……」
「あ、いや! 聞こえなかった訳では無くて……」
――彼女は彼の言っていることが、文字通り微塵も聞き取れなかった。
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